Just the Two of Us──元・天才ピアノ少女の決意
※武頼庵(藤谷K介)様主催『【能登沖地震復興支援!!】繋がる絆企画』参加作品です。
※作中イラストはMicrosoftのImage Creatorにて生成しました。
学園祭初日──体育館のメイン・ステージ袖。
舞台の上では、男子数人のロック・バンドが流行りの曲を演奏している。あまり巧くはない。
出番がもうすぐなのか、楽器を手にした4人の女子が、緊張したような顔で小声で励まし合っていたが、その中の一人がひとり待っている私に気づいて声をかけてきた。
「ねえ、牧野さんは緊張しないの?」
「ああ、うん。子供の頃から演奏会には慣れてるから」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
──私は物心ついたころから、ひたすらピアノに打ち込んでいた。国内の大きなコンクールで何度も優勝し、『天才』『神童』とまで呼ばれていたこともあったのだ。
音楽家の両親も、私の将来には大いに期待していたのに──私の栄光は小学校までで終わってしまった。
今も、何人かの人がこそこそと背後でウワサしているのがわかる。
──『牧野唯はとっくに終わった元・天才』なのだと。
中学に上がった頃から、私はコンクールで勝てなくなっていった。
技術や表現力の点でライバルたちに抜かされたとは思っていない。でも、徐々に優勝どころか上位入賞すら逃すことが増え──そして中三の夏。
全国の音大付属高校やピアノ科のある高校の受験課題曲が発表された時に、私のピアニストへの道は完全に閉ざされてしまった。どの学校の課題曲も、私にはまともに演奏できない曲ばかりだったのだ。
『あなたにプロの演奏家は難しいと思う。残念だけど、あなたの指導からは降りさせてもらうわ』
師事していた先生からも、ついに見放されてしまった。その日のうちにレッスンを辞めて──私はピアニストへの途をあきらめた。
やがて普通科しかない地元の高校を受験して、ごく普通の高校生になった。
でも、ずっとピアノしか弾いてこなかった私は、クラスメイトの輪にもうまく入れず、教室でもずっとひとりだった。
家でも両親が腫れ物に触るように接してくるのが煩わしくて、帰りたくなかった。
放課後、誰もいない音楽室でピアノに当たり散らすようにめちゃくちゃに弾くのが、いつしか私の日課になっていた。
──そんなある日。私の目の前にあの人が現れたのだ。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ『月光』第三楽章。
低いところから駆け上がるような速い短調のフレーズと、叩きつけるようなオクターブの和音2回、その繰り返し。
でも私には弾けない。だから、和音の代わりに適当なフレーズを弾く。そのまま駆け上がり続けたり、逆に一気に駆け降りたり。
こんなのデタラメだ、ベートーヴェンへの冒涜だ。でも構うもんか。どうせ誰も聞いていないんだから。
「──うわ、めちゃめちゃ巧いじゃん!」
いきなり背後から声をかけられて、手が止まった。声をかけてきたのは、かなり大柄な女子だ。
170センチくらいはありそうで、グラビア・アイドルみたいにメリハリの強烈な体形。ロングの茶髪を無造作に束ね、肌は健康そのもののように小麦色に灼けていて、あっけらかんとした眩しい笑顔。──何もかもが私とは真逆だ。
「えー、何なに、プロを目指してる人ー?」
今一番言われたくないことをへらへらと言われて、頭に血が昇る。私は思わず立ち上がって、その無神経な女を見上げるように睨みつけた。
「プロ──? そんなのとっくに無理だって烙印押されましたよ! 見て下さい、この子供みたいな手。1オクターブも満足に届かないんですよ!」
手のひらをつき出して、その女に見せつけてやった。
──私は小6の時に140センチで身長が止まり、中学の3年間で1ミリも伸びなかった。手のサイズも子供の頃のままだ。精一杯広げれば、辛うじて小指の先が1オクターブに届くけど、間の音も弾こうとするともう届かなくなってしまうのだ。
こんな子供みたいな手では、弾ける曲も極めて限られてしまう。現に、受験用の課題曲は全滅だったのだ。
そんな残酷な現実を受け入れざるを得なかった私に、軽々しく『プロを目指してる?』だなんて──!
