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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第四章『暗黒』
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第49話「深まる謎」

「どこにいんだよ!」


 水の国マクアの屋敷。その一階通路に、クロの声が響いた。

 二階、三階、一階、そして地下の順で探したのだが、メアの姿はどこにも見えない。一足先に調査を終えて外で待機しているのかもしれないと期待し、出入り口まで戻ったが、そこにも目的の人物はいなかった。

 既に日が落ちかけているようで、肌寒い。外をうろつく気にはなれなかった。


「もっかい屋敷の中を探すしかないよなあ」


 もしかしたら、隠された扉や通路があるかもしれない。そう思い、クロは再び歩き始めた。


「戻ったぞ」


「ぬわあっ!?」


 突然、後方から声をかけられたことで、クロは驚きのあまり飛び上がる。


「び、び、びっくりした……驚かすなよ」


「これしきのことで騒ぐな。喧しい」


 物音も立てず、気配も感じさせず、いきなり現れて背後から声をかける方が悪いのではないか。そう思ったクロは、いつかメアに仕返しをしてやろうと密かに誓った。


「それで? 何か収穫はあったのか?」


「ああ。やはりここは、()()(せい)(りょう)がかつて拠点としていた場所のようだ。奴らの物と思われる研究資料がいくつか残されていた」


「研究?」


「人々を恐怖に陥れるための、効率的な方法の確立だ」


「どうしてそんなことを……」


「四死生霊の最終目的は知っているか?」


「冥王の復活、だよな」


「ならば、その具体的な手段はどうだ?」


「……いや、知らない」


 ヒョウの口から聞いたことはない。四死生霊を倒せば冥王復活の阻止ができるだろうと踏んでいたため、手段については考えたこともなかった。


「復活を執り行うには、高濃度の瘴気を広く蔓延させる必要があるらしい。その条件を満たすために、奴らは人々を恐怖に陥れている」


「……その二つがどう結びつくのかがわかんねえな」


「冥王の瘴気は、人間の負の感情を喰らうことで、濃度を上げながら広がっていく。人々を恐怖させればさせる程、冥王復活に近づくんだ」


(……だから、火の国で魔物の騒ぎを起こしたのか)


 昨晩の戦いでは明言こそされなかったものの、ヒョウの口ぶりからして、火の国マーコで魔物が現れるよう意図的に動いていたことは間違いないだろう。

 騒動の直後にもその予想はできていたが、冥王復活のために必要な条件を聞いたことも相まって、それは確信に変わっていた。

 ただ、気がかりなことが一つ。


「……そこまで詳細な資料が残されてたのか?」


 かつて拠点としていた、ということは、現在はもう利用していないのだろう。そんな場所にわざわざ資料を残していく必要があるのか、クロは疑問に思った。


「今話したことは、ここへ来る以前に俺が手に入れた情報から推測したものだ。この場所に残された資料はさほど多くない」


「じゃあ、ここには何が……」


「一つが、さっき話した、効率良く人々を恐怖させるための方法。それを確立させるための実験についてだ。より強大な魔物を、少ない労力で作り出そうとした結果が、先程の魔物のようだな」


「魔物って、あいつらが作ってるのか?」


「ほとんどは瘴気による自然発生だ。奴らはそれを収集し、計画に利用しているに過ぎない」


「なるほど……」


「もう一つ、実験とは別に、とある資料が残されていた」


「……現物は?」


 さっきから言葉を並べるばかりで、肝心の資料がどこにも見えない。


「問題ない。頭に全て入れてきた」


「ああそう……それで?」


「奴らは、冥王の瘴気が及ばない地域に興味を持ったようだ。結界内部以外の、な」


「そんなとこあるのか?」


「三つある」


 メアは指を三本立てて、そしてすぐに一本折り曲げた。


「そのうちの二つに、奴らは目をつけた」


 また、指を一本折り曲げる。


「一つが、海底王国ネーレレ。その名のとおり、海底に存在する国だ。魔法によって、深海での生活を可能にしている。海に隔たれ、瘴気の効力が届かないらしい……そして、もう一つは」


 腕を下ろしてから、メアは続けた。


「ここではない、別の世界」


「別の世界……」


 それが話に上がるのは、初めてではない。

 火の国を訪れた際、ルカという男からその話を聞いた。そのときは話半分で聞いていたのだが、四死生霊が絡んでいるとなれば話は別だ。


「現状では、儀式の準備が不足すると判断したのかもな。海底王国を狙うにしても、別の世界を狙うにしても、負の感情か瘴気、またはその両方を物質化して携帯できることが大前提になるが……そんなことは不可能だろう」


