第五十五矢 田原城の攻防
「暇だの~」
朝比奈泰能はボーッとしながら、田原城を包囲していた。
今回は兵糧攻めということで、相手が兵糧不足で城から出てくるまではすることがなかった。
(早う駿府へ帰りたい。)
泰能は家族が恋しくなり、駿府に思いを馳せていた。
すると、後方が何やら騒がしい。
泰能が目をこらすと、白頭巾を被った男が今川兵に襲いかかっているのが見えた。
「あれは…もしや一向宗か!?」
そう、今川軍と一向宗の軍勢がついに接触したのだった。
その光景は田原城からもうっすらと見えていた。戸田康光は気分が高揚していた。
「ついに来たか、一向宗…!」
想定より早いが問題はない。
この今川軍を挟み撃ちにできる絶好の機を逃せば、永遠に今川軍には敵わないだろう。
「今すぐ仕度をせよ!あの今川共を今こそ討ち滅ぼしてくれる…!」
今川軍を倒せる算段が整った康光は、意を決して城から打って出てきた。
城から出た康光の目に映っていたのは、多数の今川兵であった。
だからといって怯むわけにはいかない。
「突撃せよ!」
康光の号令と共に田原城兵は今川軍へと突っ込んでいった。
一方、後方では一向宗が猛威を振るっていた。
「仏罰を受けよ!」
「神罰を受けよ!」
「神罰を受けよ!」
僧兵や門徒たちは揃って目を血走らせながらそう言って今川兵に攻撃していた。
(ここまでくると狂気だな…)
今川兵はある種の畏怖を抱いて一向宗と相対していた。
練兵などしてなければ、兵法も学んでなどない。戦法といっても、無我夢中に突撃するという一辺倒なことしかできない。
しかしそれを補うほどの信仰心、すなわち士気の高さが一向宗にはあったのだ。
「うーむ、強いなあ。」
泰能が困ったように言って少し考え込んだのち、
「よし、あやつを寄こすか。」
と、次の指示を出した。
「どういうことだ…?」
康光は違和感を覚えていた。
突撃して以降、田原城兵が攻め切れていないのだ。というよりも、今川兵が守りに入っているように康光は感じた。
(待てよ。まさか…)
康光が敵の狙いに気づいた時には一足遅かった。
その時にはすでに城兵たちに疲弊の色が見えていた。そこを泰能は見逃さなかった。
「今だ!攻めに攻めるのだ!」
泰能が号令をかけると、途端に今川兵は攻めの姿勢になった。
そう、泰能は田原城兵の攻撃を受け流すことで、敵の疲弊と士気の低下を誘ったのだ。
そして、それは長期に渡る包囲を受け続けた田原城兵にはとても効果的だった。
康光は歯を食いしばる。
「一向宗は何をしておる…!」
その一向宗はというと、ある一人の男に蹂躙されていた。
「まだまだできるであろう。かかってこい!」
由比正信は槍を片手に持ち、一振りで四、五人の僧兵を斬っていた。
正信は戦が好きだ。
戦は自分が生きていることを実感できる。
「あ~戦最高~」
正信は天を仰ぐと、再び悪魔のような笑みを浮かべながら槍を振るう。
(ば、化け物じゃ…)
そんな正信に一向宗の門徒たちは恐怖を覚え、徐々に逃げ出す門徒も出てきていた。
将なき軍は脆い。
恐怖は伝染していき、一向宗はあっという間に総崩れになったのだった。
(一体どこで何を間違えたのだ…)
全て企み通りにいっていた。
一向宗を動かすこともできたし、三河全土を混乱に陥れることもできた。
ただ康光の唯一の誤算は、その企みも一向宗の士気をも物ともしないほどに、ただ純粋に今川軍が強かったことである。
「…認めぬ。このようなことは絶対に認めぬぞ!!」
康光は喚くがどうにもならない。
今川軍は続々と康光に迫ってきた。
「貴様らごときに…貴様らごときにぃ!!」
それでも、康光は襲いかかる今川兵を数人ほど葬る。が、今川兵は減らないどころか、どんどんと押し寄せてくる。
(何のためにここまでしたと思っておるのだ!絶対にこんなところで…)
そこにはいつもの謀略を立てる康光はいなかった。そこにいたのは、戦に負けた敗将であった。
田原城兵は次々に倒され、無情にも今川兵の槍が康光の胴体を捉えた。
「このような、このようなことがあってたまるかぁぁぁぁ!!!」
断末魔と共に康光の胴体は宙を舞った。
戸田康光、討ち死に。
それはあまりにも呆気ない最期であった。




