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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第七章『激動』
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第90話「日常、非日常」

 遊園地なる場所について、クロは知らなかった。前の世界に、そのようなものは存在しなかったからだ。それ故、スマートフォンを駆使して迅速に情報を入手した。

 先日のカラオケ同様、娯楽施設の一種らしい。各施設によって多少の違いはあるようだが、様々な種類の乗り物を巡る、という点は一貫している。

 特に、今回向かう先、隣県にあるそれは国内でも指折りの規模で、連日のように多くの人々が訪れているそうだ。

 そして、当日。


「すっげえ……」


 軽く調べてわかっていたはずだが、実際にその光景を見たとき、クロは思わず息を呑んだ。

 溢れかえる程の人波。乗り物と思われる大型機械の数々。香ばしさを漂わせる屋台。五感から流れ込んでくる何もかもが、彼にとって新鮮なものだった。


「ライブがあるからか、やけに人が多いな」


 (たか)(ひさ)が隣に立ち、そう呟く。どうやら、普段からここまで混雑するというわけではないらしい。

 流行りの歌手を招いての催し。芸能方面の情報に疎いクロだが、これだけ人気ならばいいものが聴けるかもしれないと僅かに期待した。


「これだと、二、三個しか乗れないかもしれないね」


「ふっふっふ」


 懸念している様子の()()。その横でりばらが奇妙な声を上げながら、持参したポーチをまさぐっている。


「こんなこともあろうかと、優先権を入手済みであります!」


 そこから出てきた手には、紙切れが四枚握られていた。『優先権』の文字がでかでかと描かれている。


「おー、よく手に入ったな」


「こう見えて顔が広いからねえ。物々交換とか情報提供をして、なんとか四人分調達できたよ」


 この場に集まったのは、クロを含めて四人。あまり人数が多すぎても動きづらいだろうという話になり、発案時の班員のみで決行することになったのだ。


「よし! じゃあ早速行くか! まずはジェットコースターから……」


「待てえい」


「ぐえっ!?」


 意気揚々と歩き出した貴久だったが、襟首をりばらに掴まれたことで、体を大きく揺らしながら静止する。


「なんだよ!」


「優先権があるって言っても、全部制覇できる程の時間はない。乗れるものが限られてくるから、公平にじゃんけんで順番を決めるべきじゃない?」


「……それもそうだな」


「素直でよろしい」


 やり取りを終えると、二人が一斉に構えた。あくまで順番を決めるだけのはずだが、やけに気合いがこもっている。

 二人の熱に気圧されたクロは、紫穂と目を合わせてから同様に構えた。


「じゃあ行くよ。じゃん、けん────」


 それから数十秒程が経過する。

 結果は、紫穂、りばら、クロ、貴久の順だった。


「だああああっ! 負けた!」


「おー弱い弱い」


「お前だって二位だろうがよ」


「最下位に何言われても痛くも痒くもありませえん」


「くっそ、生意気な顔しやがって……」


「まあまあ、落ち着けって。四つくらい問題なく乗れるだろ」


「りばらも、その辺で」


 見かねたクロと紫穂が、二人の間に割って入る。


「ほいほい。ところで、紫穂は何に乗りたいの?」


「うーん、そうだなあ……」


 雲一つない青空へと、紫穂は視線を動かした。どうやら、特に決めてはいなかったらしい。


「じゃあ、バイキングにしようかな」


「そりゃまた随分珍しいチョイスだな」


「小さい頃に乗ったのを思い出して。久しぶりに乗りたくなっちゃった」


「じゃあ、まずはバイキング目指してレッツゴー!」


 バイキング。

 クロは予め色々と調べていたものの、どのようなアトラクションだったか忘れてしまっていた。

 見れば思い出すだろう。今更調べ直す必要もない。そんなことを考えつつ、三人と共に足を運んだのだが。


「申し訳ありません。ただいま運休しておりまして」


 深々と頭を下げる、従業員の女性。

 機械の調子が悪いらしく、稼働させられないようだ。大きな船の形をした乗り物が、微動だにせず佇んでいた。


「あちゃー、ついてないねえ」


「まあ、しょうがないよ。次、りばらね」


「選び直してもいいよぉ。ノーカンでしょノーカン」


