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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第六章『越えた先』
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第71話「協力者」

 目覚めた翌日。クロはエフダ宅のリビングにて、家主と向かい合うようにして座っていた。


「改めて、私は『(ふじ)(さき)()(ふだ)』。近くの学校に勤める一教員だ」


「えっと、クロです。よろしくお願いします」


 改めて名乗られたのなら同じように返すべきかと思い、再度自らの名前を告げる。幸い、名字について追及されることはなかった。


「ああ、よろしく……さて、通学するための手続きを行う前に、確認しておきたいことがある」


「確認?」


「君は、どこから来たんだ?」


 クロにとって、都合の悪い質問。記憶喪失という大義名分があったため、深く詮索されることはないかもしれないと期待していたが、それは儚く潰えてしまった。


「……信じてもらえるか、わからないですけど」


 この世界には存在しないらしい魔法を絵札に見せてしまっている以上、自らの情報を伏せる意味はないのではないか。そう考え、話すことにした。

 魔法が存在する世界から来たこと。その世界で目覚める以前の記憶を失っていること。その世界すら、自身が元いた世界ではないこと。

 仲間の一人もまた、自身と同じ境遇であること。共に世界間の移動を試みたが、いつの間にかはぐれてしまったこと。そのため、仲間の所在に見当もつかないこと。

 明かすべき情報は全て、包み隠さずに伝えた。自らの旅の軌跡などは、重要ではないと考え省略したが。


「にわかには信じ難いが……魔法とやらをこの目で実際に見ている以上、おいそれと否定することもできない、か」


 絵札は至って冷静だった。話を聞いても驚くことなく、ただ黙々と脳内を整理しているように見える。


「一つ不可解なのは……何故、君がこの世界の言語を扱えているのか、だ」


「言語を翻訳する魔法ってのがあって、俺にはそれがかけられてるらしいです。ただ……」


「ただ?」


「それのおかげかどうかまでは、わかりません。その魔法がかけられてるっていう実感がないので」


 ハクに言われるまで、魔法をかけられていることに気づかなかった。

 そして、その事実を知っても尚、読み書きの際に違和感を覚えたことはない。それ程までに、あの世界での翻訳は優秀だったということか。


「もしかすると、この世界が君の故郷なのかもしれないな」


「……どうですかね」


 翻訳を行う魔法の有効範囲がわからないが、この世界において機能していない可能性もないとは言えない。

 もしそうであれば、クロが元々知っている言語が、この世界のそれと合致していることになる。それは即ち、元の世界がここであることの証明だ。

 もっとも、この世界に着いてから魔法を新しくかけ直された、という線も捨てきれないのだが。


「まあ、それは置いておくとして」


 絵札が立ち上がり、近くの棚から一冊の本を取り出した。そして再び座り、その本を開く。

 そこに描かれていたのは、地図だ。


「仲間を探す。それが君の目的だったな」


「はい」


 返事を受けてから、絵札は地図上のある一点を指差す。

 小さく、細長い地形。島だろうか。


「これが、今いる国、ニホンだ」


「……シズオカ、って言ってませんでした?」


「それは国の名称ではない」


 そう言うと、ページをぺらぺらとめくり、再び広げた。


「これが、『()(ほん)』の拡大図。ここにあるのが、『(しず)(おか)』だ」


「……都市とか街の名前ってことですか?」


「まあ、そんなところだ」


 前の世界で都市名などがなかったのは、人間の住める領域が制限されていたからだろうか。縮尺こそわからないが、結界の範囲はこの『ニホン』────もとい『日本』よりも狭かったのかもしれない。そう考えれば、細かく区分されていなかったことにも納得がいく。