「……ん?」


「どうした」


 説明を受けて、クロはまたしても引っかかりを覚える。すぐには言葉にできなかったが、必死に思考を巡らせたことで、違和感を一つの疑問へと固めることができた。


「この間、火の国で魔物が現れる騒ぎがあったんだ」


「ほう」


 興味深そうな相槌。当時、魔力反応を感知できなかったのだろうかという新たな疑問が生まれたが、話の腰を折るわけにもいかないため、クロは気にせず続ける。


「冥王を復活させるためにヒョウが動いたんだと思ったけど……今の『前提』を聞いたら、少しおかしな気がして」


「おかしい、だと?」


「ああ。結界内で発生した感情を、外部にある瘴気が餌にできるとは思いづらいんだよ。『前提』とやらが不可能じゃなくなってるなら、話はわかるんだけど……」


 冥王の瘴気が負の感情を喰らう、という仕組みがまだ理解できていない故の質問だ。そのため、メアならば納得のいく答えを出してくれるだろうと、クロは期待する。

 だが、返ってきたのは予想外な言葉だった。


「さあな。そのあたりについては俺にも不明だ。冥王復活の準備は着々と進められているようだが……」


「……そっか」


 それなりに四死生霊の企てについて詳しそうなメアでさえわからないのなら、当人の口から聞く以外に真実を知る術はない。

 自身の頭でこれ以上考えても不毛だと結論づけ、クロは話を先に進めることにする。


「もう一つは、どうして目をつけられなかったんだ?」


「もう一つは、天空王国ウーロレという国だ。海底王国とは逆で、極めて高度な位置を浮遊している国でな。それ故、冥王の瘴気が蔓延する範囲外に位置しているんだが……その国では、光属性の魔力を宿す者が少なくない。恐らくは、それを嫌っているのだろう」


「光属性……」


 その説明が、クロに新たな違和感を芽生えさせた。


「確か、貴様の仲間の一人も、光属性の魔力を宿していたな」


「……ハクは、冥王の瘴気を祓うっていう使命をアイアのお師匠様に与えられて、証集めの旅をしてるんだ」


「ほう」


 メアに語りかけることで、違和感の正体を探ろうとする。興味の有無がわかりづらい相槌を返されたが、強引に話を切り上げられることはなかった。


「各国の試練を乗り越えた証と、光属性の魔力があれば、それを実現できるかもしれないからって」


 そこまで言葉にして、クロはようやく思い至る。


「光属性の魔力が珍しいから、ハクがその役目を背負うことになったって聞いてたんだ。だけど、同じ魔力を宿す奴がいるなら、どうしてハクが選ばれたんだ……?」


 まだ十代の子供より、もっとふさわしい存在がいるはずだ。それなのに、お師匠様は何故、ハクを選んだのか。


「あのガキは、確かに光属性の魔力を宿している。だが、俺が今まで出会った奴とは、どこか違う魔力だ」


「……ハク以外で、光属性の魔力の持ち主と会ったことがあるのか?」


「天空王国の人間に一方的に因縁をつけられてな。三回程返り討ちにした」


「ええ……」


「話が通じんのだから仕方あるまい」


 因縁をつけられた理由は、十中八九、メアが闇属性の魔力を宿しているからだろう。話が通じないとは言え、力ずくで追い払っては逆効果かもしれないが、自分が同じ場面に立たされたとき、平和的に解決できる自信がなかったため、クロは彼を咎めることはしなかった。


