第42話「闇の集い」
花火大会の日から二週間程が経過した。クロの傷もすっかり塞がり、一行はフィーマを仲間に加えて旅を再開することに。
今は、次の目的地に向かって夜の結界外を歩いている最中だ。
「あそこが、次の国か……」
進行方向上に存在する広大な森林を見て、クロがそんな声を漏らす。
「木の国。自然を守り、自然に守られる地。結界範囲、実際の国土面積共に最大規模を誇る国だね」
「そういえば、結界の範囲って何で決まってるんだ? 番人の強さとかか?」
「違うと思うわよ。結界が張られた当初から、範囲が変化したこともないみたいだし。どうして各国でまちまちなのかは……張った本人のみぞ知るってところね」
「……そもそも、誰が結界を張ったんだ?」
「あら、知らないのね。割と有名な話だと思うけど」
「記憶喪失なもんでね」
最早恒例となったやり取り。
相手に気を遣わせそうなことだけがクロは気がかりだったが、フィーマがそのような反応を見せることはなかった。気まずそうにしているわけでも、面白がっているわけでもない。彼は、ただ事実を受け止めただけのようだった。
「フランは知っているかい?」
「もちろん!」
ハクから話を振られたフランが、三人の前方に回り込んでその瞳を輝かせる。
「冥王の瘴気が広がるのを感知したとある大魔導師様が、咄嗟に自分の魔力を各国に分け与えたのが始まりなんだって!」
「へえ」
「それぞれの結界に使われてる魔力の属性が違うのも、大魔導師様が色んな属性の魔力を使えたかららしいよ」
「……フランも、意外と色々知ってるよな」
「一言余計っ!」
「あだっ」
眉間を人差し指で突かれ、クロの体が仰け反った。余計とわかっていても、つい口に出てしまう。
「アタシとの接し方と言い、乙女の扱いがなってないわね、全く」
「お前男だろうが」
「男、兼乙女よ」
「へいへい」
フィーマをあしらいながら、クロは先程の話を振り返ってみることにした。
大魔導師。その単語から連想されるのは、やはりお師匠様だ。ハクやリペルの認識も同様だったことから、的外れな考えではないと言えるだろう。
もっとも、同一人物ではなさそうだが。
「その大魔導師とやらも、冥王を相手したのか?」
「うーん、そこまではわかんないな」
フランが、困ったようにハクの方へと視線を向ける。一般的に知られている話ではない、ということか。
それを受けて、彼は頷いてから口を開いた。
「文献に残されている限りでは、冥王との交戦はなかったようだね」
「……英雄と一緒に戦ってれば、冥王を倒せて、今頃、瘴気も蔓延してなかったんじゃないか?」
「どうかな。戦闘に参加しなかったから、瘴気への対応を迅速に行えた、という見方もできる。それに、魔法に精通していることと、高い戦闘能力を有していることは、必ずしも同義であるとは限らないからね」
「まあ、確かに」
あくまで、興味本位の質問だ。過去の人間に対して責任を追及する程、クロも野暮ではない。
「それにしても、徒歩ってのもなかなか面倒ねぇ」
一つの話が終了してからの、僅かな沈黙。それを破ったのは、フィーマの猫撫で声だった。
「本当に四死生霊なんて輩が現れるの?」
「わからない。けど、四死生霊が僕らに干渉してきたのは、いずれも結界外にいるときだった。だから、恐らく今回も何かしらの形で接触してくると思っているんだけど……」
「そんな存在、アタシは初耳だけどね」
「フィーマでも、あいつらの情報はないんだな」
「アタシどころか、お兄様やお父様の耳にも入ってないみたいよ」
「王国軍でさえ尻尾を掴めない程に、四死生霊は隠密行動に徹しているみたいだね」
「でも、俺たちには普通に名乗ったりしてるんだよなあ」
「ま、細かいこと考えても仕方ないわ。見つけたらぶっ飛ばす。それだけよ」
「……フィーマ、本当に王子?」
出会った当初から、王族とは思えない立ち振る舞いが目立つ。ただの変人というわけではなさそうなのだが、血の気が多いことは確からしい。
「残念ながら、ね」
含みのある言い方だ。彼自身、王族であることを良くは思っていないのかもしれない。あまり触れない方がいい話題だろう。クロがそう思った、その瞬間。
背筋が凍りついた。
後ろに、何か、いる。
「っらあっ!」
一斉に振り向き、距離を取った。
ただ一人、フィーマ以外は。彼は炎を噴出させながら対象に近づいていき、短剣を振るった。
