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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第七章『激動』
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第89話「想い出を求めて」

 またしても公的機関による調査が行われたが、実を結ぶはずもなく半月程で打ち切られ、(やま)(もり)(ちゅう)(がっ)(こう)の授業は再開されることとなった。本来であればとっくに長期休暇なるものが始まっている季節らしいが、度重なる閉鎖によって、それはないものとして扱われることになったようだ。

 騒動が収まってから、最初の授業。教室にて、くじ引きで班決めをし、集まった人員で教え合うという自習に近い形式で取り組まされていた。

 よって、普段とは異なる顔触れが並んでいるはずなのだが。


「学園祭、中止になっちまったな」


 クロの向かいに座る(たか)(ひさ)が、何気なさそうに呟く。

 なんの因果か、普段から隣同士である二人が同じ班になるという奇跡が起こっていた。


「……そうですね」


「なんで敬語なんだよ」


 気まずさから、クロは目を逸らす。

 対照的にけらけらと笑っている貴久だが、その内心は決して穏やかなものではないだろう。

 学園祭は中止。重傷者こそ出なかったものの、先の魔物の出現に続いて原因不明の事態が発生したことで、当日中の続行はおろか、延期すらするべきではないという声が多く上がったらしい。反対意見を上げる者も少なくなかったが、安全を第一に考えた結果が覆されることはなかった。


「……()()()?」


 隣から視線を感じ、クロは顔を向ける。

 そこにいたのは、()()だ。彼女もまた、この班の一員であった。


「え……? あ、ああ、ごめん。なんだっけ」


「いや、何か用かと思って。こっち見てたから」


「ああ、ごめんね。少しぼーっとしちゃって」


「大丈夫? こないだの騒ぎが響いてるんじゃない?」


 心配する、というよりは揶揄うように、もう一人の班員である女子生徒が紫穂に尋ねる。黒縁眼鏡が印象的な彼女の名は、『(くさ)()()りばら』だ。


「ううん。本当に、大丈夫だから」


「そう? ならいいんだけど」


 体調不良を訴えて欠席している者もちらほらといたため、紫穂の気分が優れなくてもおかしくはない。それでも否定したのは、無理をしているということなのだろうか。

 なんにせよ、今日の彼女は様子がおかしい。ただ、変に追及するのも気が引けてしまい、クロは何も聞くことができなかった。


「ク、クロ君は大丈夫だったの?」


「え?」


 思わぬ返しに、素っ頓狂な声を漏らす。


「ほら、全然別の場所で目を覚ましたって聞いたから」


 冥王と戦ったあの日、クロは体育館から脱出した後、異常事態に気づいて駆けつけた教員と鉢合わせた。当初は怪しまれたが、『気づいたら外にいた』の一点張りで乗り切れている。

 何が起こってもおかしくない。魔物が出現するようになってから、その認識が広く普及しているのだろう。


「あー、まあ、怪我とかはなかったよ」


「寝ぼけてたんじゃないのか?」


「かもな」


 揶揄われていることには気がついていたが、軽く受け流す。わざわざ反論して、口走りたくなかったからだ。


「それにしても、なんだったんだろうねえ」


 ペンを器用に回しながら、りばらが呟く。


「あの場にいた全員気を失ってたから、化物が現れてたのかどうかわからないんだよな」


「黒い鎧は来たみたいだけどね。合唱してた一年生たちが、みんなそう証言してるから」


 自身に関する話題が出たことでクロは一瞬体を硬直させるが、すぐにまたペンを走らせた。


「あの鎧、いつも化物と戦ってるよな。ってことは、やっぱり今回も化物がいたのか?」


「どうだろうね。もしかしたら、あの鎧の仕業って線もあるかもよ」


 心臓が、強く脈打つ。


「一年生の一人、指揮者の子がね、『黒い鎧に襲われた』って言ってるの」


 そこだけは、紛れもない事実だ。

 混乱させたままだと、予想外の行動を取られる恐れがあった。事情を説明している暇はなかったため、魔法解除の邪魔をされぬよう仕方なく気絶させたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。


「化物の敵、ってだけで、私たちの味方ではないのかもね」


 そう認識されてしまっても、仕方がない。甘んじて受け入れようと思った矢先、意外な言葉が聞こえてきた。


「そんなこと、ないと思うな」


「およ?」


 声を上げたのは、紫穂だ。そんな彼女に対し、りばらがわざとらしく首を傾げた。


「よくわからないけど、被害が出ないように動いてる感じがしたから」


 この世界におけるこれまでのクロの戦闘は、情報番組に何度も取り上げられている。紫穂が直接見たのは、サッカーボールの魔物のときだけだと思われるが、恐らくはそういった映像を繰り返し見ていたのだろう。

