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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第三章『再出発』
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第35話「作戦会議」

 フランに薬を飲ませてから、二日後。


「いやー、お騒がせしました!」


 宿の一室で、フランの声が響く。彼女は恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 ここは、フランが寝泊まりしている部屋。彼女がベッドに腰掛け、クロとハクが椅子を近づけて座っている形だ。


「本当に大丈夫なのか?」


「平気平気! 二人が買ってきてくれた薬のおかげで全快だよ! 今すぐ試練受けに行けるくらい!」


 この間の不調が嘘のように、フランは元気になっている。薬は本当に安全で、効果も抜群のようだった。


「いや、どんなに早くても試練は一週間後だよ。僕とクロの傷も軽くはないからね」


 二人の包帯は未だ取れない。短期間で治るはずもない傷を、魔法でどうにか処置したに過ぎないようだ。特にクロは、骨が折れたり砕けたりと悲惨な状態だったらしい。魔法に感謝といったところである。


「そっか。それじゃあ、私はまた特訓しなきゃ。時間は無駄にできないもんね!」


 無理をして倒れたばかりだというのに、フランはお構いなしだ。このままでは、いずれまた同じようなことが起こるだろう。


「フラン」


 クロと同じことを考えたのか、ハクが彼女の名を呼ぶ。それだけで、空気が変わった。


「疲れたときは疲れた、休みたいときは休みたい、そう言ったって、誰も君を咎めない。弱音だって吐いていい。仲間なんだから、助け合うのは当然のことさ」


「でも、私弱いから……」


 打って変わって、フランの表情が曇る。やはり、二人に対して引け目を感じているようだ。

 一番遅れているのは自分なのに。クロはそう考えたが、もしかしたら三人とも同じことを考えているのかもしれないと思い直す。


「僕の旅には、世界の命運が懸かってる。無理しなければならないときや、努力を要するときだってざらにある。それについてくる以上、フランにも同じことを要求するかもしれない」


「うん。わかってる」


「だけど、死ぬ気でやれなんて言うつもりはない」


 ハクの表情が、険しくなった。


「そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃないよ。今の考え方を持ち続けて旅をすれば、いずれ君は命を落とす」


 今のフランの在り方は、自己犠牲に近い。

 一番弱いから。

 それを行動の理由にしていては、この先、危険な何かと遭遇したときに命を落としかねない。


「当初の目的よりも、旅についていくよりも、まず第一に、自分の身を、命を大事にするんだ」


 その言葉はクロにも響いた。

 自分だったら、何があっても構わない。そう思って薬の毒味をしたからだ。

 さもフランを諭す側に立っているが、人のことは言えないな、と彼は心の中で自嘲し、戒める。


「それができないのなら、君の旅はここまでだよ」


 厳しい言葉。それは、ハクが誰よりも優しいからこそ出るものだった。


「……実は」


 間を空けて、フランが口を開く。


「だいぶ楽になったけど、まだ疲れは取れてない、かも」


 あはは、とフランは誤魔化すように笑った。照れ臭そうに頬を掻きながら。


「わかった。しばらくは休養に当てよう」


 彼女の様子を見て、ハクが優しく微笑む。どうやら、無事に解決したようだ。それがわかり、クロもまた安堵の表情を浮かべた。


「とは言え、時間を無駄にできないのも確かだ。試練突破に向けて作戦を立てなきゃね」


 体は無理でも、頭は動かせる。


「作戦ねえ……あの脳筋っぷりに通用する策なんてあるのか?」


 圧倒的な体格差から繰り出される一撃。あれをどうにかできないことには、突破は不可能だ。ただ、三人のなかで近接戦闘を最も得意とする自分が太刀打ちできなかった以上、対策できないのではないかとクロは考えていた。


