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第六十三矢 西条城の攻防

 安祥城の前に今川軍が攻めたのは、安祥城の南に位置していた西条(さいじょう)城であった。

 西条城は三河国内では規模が大きい城で、織田が安祥城に次いで重要視している城であった。

 当初は安祥城の後に攻める予定だったが、岡崎城から安祥城への道のりでの一向一揆の抵抗が想像以上に強かったこともあり、予定を変更。崇孚の提案により、比較的一向一揆が少ない南から北上しようとしたのだ。

 そして、その道の途中にあったのが西条城だった。


 一方、西条城の城主である吉良(きら)義安(よしやす)は、攻め寄せる敵にどう対応するかはすでに決めていた。


(戸田は籠城し、長きにわたって今川軍と相手取っていた。ただ戸田と我らが違うのは…)


「我らには織田の援軍がある…なれば、我らが取る手はひとつ!籠城じゃ!」


 先の戦いでの戸田の善戦ぶりを見ていた義安は籠城戦を展開しようとしていた。


「絶対、ここの城主さん籠城しようって考えてるよね~」


 そんな義安の狙いを俺は状況からうっすらと見透かしていた。


「今回の目的は安祥城なんで、ちゃちゃっと落としましょう!」


 俺が号令をかけると、今川軍は西条城へと突撃していった。

 松平軍もそれに続く。

 しかし、西条城はここら一帯の城の中でも一、二番を争うほど防御力が高かった。

 特に敵を威圧するような巨大な大手門とその大手門のそばにそびえ立つ(やぐら)は、西条城の堅牢さを象徴していた。


「やばいなー、攻め込んでいるどころか押し返されてるじゃん。」


 突撃したはいいものの大手門の突き当たりの城壁の上からは石が落とされ、櫓からは矢が降り注ぐ。そして、正面からは道の横幅を隙がないほど埋め尽くした西条城兵が襲いかかる。

 俺は西条城の防御力の高さに驚き、頭をポリポリと掻いて困っていた。

 兵力差をものともしない充実した防御施設は、いくら大軍の今川・松平軍でも苦戦を強いられたのだ。

 この状態がしばらく続くかに思えた。


「どけえぇ!」


 けたたましい声と共に松平軍の先頭に躍り出た男がいた。

 松平家家臣・本多(ほんだ)忠高(ただたか)である。

 忠高は強引に松平兵を引っ張り、城兵目がけて突撃した。

 その間にも松平兵の頭上からは大量の矢と石が降り注ぐ。が、忠高と松平兵はそれを気にも止めず、前方の城兵に斬り込んだ。

 城兵は応戦するが、士気が異常なほど高まっている松平軍の勢いは止まらない。

 松平軍はあっという間に大手門を突破したのだった。


「なんか今日の松平軍すごいね。」


 俺が感心していると、隣で崇孚が言う。


「無理もない。松平にとってこの戦は大一番なのだからな。」


 もうすぐ西三河および松平竹千代を奪還できる。

 そのためにはこの戦、絶対に負けられない。

 そんな並々ならぬ思いが表面に出て、松平軍はドンドンと先行していく。


「だが、それは拙僧らも同じこと。拙僧らも松平に続くとしよう。」


 今川軍も松平軍の勢いに乗っかって、一気に攻勢に出た。その勢いに押された城兵は次々に倒されていき、三の丸、二の丸と攻め落とされていく。


「この堅城が落ちるだと…?あり得ぬ…あり得ぬわ!!!」


 義安の叫びもむなしく、ついに西条城は落城したのだった。

 義安は脱走を図るもあっけなく捕らえられ、人質として駿府へと送られた。


 西条城の落城。

 織田信秀はその結果を深刻に受け止めていた。

 西条城が落城した今、三河国での主な織田の城は安祥城のみとなってしまった。


(安祥まで落城すれば、三河進出という我が野望は(つい)える。それだけは…!)


「ゴホッゴホッ!」


 信秀が口元を抑え咳をすると、血が手のひらにベッタリと付着していた。

 信秀はその手のひらを(にら)みつける。


(忌々しい…)


 一部の重臣以外には隠しているが、信秀は今年の秋頃から病に冒されていた。

 本当ならば、自らが出陣して今川と相対したかった。だが、それはこの病体では適わない。

 信秀は最も信頼の置ける男にこの戦の指揮を託した。


「平手、此度の戦、お主に任せる。」

「はっ!」


 信秀は重臣・平手(ひらて)政秀(まさひで)を大将として、織田軍は着々と準備を進めた。

 そして出陣当日。

 政秀の出陣に織田信長が見送りに来ていた。


(あの若が…珍しい。)


「それでは行ってきまする。」


 政秀が珍しがりながらも、信長に出発を告げた。すると次の瞬間、あの信長からは想像もできない言葉が返ってきた。


「じい、死ぬでないぞ。」


 信長は神妙な顔で、また真剣な眼差しで政秀に向かってそう言ったのだ。

 政秀は聞き間違いかと思ったが、聞き間違いでないことが雰囲気からしてわかった。


(若……)


 武士の礼儀作法を教えようとして、嫌がって逃げ出したあの若が。

 自身に対して散々ないたずらを仕掛けてきたあの若が。

 今は自分の心配をしてくれている。

 そんな信長の成長を垣間見て、感動して涙が出そうになったが(こら)えて、政秀はぶっきらぼうに返答した。


「不吉なことを。わしはそれほど弱くはありませぬぞ。」

「それもそうか。俺の杞憂(きゆう)だな。」


 信長はフッと笑った。

 すると政秀は、信長に課していた課題のことを思い出した。


「それはそうと若、何度も言いまするがわしのおらぬ間はわしの出した兵法の書かれた書物を読みなさってくだされよ。」

「書物など読むより、相撲を取っていた方が面白いわ。」


 信長はそっぽを向いた。

 政秀はヤレヤレと呆れる。


(これはやらぬな。少しは成長したがまだまだか。)


「わしが帰り次第、暗記で全て読んでもらいますからな。」


 そう信長に釘を刺すと、政秀は安祥城を目指して出陣した。

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