「──あっ⁉ ごめん、無神経だったよね? マジごめん!」
拝むように両手を合わせて、窮屈そうに体を折り曲げて頭を下げるその人の姿に、すっと頭が冷えてきた。
「はあ。もういいです」
「ホント、ごめんね。で、もし違ってたらまたゴメンなんだけど──もしかして牧野唯ちゃん?」
──まあ、こんな身長でピアノが巧いとくれば、わかる人にはわかるか。
でも『ちゃん』付けは、子ども扱いされてるようで、あまりいい気はしない。
「ええ、まあ」
「やっぱり! 何て言うか、音色がもう『タダモノじゃない!』って感じだったんだよね。
あ、自己紹介がまだだった。私は2年の神崎渚だよ」
──今気づいたけど、その渚センパイは何かの楽器のハードケースを手にしている。
「あ、吹奏楽部の練習ですよね? すみません、すぐに退きます。
どうせ暇つぶしにデタラメ弾いてただけですから」
「ああ、別にいいよ。私、吹奏楽部じゃないし。
それより、唯ちゃん。ちょっとアナタに見せたいものがあるんだけど──今度の日曜って空いてないかな?」
「──はぁ?」
妙な押しの強さに負けて、私は休日の繁華街、地下への降り口で渚センパイを待っていた。
本音を言うと、ここにはあまり近寄りたくなかった。
ここの地下街の中央広場には、ストリート・ピアノがある。誰でも気軽に弾いていいピアノだ。でも、巧い人なんてほとんどいない。たまに通りかかっても、中高生の集団がきゃいきゃいと遊んで弾いているくらいだ。
今の私には、人が幸せそうにピアノを弾いている光景そのものが──痛い。
「──唯ちゃん、お待たせ!」
5分遅れでセンパイが到着した。人を呼びつけておいて遅れるなんて、ずいぶん図太いよね、この人。
それにしても、改めて見るとやっぱりすごいプロポーションだ。すらっと長い脚をスリムジーンズに通し、上はTシャツの上に麻の薄いジャケット。肩越しに楽器のケースを担いだ姿は、色気なんてまるでない格好なのに、スタイルがいいのでモデルみたいにばっちりキマってる。幼児体系の私とは大違いだ。
コンプレックスをもろに刺激されて、つい口調もつっけんどんになってしまう。
「まあ、別にいいですけど。
それより、どうしてここなんです? まさか『ストリート・ピアノを弾け』なんて言うつもりじゃないですよね。
言っておきますけど、『絶対にお断り』ですから」
「あはは、そんなんじゃないよ。
今日、面白いピアニストが来てるんだよね。『ジョセフ・ミラー』って人、知ってる?」
まったく聞いたことがない。たぶんクラシック畑の人じゃないんだろう。
「──で、その演奏を聴いて、私にどうしろと?」
「うーん……。まあ、とにかく一度聴いてみてよ。別に、何かを強制するつもりはないからさ」
センパイに背中を押されながら地下街をしぶしぶ歩いていくと、少しずつピアノの音色が聞こえてきた。
──うん、確かにかなり巧い。腕に覚えのある素人が弾いているのとは、明らかに音色が違う。
ジャズっぽいリズムだけど、この曲はかなり古いポップスだったと思う。ええと、タイトルは──?
