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第四十六矢 春うらら

 庭園前の軒下で、俺は多恵と庭で遊ぶ五人の子供たちを見守っていた。


「鞠を一番長く蹴ったものが勝ちじゃ!」


 五郎の張り切った声がここまで聞こえてくる。

 それに姫二人と五郎の小姓たちもノリノリだ。

 崇孚はそれをそばで見守っている。


「少し前までは私の腕の中におさまっていたのに…時が経つのは早うございます。」


 多恵はそんな子共たちを見て愛おしく、そしてどこか寂しそうな表情を浮かべていた。


「そうだよねー、なんか最近あっという間に時間が過ぎていく気がするわ。歳?」

「殿は他の殿方に比べてとても若々しく見えまする。出会った頃から何一つ変わっておりませぬよ。」

「そう言ってくれると嬉しいです。」


 俺は多恵に頭を軽く下げた。


「どうじゃ、わしの蹴鞠は!」

「兄上すごーい!」

「その熱を勉学にも当ててほしいものだ。」


 子供たちが蹴鞠をしてキャッキャッと楽しそうに遊んでいるのを見て、俺はふと京の寺で修行していた頃のことを思い出していた。


 修行に飽きたら近所の子供と蹴鞠をして遊んで、そして和尚に叱られて…


(あいつら…元気かなあ?)


 和尚とは崇孚を通して今も時々文がくる。

 文からでも伝わるぐらいの元気ぶりでまだまだ長生きしそうだ。

 相変わらず説教口調でやかましいけど、読み終えるといつもどこか懐かしみを覚えて嫌な気はしない。

 とはいえ、それでも対面では今川家当主となって以降会っていない。


(もう一度会いたいなー)


「今度お忍びで京都まで行ってみたいな。」


 俺がそうつぶやくと、多恵が反応した。


「京…私も一度行ってみとうござります。」

「多恵は京都行ったことないの?」

「はい、この駿河に来るまで一度たりとも甲斐を出たことがありませんでした。」

「そっかー…お忍びで京まで行きたいけど、ちょっと距離がありすぎんだよねー」


 俺は遠い空を見上げた。


「三河と尾張を奪れれば一歩近づくけど、まだまだ遠いなー」

「三河といえば、此度松平殿の嫡男が駿府館に来ると聞き申しました。」


 俺が松平広忠に送った書状に対しての広忠の返答はYESだった。

 それから松平との調整は順調に進み、近日中に松平竹千代を護送して駿府館に送り出すことが決まったのだ。


「そうそう、その竹千代君なんだけどさ、駿府館に来たら崇孚に五郎たちと一緒にまとめて面倒みてもらおうと思ってるんだよね。」

「五郎たちと一緒に、ですか…?」

「うん、人質といってもまだ小さい子だし、何より五郎の友達は多いほうがいいと思って。やっぱ俺の考え方変かな?」


 多恵は少しばかり沈黙したのちに返答した。


「人質の子を重臣の子のように扱うのは確かに変かもしれませぬ。ですが、私も殿と同じ考えでございました。」

「てことは俺たち変人夫婦だね。」

「はい。私共は変人夫婦にございます。」


 多恵はニコリと微笑んで言った。

 春の日差しが暖かい。


「ふああ、なんか眠くなってきたなぁ…」


 俺は一つあくびをすると、眠気に勝てずスースーと柱にもたれかかって居眠りをしてしまった。


「まあ、こんなところで…」


 多恵はフフッと笑い、そっと羽織っていた着物を俺にかけた。


 尾張国・古渡(ふるわたり)城―


「今川義元、やはり介入してきたか―」


 竹千代の件は、織田信秀にも伝わっていた。


 織田は今まで武力を以て三河国での影響力を高めていった。

 それに対し、今川は松平を懐柔し人質を取ることで、武力を使わずしてこの三河国を制そうと目論んでいるのだ。


(今川の思い通りにはさせぬぞ…!)


 すると信秀は、大広間が少しざわめいているのに気づいた。

 無理もない。

 この今川の介入を許してしまえば、今川が織田と全面的に対峙(たいじ)することになり、織田が三河国を奪ることが難しくなってしまう。

 それは何としてでも避けたかったのだ。


「案ずるでない。このようなこともあろうかと、すでに手は打っておる。」

「おお…」


 信秀が余裕げに言うと、大広間は安堵に包まれた。


(三河はこの信秀のものじゃ…!)


 織田と今川。この両者による三河国をめぐる争いが本格化していく―

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