第六十一矢 美濃の蝮
紅葉で彩られた山々がその色を失い始め、厳しい寒さが到来を告げた冬。
駿府館では織田との戦に備えた評議が行われていた。
「……という作戦で行きたいと思うけど、何か質問ある?」
俺は今回の戦の作戦を伝え終えると、家臣たちの顔を見回した。
すると朝比奈泰能が声を上げた。
「殿、斎藤はどういたしまするか?」
「確かに…」
家臣たちが揃ってざわめく中、
「そんなもの、わしが蹴散らしてくれるわ!」
と、岡部親綱が意気揚々と豪語していた。
美濃国の斎藤道三。
兵力は今川と同等ぐらいであり、織田と婚姻関係を結んだ勢力で、美濃国の国主であった土岐家に代わり美濃国の実権を握っていた土岐家の重臣である。
いや、正確には土岐家の重臣《《であった》》。
そう、この間に道三はついに土岐頼芸を追放し、美濃国を手中に収め名実ともに国主となったのである。
その過程において、道三は謀略を駆使して重臣そして国主にまで上り詰めた。
出世のためなら手段を選ばないその姿は、ある意味ではこの乱世の模範であるだろう。
そんな道三は美濃の蝮と恐れられている。
俺は先ほどの泰能の質問に返答した。
「斎藤さん対策は打ってあるよ。まあ、成功するかはまだわかんないけど。」
ただでさえ手強い織田信秀に加えて、優秀な策謀家である道三と対峙すれば、今川軍は苦戦することは間違いない。
そうならないためにも、俺はあらかじめ手を打っていたのだ。
「おお…」
俺の返答を聞いて、泰能を始めとした家臣たちは一安心していた。
そんな中、
「もうあっちに届いた頃かな~」
俺はそう言うと、甲斐国へと思いを馳せた。
一方、その武田の本拠地・躑躅ヶ崎館の大広間では武田晴信が義元からの書状を読んでいた。
晴信は書状を読み終えると、今川の狙いを瞬時に察知した。
「なるほど…義元め、わしを利用するか。」
書状に書かれていたのは、武田に信濃国の木曽谷を攻めるように促すという内容だった。
信濃国・木曽谷。
美濃国との境目に位置するこの地は交通の要所であり、信濃国統一を目指す晴信が以前から手中に収めたかった地でもあった。
そんな木曽谷を代々支配するのは木曾一族である。
しかしこの木曾一族自体は小国の主でしかなく、さほど問題ではない。
問題なのは木曾義康が当主となってから、道三と親しい関係を築いているということだ。
武田が木曾攻めを行えば確実に斎藤は木曾に援軍を送り、実質的に武田と斎藤の争いとなるだろう。
それが今川の狙いだった。
武田が木曽谷へと攻め入ることで斎藤はそこへ兵を動かせざるを得ない。
そんな時に今川が安祥城へと進軍すれば、斎藤は織田に援軍を送れないか、もしくは通常より少ない援軍しか送れない。
すなわち、織田と斎藤の同盟の機能をほぼ停止させることができるのである。
だが、それには斎藤と刃を交える相手が必要だ。その相手に義元は武田を選んだのだ。
晴信は書状を丁寧に折りたたんだ。
「面白い…なれば、素直に今川に利用されようではないか。」
「本当によろしいのですか!?」
そばにいた飯富虎昌が驚いて素っ頓狂な声を出すと、晴信はゆっくりとうなずく。
「よい。どちらにせよ、いずれは戦わねばならね相手ではあるからな。」
(木曾には他の信濃の豪族に対するよい見せしめになってもらおう。)
晴信はニヤリとほくそ笑んだ。
「良かったー、これで今回の戦何とかなりそうだわ。武田さんには感謝だね。」
俺は武田が承諾したとの知らせを受けて駿府館でホッと胸をなで下ろした。
吉田氏好は俺に話しかける。
「では殿…」
「うん、準備も整ったことだしそろそろ安祥城攻め、始めよっか。」




