第四十一矢 奪還
「勝鬨を上げよ!!」
狐橋では今川軍の勝利を喜ぶ声が響きわたっていた。しかし、まだまだ勝利の美酒に酔うのは早い。
今川軍は河東の地全土を奪還するために、まずは距離が一番近い葛山城へと進軍を始まる。
一方で敗走していた北条軍は敗戦で沈んでいた。その中でも一際、北条氏康の顔は暗かった。
今川義元を討つ大きな機会。
その機会を氏康はものにできなかった。
悔しさも湧き上がらない。ただただ、氏康は自身の無力さに打ちひしがれていた。
北条の大敗、そして今川軍が葛山城に向かっていると聞いて、かつて今川を離反した葛山氏広の息子・葛山氏元は指を噛んで、うろうろと部屋内を歩き回っていた。
氏広はすでに亡くなっており、氏元が城主として治めていた。
(まずいまずいまずい!このままでは我が城が攻め落とされてしまう…降伏すべきか?じゃが…)
氏元はチラッと氏元の傍らでおとなしく座っている女子を見た。その女子の名は千代。氏元の妻でもあり、北条氏綱の娘である。
(北条の娘を連れて降伏などできるはずもない…ああ、わしはどうすればいいのじゃ。)
そう氏元が考えあぐねていると、自身の配下が慌てて氏元のところへと駆けつけた。
「なんじゃ、こんな時に…」
「殿、今川より使者が来ておりまする!」
「なんじゃと!?」
氏元は喜んで今川の使者を城内に引き入れた。
すると、使者がさっそく本題に入った。
「単刀直入に言いまする。葛山殿、降伏しなされ。」
(今川から降伏の勧告をしてくるとは…わしはついておる…!)
氏元の返答はわかりきったものだった。
「我らは今川に降伏する。」
こうして、葛山城はあっさりと降伏したのであった。
俺は少し呆れていた。
「いや、俺たちからしたら葛山城に時間食わなくて良かったけど、なんかすぐ寝返るよねあの人たち…」
ちょうどそばにいた岡部親綱も憤慨していた。
「不忠者にもほどがある、わしが直々に切り捨ててくれるわ…!」
そして、さらに今川軍は進軍する。
次に今川軍が狙いをつけたのは興国寺城だった。
今川軍が興国寺城へと進軍する中、興国寺城が城主・垪和氏続は今川の降伏勧告を無視して城から打って出てきた。
兵力差は圧倒的で勝敗はわかりきっていたが、それでも僅かな勝機に希望を見いだしたのだった。
今川軍は興国寺城への通り道にある森を通過していた。
すると、突如として両側面の茂みから兵が飛び出してきた。
そう、興国寺城兵は森の茂みに潜み、奇襲攻撃を仕掛けたのだ。
突如現れた敵兵に今川軍は対処することができなかった。
奇襲は成功した。
しかし、上手くいったのは序盤だけであった。
時が経つにつれて、どんどんと今川兵が押し寄せ、興国寺城兵はみるみるうちに数を減らしていく。
(くそっ、せめて一人でも多く今川兵を道連れに…!)
氏続は最期まで今川兵相手に奮戦するが大軍を前に敵わず、最期は朝比奈泰能に討ち取られた。興国寺城兵に勝利した今川軍はそのまま興国寺城を包囲した。
主を失った興国寺城は脆く、あっという間に落城してしまった。
興国寺城、葛山城を立て続けに落とされ、河東の地にある主な北条方の城は北条一門・北条長綱が城主として治める長久保城のみとなってしまった。
今川軍はその城にも進軍して、これを包囲した。
そこまではよかったのだが、それからというもの堅守の長久保城を攻めあぐねていた。
「うーん、あんまり時間をかけたくないんだけどなあ。」
俺が急いでいるのには三河国の情勢が関係していた。
俺たちが河東の地を再び奪還するために北条と戦をしているのを機と見たのか、尾張国の国主・織田信秀が三河国に進出しようと乗り出したのだ。
同じく三河国への進出を目論む俺としては、それは何としてでも阻止したかった。
(あわよくば相模国の城もと思ったけど、やっぱりそんな甘くないか…)
「ここいらが限界かな。氏ちゃん。」
俺はそばにいた氏好に命じた。
「晴信に停戦交渉の仲介を頼んでくれる?」
「はっ、承知いたしました。」
そして、武田晴信の元に義元の使者が来た。
「ふむ…なるほど、承知した。我らが停戦の仲介をしよう。」
晴信の返答を聞いて使者が去った後、板垣信方は晴信に確認した。
「よろしいので?」
晴信はうなずく。
「今こそが我らが両家に貸しを作る絶好の機よ、逃す手はあるまい。」
晴信はニヤリと笑みを浮かべていた。