「こりゃまた随分と威勢がいいのを引き入れたもんだ」
そこに立っていたのは、水色の髪を後方に撫でつけた長身の男。
ヒョウだ。
フィーマが繰り出した左の短剣は、それまで何も握られていなかったはずのヒョウの右手に突如として現れた、氷の剣によって受け止められる。
「氷属性!?」
ハクが、驚くような声を上げた。
「あいつ、闇属性の魔力を持ってるんじゃなかったのか……?」
クロはそう声に出して、気がつく。稀でこそあるものの、数種類の属性の魔力を宿すことは、不可能ではないということに。
確か、その話を初めて聞いたのは────いや、今考えるべきことではないと、彼はかぶりを振る。
「アタシの国に魔物を差し向けたのは、あんた?」
「そうだと言ったら?」
「ぶっ飛ばす」
フィーマが続けて右の短剣を振るうも、同様に二本目の氷の剣で防がれる。
「それで抑えたつもり?」
短剣が、赤い炎に包まれた。
「『焔小太刀』」
氷の剣から、水滴が落ちる。炎に熱されて溶け始めているのだ。
脆くなった自身の得物が瓦解する瞬間、ヒョウは後方に跳んだ。フィーマも踏み込んでそれを追おうとしていたが。
「凍てつけ」
ヒョウが伸ばした両腕。その掌の先に現れた魔法陣が、瞬く間に空気を凍らせていった。それはあまりにも速く、フィーマの体をもたちまち氷漬けにする。
だが、一連の流れを他の三人が黙って見ているだけのはずもない。
氷の影から、クロが飛び出した。そのまま相手に斬りかかるも、躱されてしまう。
「さて、本命といこうか」
次、また次と、剣を振るい続けるが、そのどれもがヒョウには届かない。それどころか、先のフィーマのように氷の剣を使わせることすら叶わなかった。
クロ一人では。
「『ユッカ』!」
白く輝く魔力の矢を、フランが放つ。それはクロの背中に命中し、浸透していった。
「はあっ!」
踏み込んでからの瞬発力が増し、また、剣を振るう速度も上昇する。試練のときとは別の魔法が、クロに使用されたためだ。
「ほう」
その攻撃は、あと少しというところで阻まれる。
ヒョウの右腕あたりを斬りつけようとしていた剣が、反対側の手で掴まれてしまった。素手で刃を握れば傷ついて流血するはずだが、彼が苦痛に悶える様子はない。
「手を、凍らせた……!?」
自身の掌に氷を張り、それを簡易的な盾として使用したらしい。フランの援護によって放ったクロの渾身の一撃は、あっさりと止められてしまった。
だが、まだだ。
「おっと」
相手に向かって、数本の光が降り注ぐ。
ハクの魔法だ。氷漬けになっているフィーマに隠れて、山なりの軌道で放ったらしい。
ヒョウはその方向へ右腕を伸ばし、掌の先から魔法陣を展開した。そこから現れた氷の壁により、光を防いでいく。
未だ有効打を与えられていないものの、これで両腕を封じることができた。
「『花弁連射』!」
ヒョウの左側へと回り込んでいたフランが、魔力の矢を放つ。先程のものとは異なる、攻撃用の矢だ。
「惜しいな」
ヒョウはクロの剣を離し、氷の壁を展開したまま後方に飛んでフランの矢を躱す。三つの攻撃を、いとも簡単に凌いでみせた。
「まだ!」
フランから続けて矢が放たれるも、ヒョウは後方転回することで躱していく。避けきれないものは氷の壁を出現させて防いでいた。
「逃がさねえぞ!」
ヒョウを追おうとしたクロだったが、自身の後方から聞こえた轟音によって、足を止める。
振り向く必要はなかった。反応するよりも早く、轟音の原因であろう存在が自ら視界に入ってきたのだから。
「どきなさい!」
「フィーマ!?」
氷による拘束を打ち破った彼が、上空で炎を噴出させて凄まじい速度でヒョウへと迫っていった。
「焦がれろ」
相手の頭上まで到達したフィーマ。掌を対象に向けると、彼はそこから極大の炎を放った。
「お、おお……!」
その攻撃による風圧で、土煙が舞う。
クロは左腕で顔を覆い、足に力を入れて踏ん張った。それ程までに、フィーマの攻撃は強力なものだったのだ。
しばらくして、衝撃が収まった。炎の放出が止まったのだろう。
恐る恐る、クロは目を開く。まだ煙が晴れていなかったため、戦況がどうなっているかすぐに確認することはできなかった。
「やったか……?」
あれ程の攻撃を間近で受けて、無事でいられるはずがない。そう思ったが故の言葉だった。
