第54話「雷、堕つる」
(メアは大丈夫か……?)
メアの身を案じながら、王城を目指す。
その最中、突如、青白い閃光が背後からクロを追い抜き、正面へと回り込んできた。
「え……」
それに気がついたのとほぼ同時に、クロの体は吹き飛ばされる。家屋の外壁に衝突した後、地面へと落下した。
「がっ……」
痛みは四回。
左半身を蹴られたような痛み。壁に衝突した痛み。地面に落下した痛み。
そして、全身が痺れるような痛み。まるで、電撃を浴びせられたかのような。
(やべえ、逃げねえと……)
多数の足音が聞こえてくる。一刻も早く逃げなければならない。痛みと麻痺に襲われる体を、クロはなんとか起こして身構えた。
既に、住民たちが徒党を組んで迫ってきている。彼は再び闇を放出して逃げようとしたが、前方に何かが落下したことでそれを中断した。
何故か、住民たちも同様に動きを止めている。
「なんだ……?」
視線の先にいたのは、人だ。身につけたローブのような衣類が風に揺られている。恐らく、先程奇襲を仕掛けてきた相手だろう。
暗い茶色の癖毛に、貼り付けたような薄っぺらい笑み。全身に雷を纏わせたその男を、クロは知っていた。
「お前は……エレト!」
雷の国ヴィオーノの王子、エレト。かつてクロを攫い、闇属性の魔力について研究していた男だ。
「覚えていてくれたとは、嬉しいな」
エレトは大袈裟に腕を広げる。
目尻は下がっていて、口角が上がっているが、感情を込められているとは思えない不気味な笑み。過去にされた仕打ちを思い出し、クロは苛立ちを募らせた。
「なんでお前がここに……!」
「話せば長くなるんだけど……そうだな」
笑みを浮かべたまま、エレトが構える。
「俺に勝てたら、教えてあげるよ」
自らの勝利を確信しているからこそ出たであろう言葉。クロはそれが癇に障ったが、感情のままに飛び出すようなことはしなかった。
「……ああ、なるほど」
エレトは一旦構えを解き、周囲に視線を動かす。
「彼は俺が相手する。手出しは無用だ」
その言葉を聞いてか、住民たちは踵を返して去っていった。いきなり気力がなくなってしまったかのような、力無い足取りで。
「これでいいかな?」
「なんの真似だ」
「そう睨まないでよ。あれだけの人数と俺を相手に、君が勝てるはずないだろう。むしろ、感謝してほしいくらいだね」
「相変わらず人を苛つかせるのが得意らしいな」
そう返し、クロは構える。
剣は抜かなかった。
ここ数日の修行で、自身には剣の才能がないと理解していたからだ。相手が武器を持っているのであれば迷わず使うが、エレトはそうではない。記憶にある限り、肉弾戦を得意としていたはずだ。懐に潜り込まれたら、剣はむしろ邪魔になってしまう。
魔法をどう使うかがこの戦いの肝となることを、クロは瞬時に察知していた。
「じゃあ、始めようか」
エレトが左腕をクロの方へ伸ばすと、握られた拳の先に光の球体が発生する。
(あれは……)
その魔法を、クロは以前受けたことがあった。磁力のようなものが発生し、それにより壁へと押しつけられたのを、即座に思い出す。
(壁際は危ねえ!)
