第91話「孤独を照らすは」
その後、一行は様々なアトラクションを満喫した。ジェットコースター、ティーカップ、メリーゴーラウンド────挙げればきりがない程に。
そして夕方頃、本日の目玉であるライブイベントを鑑賞するべく、園内中央辺りにあるステージへと足を運んでいた。
「うっわ、もうこんなに人がいんのかよ」
「早めに動いておいて良かったねえ」
ステージ近辺では機材の搬入等が行われているだけで、出演者が姿を見せる様子は微塵もないが、それでもほとんどの席が既に埋まっている。それだけ人気の歌手ということなのだろう。
「俺たちの席ってどの辺だ?」
「えっと……」
りばらが手元の紙に視線を落とした瞬間、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
遊園地という場所柄、絶叫が聞こえてくるのはそう珍しいことではない。それでも、異常事態が起こったのだとクロが判断できたのは、発生源がすぐ近くだったからだ。
(なんだ? 何が起こって……!)
周囲を見回す。人混みで視界は悪いが、闇属性の魔力は感じられない。少なくとも、近辺に魔物はいなそうだ。
そして、気づく。
人々の視線が、上空へと集まっていた。同様に見上げたことで、クロもすぐに衝撃の光景を目の当たりにする。
「な……」
大型の船、バイキング。
それが、浮いていた。
否。クロたちのいる方へ向けて、斜めに落下してきていたのだ。
(まずい!)
地面に到達するまでには、まだ距離がある。撃ち落とす余裕は充分にあるだろう。だが、変装できる場所がない。園内中央という位置関係上、手早く隠れられる場所がなかった。
遠くまで移動できる程の猶予はない。
このまま、戦わなければ。
(……やるしかない、か)
両足に力を込め、跳躍する。一瞬で空高くまで移動すると同時に、周囲の視線を独占したことがわかった。
念のため、鎧を纏う。正体を知る人間は、少ない方がいい。
周囲を巻き込まないように留意しながら闇を噴射し、バイキングに接近して状態を確認する。幸い、運休になっていたこともあってか、中に人はいないようだった。
(『クロキタテ』!)
闇を広く放出し、盾のようにする。
次に、自身の両腕を口に見立て、上顎と下顎を合わせるような動作を取った。
(『キバ』!)
闇の盾がその形を牙へと変化させ、バイキングを噛み砕く。寸前に、中から黒い物質が飛び出していたが、構わずその口を閉じた。
固い咀嚼音が、辺りに響く。
クロが闇を消滅させたとき、そこには何も残っていなかった。
「くっそ!」
闇を噴射し、黒い物質の後を追う。
それが飛び出した瞬間に動いていれば、容易に追いつけただろう。だがその場合、群衆がバイキングの下敷きになってしまう。被害を抑えるべく、クロは迫っていたそれを跡形もなく破壊するしかなかったのだ。
それ故、黒い物質の逃亡を許すことになった。
(……なんだ?)
一旦着地し、様子を伺う。
黒い物質はアトラクションの一つに付着し、浸透した。
メリーゴーラウンドだ。
直後、馬や馬車の模型が、がたがたと揺れ出す。それを見て、周囲にいた人々が避難を始めた。
「なっ……!」
破裂音が次々と鳴り響く。
その後、作り物であるはずの馬や馬車がひとりでに動き出した。音は、固定していた金具類が破壊されたことで発生したものだろう。
「ちっ」
模型は様々な方向へと駆け出している。避難が始まっているとは言え、人々との距離はそう広くない。クロが直接追いかけていたのでは、助けられない者も出てくるだろう。
(『クロキダンガン』!)
人々の位置、進行方向および速度を把握。彼らを巻き込まないように闇の球体を射出、操作し、模型の付近まで到達させる。
(『コクロウ』!)
闇の形状を変化させ、一つ残らず模型を捕らえた。
ひとまずは人々を守ることができたが、まだ安心するには早い。
これは魔物、もしくはそれを率いる者の仕業。恐らくは、あの黒い物質が憑依することで、無機物を操作しているのだろうと推測できる。
現在の憑依先は、メリーゴーラウンド本体。そこから間接的に、馬や馬車を使役しているのだ。固定されたままのものもあるため、大元を潰さなければ、第二、第三の波が押し寄せてくる。
それを防ぐべく、クロは先手を打った。両腕を上げることで、捕らえた模型を間接的に操作し、空中へと浮遊させる。
(『クロキスイセイ』!)
