表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/106

第二十九矢 生と死の狭間で

 その日、俺はいつも通りの朝を迎えていた。ふとんから起き上がり、顔を洗い、多恵と朝食を食していた。

 そして朝食を食べ終えたその時、俺はドタッと突然倒れてしまった。体がもの凄く熱い。

 小姓たちは二、三人がかりで俺を俺の部屋へと運んだ。


 高熱は四日経っても治まらず、俺の意識は朦朧(もうろう)としていた。多恵は自身が病にかかる可能性があるにも関わらず、付きっきりでそばにいてくれた。

 この四日間、今川家専属の薬師(くすし)が様々な薬を処方するも、俺の病が一向に治る気配がなかった。


「奥方様、こちらへ…」


 薬師は深刻そうな表情を浮かべながら、多恵を部屋の外へと誘導した。

 多恵は不安そうに薬師に聞く。


「薬師殿、殿の病は治りましょうか。」

「手は尽くしましたが、これはもう…」

「そんな…何とかならぬのですか。」


 多恵は絶句して薬師に訴えかけるが、薬師は横に頭を振った。


「残念ながら…」


 そんなやり取りがかすかに耳に聞こえながら、俺は意識を失った。


「ん…」


 再び目を開けると、俺の体は真っ赤な花々に埋もれていた。今まで重かった体が軽い。


「ここは…」


 起き上がってみると、辺り一面には彼岸花が咲き乱れていて、すぐ目の前には澄んだ川が流れていた。

 俺は悟った。

 ここはあの世とこの世の境目なのだと。

 不思議と俺はそのことに落ち着いていた。


「この川がが三途の川かー、今まで血が流れているんだと思ってたなあ。」


 俺が三途の川を眺めていると、


「ここにおったのか。探したぞ。」


 横から人の声が聞こえてきた。

 声のしたほうを見ると、一人の壮年の男が俺に近づいてきた。


「…えーと、誰?」

「なぬ!せっかくここまで迎えに来たのに、おぬしは父の顔を忘れたのか!」

「確か…氏なんちゃらさん?」


 男は呆れると、自ら名乗った。


「……もうよいわ。今川氏親。おぬしの父の名だ。よう覚えておくがよい。」


 氏親は俺を川岸の木船のところまで連れて行った。


「では、行くぞ。」


 氏親たちは俺を木船に乗せようと俺に手を差し伸べた。

 俺はその手を取らない。


「…どうした。」


 氏親がそう聞くと、俺は氏親に謝った。


「ごめん。俺はまだそっちにはいけない。」

「なぜじゃ?」

「…俺のことを待っている人がいる。その人のためにもまだ死ぬわけにはいかない。成し遂げたいこともあるし。」

「成し遂げたいこと?」

「天下統一。」


 氏親はポカーンとした後、


「…冗談か?」


 と聞くが、義元の眼差しを見てそれが本気だと察した。


「ガハハハそうか!それならば、確かに死にきれぬなあ…わかった。なれば、今川の当主としてその命が尽きるまでやり切るがよいわ!」


 すると、


「殿!」


 という声が響きわたった。


「どうやら、おぬしを待っている人が呼んでおるようじゃな。」

「多恵…」

「さあ、おぬしはあるべき場所へと帰るんじゃ。そろそろわしに孫を見せるのじゃよ。」


 そう氏親が言うと氏親の姿が消えて、辺りは光に包まれた。


「殿!殿!死んではなりませぬ!」


 部屋では、多恵が大粒の涙を流して必死に義元に呼びかけ続けていた。

 多恵と薬師が再び部屋に入った時、義元は意識がなくなったのと同時に息が止まっていたのだ。

 すると、義元から弱々しいが呼吸音が発せられ始めた。


「と、殿が息を!」


 すると次の瞬間、俺はうっすらと目を開けた。

 目の前には涙を流している多恵の姿があった。


「……多…恵…?」


 多恵は思わず、義元を抱き締めた。


「よかった…真にようござりました…!」

「うん、心配かけてごめん…」


 俺もまた多恵を抱き締める。

 一方、薬師は義元が息を吹き返したことに驚いていた。


(信じられぬ、奇跡としか言い様がない…!)


 その後、俺の体調は順調に回復していき、俺と多恵は駿府館の庭園内を散歩していた。


「そういえば、あの時誰かと話していたんだよね。誰だったかなー」

「今川のご先祖様が殿を死から救ってくださったかも知れませぬね。」

「確かに先祖さんかも。」


 そして季節は変わり、(うぐいす)の鳴き声が聞こえる春が訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