第39話「火祭りと血祭り」
「大丈夫か?」
一旦、近くにあった建物の屋根へと着地し、背に乗るフランの様子を確認する。
「うん、平気」
「よし。手、放すなよ」
今度は横方向に闇を放出し、南へと飛行を始めた。疑似的なものであるため、推進力が減衰する度にまた闇を放出し、距離を稼ぐ。燃費は悪いが、こうでもしなければ魔物に追いつけない。
「くそっ、遠いな……」
進めども進めども、魔物の姿は見えなかった。どこかに身を潜めているのか、それとも遥か先まで逃げているのか。わからないが、とにかく進むしかない。
「酷い……」
フランがそう呟く。
魔物は逃げながらも街や人を襲っていたらしく、あちこちで悲鳴が上がっていたり、火事が発生したりしていた。自警団と見られる人々が避難誘導や救助活動を行っているが、人手不足のようだ。
力を貸したい気持ちはクロにもあった。だが、魔物をどうにかしなければ被害は拡大する一方だ。
(なんだよ、これ……)
悲鳴や、すすり泣き。それらの音が、反響するようにして脳内で増幅される。頭痛が引き起こされ、次第に心臓の鼓動が強く速くなっていった。重い体に鞭を打って動いているから、というだけではない。もっと別の何かが、クロを苦しめていた。
闇の放出を繰り返しながらも、徐々に高度を下げ、やがて着地する。フランを下ろしてすぐ、彼は膝をついてしまった。
「クロ!」
返事ができない。それ程、クロの呼吸は荒くなっていた。
悲鳴が聞こえ続ける。いくつも、何度も。それらは、纏わりつくようにして彼を苦しめていた。
更に、それらとは別の『音』まで聞こえてくる。
鐘の音。魔導士の国アイアの魔法学校で耳にしたものと同じような音が、彼には聞こえていた。
発生源となるようなものはどこにもない。聞こえるはずのない音だが、それでも確かに、クロの脳内にそれが響き続ける。
「クロ! 前!」
ようやく、フランの声が届いた。
顔を上げる。自身の方へと近づいてきた存在を見て、クロは驚愕した。
自分と瓜二つな外見の『それ』が、狂気的な笑みを浮かべていたためだ。
いったい、何が起こっているのか。予期せぬ事態に直面した彼は、動くことができなかった。
「下がってて!」
庇うようにして、クロの前に出るフラン。彼女の声によって、彼は意識を引き戻される。
気づけば、目の前にいる『それ』は魔物へと姿を変えていた。炎が人間の姿を形取っていて、頭部が花火玉によって構成されている。手足の指先は三方向に枝分かれしているため、完全に人間を模しているわけではないようだ。
魔物の容姿にフランが大して反応していないことから、自分の気のせいだったのだと思うことにし、クロは立ち上がる。
目の役割を果たす部位はなさそうだが、二人が臨戦態勢に入ったことを察知できたらしく、魔物は一瞬動きを止めた。そしてすぐ、炎の腕を自身の前方で交差させる。すると、指先の炎が黒く変色した。魔物が腕を振るうと、変色した部分がちぎれ、玉のようになって放出される。だが、それは二人のいる位置よりも外側に向けられていて、そのまま直進しても二人に当たる軌道ではない。
「させない!」
それでもフランは警戒したようで、弓を構えた。
「『乱れ咲き』!」
拡散する魔力の矢を二回、フランが放つ。
黒色の玉は、貫かれた瞬間に勢い良く煙を噴き出した。
「フラン!」
クロは飛び出し、フランの襟を引っ張ることで彼女を煙から逃がす。だが、その代わりに自身が煙に包まれてしまった。咄嗟に左手で口元を覆い、脱出しようと右側に体を向ける。
一歩踏み出した瞬間、音が聞こえた。何かが高速で削れるような、耳障りな音が。
同時に、煙の奥から何かの影が迫ってきている。
煙を突っ切って飛来したそれは、硬貨のような形をしていた。唸りを上げるように回転しながら、勢い良く火花を散らしている。
どうやら、彼を脱出させまいと魔物が仕掛けた攻撃のようだ。
(ちっ……!)
戦えない、などと言っている場合ではない。クロは剣を抜き、左から右へ斬りかかろうとする。
だが、その動作は空振りに終わった。
標的の小ささ故に外したわけではない。相手の攻撃の軌道が、急激に変化したのだ。クロに向かって真っ直ぐ飛来していたはずが、彼から見て左下に逸れていった。そのため、剣が当たらなかったのだ。
(あっぶねえ)
大回りでそれを躱す。安心したのも束の間、今度は左側から、同じように回転物が飛来した。
それを躱しても、次、また次と、絶え間なく攻撃が繰り返される。凄まじい回転速度によるものか、それらの軌道は不規則に変化し、予測できない。クロは回避を基本にしつつ、剣を体の近くで構え、必要であれば防御するようにした。
今のところは凌げているが、いつ限界がくるかわからない。特にこの状況では、痛みや体力の消耗以外にも気を回すべきことがある。
(息が……!)