「これは『Just the Two of Us』っていう大昔のヒットソング。
──まあ、日本では『クリスタルの恋人たち』なんていうクソダサい邦題つけられちゃったんだけどね」
背中越しにも、センパイが苦笑いしているのがわかる。
やがて中央広場につくと──そこでは人々の輪の中で、手足の長い長身の外人が楽しそうにピアノの鍵盤と戯れているのが見えた。
興が乗ってきたのか、足でリズムを刻む音も聞こえてくる。信じられない、クラシックの世界では絶対に許されないことなのに。
でも周りを囲む人たちは、そんなことはお構いなしにノリノリでピアノに合わせて裏拍の手拍子を叩いている。
そして、もっと驚いたことに──その輪の中で、4・5歳くらいの子どもたちがお尻をふりふり、気ままに可愛いダンスを踊っていたのだ。
こんな古い曲、この子たちは聴いたことすらないはずだ。でもリズムに合わせて、本能的に身体が動いてるんだろう。
その光景はあまりに平和で、あまりに幸せそうで、そして今の私にはあまりに眩しすぎて──。
「──何で私にこんなものを見せるんですか?」
自分でも声が震えているのがわかる。鼻の奥がツンとして、視界がにじみはじめる。
駄目だ、涙を見せるな。私はあの日、絶対に泣かないと固く心に誓ったんだ。
泣いてしまったら、自分がピアノに打ち込んだ十年以上の月日が全くの無駄だったと認めることになる。それだけはするまいと、必死に意地を張り続けていたのに!
「私に何の恨みがあるんですか、センパイ。
私はもう、ピアノの途をあきらめたんです。あきらめさせられたんです! なのに今さら──」
「本当にそれでいいの?」
背後から、厳しい声色でセンパイが訊いてくる。
「本当はあきらめられないんでしょ? 納得なんて出来てないんでしょ?
私には、あの時のピアノの音は、唯ちゃんが剥き出しの感情をぶつけているようにも聴こえた。
私は、そんな唯ちゃんの音をもっと聴いてみたいと思ったんだ。
──この光景を見ても何も思わないようなら、放っておくとこなんだけどね」
そう言って、センパイはハンカチを差し出してきた。
「ねぇ、唯ちゃん。自分に嘘をついちゃダメだよ。
私たち、まだ10代なんだよ。この先何十年も、ずっと自分に嘘をつき続けて生きていくつもり?」
──そんなことを言われても困る。私に今さら成長期が来るとも思えないし。
センパイは、音楽の世界の厳しさを知らないから、そんなことが言えるんだ。
「無理ですよそんなの……」
うつむいてかぶりを振る私に、センパイは正面に回って顔を覗き込むようにたたみかけてくる。
「オクターブが弾けなくたっていいじゃん! 譜面なんて関係ない。唯ちゃんが弾きたい音を、弾きたいように弾けばいいんだよ」
何を言っているんだろう、この人は。
譜面通り弾かなくてもいいなんて、そんなことが許されるはずが──。
そう言い返そうとして、ふと気づいた。いつの間に組み立てたのか、センパイは両手でくすんだ金色の楽器を抱えている。──テナー・サックスだ。
「センパイ──?」
「世の中には、譜面どおりに弾かなくてもいい音楽だってあるんだよ。それを、今から唯ちゃんに聴かせる。
ちょっと飛び入りで、ジョセフさんとセッションしてくるから」
──えっ!?
ぐっとサムズアップして、堂々と人々の輪の中心に歩み始めたセンパイが、ふいに振り返ってニカッと笑みを見せた。
「私の音を聴いてほしい。
そして、もし唯ちゃんが私の音を気に入ってくれたなら──いっしょに音楽をやろうよ。
楽譜になんて縛られない、私たちの音楽をさ」
そう言って、ジョセフさんに歩み寄ってほんの二言三言交わしただけで、センパイはサックスを構えた。
そして、ふたりの即興セッションが始まる。
それは、私の音楽観や人生観を根底から覆すような、衝撃的な演奏だったんだ──。
『牧野さん。出番、次の次です。スタンバイよろしく!』
学園祭実行委員の男子が教えてくれる。その直後に、ようやくセンパイが姿を現わした。
楽器ケースを担ぎ、飄々とした様子からは、緊張なんて微塵も感じられない。
「や、唯ちゃん、お待たせ」
「遅いですよ、センパイ」
「で、メールに書いてあった曲目なんだけど──ホントにアレでいいの?
