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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第五章『決戦』
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第61話「合流」

「冥王の復活、止められるかな」


 歩きながら、フランが小声でそう尋ねてくる。彼女の表情は、明るい笑みから一転、引き攣ったようなそれへと変化していた。緊張しているのだろう。

 この場にいるということは、ハクに認められる程の実力を彼女が有していることの証明に他ならない。

 だが、クロたちはまだ子供だ。この歳で、何事にも動じない精神力を持ち合わせている方が異常とも言える。故にフランも、ここぞというときは大丈夫かもしれないが、ふとしたときに不安を感じることも少なくないだろう。


「自信ないか?」


「……でも、やるしかないよね」


「怖かったら、待っててもいいんだぞ」


 冥王関連の役目を背負っているのは、あくまでハクだ。クロは記憶の手掛かりを得るという目的があり、利害が一致しているため共に行動している。フィーマに関しては不明だが、王族としての誇りか何かが少なからず関わっているだろう。皆、それぞれの目的や立場のために、明日の決戦に赴く。

 だが、フランは違う。普通の家庭に生まれた、普通の少女だ。冥王絡みのことに首を突っ込まなければ、人並みの幸せを手に入れることができる。責任感や使命感から、わざわざ危ない橋を渡る必要はない。


「怖いけど、そんなことできないよ」


 廊下で立ち止まり、フランが振り返った。彼女は自身の胸に手を当て、クロの瞳をじっと見つめる。


「ハクと、クロと、フィーマと。一緒に戦うために今まで頑張ってきたんだ。ここで逃げたら、きっと一生後悔する。それが、どういう結果だったとしても」


 怖い。

 彼女は確かにそう言った。だが、その体は震えていない。力強く、二本の足でしっかりと立っている。心身ともに、成長しているようだ。


「……そっか」


 いらぬ心配だったらしい。クロはくすりと笑ってから、フランを追い抜いて先へと進んだ。


「クロはさ、怖くないの?」


「……怖い、か」


 少し考えてから、自嘲するように笑う。


「怖いは怖いんだけどな。何がどう怖いのか、わかんなくなっちまった」


 死ぬことが怖いのか。相手を殺すことが怖いのか。闇に呑まれることが怖いのか。仲間を失うことが怖いのか。あるいは、それら全部か。

 自分で把握できていないことが、一番の恐怖かもしれない。


「……大丈夫?」


 隣に並んでそう声をかけてきたフランに、クロは視線を向けた。心配させないよう、微笑みながら。


「気にすんなって。フラン程びびりじゃねえしな」


「な、なにおう! 他人が心配してるのに!」


 そのやり取りで、暗い雰囲気が解消される。二人の間に、懐かしい空気感が形成された。

 程なくして、お師匠様のいる部屋の前へと辿り着く。


「失礼します」


 扉を叩いてからそう言って、フランが部屋へと足を踏み入れた。クロもまた、それに続く。


「待っておったぞ」


 相変わらず目に悪そうな部屋で、色を吸い取られた一人の老人が座っていた。彼と結んで三角形を描くような位置に、二人の少年が立っている。

 一人はフィーマ。建物まで案内した後、フランに役目を引き継いだ、柿色の髪の少年。

 そしてもう一人は、白髪と青い瞳が印象的で、美しく中性的な顔立ちをした少年。


「久しぶり、クロ」


「久しぶりです、お師匠様! ハク!」


「元気そうで何よりじゃ」


 一通り顔を見合わせた後、机を挟む形で、四人がお師匠様の前に向かい合って並ぶ。左から、ハク、フラン、クロ、フィーマの順だ。


「さて、クロがどのような旅路を辿ってきたかは、ケミー経由で聞いておる。積もる話もあるじゃろうが……」


「そんな暇はない、でしょ?」


 言葉を遮ったのは、フィーマだ。こうなることを見越して、前もってフランと二人で話す時間を用意してくれたのかもしれない。


「決戦は明日。その件について話したい」


 お師匠様は咳払いをしてから、ゆっくりと瞬きをする。その表情はいつになく真剣で、クロの背筋も自然と伸ばされた。


「明日、日没と同時に冥府王国へと四人を転移させる」


「今から乗り込んで奇襲とかは……できないのよね?」


「それはできんな。冥府王国は新月の夜にのみその姿を現す。それ以外の時刻に乗り込むことは、わしの力を持ってしても不可能なんじゃよ」


「……お師匠様って、どのくらい強いんですか?」


 ふと気になり、クロは尋ねる。

 お師匠様の魔法の腕は確かだ。実際に戦っているところを見たことはないが、()()(せい)(りょう)を遥かに超えた実力を持っているのでは、と期待した。


「どのくらい、と言われると返答に困るが……」


 自慢の髭を撫でながら、お師匠様が目を閉じる。さすがに、会ったこともない相手の実力を推し量るのは難しいようだ。


「お主たちの話から推測できる強さの四死生霊、二人までなら同時に相手して勝利できるじゃろう。それ以上はちと厳しいな」


「へえ……そういえば、お師匠様は一緒に来てくれないんですか?」


「クロ」


 制止するように、ハクがクロに視線を向けた。

 だが、退かない。

 クロはメアとの旅を経て、番人と互角に渡り合える程の力を身につけた。それでも、四死生霊を二人同時に相手することはできない。他の三人がどれ程強くなったかはわからないが、個人の実力でお師匠様を超えていることはないだろうと彼は判断した。

