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第三十二矢 武田さんがやって来た

「まあ、かわゆい。」


 乳母の腕の中でスヤスヤと眠る初孫を寿桂尼

 が愛くるしそうに頬に触れていた。


「氏輝や彦五郎、義元の時を思い出します…」


 寿桂尼がそうつぶやくと、


「寿桂尼様、殿はどのようなお子だったのですか?」


 自身の夫の幼少期が気になって多恵が興味津々な様子で寿桂尼に(たず)ねた。


「そうですね…義元は氏輝らと比べて好奇心旺盛でいつも館中を探検していましたよ。あの頃が懐かしい…」


 寿桂尼は目を細めて昔の思い出を懐かしんでいた。


「殿は昔から変わりませぬなあ。」


 多恵は自分が実際に見たかのようにその光景が思い浮かんだ。


(へえー義元って俺が転生する前からこんな感じだったんだ。なんか意外。)


 そして、時が経つのは早いものでそれから三年の月日があっという間に過ぎていった。


 その間、俺と多恵の間には蓮嶺(はすね)姫と(ふく)姫の二人の女児をもうけた。

 この三年で、五郎は俺に似たのか好奇心旺盛に育ち、歩けるようになるとよく俺や多恵と一緒に庭園を探検していた。


「ちちーえ!これは何にございますか?」


 五郎はキラキラと目を輝かせて葉の上を歩いていたテントウ虫をじーっと見ていた。


「これはテントウ虫だね。」

「テントウむし!変な名前!」


 五郎はキャッキャッとして、探検を楽しんでいるようだった。

 探検も終わり、歩き疲れたのか五郎は多恵の膝の上でスヤスヤと眠っていた。

 多恵はそんな五郎の頭を優しい手でなでながら、五郎のことについて俺に提案を持ちかけていた。


「殿、そろそろ五郎に教育係を付けさせてはいかがでしょうか。」

「えー早くない?もうちょっと育ってからでいいと思うんだけど。」

「私は小さいうちから作法や読み書きを学んだ方が、より自然な所作として身につくかと思いまして。」

「うーん、確かに一理あるかも…」


 ということで五郎の教育係を探すことになったが、これはすんなりと決まった。


「拙僧が、か?」

「うん、承菊先生にやってもらおうと思ってるんだけど…ダメ?」


 俺は五郎の教育係に、かつて俺の教育係でもあった崇孚を指名したのだ。


「別によいが、なぜ拙僧なのだ?」

「だって承菊先生の教え方めちゃめちゃ上手いもん。勉強嫌いの俺が勉強ができるようになったんだし。」

「…わかった。おぬしの子を立派な武士に育て上げよう。」

「うん、よろしくね。」


 そんな中、可愛い孫を一目見ようと甲斐国から武田信虎がやって来た。

 俺は大広間にて信虎と対面する。


「…顔を合わすのは初めてじゃの、義元。」

「そう言えばそうですね。初めましてお義父さん。」


(なるほど…晴信(あれ)が言うように確かに妙な得体の知れなさがある男じゃ。)


 信虎はそう義元という男を瞬時に評価した。


「遅くなってすまぬな。本当はもっと早めに訪れたかったのだが、いかんせん信濃国の平定で忙しくての、ようやく一区切りついてこうして参ったのじゃ。」

「本当に忙しい中ありがとうございますー」


 信虎は話題を関東のことに変えた。


「しかしながら、関東は戦が耐えぬのう。」


 ことの発端は、北条軍が扇谷上杉家の本拠地・河越城を急襲したことから始まった。

 まさか本拠地が攻撃されるとは思わなかった上杉朝定は北条軍を前に為す術がなく、河越城を放棄して他の城へと逃れた。


「このままではまずい…至急兵を集めよ!」


 これに危機感を抱いたのが扇谷上杉家を支援し、古河公方家と敵対していた同じく足利将軍家の血を引く小弓公方家の当主・足利義明(よしあき)であった。

 義明は自ら兵を率いて北条軍を牽制(けんせい)して北条家と全面対決の姿勢を示した。

 共通の敵ができた古河公方家と北条家は手を組み、これに対抗して小弓公方家との戦に挑んだ。

 戦は一年ほど続いたが、結果は北条氏康の活躍もあり北条軍の大勝。

 また、氏康によって義明は討ち取られ小弓公方家は滅亡した。

 これにより、北条家はさらに勢力を拡大したのだった。

 しかしその矢先のこと、北条家に激震が走る。

 北条氏綱が死去したのだ。


「しかし氏綱が死んだとはいえ、未だに北条の勢力は強大…河東の地を取り返すのは至難であるぞ。」

「だからといって、いつまでも河東を奪われたままにはしておけないんで、今は奪還するための下準備をしているところっす。」

「ほう…まあ楽しみにしておこう。―して、我が孫はどこにおるのじゃ。」


 俺はひとまず信虎を多恵たちがいる部屋へと連れて行った。

 部屋まで案内すると、信虎に気づいた多恵が少し嬉しそうに頭を下げた。


「お久しぶりにございます。」

「おお、多恵か!息災であったか。」


 すると、信虎は多恵の横にちょこんと座っていた愛らしい子供に気づいた。


「そちが五郎か!多恵の文の上では知っておったが、こんなにもかわゆいとは!」


 信虎は孫に会えた歓喜のあまり、手が震えていた。五郎は首をかしげる。


「ははーえ、ちちーえ、この人は誰にございますか?」

「この方はそなたのおじじ様ですよ。」

「おじじ様!」


 五郎はトテトテと信虎に駆け寄ってぎゅっと信虎を抱き締めた。

 信虎はすっかり舞い上がってしまい、


「多恵!この子は将来立派な武士となるぞ!わしが言うんじゃ、間違いない!」


 と太鼓判を押していた。

 また、乳母の腕の中で眠っている福と蓮嶺にも気づくと、


()いの~」


 いつもの厳つい顔からは想像できないにやけ顔で見つめていた。


 念願の孫たちとの交流を果たした信虎は、上機嫌で甲斐国へと帰路についた。

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