背面に壁があるのはまずい。
クロは右方向へと駆け出し、自身とエレトを結んだ直線上に障害物がないような位置を目指した。
だが。
「なっ!?」
クロの体が、エレトの方へと勢い良く引き寄せられる。
この魔法は、どうやら対象を押し出すだけでなく、引き寄せることも可能ならしい。
あっという間に両者の距離が詰められ、それと同時に球体が消滅する。だが、魔法が解除されたからと言って、体にかかっている力がすぐに消滅することはなく、身動きを取ることはできなかった。
「ぐあっ!?」
引いていた右手が、クロの腹部に叩き込まれる。
一発では終わらない。左右の拳が、次々と彼の身を襲った。
だが、衝撃の割に彼は吹き飛ばない。
どうやら、打撃の直後にエレトが磁力で引き寄せているようだ。そのせいで相手の間合いから逃れられず、されるがままとなる。
雷属性の魔力が込められているのか、拳を打ち込まれる度に電撃が走った。そのため、殴打されている部分以外も隈なく痛めつけられている。
「ふっ……」
一瞬、エレトの攻撃が止んだ。
クロは知っている。それが、次の一撃を繰り出すための、予備動作に過ぎないと。
自身の掌は、運良く正面を向いていた。
「はあっ!」
「……ぶっねえ!」
闇を放出し、相手の間合いから逃れることに成功する。
エレトの後ろ回し蹴りが空を切ったが、そこは、先程までクロがいた位置だった。
あまりの威力に、空気が震えている。
「『クロキカギヅメ』!」
驚いている場合ではない。自身の後を追ってきたエレトに対し、クロは左腕を振るって魔法を発動した。
闇の斬撃が三つ、並ぶようにして相手を狙う。剣を使ったときよりも威力は抑えめだが、より広範囲に繰り出せるため、回避はされづらいはず。そう考えての選択だった。
「ふふふふ……」
「なっ!?」
魔法は直撃したが、まるで効いている様子がない。
怯んでいる間に、稼いだ距離の半分近くまでエレトが迫ってきた。
「『ダンガン』!」
ただでさえ短い詠唱を、更に省略する。それだけ、クロは焦っていた。
「『コクロウ』!」
闇の球体がエレトに接近した瞬間、その形を縄のように変化させて動きを封じる。
そのはずなのだが。
「効かないよ」
複雑に絡まったはずの闇の縄は、すぐに消滅してしまった。まるで、エレトの体に浸透するかのように。
(とりあえず距離を……)
「させない」
再び距離を取ろうとしたクロ。だが、それを嫌ったであろうエレトが、彼に向けて雷を放った。
「がああああっ!?」
今日一番の電撃。
それが続いた時間は一秒にも満たないが、直後のクロの動きを封じるには、充分だった。
(体が、動かねえ……!)
「今度こそ」
再び、エレトが蹴りの構えを取る。
逃げなければ。そう思い闇の放出を試みるが、麻痺と痛みによって魔力の制御を乱されてしまう。
「はあっ!」
「ごっ……!?」
身動きを取れないクロの右側頭部に、エレトの踵が直撃した。
吹き飛ばされ、家屋の壁に激突する。その衝撃に建物の方が耐えきれなかったらしく、クロの体は壁を二回貫いて、次の建物の壁にぶつかったことでようやく静止した。
「ぐっ、がはっ……」
座った状態で、壁にもたれかかる。
まだ死んではいない。
だが、頭が回らなかった。脳を強く揺らされたからだろう。痛みを気合いで乗り越えられても、思考そのものに影響が生じていてはどうしようもない。
「はあっ、はあっ……」
何故、エレトがここにいるのか。
住民の様子がおかしいのは何故か。
何故、住民はエレトに従順なのか。
四死生霊はいるのか。
この国で、何が起こっているのか。
聞きたいことは山のようにあったはずだが、先程の一撃でそれらが全て抜け落ちた。
「もう終わりかい?」
クロの突き破った穴から、エレトが現れる。
「強くなったようだけど、まだまだ青いね」
今のクロには、相手の姿が二重に見え、声はくぐもって聞こえていた。
何を言っているのか、よく理解できない。恐らく、馬鹿にされているのだろうとは思ったが。
「初めて君を見たときは胸が高鳴るようだったけど……所詮はこの程度か」
エレトがクロの胸ぐらを左手で掴み、体を持ち上げる。
「結局、碌な人生じゃなかったね」
気味の悪い笑みで、そう告げてきた。
「まあ、君がいなくても研究は続けられそうだし」
空いている右手に、青白い閃光がほとばしる。
「殺してしまおうか」
このままでは、死ぬ。
そう直感したクロは、ある選択をせざるを得なかった。
(……恐怖上等)
そして、自身を持ち上げているエレトの左腕を掴む。
「があっ!」
それによる拘束を強引に解き、着地した。
「らあっ!」
そして身を低く屈め、左の拳を相手の腹部に叩き込む。一連の動きは、雷を放たれる前に完了した。
エレトが穴の向こうへ戻っていくように吹き飛んでいき、その軌道に沿って青白い閃光が直線を描く。