一曲目は正直、難易度かなり高いと思うんだけどな」
心配そうに言うセンパイに、ちょっと太々しい感じで返してみる。
「私を誰だと思ってるんです? 元『天才少女』ですよ?」
「ふーん。じゃ、私も遠慮はしないよ?
2曲ともキーは原曲通り。イントロはお任せで、最初の2コーラスは私がもらう。次の2コーラスは唯ちゃんで、後はまあ、流れで。
2曲目は──その場の雰囲気って感じで。OK?」
「それでいいです。さっさとスタンバっといてください」
「はいはい」
手短に打ち合わせを済ませて、センパイが部屋の隅でサックスを組み立て始めると、さっき話しかけてきた子がおずおずと訊いてきた。
「え、あの、牧野さん、まさか『打合せ』ってあれだけなの?」
「そうだけど」
「わぁ、すごいね。ずっと一緒にやってるから、もう言葉なんていらないって感じ?」
あ、何だか誤解されてるっぽいな。
「ちょっと違うかな。センパイと合わせるのは、実は今日が初めて。完全に『ぶっつけ本番』なんだよね」
「──えっ⁉ 嘘でしょ?」
「まあ、『ジャズ』ってそういう音楽だし」
ステージの中央に立って、拍手の中、客席に一礼する。この感じ、いつ以来だろう。
体育館を埋め尽くした観客たちから向けられる視線は、決して好意的なものじゃない。他のバンドを観るついでだったり、挫折した元・天才がどんなピアノを弾くのかという興味本位だったり──。
グランド・ピアノはステージ上ではなく、体育館のフロア、ステージから降りてすぐのところに置いてある。ステージから階段を降りながら、私は一番向こうの壁際に見知った顔をいくつか見つけた。あれはかつて、私が競い合ったライバルたちだ。私が久しぶりに人前で弾くという情報が広まって、わざわざ他校にまで見に来たんだろうか。
あの子たちは、私がジャズを始めたと知ったらどう思うんだろう。みじめな脱落者だと笑うだろうか。
以前の私なら、その視線に委縮してしまっていたと思う。でも、この半年ほどの間、私はクラシックへの未練など頭をよぎらないほど、一心不乱にジャズに打ち込んできた。
音楽サブスクで、過去の名盤と言われるアルバムを片っ端から聴いたり、ツテを辿って色々なミュージシャンと接したり──。
センパイはジャズのいろはを教えると言ってくれたけど、よく考えた上でそれは断った。それではセンパイが望む音しか出せなくなってしまいそうだったし。
私がなりたいのはセンパイの『伴奏者』なんかじゃない。ともに音楽を作り、時に反発して高め合う対等の『共演者』だ。
だから、私はセンパイと約束した。必ず自分の力で一端のジャズ・ピアニストになってみせるから、学園祭で共演しましょうと。
そう、今から私が演るのはただのセッションじゃない。『私がジャズ・ピアニストとして生きていく』という決意表明なんだ。
ピアノの前に座り、拍手がおさまってきたところで、曲目も告げずにそっと鍵盤に指を置く。
ロドリーゴ作曲『アランフェス協奏曲』第二楽章。哀愁ただよう切ないメロディが響く。
ライバルたちはたぶん、きょとんとしているだろう。確かに美しい曲だけど、本来はクラシック・ギターと管弦楽のための曲で、ピアノで演奏する曲じゃない。
メロディが少し盛り上がった辺りで、客席がちょっとざわつく。サックスを手にした渚センパイが舞台上に登場したんだろう。その足音で、センパイが階段を降りて来るのがわかる。そして、イントロが終わる直前にピアノの向こう側に位置取った。
そう、この曲はあくまでイントロ。ここから、私たちのセッションが始まるんだ。
目線でタイミングを合わせて、一気にテンポアップしたユニゾン・メロディ。センパイのサックスと私の両手がまったく同じフレーズを奏でる。そして『アランフェス』にも似た短調のメイン・テーマ。そしてまたユニゾン──!