 心優しい彼女のことだ。きっと、悪者扱いする風潮が受け入れ難かったのかもしれない。クロはそう思いながらも、彼女の言葉を聞いて自らの心が温かくなるのを感じた。


「そういえば、もう一つの鎧は来なかったんだな」


 もう一つ。

 赤と黒の二色で構成された鎧。それもまた、クロと同様に世間を賑わせていた。


「現れたり現れなかったり。あいつら、いったいなんなんだろうな」


「そうだねぇ」


 相槌を打つとともに、りばらが両手を組み合わせて机に肘をつく。ペンを握ったままその動作を行っていたため、器用なものだとクロは感心させられた。


「特に、性別が気になるところだよね」


「……あー、始まっちまった」


 眼鏡をきらりと光らせるりばら。それを見て、貴久がぼりぼりと頭を掻いた。


「捉えどころのない『二色』! それを追いかける『漆黒』! 『漆黒』攻めかと思わせておいて、実は『二色』の……!」


「せいっ!」


「ふぎゃっ!?」


 手刀が二つ、りばらに浴びせられる。

 脳天が紫穂、首が貴久だ。


「……何事?」


 りばらの言っていたことも、続く言葉を二人が遮った理由もクロにはわからない。ただ、素人の一撃とは思えない速度のそれに驚かされるのみだった。


「ううん、なんでもないよ」


 今し方鋭い手刀を放った人間とは思えない程、朗らかな表情の紫穂。クロは初めて、恐怖に近い感情を彼女に覚えた。


「知らなくていいことだ」


 続けて貴久に視線を向けたが、彼も詳しい説明をするつもりはなさそうだ。


「……だ、大丈夫か?」


 机に突っ伏すりばらへ声をかけると、彼女は顔を上げ、困ったように笑ってみせた。手酷い仕打ちを受けたにもかかわらず、怒っているような素ぶりは見られない。


「ごめんごめん、気にしないで。いつものことだから」


「いつもって……」


 りばらに諦められてしまっては、真相に辿り着くことは難しいだろう。クロは妙な寂しさを覚えたものの、三人の言動が悪意からのものではないとわかっていたため、気にしないことにした。


「……まあともかく、これで目ぼしい行事は終わっちまったな」


「そうなのか?」


「ああ。体育祭も修学旅行も、年度始めの方だったからな……あ」


 しばしの間を空けてから、貴久が何か思い出したかのような声を上げる。


「そういえば、俺ら全然クロとの想い出作れてねえじゃん!」


「言われてみれば、確かに」


「いや、そんなことないだろ。今だってこうして一緒にいるんだし」


「非日常感が足りねえよ、非日常感が!」


 貴久の言うとおり、クロは日頃の授業以外でこのクラスの生徒たちと交流を深めたことがほとんどない。それこそ、先日紫穂とカラオケに足を運んだきりだ。

 想い出が多いとは言えないが、それでもいいと彼は思っていた。

 魔物を倒す。

 この世界において、限られた存在にしかできないこと。それに取り組むことが最優先だと、そう考えていたのだ。


「そうと決まれば、早速作戦会議だな」


「いや、勉強しろよ……」


「平気だって。先生もいないし」


 これだけ無駄口を叩いていても注意されないのは、それをするべき存在がいなかったからだ。学園祭での騒動の後始末に、人員を割いているのだろう。ここだけでなく、ほとんどのクラスの授業が自習に置き換わっていた。


「どっか行くのは確定事項として、どこがいいか……」


 貴久がペンを置き、腕を組んで唸り始める。勉強する気はなくなってしまったようだ。


「県外の遊園地なんかいいんじゃない? 来週末、野外ステージでライブもやるらしいよ」


「お、いいな!」


 当のクロを他所に、盛り上がる二人。りばらはペンこそ握っているが、その手はぴたりと止まっている。班員のうち、実に半分が勉強を中断するという体たらくに陥ってしまっていた。


「二人は来週末空いてるか?」


「私は空いてるよ」


 貴久の方に顔を向けてそう返しつつも、紫穂はすぐにまたノートへと視線を戻す。二人を咎めこそしないが、分別はついているらしい。


「俺は……」


 以前なら、間違いなく即座に断っていた。そんな彼が悩んでいるのには、もちろん理由がある。

 学園祭での一件以降、魔物が途端に出現しなくなっていた。それも、クロの周囲に限った話ではない。あれから、魔物はどこにも現れていないのだ。

 どこかに存在するであろう冥王の協力者には、魔物を出現させることはできない。そう考えるのが自然だが、断定するには時期尚早だ。

 警戒を怠るわけにはいかない。魔物が現れずとも、協力者自身が魔法を使えるのであれば、充分脅威になり得る。


「……空いてるよ」


 楽観的になってはいけない現状を理解していながらも、相手の厚意を無下にすることが憚られ、クロは首を縦に振ってしまった。


「そうこなくっちゃな!」


「そしたら────」


 尚も話し続ける二人を他所に、教科書へと視線を戻す。

 きっと、何も起きないだろう。

 半ば願望に近い予想を立てながら、クロはチャイムが鳴るのを待った。

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