「さて。仮に、金銭面の問題が解消されたとしよう。君はどうやって仲間の捜索を行うつもりだ?」


「それは、旅をして情報を集めるしか……」


「旅か。この国に存在し得る交通手段を最大限に活用したとして、隈なく探すのにどれ程の時間を要すると思う?」


「……一年くらい?」


「甘いな」


 即答だった。


「私の見立てだが……四年はかかるだろうな」


 前の世界でクロが旅していた期間は、およそ十ヶ月。だが、それでもかなり長く感じられた。

 四年の長さなど、想像もつかない。


「問題なのは、君の仲間がこの国にいるのか定かではない、ということだ。海外にいる可能性も考慮するべきだが……」


 そう言って、絵札が本のページを戻した。


「この小さな日本で、四年だ。他国を探さなければならなくなったとき、君一人で本当に仲間を見つけられるか?」


 安易に頷くことは、できない。

 無病息災でいられたとしても、寿命を迎えるまでにハクと再会できるとは思えなかった。

 己の無力さ、無謀さを実感させられる。


「……だから、私が協力するんだ」


 一人で探すことはできない。クロはようやくそれを認められた。絵札が『だから』と続けたのは、彼のそんな心情を読み取ってのことだろう。


「でも、一人から二人になったところで……」


「直接探すわけじゃない。何、顔の広い知人がいてね。各方面にそれらしい人物の目撃情報がないか、調査してもらおうという話さ。遠くまでわざわざ行かずとも、現地の住民に捜索を委託した方が効率がいいだろう?」


「それは、まあ……」


 負担はかなり軽減されるはずだが、素直に喜べない。

 仮に、絵札を信用するとしよう。ただ、彼の言う知人へ同様に信頼を寄せることは、できない。見たことも話したこともない、現時点では。


「君たちの情報はできる限り伏せよう。私も、下手に事を荒立てたくないからな」


「……具体的には、どこまで?」


「君が記憶喪失であること。その状態でも、はぐれた仲間がいるとはわかっていること。捜索対象の容姿。この三点以外、秘匿することを約束しよう」


 その発言に、なんら保障はない。いつ裏切られても、文句は言えないだろう。


「……そのための条件が、学校に通うこと、でしたっけ?」


「ああ。捜索はこちらに一任して、君には学業に専念してもらえればと思っている。もちろん、放課後や休日をどう使うかは君の自由だが」


 周辺の捜索を自力で行えば、発見までに要する時間は短縮されるはずだ。だが絵札がそうさせないのは、クロの働きがあってもなくても変わらない程度のものだと認識しているからだろう。


「何かしらの手掛かりが掴めたとき、君に伝えよう。どこかへ赴く必要があれば、学校関連のことを蔑ろにしても構わない」


 実際に捜索することができないのは歯痒くもあるが、とは言えクロが不利益を被るような条件ではない。

 むしろ、得でしかないのだ。

 絵札が求めているそれは、見返りになり得ない。学校とは、その名のとおり学びを得る場所だ。時間こそ奪われるものの、それが無駄になることは決してないだろう。


「再確認になるが、この条件。君は飲むかい?」


 何故、絵札がここまで破格の条件を出しているのかわからない。相手側に利点があるとも思えない。故に、信用しきれない。


「……わかりました。改めて、よろしくお願いします」


 それでも、クロは頷いた。他に頼れる伝手がないからだ。

 一人で動いて何も得られず朽ち果てるぐらいなら、不安要素だらけだとしても賭けに乗った方が百倍いい。そう考えた。


「……では、早速行こうか」


 絵札が立ち上がる。本を閉じ、棚へと戻してクロの方を振り返った。


「行くってどこへ?」


「外に決まってるだろう。君に、この世界のことを知ってもらわなければ」


 クロはこの世界のことを全く知らない。魔法は存在しないらしい、ということだけが、唯一知っている情報だ。


「行こう」


 絵札の後に続き、部屋を出る。

 板張りの床が続く通路を進んで玄関の扉を開くと、新たな世界がクロを出迎えた。


「ここが、私たちの住む世界だ」


 一見しただけでは、前の世界とさほど変わらないように思える。所々にある建物や街灯のようなものから、無機質な印象が感じられる程度だ。

 それだけなら、深い関心を持たずに終わっていただろう。だが、ある物を目にしたことで、クロの思考は一瞬停止する。


「……え」


 箱が、走っていた。

 一つだけではない。様々な色をしたいくつもの箱が、馬車以上の速度で道を走行していたのだ。


「驚いたか?」


「は、はい」


 クロは確かに驚いていた。だがそれは、目の前に広がる光景そのものに抱いた感情ではない。

 似たような景色を見たことがあると、思い出したのだ。いつ、どこでそれを見たのかまではわからないが、はっきりと確信した。

 この世界にもまた、記憶の手掛かりがあると。


「覚えることは多い。しばらくは、散歩がてらこの世界について教えよう。学校に通うのは、予備知識を身につけてからだな」


 確かに、常識などを全く知らない状態で通学することは困難だろう。芽生えた疑問はその都度解消しようと決め、クロは絵札の隣を歩き始めるのだった。

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