チック・コリア作曲『Spain』。センパイがあの日、ジョセフさんとセッションした曲だ。このユニゾンが終わったら、24小節で1コーラスの即興パートが繰り返される。
まずはセンパイのソロ・パート。雄たけびにも似たロング・トーンから始まった。
始めからパワー全開、凄い音数の自由奔放なフレーズを紡いでいく。私はその邪魔をしないよう無難なバッキングに徹して、テンポキープに集中する。1コーラスが終わって2コーラスに入る頃には、センパイの熱気が伝染したのか、観客のボルテージもかなり高まっているのがわかる。
そして、私のソロ・パートに移行する直前、センパイがちらっと挑発的な視線を向けてきた。
『私はここまで盛り上げてみせたよ。さあ、唯ちゃんはどう?』
そっちがそう来るなら──!
高音の鍵をひとつだけ叩いて、盛り上がりにいきなり水をぶっかけるように流れを完全に断ち切る。観客やセンパイがあぜんとする中、シンプルな和音をぽつりぽつりと置いていく。
皆が私の音に集中しているのがわかる。少しずつ、加速度的に音数とボリュームを増やしていき、右手がほぼ最速になった時に左手を暴走させる。ベーシストのソロのように、右手とは全く違うアドリブ・ラインを唄わせて──もう一度、自分の力だけでさっきのボルテージまで引き上げる!
『追いついて見せましたよ! どうです?』
そして、またメイン・テーマとユニゾン。ここからは打合せしてないパートだ。
センパイがまた、奔放でスリリングなアドリブを展開する。そして4小節目でちらっとこちらを見る。
『アドリブの応酬ですか、受けて立ちます!』
次の4小節は私のソロ。センパイのフレーズをさらに発展させて、受け渡す。そして次は2小節交代、目まぐるしくソロの主導権交代が繰り返されて──。
『そろそろエンディングに行こう!』
ふたりの意図が一致したのがはっきりわかる。私は高音域のソロから一拍溜めて、中音域でテンション・コードを叩きつける。それに乗っかるように、センパイが高らかにカデンツァを吹き上げ──最後の和音で締めくくる。
そして余韻が消えていき──少しの沈黙の後、客席から割れんばかりの喝采が湧き起こった。
──出し切った。今の自分に出来る最高の演奏が出来た。
センパイはうつむいたまま、大きく肩で息をついている。そして、その姿勢のまま私の方に手を延ばし、サムズアップを見せてくれた。
すぐに次の曲に行くのは厳しそうだ。センパイが息を整える時間を作らなきゃ。
そう思って、私は譜面台の上に置いてあったハンド・マイクを手にしてスイッチを入れた。
「『Spain』という曲を聴いていただきました。ピアノは牧野唯、テナー・サックスは神崎渚センパイです」
一度おさまりかけた拍手がまた大きくなって、またおさまっていく。もう少し時間を取ろうかな。
「ご存じの方も多いと思いますが、私はかつて、ピアノのコンクールで日本一になったことがあります。でも、そっちの途はもうあきらめざるを得ませんでした。
だってほら、こんなに手が小っちゃいんですよ。弾ける曲なんてほとんどないんですからね」
ちょっとおどけるように言うと、どっと笑いが起こった。まさか、自分がこの手のことを自虐ネタに出来る日が来るなんて、思ってもみなかった。
「──正直言って、ショックでした。でもある日、この渚センパイが教えてくれたんです。ジャズなら譜面に縛られず、自分が弾きたいように弾いていいんだと。
だから、私はもう一度あがいてみることにしたんです。渚センパイと、一緒にジャズの途を目指してみようか、と」
そう、だから私はここにいる。かつてのライバルたちがどんな目で見ていようとも、胸を張って立っていられるんだ。ともに歩んでくれるセンパイがいるから。
「さて、次が最後の曲です。一曲目で調子に乗って時間とりすぎちゃいましたからね。
『ふたりでなら何だってできるさ』という意味の、とても古いポピュラー・ソングです。
それでは聴いてください。──『Just the Two of Us』」