「ううん。ちょっと思いつかないから、考える時間が欲しいの」


「うーん、じゃあ……」


 一行はすぐに方向転換し、別のアトラクションへと足を運ぶ。数分程経過して四人を出迎えたのは、寂れた屋敷のような大きな建物だった。


「いざ、お化け屋敷へ!」


「……最初に来るもんじゃなくねえか、これ」


「貴久ちゃーん? じゃんけんの結果なんだから文句はなしですよお?」


「へいへい」


 お化け屋敷。これは、乗る形式のアトラクションではない。建物の中を歩き、従業員扮するお化けや怪物等に驚かされる、という趣旨のものだそうで、早い話が肝試しだ。


「一組三人までみたいだし、二人ずつで分かれようか。組み合わせは……私と貴久。紫穂とクロ君でいいかな」


「そこはじゃんけんじゃねえんだな」


「およ? もしや男女別にしてほしかったのかなあ?」


「とんでもないです!」


 にやけ顔を浮かべるりばらに、貴久が頭を下げた。男女別に入るのが、そこまで嫌だったのだろうか。そんな疑問を解消する暇もなく、話は進んでいく。


「私の制御をクロ君に任せるのも、気が引けるしね。というわけで、早速行こうか」


 優先権保持者用の列に並ぶ四人。

 一般用の列に比べて人が少なく、すぐに順番が訪れる。先に貴久とりばらが入り、その五分程後にクロと紫穂が続いた。


「……なかなか雰囲気があるな」


 薄暗い、というより、ほとんど真っ暗な中を二人は進む。時折聞こえる呻き声が、クロの心臓を跳ね上がらせた。

 魔物という人外の存在と連日のように戦っている彼だが、それはそれとして臆病な性格をしている。おどろおどろしい雰囲気があるというだけで、彼の緊張度は一気に引き上げられていた。


「……ク、クロ君」


 紫穂の声。

 急に、左隣からそれが聞こえてきたことで、クロは大きく体を震わせた。動揺していることに気づかれていないか不安を覚えつつも、彼女の様子を確認する。


「ど、どうした?」


「あ、あの……そのね」


 言葉の続きは、なかなか発されない。

 紫穂も、少なからず怖がっているということなのだろうか。ならば男として、情けない姿は見せられない。クロはそう思い、まず自身の気持ちを落ち着かせるために深呼吸を試みる。


「クロ君って────」


 その瞬間、紫穂の言葉を遮るようにしてお化け役が現れた。目玉が片方飛び出し、血に塗れた白装束を纏った、落武者のような容姿のお化けだ。


「うわああああっ!?」


 自分でも想像できなかった程の大声を上げたクロ。その反応に満足したのか、お化け役は口角を少し上げた後、暗闇に溶けるかのようにその姿を消した。


「はあっ、はあっ……」


 殺気や闇属性の魔力には敏感だが、クロは他の感覚が特別優れているわけではない。故に、お化け役の気配を感じ取ることもできなかった。

 作り物だと理解している。襲うつもりが相手にないことも知っている。それでも、恐怖を抱かずにはいられなかった。


「……()()()、大丈夫か?」


 今更ながら、隣の紫穂を気遣う。暗いと言っても、これ程の至近距離なら顔はよく見えた。

 大きく見開かれた目。それが焦点を合わせているのは、間違いなくクロだ。幻滅されてしまったか、と彼は不安になったが、すぐにそれが杞憂であったとわかった。


「……ふふっ」


 紫穂から、笑い声が漏れる。耐えきれなかったのか、彼女は間髪を入れずに大きく笑い始め、建物内で響く不気味な音をかき消した。


「そ、そんなに面白かったか?」


「ごめんごめん」


 目元に溜まったらしい涙を拭いて、紫穂が再びクロの顔を見る。


「クロ君って、苦手なものなんてないんだと思ってた」


「……苦手なものだらけだよ。勉強だって、氷見谷に教わらなきゃできなかっただろうし」


「ふふっ、そうだね」


 短く返し、紫穂は歩き出した。置いて行かれぬよう、クロもその後を追う。


「クロ」


「……え?」


 呼び捨てにされた。

 たったそれだけのことで、脳の処理が遅れる。


「もし、何か困ったことがあったら、いつでも私を頼ってね」


「それって、どういう……」


「そのままの意味。さ、行こう」


 有無を言わさず、紫穂は先へと行ってしまった。


「……待てよ、紫穂!」


 意図はわからないが、距離が縮まったであろうことを喜ぶべきか。そんなことを考えながら、クロはこの恐ろしい空間で一人にならないよう、紫穂を追いかけるのだった。

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