 お師匠様がいれば、四死生霊討伐がより現実的なものになる。それは言わずもがなだ。ならば何故、本人は動こうとしないのか。疑念を抱く、というよりは疑問に思ったのだ。


「詳しくは言えんが、この国を離れられない理由がある。傍から見れば、我が身可愛さに子供を戦場へと送り出す最低な大人じゃろうな」


「そんなこと……」


「罵ってくれて構わんよ。お主たちにはそれだけの権利がある」


 擁護しようとしたハクの言葉を、お師匠様自身が遮った。


「じゃが、一つだけ約束してほしい。生きよ。何があっても」


「そこは普通、死んでも阻止しろ、とかじゃないの?」


 悪態をつくフィーマ。その顔はにやけているため、嫌味というよりは冗談のつもりで言っているのだろう。


「最悪、失敗しても構わん。命さえ無事ならな」


 お師匠様は至って真剣にそう告げた。その眼はどこか遠くを見ていて、まるで、過去の惨劇が繰り返されることを恐れているかのようだ。


「……すみません。責めるつもりで言ったんじゃないんです」


 それと、とクロは続ける。


「死ぬ気も、失敗する気もないですよ」


「当たり前よ」


「あ痛あっ!?」


 クロの後頭部が叩かれた。犯人はフィーマだ。


「いちいち格好つけないでちょうだい」


「んなつもりねえよ!」


「二人とも。お師匠様の前だよ」


 ハクが二人を制止する。その声色は普段の彼のそれより少し低かった。諍いそのものよりも、お師匠様の前での粗相が許し難いのかもしれない。


「……話を戻そうかのう」


 興醒めとでも言わんばかりに二人は向き直り、お師匠様の話を聞く態勢へと戻った。


「冥府王国が今どうなっているかは、不明じゃ。知ってのとおり、調査団が帰還したことは一度もないからのう」


 つまり、なんの手掛かりもない状態で、危険な土地を歩かなければならないということだ。


「くれぐれも気をつけるようにするのじゃぞ。四死生霊が儀式の実行日を告げたのも、罠としか思えんからな」


「罠?」


 フランがそう繰り返す。


「四死生霊は自分たちから儀式について明かした。だけど、邪魔されたくないのならわざわざそんなことする必要はないはずだ。つまり、それ自体が僕たちを誘き出すための罠なんじゃないかな」


「誘き出すって……」


 呟いたクロへと、他の全員が一斉に視線を向けた。


「な、なんだよ。みんなして」


「あなたが一番狙われてそうだからでしょ」


 ヒョウはクロのことを特別だと言っていた。儀式に利用するつもりなのだとすれば、その発言にも、これまでの行動にも矛盾はしない。海底王国ネーレレでの会話を詳しく伝えてはいないが、ヒョウが今まで誰に一番目をかけていたかを考えれば、視線が彼に向くのは当然と言える。


「次に、僕かメアさんだろうね」


「……メアはないんじゃないか?」


 ヒョウはメアのことを露骨に避けていた。それだけ、危険因子のように感じているのだろう。ならば何故、そんな存在に計画を知られることを良しとしたか。メアによる損害を、クロの利用価値が上回ったからと考えるのが妥当だろう。


「とにかく、油断は禁物じゃぞ。それから、後で一人一つ、転移魔法陣を記した紙を託しておく。何かあったらそれを使って戻ってくるのじゃ。魔力を込めれば、自動でこの部屋へと戻れるようにしておくからのう」


「ありがとうございます」


「うむ……話は以上じゃ。そろそろ、夕食の準備を始めるとしよう」


「アタシの出番ってわけね」


「フィーマは座ってて!」


「遠慮することないわよ。アタシの火力に任せなさいって」


「遠慮とかじゃないから! お師匠様も止めてください!」


 何故か、必死の形相でフィーマを止めようとするフラン。二人を微笑ましそうに見ているお師匠様。

 それらを横目に自分の腹部をさすっていると、クロは肩を叩かれた。


「……ハク?」


「食事が終わったら、外で待っててくれないかな」


 囁きとも言える程の小さな声量で、ハクが告げてくる。恐らくは、他の三人に聞かれては困る話なのだろう。瞬時にそう理解できたため、クロは大袈裟に反応することなく続きを待つ。


「話しておきたいことがあるんだ」


 その眼差しは真剣で、茶化すことを許さなかった。同程度に抑えた声量の返事とともに小さく頷くと、ハクはそのまま部屋を出ていく。その後を追うようにして、クロもまた部屋を出るのだった。

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