クロの体は酸素不足に陥ろうとしていた。
人間は、そう長い間息を止めることはできない。全力で動いていれば、尚更だ。
煙を吸う覚悟で息をすれば、この問題は解決する。だが、常識的に考えて、煙を吸うことは人体にとって悪影響でしかないだろう。まして、魔物の攻撃によって発生したものなど、絶対に取り込むべきではない。
すぐにでも、脱出をしなければならなかった。
(魔物は、どこだ……)
回避に意識を割きながら、魔物の位置を探る。
攻撃の余波で煙が薄くなっても、またすぐに煙を追加されてしまうため、視覚は頼りにならない。だが、窒息死がすぐそこまで迫ってきていたことで、異常なまでに神経が鋭敏になっていた彼は、音、気配、魔力の流れなど、大量の情報を得て、分析し、解を導くことができた。
(そこか!)
素早く剣を鞘に納めて振り向き、両腕を後ろに伸ばす。闇を放出して、斜め前方へと飛び出した。
当然、回転物が襲ってくる。クロは裂傷を負わされつつも、その攻撃に怯むことなく、煙の中から脱出することに成功した。
向かう先に、魔物の姿が見える。煙から完全に離れたことを確認して、彼は大きく息を吸い込んだ。
「……っああああ!」
再び剣を抜き、構える。両者の距離はぐんぐんと縮まっていき、そしてとうとう、クロの刃が魔物の体を捉えた。
だが。
「何っ!?」
炎の体を斬り裂いたものの、手応えが感じられない。まるで、実体ではないかのようだった。
魔物は苦しむ様子を見せることなく、斬られた炎をクロの体に纏わりつかせる。
「ぐっ……がああああ!」
灼熱の炎に襲われながらも、クロは再び剣を振るった。
狙いは、花火玉。相手の頭部を構成しているそれに、剣が食い込む。
魔物は声こそ出せないようだが、悲鳴を上げるように炎を荒ぶらせた。
「フラン!」
クロの合図により、魔物を挟む形で立っていた彼女が矢を放つ。水色の輝きを纏ったそれは、相手に直撃した。
貫くことこそできなかったが、花火玉には亀裂が入っている。有効打となったことは明らかだった。
「がはっ……」
拘束を解かれたクロが落下する。高所にいたわけではないが、受け身を上手く取れなかったため、衝撃を受け流すことができなかった。満身創痍の体が、更に痛めつけられる。
「クロ!」
フランは駆け寄ろうとしたが、足を止めた。
魔物が、妙な動きを見せていたからだろう。
痙攣するように炎を流動させながら、魔物はゆっくりと空高くへ上昇していく。そして、その身から火球を大量に放出した。
「ま、まずい!」
その様子を見ていたクロが声を上げる。
魔物は足の炎をより強く噴出させることで夜空を飛び回り、無数の火球を四方八方に放ち続けた。
それはさながら花火のようだったが、先程見ていたものが発していた魅力は微塵も感じられない。地獄の一歩手前を見ているようだと、彼は思った。
これらが降り注げば、辺り一面、焼け野原と化すであろうことは想像に難くない。
「クロキ……ぐっ!?」
「クロ!」
ここに来るまでに、クロは魔力を消耗しすぎた。ないものを振り絞ろうとすれば、今度は肉体が悲鳴を上げる。もう、彼の体は限界だった。
「構うな!」
クロの声により、フランはすぐに弓を構え直し、空へと矢を射る。
だが、火球の数があまりに多すぎた。しかも、一つ一つの威力も決して低くない。
(くそ……)
自分も動ければ。いや、自分一人加勢できたところで。クロはそんなことを考えながら、拳を握りしめる。
「……! 何!?」
フランが、驚いたような声を上げた。
どこからか飛来した攻撃が、火球の一つをかき消したからだろう。それは一回だけに留まらず次々と放たれて、降り注ぐ脅威を相殺していった。
「子供が体張ってんのに、俺らが尻尾巻いて逃げ出すわけにゃいかねえよなあ!」
野太い声が辺りに響く。いつの間にか、武器を持った男たちが大勢現れていた。
弓や杖、他にも様々な武器を持った彼らは、次から次へと攻撃を放っていく。それにより、火球の数が見る見るうちに減らされていった。
「あいつらは……」
「自警団じゃないかな。フィーマが言ってた」
クロにそう返しながら、フランもまた攻撃を続ける。
(よし、これなら……)
クロがそう希望を持ったのも束の間、魔物は本体そのものであるはずの花火玉を爆発させた。それにより、無数の火球が再び撒き散らされる。
自爆。
その轟音は、断末魔の叫びのようだった。生涯を終えてでも人々への被害を拡大させようという意思が、まざまざと感じられる。
「火で栄えてるこの国があ! それを抑える術を持ってねえはずねえだろお!」
男の一人が、巨大な四角い筒を構えた。
そこから、何かが勢い良く発射される。ちょうど魔物がいた位置まで到達すると、それは弾け、火球をかき消していった。
「これは……水?」
雨のようなものに打たれ、クロはその正体に気づく。どうやら大量の水を放ち、飛散させることで消火を行っているようだった。
結果、魔物の火球は一つも街に落下することなく、戦いが終わる。
「終わった……」
クロは一瞬安心したが、それを改めざるを得なかった。
最後の攻撃こそ防ぎきれたが、二人が追いつくよりも前に、街は蹂躙されている。壊滅、とまではいかずとも、それに近しい状態となってしまっていた。
もっと早く来れていれば。もっと自分が強ければ。彼はそんな自責の念に駆られていた。喜ぶことなど、到底できない。
「王国軍が来たぞ!」
どこからか、そんな声が聞こえた。
武装した兵士たちが続々と現れ、事態の収拾を行っていく。戦闘が終わっても尚、慌ただしさはすぐには収まらなかった。