「はっ!」
凄まじい跳躍力で、その後を追った。
穴を潜った先にいたエレトへ追撃を仕掛けるが、クロの右腕は相手の左腕に受け止められる。
「接近戦かい? いいね」
そこからまた、電撃を浴びせられた。クロの体が、強烈な光に包まれる。
「ぐっ……」
ただ、今度は止まらない。彼は痛みに悶えながらも、相手の腕を振り払って懐へと潜り込んだ。
「らああああっ!」
そして、瞬きすら許さずに連撃を叩き込む。先程まで一方的に痛めつけられていたとは思えない程の動きだ。
防御も回避もさせず、全ての攻撃が相手の体を捉えた。その殴打の連続は有効だったようで、珍しくエレトが表情を歪ませている。
「調子に、乗るなあっ!」
両手から特大の雷を放出されたことで、クロは体を押し出された。至近距離ということもあって防御するしかなかったが、中途半端な構えを崩される程にエレトの魔法は強力で、結果、彼の行動は無意味に終わる。
「ぐっ……!」
そう。強力だったのだ。それが直撃し、全身が火傷したにもかかわらず、クロは尚も意識を保っていた。
加えて、後方に位置をずらされてはいるが、自身の二本の足でしっかりと立っている。
先程までとは、まるで別人だ。
「君……」
息を整えながら、エレトが何かを考え始めた。
「そうか、なるほどそういうことか!」
そして、大きく笑う。
普段、気味の悪い表情を浮かべている人間とは思えない程の、感情を剥き出しにした笑い。エレトは顔を天に向けてひとしきり笑った後、視線をクロの方へと戻した。
「君、疑似強化を使ってるね」
その予想は、当たっている。
今クロが見せた別人のような動きは、全て、疑似強化を使ったことで可能となったものだ。
「懸命な判断だ。どれだけ危険でも、それを恐れて死んだら世話ないしね」
「ああ、そうだな。それに……」
死んだら全て終わり。そのようなことは、メアにも言われた。ただ、クロが決断した理由はそれだけではない。
「守りたいものがあるから」
本当に一人だったら、疑似強化を使うことはなかっただろう。だが、クロは既に多くの仲間に囲まれていた。
フラン、ハク、フィーマ、そしてメア。
仲間だけではない。多くの人々と関わり、そしてその度に、彼の守りたいもの、守るべきものは増えていった。
だからこそ、生きて、守るために、危険と隣り合う覚悟を決めたのだ。
「俺はこの戦いで、恐怖にも、お前にも、打ち勝ってみせる」
「……なら、俺も面白いものを見せてあげるよ」
そう言うと、エレトは自身の体に雷を纏わせた。だが、その色は先程までのものとは全く異なる。
漆黒。そう呼ぶにふさわしい色をしていた。
その正体に気がついたのは、他の誰でもない、クロだからだろう。その黒き雷がはらむ禍々しい邪気を、彼は一瞬で感知した。
「闇属性の、魔力……?」
「正確には、それと俺自身の魔力を混ぜたもの」
「なんで、お前が……」
「俺に勝ってから。そう言っただろう?」
言葉の後、エレトが深呼吸をする。
「行くぞ」
目の色が、変わった。
その顔に笑みはない。真剣な面持ちをしている。
「『黒雷』!」
エレトの右手から、黒い雷が放たれた。それは凄まじい速度で標的を狙っている。
躱せない。クロは本能で察知すると、臆せず雷に向かっていった。
「ぐっ……!」
全身に、今まで以上の激痛が走る。それでも決して足を止めず、エレトとの距離を詰めた。
「があっ!」
右の拳を振るうが、躱される。
「荒いな」
「ごっ……」
反撃の膝蹴りを腹部に受けてしまった。
だが、これで終わりではない。自身の懐へと侵入してきたエレトの右足を、クロはがっちりと掴んだ。
「ぐぬぬああっ!」
「なっ!?」
上体を反らし、自身の背面方向へとエレトを放り投げる。
すかさず振り向くと、辛うじて受け身を取っているらしい相手の姿が確認できた。その動作は、まだ途中。これを逃す手はない。
「ふっ!」
すぐに駆け出し、距離を詰める。
エレトが振り向いた瞬間、クロは先程と同様に殴りかかった。今度は回避されることなく腹部に命中する。
理由は明白。魔力を消費して、疑似強化の効果を高めたからだ。
相手の拳による反撃を次々と躱しながら、そのまま腹部を重点的に攻め続ける。体格差があるため、頭部には攻撃が届きづらい。
「舐め、るなあっ!」
攻撃を受けながらも、エレトは自身が纏う雷の量を増やすことで、反撃を成功させた。拳の動きを直接止められる程の威力ではないが、それはクロを着実に負傷させている。
(もっと、もっとだ……)
クロはそう自分に言い聞かせた。
痛覚麻痺を強めるため、脳に。肉体の強制稼働をより素早く、強靭に行うため、動かす部位に。それぞれ、集中的に魔力を注ぎ込んで、魔法の効果を更に引き上げた。
勝利への渇望。
それに、魔力が応える。
見返りに、彼の『心』を求めて。




