第二十五矢 怒れる北条家
時は遡り、多恵が今川家に嫁入りする少し前のこと―
今川家と武田家が同盟を結ぶという一報が北条家の本拠地・小田原城にも伝わってきていた。
「なんじゃと…それは真か?」
現北条家当主・北条氏綱は厳格そうな顔をさらにしかめていた。
「真にございまする。」
今川が武田と同盟を結ぶ。
それはすなわち今川が甲斐攻めを諦めるということだ。そして、それは今川の手助けを得て同じく甲斐攻めを行っていた北条に対しての忠告でもあった。
「つまり、今川は我ら北条も甲斐から手を引けと申しておるわけか…!」
(多数の犠牲を払っておいて、今さら甲斐を諦めるこてなどできるわけなかろう!)
ふつふつと氏綱の静かなる怒りが家臣たちにも伝わってくる。大広間が静まり返っていると、氏綱の嫡男である北条氏康が堂々と私見を述べた。
「しかしながら父上、今川の提案は良き案やもしれませぬ。」
「なに…?」
「我らと武田が刃を交えてはや十余年、これといった成果はあげておりませぬ。」
家臣たちはザワッとざわめいた。
それに構わず、氏康は氏綱に提案をした。
「盟友の今川が武田と同盟を結んだ今、我らも武田と和議を結び、東の山内上杉や扇谷上杉と戦をするべきと存じます。」
この時期、北条家の周辺は武田家の他にも強大な敵がいた。
それが山内上杉家と扇谷上杉家である。
この両家と北条家は宿敵として関東の覇権を長年争っていた。
しかしこの頃は、扇谷上杉家当主・上杉朝興が病に伏せており、北条が扇谷上杉の領土に攻め込むのには絶好の機会だった。
氏康の提案を聞き、家臣たちの意見は真っ二つに割れた。
「若がおっしゃる通り、武田よりも厄介でかつ現在弱っている上杉と戦をした方がよいのではないか?」
「いや、今川の行動には目に余るものがある。今川を戒めるためにも、駿河攻めを真っ先に行うべきぞ。」
家臣たちの議論で大広間が騒がしくなる中、
「静まれ。」
氏綱の一声で家臣たちは議論するのをやめた。氏綱は自身の考えを家臣たちに伝えた。
「我らは駿河攻めを行う。今川は先の内乱で未だ国内が不安定じゃ。今、一番攻めどきなのは今川であると見た。」
評議終了後、廊下を歩く氏綱を氏康は引き留めようとしていた。
「父上、考え直してください!今川とは古くからの盟友であり、婚姻関係にありまする!」
「だからどうした。氏康、おぬしはちと頭が硬すぎる。それではこの乱世を生き抜けぬぞ…」
「ですが父上!」
「これはすでに決したこと、皆の士気が下がるようなことをこれ以上申すな!」
氏綱は氏康を振り払うと、戦の準備をするため自室へと籠もった。
「今川義元めが…我らを侮ると後悔するぞ…!」
こうして、北条氏綱は一万もの大軍を率いて駿河国へ侵攻を開始したのだった。
一方、駿府館では緊急の評議が行われていた。俺は呆れ気味に嘆いた。
「三勢力で仲良くすればいいだけじゃん。なかなか上手くいかないなー」
それを聞いて崇孚は笑い出した。
「ははは、世の中はそう上手くいかないものだ。」
「崇孚殿、これは笑い事ではございませぬ!」
朝比奈泰能はキッと笑う崇孚を睨んでいると瀬名氏貞が状況整理を始めた。
「北条の領土に最も近い城は葛山城ですが、城主の葛山氏広は北条氏綱の実弟。恐らく早々に降伏するでしょう。」
「うーむ、まずいのう。」
三浦範高はアゴに手を当てて、冷や汗を垂らしていた。
「このままだと、北条軍に領土をゴッソリ獲られかねませんな。」
重い空気が流れる。
無理もない。まだ内乱の影響で国内が不安定な時にこの北条の侵攻。
誰でもたまったものではない。
俺はパンッと手を叩いた。
「悪い方に考えない。そんな風に考えていたら、幸運も逃げちゃうよ!」
家臣たちはポカーンとした後、皆少し肩の荷が降りたかのように穏やかな空気になった。
「確かにそうでございますな。前向きに考えねば。」
範高はそう考え直した。
「本当は俺が先頭に立って行きたいところだけど、俺が今ここから離れたらもっと不安定になりかねないので、承菊代わりに行ってきてくれる?」
「はっ―拙僧で良ければ。」
「じゃあ皆さん。頑張ってこの逆境を耐えましょう!」
「はっ!!!」
その後、崇孚は六千の兵を引き連れて、北条軍の侵攻を止めるために出陣した。




