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第九十三矢 対照的な二人

 岡部元信にとって、父・岡部親綱は永遠の憧れであった。

 戦から堂々と帰還してくる親綱の姿は、幼い頃の元信には息子として誇り高かった。

 しかし、そんな親綱も歳には勝てず、二年前に家督を元信に譲った。

 これからは父の分まで、今川を自分が支える。

 その覚悟を胸にして、親綱が長年使用した槍を手に取った。

 そして、現在。


「どけええ!!!」


 元信は味方の誰よりも速く敵軍に突撃して、瞬く間に敵兵を倒した。


(父上はこんなものを振るっていたのか…)


 親綱から受け継いだ槍は、以前の槍と比べ物にならないほど重かった。

 元信は改めて父の偉大さを実感し、敵兵を屠っていった。

 その迫力は敵兵を萎縮し、味方の兵の士気を高めた。

 そうして今川軍がさらに勢いづき、吉良軍の仁木常勝の軍勢が押し込まれていく。 

 結果として、初手で遅れを取った吉良軍は防戦一方となってしまったのだった。


(やはり、割に合わんな。)


 そんな最中、常勝はやる気がないような淀んだ目をして戦場に立っていた。

 だが、常勝はまだ戦意を失っていなかった。

 それには大河内信貞との約束が関係していた。


 出陣前のこと、常勝は信貞に呼び出されていた。


「此度の戦、おぬしに先鋒を任せたい。」

「はっ…」


 常勝がやる気なさげに返事をした。

 今川に勝てるわけがない。 

 極めて無駄で何の意味も為さない戦。

 しかも、先鋒となれば高い確率で討ち死にするだろう。

 絶対に嫌だ。

 そんな思いが常勝の顔に出ていたのか、信貞が冷たい視線を常勝に向けている。

 気まずく重たい空気が流れる。

 しばらくして、信貞が沈黙を破った。


「…よかろう。活躍次第では、おぬしにそれなりの褒美をくれてやろう。」

「褒美、とは…?」


 常勝がつかさず、図々しくもわざとらしい声色で聞いた。


「………」


 信貞はジロリと睨みつけるも、答える。


「そうだな…もし戦に勝利したならば、相応の地位と領地を与えてやる。」


 地位と領地。

 その言葉に、常勝がピクリと反応した。

 常勝にはある野望があった。

 それは贅沢に暮らすことだ。

 地位と領地、この二つが同時に手に入れば、常勝の野望があっさりと叶う。

 危険こそあるものの、この機を利用して一気に全てを手に入れるか。

 はたまた、いつになるか分からない次の機を狙うか。

 答えは明白だ。

 常勝はすぐさま快諾し、今に至る。


(とはいえ、このままでは兵が削られるばかり…)


「皆の者、退け。」


 常勝は一旦後退して、態勢の立て直しを図ろうとした。

 だが兵力差と敵の士気の高さを前に、なかなか後退することすらできない。

 そしていつの間にか、常勝の軍勢の兵数は開戦前の半分以下となっていた。


「どうなっておる…まだ始まって四半刻も経っておらぬぞ!」


 吉良軍本陣では、味方の劣勢に吉良義安が慌てふためいていた。

 義安はそばにいた大河内信貞に言った。


「大河内、もう軍を動かして良いのではないか!?」

「《《まだ》》、その時ではございませぬ。」

「ではいつなのじゃ!今動かなくして、いつ動くのじゃ!!」


 義安の中では、苛立ちと不安が時間が経つに連れて積み重なる。

 対して、信貞は余裕の表情を浮かべていた。


 その頃、戦場の中央で常勝は次の展開について考え込んでいた。

 今のところ、活躍どころか醜態ばかり晒している。

 このままでは、褒美は愚か自身の命も危ない。

 ここから何とか持ち直さなければならない。

 とはいえ、ここから形勢逆転できるような策は全く思いつかない。

 考え抜いた末、常勝はある結論にたどり着く。


「ならば自ら槍を振るい、兵を鼓舞するまでよ。」


 そう思い立つやいなや、さっそく前線に出ようとした。その常勝の姿を元信が捉えた。


「敵将、見つけたり…!」


 元信は目をギラリと輝かせ、騎兵を引き連れ一直線に常勝の元へと進んでいく。

 常勝もまた、元信に気づいた。

 凄まじい気迫を放ち、鬼のような形相をした敵将が向かってくる。

 常勝の本能が言っていた。

 あれには勝てない、と。


「それがどうした。」


 常勝の頭にあるのは、自身の野望のことのみ。

 野望を阻む輩は誰であろうと許しはしない。

 例え、それが名だたる将だとしてもだ。

 常勝はそのまま、元信の方へと向かった。

 お互いの距離が見る見るうちに、縮まっていく。

 そして、ついに両雄の槍が交わった。

 槍と槍がぶつかる音が辺りに響く。

 初撃はやや元信が力で押した。


「ぐぬ…」


 だが、常勝も負けじと押し返す。

 両者の力にさほど差がなく、どちらとも時が止まったかのように動かなくなった。

 二人の周りでは、双方の兵たちによって壮絶な殺し合いが展開されている。

 それでも動かない。


(…(らち)が明かぬわ。)


 しびれを切らして先に動いたのは、常勝の方だった。

 常勝は一度槍を引き、攻めに転じようとした。

 そこを元信が見逃さなかった。


「せいっ!!!」


 元信が常勝の胸目がけて、槍を前へと突きだした。

 だが、いつもより少し動作が遅れた。


「っ!」


 常勝は反射的に仰け反り、間一髪のところで(かわ)す。


(外したか…!)


 自信のあった突きを敵のまさかの反応で躱され、元信は動揺した。

 その隙に常勝はひとまず元信から離れ、少し距離を置いた。


 今川の為に戦う元信と自身の欲の為に戦う常勝。

 対照的な二人の将が、この戦場で相対した。

 しかし二人の戦いとは別に、全体の戦況は大きく変わりつつあった。

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