幸い、アトラクション内に逃げ遅れた人々はいない。
上げた両腕を振り下ろすと、捕縛されていた幾多もの模型が、メリーゴーラウンド本体に向かって彗星のように降り注いだ。
空気が揺れ、轟音が鳴り響く。
数秒程経過し、舞い上がっていた土煙が晴れた後、そこに残っていたのは瓦礫の山だった。
そしてそこから、黒い物質が再び現れる。
「逃がすか!」
闇を噴射して追いかけるが、なかなか距離が縮まらない。そうこうしているうちに、またしても憑依を許してしまった。
────客を乗せて絶賛稼働中の、ジェットコースターに。
(やべえっ!)
黒く染まる機体。クロのように後方から闇を噴射することで加速を続けると、走るべきレーンから脱線して宙を舞った。
尚も高速で移動するそれの軌道を予測し、彼は先回りを試みる。
思惑どおりに敵が接近してきたが、その速度は予想以上だった。進行方向に彼が到着してから、両者の距離が埋まるのに一秒もかからないだろうという程だ。
「あっぶね!」
即座に身を翻し、機体の先頭部分に着地する。闇で爪を形成し、機体に食い込ませて体を固定。かなりの振動が襲ってきたが、負傷は免れた。
乗客にも、目立った外傷はない。とりあえず一安心、といったところか。
(こいつ……やっぱり魔物か)
ここまで近づけば、はっきりと断定できる。先程見えていた黒い物質そのものが、魔物なのだ。
機体を暴走させている相手に対し、どう動くか。その選択を誤れば、乗客はおろか、自身までもが木っ端微塵になってしまうだろう。
憑依先を破壊することで魔物を追い出せると確認できているが、乗客がいる以上それはできない。
ならば。
「全員しっかり捕まってろよ!」
今、この機体は魔物の制御下にある。作動している安全装置も、いつ無効化されるかわからない。乗客が振り落とされないよう、風圧に負けぬ声量で注意喚起した後、クロは動いた。
「ふっ!」
まず、接触箇所から魔力を吸収していく。
振動が発生したが、特に反撃はない。どうやら、加速と方向転換以外の挙動は取れないようだ。
クロは続けて、機体の車輪に沿うよう緻密に制御しながら、進行方向に闇のレールを作り上げた。
これら二つの動きで魔物による制御を乱しつつ、徐々に高度を下げていこうという作戦だ。
「ぐっ、おお……!」
長い間、空中で魔力を固定することはできない。そのため、形成と消滅を繰り返す必要があるが、これがなかなかに難しい。
少しでも形成位置がずれてしまえば、機体に余計な損傷を与えてしまうだろう。その意識が、余計にクロの集中を乱していた。
ただ、車輪の破損だけは何がなんでも防がなければならない。その有無だけで、乗客を無事に地上へ送り届ける難易度が跳ね上がるからだ。
「がっ、ああ……!」
魔物も、ただ加速するのみではなかった。吸収される魔力越しに、クロへ妨害を仕掛けてきている。
外傷を与えられることも、苦痛に感じることもなかったが、その些細な刺激だけで彼の思考は充分に乱されていた。
それにより数度、レールの形成位置を誤って嫌な音と振動が発生したが、なんとか実害が出る前に地上付近へと高度を落とすことに成功する。
「またか……」
用済みと言わんばかりに、魔物の本体が機体から飛び出した。
今のうちに仕留めたいという気持ちはあったが、残念なことにそこまでの余裕はない。兎にも角にも、まずは機体を静止させなければ。
「止、ま、れええええ!」
レールの形成を続けながら、闇で両足を機体に固定。それから両腕に闇を重ね、遥か後方へと伸ばした。
闇の腕。その爪が地面を捉え、抉っていく。
周囲に人はいない。そうなるよう、クロが機体を誘導したからだ。摩擦位置を遠くしたことで、乗客に被害を与える危険性も低減できている。
あとは、気力勝負。
喉が枯れそうな程に声を張りながら、魔力を込め続ける。
そんな彼に、建物の壁が迫ってきていた。
止まれ。止まってくれ────願いが届いたのか、衝突まであと一歩というところで、機体は完全に停止した。