徐々に煙も晴れ、一つの影が鮮明になってくる。視界を完全に取り戻したとき、クロは驚愕した。
「嘘、だろ……?」
そこに立っていたのは、ヒョウだ。その更に向こう側に、フィーマの姿も見えた。攻撃を放った後、移動したのだろう。
「いやあ、今のは焦ったぜ」
衣服は焼け焦げ、彼の肌が露わになっている。攻撃は確実に命中していたはずだ。だが、ヒョウ自身はまるで効いていないと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「そそるわね……」
そんな声を漏らすフィーマだが、その表情は引き攣っている。
彼の攻撃が全力で放たれていたことは、クロにも理解できていた。それが、決して弱いものではないということも。
だからこそ、この結果は絶望的だった。
「意外と楽しめたが、こんなもんか。困るなあ。もっと強くなってもらわねえと」
クロも、彼以外の三人も、攻撃を仕掛けることができない。どうすれば目の前の男に一矢報いることができるのか、わからなかった。
「番人はちゃんとお務め果たしてんのかよ、ったく……さて、飽きてきたし、そろそろ帰るとするかな」
おっと、と、ヒョウはわざとらしく手を叩く。
「クロ!」
ヒョウはそう呼んでから、自身の左の太腿を軽く叩いた。
「ここ、見ておけよ」
「……は?」
「んじゃ、また────」
別れの挨拶を済ませようとしたのだろう。だが、ヒョウの言葉は中断された。
突如として上空から飛来した、黒い斬撃。殺気の塊とも呼べるそれが、彼を狙っていたためだ。
「おいおい、今回は随分と来るのが早えんじゃねえか?」
攻撃を躱したヒョウの近くに、誰かが飛び降りてくる。
黒い鎧をその身に纏い、同色の兜で顔を隠しているその存在に、クロは見覚えがあった。
「メ、メア!?」
本人の口から聞いたことはないが、ハクがそう言っていたと思い出す。
「久しいな。ヒョウ」
「お前もしつこいねえ。どんだけぞっこんなんだよ」
「その減らず口も相変わらず、か」
どうやら二人は顔見知りのようだ。もっとも、良好な関係ではなさそうだが。
「今日こそ、貴様を殺す」
「悪いが、お前とやり合う程の余裕はねえ。ここいらで失礼するぜ」
「逃がさん」
「どうかな」
ヒョウが指を鳴らすと、辺り一帯に様々な種類の動物が現れた。恐らく、ただの動物ではなく、魔物だろう。一匹一匹から、禍々しい魔力を感じられる。
「お前なら振り切れるだろうが、残されたこいつらはどうかな?」
ヒョウのその言葉を聞いて、メアが舌打ちした。
「ま、目の付け所は良かったんじゃねえの? またどっかで会おうぜ」
笑い声を上げながら、ヒョウはその姿を消す。残ったのは、メアを含めた五人と、二十匹近くはいるであろう魔物の群れ。
(やるしかねえ!)
またしてもヒョウに逃げられてしまったこと。それ以前に、まるで歯が立たなかったこと。色々と感じるものはあるが、まずは目の前の魔物たちを倒さないことには始まらない。クロは近くの魔物を倒すべく駆け出した。
「待て」
メアのその一言により、クロは足を止める。
「何もするな」
そう言うと、メアは自身の背丈程もある大剣を地面に突き刺した。そこから魔力を広げ、瞬く間に足場を黒く染めていく。
「『喰ライシ影』」
染められた足場から、黒い腕のようなものがいくつも伸びた。ちょうど、相手の数と同じ。それらは魔物を絡め取ると、素早く足場の『中』へと引きずり込んだ。
足場を染めていた魔力は、巻き戻されるように大剣へと戻っていく。やがてメアは、大剣を引き抜いて鞘に納めた。
「な、何が起こったんだ……?」
目の前の光景に、クロは驚きを隠せない。
あれだけいた魔物を、メアは反撃もさせずに全て倒してみせた。四人がかりで戦っても苦戦は免れないであろう相手に、である。
「……悪い。助かった」
クロはメアの方へ駆け寄り、彼に感謝を告げた。驚きや戸惑いはあるが、助けられたという事実に変わりはないからだ。
「そうか。貴様は俺に感謝しているんだな」
「え? あ、ああ。そうだな。感謝してる」
妙な言い回しにクロは一瞬困惑したが、間違いではないため肯定する。
「ということは、俺に借りができたわけだ」
「まあ、そうなるな」
「ならば、ついてこい」
「え?」
その言葉を最後に、クロの意識は途切れた。




