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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第六章『越えた先』
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第77話「魔物再来」

 その日、クロはいつもより一時間も早く学校を訪れた。さすがに早すぎたかと思いながら、教室のドアに手をかける。

 鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。

 先客は四名。クロの挨拶に対し、ある者は言葉で、ある者は会釈で返した。

 それらを受け取ると、窓際奥へと向かって自席に腰を下ろす。鞄から教科書類を取り出し、机の上で開いた。要点だけを黙読し、次々とページを捲っていく。

 ある程度読み終えたら、次の教科へ。これも、特に筆記はせず黙々と読み進める。

 始業十分前に到着する普段と比較すれば随分と早起きだが、冷えた空気のおかげで眠気には襲われなかった。自宅にいるときより、遥かに高い集中力で勉強を続ける。

 次第に、生徒の数が増えてきた。人数が増えてくると、新たに教室内へと立ち入る者がいても、何故かそちらへ向く視線は少なくなる。かくいうクロも、少しずつ生まれてきた喧騒から己を遮断するように、意識を教科書へと向け続けていた。

 足音が近づいてくる。

 その主は、(たか)(ひさ)だ。引き締まった表情のクロを見てか、短く挨拶を交わしてからは話しかけてこなかった。

 やがて、チャイムが鳴る。始業の合図だ。まだその音を克服できていないが、せいぜい不快感を覚える程度で、以前のように体調を崩すことはなくなっていた。

 担任の到着、そして号令。いくつかの連絡事項が伝えられた後、再び号令がかかる。

 ここまでは、いつもどおり。クロにとっての、新たな日常の一つ。

 だがそれでも、教室に漂う空気感は普段と異なっていた。

 黒板に大きく描かれた、白い文字。

 二学期中間試験。

 今日が、その初日だったのだ。

 休憩時間故に会話が飛び交うが、数も声量も比較的少ない。一人一人が自重しているのだろう。

 この日に存在する非日常は、それだけのはずだった。

────突如、大きな爆発音。

 教室内にいる全員の視線が、窓の外へと向いた。驚きに包まれているが、恐怖というよりは興味が勝っているような雰囲気だ。

 クロも当然驚いたが、爆発音そのものに対してではない。今感じるはずのない気配を、音が聞こえた方向から感じられていたことによるものだ。野次馬が集まるよりも速く、彼は席を立って窓にへばりつく。

 そこから見える校庭。その角にある体育倉庫が、内側から突き破られていた。

 そしてすぐ近くには、黒い物体が。

 遠くてよく見えないが、それでも確信した。

 魔物だ。

 そうわかった瞬間、クロは教室から飛び出した。


「トイレ行ってきます!」


 去り際にそう残し、返事も聞かずに廊下を駆ける。当然、向かう先はトイレではない。

 階段を下りて、二階へ。

 幸い、踊り場の窓は開いていた。近辺や廊下に人がいないことを確認すると、クロは全身に魔力を纏う。


(ばれなきゃいいんだろ……!)


 出現した闇の形状を変化させることで、かつての兄貴分が愛用していたような漆黒の鎧を作り出した。隠匿性に特化しているため、防護性は全くないが。

 着心地を確認することもなく駆け出し、最上段から踏み切って一歩で窓の縁に着地する。そしてすぐに跳躍し、外へと飛び出した。


「よっと」


 前転して衝撃を受け流した後、立ち上がる。体育倉庫周辺に視線を向けると、魔物がゆっくりと校舎の方へ進んできているのがわかった。

 クロは少し走り、校舎から離れた後に闇を噴射する。両者の距離が、一瞬にして詰められた。

 それにより、魔物の姿が明確になる。人型で、彼より一回りも二回りも大きい。その周囲を、五つの黒い球体が不規則な軌道で漂っていた。それらは、人間の頭部程の大きさだ。


(仕留める……!)


 右手に闇の剣を握り、惰性で飛行を続けながらその時を待つ。だが、魔物が黙ってそれを見ているはずもなかった。

 足下まで移動した球体が蹴り出され、クロ目掛けて飛来する。


「ちっ」


 視界の外に出られることを嫌い、クロは剣でそれを受け止める。だか、なかなかに頑丈で斬り裂けない。結果、弾き返すに留まった。自身の推進力も打ち消され、その場に着地する。

 球体は再び魔物の制御下に戻り、浮遊を再開した。


(なんで魔物が……)


 鹿のときとは違う。気のせいでもなんでもない。こんな生物は、この世界に存在しない。明らかに、魔物そのものだ。それも、かなり進んだ段階と見受けられる。


「やるしかねえ、よな」


 人型ということは、元々は人間だった可能性が高い。気乗りしないが、かと言って躊躇を見せれば甚大な被害が出ることになるだろう。

 考えている暇はない。

 左右にステップを踏んで挑発してくる魔物を睨みつけながら、クロは剣を握りしめる。


「行くぜ」


 そう言って、姿を消した。

 直後、魔物のすぐ目の前に再び現れる。

 相手から伸びる影の上に『飛んだ』のだ。


(『クロキヤイバ』)