「とにかく、あのガキが宿しているのは、ただの光属性の魔力ではない、ということだ。アイアの老人も、それを見抜いて送り出したんだろう」


「そっか……」


「そういえば、奴に会う以前、奴の魔力を強く感じたことがあったな」


「え?」


「この場所から四死生霊の反応を感じたのと、同時だったはずだ」


「どこからだ?」


「そこまでは覚えていない。今の今まで忘れていた程だからな。だが、それなりに強い反応だったことは確かだ」


 忘れていたと言う程なのだから、少なくともこの場所からではないはずだ。

 具体的な方向はわからないが、遠方からでも感知できる程の魔力反応。ハクの身に何かがあったか、もしくは彼が何かしらの行動を取ったか。

 ちょうど、自身がヒョウに連行されていると思われるときに。

 彼からそれらしい話を聞いたことはない。仮に彼が隠しているのだとして、その理由にクロは見当がつかなかった。


「……話を戻すぞ。ここで得た情報は、さっき話したことが全てだ。調査を続けても、これ以上は出てこないだろう」


「なら、次はどこに向かうんだ?」


「海底王国……と言いたいところだが、一旦、雷の国の番人に会いに行く」


「雷の国っていうと……ケミーさんか」


 頭頂部を光らせた小柄な老人の姿が、クロの脳内に浮かぶ。


「どうしてケミーさんに?」


「海底王国への行き方がわからんからな。奴ならば何か知っているかもしれん。知らなければ、調べさせればいいしな」


「なら、アイアに行った方がいいんじゃないか? お師匠様なら、海底王国のことも知ってそうだし」


 なんでも知っているわけではないようだが、とある一国の位置と、その行き方ぐらいは知っていてもおかしくない。そう思っての提案だったのだが。


「信頼できないだろう。互いにな」


 即座に否定されてしまう。


「そんなことないって。闇属性の魔力を気にしてるなら、心配ない。俺だって同じ魔力が流れてるけど、お師匠様は良くしてくれた、し……」


 クロはそれ以上、言葉を紡げなくなった。

 メアが、突如として殺気を放ってきたからだ。その迫力に気圧されて、一歩後ろに下がる。


「これは、隠しているだけだ。腕の立つ奴にはどれだけ隠しても、感じ取られる」


 殺気はすぐに収まった。だが、僅かに抱いた恐怖は尚もクロの中に残り続けている。


「こんな奴がいきなり現れて、『人畜無害だから信用してください』と言ったところで、信じられるか?」


 兜に隠れて、表情は見えない。

 だからだろうか。メアの声は余計、哀しみをはらんでいるように聞こえた。

 それはきっと、気のせいでも勘違いでもなくて。嘘でも気休めでも、何かしらの言葉を躊躇うことなく返さなければならなかった。

 そうわかっているのに、クロは、何も答えられない。


「先日の一件で知っているだろうが、雷の国の番人とは、腐れ縁でな。全幅の信頼を置けるわけではないが、そこらの他人よりは信用できる。だから会いに行くんだ」


「……そっか」


 話が先へと進んだことに安堵する。そんな自分に嫌気が差しながらも、クロは当たり障りのない相槌を打つことしかできなかった。


「さて。今すぐにでも向かいたいところだが、まずは魔力の補給をせねばな」


「……俺と離れた間に、そんなに消耗したのか?」


 歩き出すメアの後を追いながら、その背中に問いかける。


「いや、できる限り魔力を充足させておきたいだけだ。いつ四死生霊と交戦することになってもいいようにな」


「なるほどな。じゃあ、さくっと魔物をやっつけに行きますか────」


 胸の内で燻る感情から逃れるように、クロが歩みを速めて追い抜こうとした、その瞬間。メアの右腕によって、彼の行く手は遮られた。


「待て」


 立ち止まるメア。前方に何か脅威でも発見したのかとクロは考えたが、それらしきものは見受けられない。


「どうした?」


「四死生霊の反応だ」


 その言葉で、クロは我に返った。

 考えてもどうしようもないことは、考えなくていい。他にやるべきことがあるのなら、尚更。


「近くにいるのか!?」


「いや、これは……木の国の方向だ」


「木の国……」


 それは、ハクたちの次の目的地だった。

 恐らく、既に到着しているだろう。四死生霊と鉢合わせる可能性も、充分にある。


「貴様の仲間たちは、確か木の国に向かっていたんだったな」


「ああ」


「ということは、陽動か」


「陽動?」


「四死生霊の奴らは、よほど貴様らを一緒に置いておきたいらしい。間違いなく、貴様を連れ戻すための罠だ」


 四死生霊の罠。

 自分がいないことで、ハクたちに危険が及ぶかもしれない。クロはそんなことを考えた。


「……もし、仲間との旅を続けたいと願うのなら、貴様を解放してやる」


 彼の不安を見抜いたように、メアが提案する。


「俺は木の国に貴様を送り届けた後、一人で調査を進める。貴様は戻ってくる必要もない。そのまま旅を続けて構わん」


 これは、メアなりの気遣いなのだろう。


「……いや、いい。このまま、お前についていくよ」


「仲間はいいのか?」


「あいつらなら、心配ない。俺一人いなくても問題ないくらい強いから」


「四死生霊の件が片付くまでは、もう会えんぞ?」


「別にいい。闇属性の魔力を完全に制御できるようにならないと、あいつらの迷惑になるだろうし」


 もし、自身が過去に惨劇を引き起こしたという推測が事実なら、それは覆せないものだ。

 だが、未来は変えられる。同じ過ちを繰り返さないために今やるべきことは、仲間のもとに戻ることではない。


「……愚問だったな」


 再び歩き出したメアに、クロも続く。闇属性の魔力を宿す二人の旅は、まだまだ続きそうだった。

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