「……係員が来たらすぐ逃げろ!」
息を整えている暇はない。
乗客たちに声をかけた後、クロは闇を噴射して即座に魔物を追いかける。相手の行き先は、機体の暴走を抑えながらも確認していた。
観覧車の方だ。
「よっ、と」
飛行中、観覧車付近から次々と逃げていく来園者の姿が見えていたため、少し離れた位置に着地した。
まさか。
焦りを覚えつつも、クロは人の流れに抗って走り出す。
「避難は!?」
「ちょ、ちょうど終わりました!」
乗車位置で立っていた係員が、驚いたような表情を浮かべながらもそう返してきた。混乱のなかでも我先にと逃げ出さなかったあたり、仕事への責任感が強いのかもしれない。
「あんたも逃げろ!」
「は、はい!」
周囲から人がいなくなったことを確認し、クロは視線を観覧車へと戻す。直後、激しい揺れに襲われて転倒しかけたが、なんとか堪えた。
「……おいおい」
今日日、工事現場でも聞かないだろうというような音を響かせながら、揺れが続く。発生源は明らかだった。
観覧車が、浮いている。
地面と完全に離れて少し経つと、揺れは収まった。だが、轟音は依然として鳴り止まない。
(今のうちに……)
高度を上げながら、観覧車が地面と水平方向に傾いていく。
まずいと感じたクロは、膨大な量の闇を断続的に放った。だが、どれだけ攻撃を命中させても破壊することはできず、動作を止めることも叶わなかった。
「まだだ!」
地面と完全に平行になった後、観覧車が回転を始める。
動き出しはゆっくりだったが、徐々に速度が上がっていった。それは留まるところを知らず、目で追えない程にまで到達しながらも更に加速を続けている。
ここで、止めなければ。そう理解していたクロは尚も魔法を放ち続けるが、ことごとく弾かれてしまう。
やがて、掌から何も放たれなくなった。それだけでなく、纏っていた鎧が消滅する。
「そんな……」
魔力切れ。惜しみなく使っていたため、クロの限界が先に訪れてしまったのだ。
そんな彼に追い討ちをかけるかの如く、観覧車が新たな動きを見せた。
破裂音が、立て続けに鳴る。
ゴンドラが、次々にちぎれていた。
魔物による操作か、はたまた回転に耐えきれなかったか。なんにせよ、これを止めなければ甚大な被害が出ることになるだろう。
「やめろ」
尚も回転を続ける観覧車本体に向けて、腕を伸ばす。
だが、その先からは何も出ない。
「やめろ……」
金属音と悲鳴が、耳にこびりつく。
「やめろおおおおっ!」
目を見開いた、その瞬間。
足下から、強烈な光が発生する。直後、空中にも同じような光が相次いだ。
地面の光は、魔法陣だ。それも、視界に収まりきらない程、巨大な。
空中にある光は、球体の形をしていた。
視線を上げたことで、クロは更に気づく。ちぎれたゴンドラの姿が、消えていることに。
いや、消滅したのではない。光の球体に包まれたのだ。頭上にある観覧車本体もまた、光によって隠されていた。
「これは……」
甲高い音を響かせながら、光が強まる。
クロはたまらず、腕で顔を覆った。
「くっ……」
強烈な音と、光。それらは同時に収まった。
再び良好になった視界の中に、観覧車は存在していない。ゴンドラがどこかに落下した様子もなかった。
今のは、魔法だ。魔法によって、観覧車が破壊されたのだ。
もちろん、クロによるものではない。
「これは……」
彼は思考を巡らせる。
自分以外の魔導士。例の鎧だろうか。
いや、違う。
彼は知っている。この魔力を。
間違えるわけがない。これは────
「やあ」
背後から、声。
それは、聞き覚えのあるものだった。
それは、待ち望んでいたものだった。
それは、絶望を希望へと変えた。
「待たせたね」
言葉を受けて、振り返る。
視線の先には、白い長髪と青い瞳が特徴的な少年が立っていた。申し訳なさそうに。それでいて、どこか嬉しそうに。人差し指で頬を掻きながら、彼は微笑んでいる。
「久しぶり、クロ」
絶体絶命の窮地を覆せるだけの実力を有した次代の『英雄』が、今、帰還した。