 がら空きの懐に、斬撃を叩き込む。

 防御はされなかった。衝撃を受け流された様子もない。それなのに、魔物は位置が後方にずれただけで、全く負傷していなかった。


「なっ……」


 驚く間もなく、反撃がくる。踊るように身を翻す魔物の足から、球体が次々と蹴り出された。

 数は三つ。正面から真っ直ぐ、左右からそれぞれ弧を描くようにして一つずつ、クロの方へ。


(めんどくせえな)


 球体は時間差をつけて迫ってきている。先程確認できた頑丈さからして、全てを防ぎきることは難しいだろう。校舎を狙った軌道ではなさそうだったため、飛び退いて躱した。

 一つ目の球体が、地面に落下する。それを確認すると、クロは回り込みながら距離を詰めようと試みた。

 だが。


「何っ!?」


 着地した一球目が、あり得ない角度でクロの方へ向けて反射した。

 不意の出来事ではあったが、ぎりぎり視界の端に捉えていたため、間一髪、剣で受け止める。


「くっ……」


 押し合っている間に残り二つの球体も着地し、同様にクロの方へと反射してきた。


(……『クロキヤイバ』!)


 出力を高め、球体の一つを強引に斬り裂く。真っ二つに割れたそれは、萎みながら舞った後に地へと落下した。

 続けて、残り二つの球体が迫る。

 防御か、回避か。

 クロがそのどちらかを選択する前に、状況は変化した。


(……なんだ?)


 魔物の咆哮。それに呼応するように球体の軌道が逸れ、クロの位置とは別の方向へ飛んでいった。

 素早く周囲を確認する。よく見ると、萎んだそれの色合いが変わっていることに気づいた。

 白と黒の二色で構成されていたらしい、先程まで球体だったもの。それを斬られて苦しむ魔物。内側から突き破られた体育倉庫。それらから推測できる、一つの可能性。


(……サッカーボール、か?)


 サッカー。この世界に存在する運動競技の一種だ。それに用いられるボールが魔物を構成していると考えれば、合点がいった。


(……! 来るか?)


 逸れていった二つの球体が、再び魔物の制御下へと戻っていく。更に、斬られた分を補充するように、闇属性の魔力が新たな球体を作り出した。

 そして、踊りのような動きからそれらが再び蹴り出される。


(全部斬るしかねえ)


 核となっているサッカーボールを全て破壊しなければ、魔物を消滅させることはできないだろう。そうわかっていながらも、即座に行動に移すことはできなかった。

 描かれる軌道は様々だ。それにより、攻撃に緩急が生まれている。判断を誤れば、猛攻の餌食になるであろうことは想像に難くない。


(……ここだ!)


 込める魔力を強め、自身に迫っていた球体の一つを斬り裂く。だが、手応えは感じられなかった。


(外れかよ)


 霧散する闇。

 クロは舌打ちしつつ、再び回避に専念する。


(……ってか、まずいな)


 じわじわと、魔物が校舎へと近づいていた。

 見たところ、この世界では一個人が有する防衛力は無に等しい。武道の類を習っていたとしても、魔物には到底太刀打ちできないだろう。

 巻き込むわけにはいかない。あまり時間をかけずに、決着を付けなければ。そんなことを考えている間に、魔物は再び球体を再生させていた。


(……『コクロウ』!)


 クロは剣を消滅させ、魔物の攻撃に合わせて両手から闇を放つ。網のように変化させたそれで、蹴り出された三つのうち二つを捕らえた。残り一つは、普通に回避。

 拘束はできたものの、制御を完全に奪うことはできていない。攻撃の勢いを利用しながら、自身の闇を遠隔操作する形で球体を振り回す。

 魔物の周囲を漂っている残り二つの球体の軌道を観察し、自らの動きを調整していった。


(……いっけえ!)


 二つの球体が魔物を挟むような位置にきたところを見計らい、動く。クロは自身が捕らえていた球体を、それら目掛けて振り下ろした。

 高い摩擦音を立てながら、球体がぶつかり合う。圧力でその形は歪んでいき────やがて、弾け飛んだ。

 そして、魔物の咆哮。闇によって形作られた肉体が崩壊するとともに、その声も弱く小さくなっていく。

 無音の世界が広がったとき、そこに残っていたのは、サッカーボールの残骸とクロだけだった。


「……終わった、か」


 次第に、世界が音を取り戻していく。振り向くと、校舎の窓からいくつも顔が覗いているのがわかった。どんな会話をしているのかまでは聞き取れないが、ざわめき立っているようだ。

 これだけの大立ち回りを演じれば、無理もない。だが、正体が露呈することだけは避けなければ。そう思い、クロは転移魔法を用いて人目につかない場所を目指すのだった。

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