「私の魔法なら、もしかしたら」


 フランが、呟くように告げる。


「直接は、無理だけど……」


 そういえば、フランは援護する類の魔法を使えるようになったと言っていたか、とクロは思い出した。


「援護の魔法があれば、俺でも番人と渡り合えるか?」


「うん」


 フランは頷きながら、そう返す。自信からか、はたまた仲間への信頼によるものか。彼女の瞳に、迷いはない。


「でも、渡り合えるだけじゃ駄目だ。何か決定打がないと」


「それは僕に任せてほしい」


 ハクが名乗りを上げた。


「時間を稼いでくれれば、なんとかしてみせる」


「どんな手があるんだ?」


「……肉体強化に近いことができる。この前の試練でも使ったんだけど、もしかしたらクロには見えてなかったかもね」


「肉体強化……」


 自身の、疑似的な肉体強化を思い出す。痛覚麻痺と肉体の強制稼働を利用した、強化とは名ばかりの魔法。


「負担や危険は、ないんだな?」


「多少の負担はあるけど……闇属性の魔力のような危険はないよ」


「わかった。なら任せる」


 常に安全策を取るわけにはいかない。勝利を掴み取るために、ある程度の無理は許容する必要があった。


「ありがとう。ただ、さっきも言ったけど、その魔法を使うまでの時間が必要だ。相手に妨害されたら元も子もないから、より慎重に、時間をかけなきゃならない」


「準備してる間は、ハクは動けないのか?」


「他の魔法が使えないわけじゃないけど、集中力を削がれるから、それだけ時間は引き伸ばされることになる」


「なら、ハクの方も私が援護するよ。魔法を発動させるための援護もできるから」


「……フラン、本当に色々できるようになったのな」


 それ程多くの魔法を使えていて、尚自身を弱いと思っていることが、疑問に思える。


「私、体力と魔力が少ないから。代わりにできることをやるようにしてたら、いつの間にか、ね」


 体力の差は気づいていたが、魔力量に関しては初耳だった。大して驚いていないあたり、ハクは以前から知っていたものと思われる。


「ってことは、援護にも限界があるってことか」


「僕とクロ、どっちの援護をするか瞬時に判断して、正解を選び続けないといけないね」


「魔力量も心配だけど、別の援護に切り替えるのに時間がかかるし、持続時間も気にしないと……ああ、自分で言い出しておいて不安になってきたあ!」


 そう言いながら、フランは両手で自身の頭を押さえた。

 試練を乗り越えるためには全員の力を合わせることが必要不可欠だが、今回は彼女の負担が特に大きい。勝敗は彼女に懸かっていると言っても差し支えないだろう。


「陣形はどうする? フランは攻撃に回れないだろうし、どっちかが守れるようにしないと駄目だよな?」


「私のことは気にしないでいいよ」


「そうもいかないさ。援護を厄介に思われて狙われるかもしれないし」


「大丈夫。魔力の相性は悪いけど、それは水の国の証でなんとかするし!」


「……相性?」


「うん。魔力には、属性によってそれぞれ相性があるの……ってあれ? もしかして、お師匠様から教わってない?」


「いや、俺、魔力方面は魔法の使い方しか教わってないし……」


 クロは向上心こそあれど、自分から学ぶ意欲を持ち合わせていなかった。


「じゃあ、大魔導師の一番弟子であるハク先輩にご指導いただきましょう!」


「そこで僕に振る?」


「そこをなんとか!」


 二人のかけ合いにより、程良く緊張がほぐれる。やはり、フランは場を和ませるのが上手い。


「じゃあ、手短に」


 ハクが軽く咳払いをしてから、再び口を開く。


「五大属性、覚えてるかい?」


「ああ。確か、水、雷、火、木、土、だったよな?」


「うん。それらには五大属性のなかでそれぞれ一つずつ、有利に働く属性と不利に働く属性があるんだ。火は木に強く、木は土に強い。土は雷に。雷は水に。水は火に、っていう感じにね」


 なるほど、とクロは納得した。フランが宿しているのは木属性の魔力であるため、火属性の魔力を宿すテッロとは相性が悪いということだ。

 相手から直接魔力の属性を聞いたわけではないが、火の国の番人であり、使っている魔法も火に関連したものであったことから、そう推測して問題ないだろう。


「派生した属性が絡んでくるとまた話が変わってくるんだけど……難しいからこれは気にしなくてもいいかな」


「……闇属性にも相性とかあるのか?」


 これまで戦ってきたなかで、属性の有利不利を実感したことはなかったため、これを機に自身の魔力の相性についても知っておくべきだと考えた。


「光属性に対して強いけど、同時に弱くもある。互いに有効打となり得る関係なんだ」


 故に、お師匠様はハクに冥王の瘴気を祓わせようとしたのだろう。


「ちなみに、その他の属性との相性は普通だよ。光属性も同様にね」


「光と闇って、何かの派生なのか?」


「いや、違うよ。それに、他の属性に派生することもない」


「へえ」


「まあ、説明はこのくらいかな」


「おお、さすが先輩」


「よしてよ」


 フランから送られたわざとらしい拍手を、ハクが笑って流す。


「っていうか、そうか。証があれば、違う属性の魔力を使えるんだ」


 証を手に入れた当初は、魔力を感じることすらできていなかったために気にしておらず、そのまま忘れてしまっていたが、同じ説明を番人のヴェロットから受けていたと思い出した。


「試しにやってみるかな」


 指輪のはまっている左手を、前に突き出す。


「で、どうやってやるんだ?」


「指輪に魔力を込めて、そこから魔法を使う感じかな。数種類の証があると、どの属性に変換するかを感覚で掴まないといけないからそこが難しいけど、クロは水属性の証しかないから問題なくできるはずだよ」


「よっしゃ。やってみっか」


 誤って宿の備品などを汚さないよう、掌を下に向けた。床に水がかかる程度なら、拭けば問題ないと思ったからだ。

 ほんの少し、水滴を垂らす程度に制御して、感覚を掴めればいい。そう考えた。

 意識を集中させ、指輪に魔力を流し込む。

 指輪が、青く輝いた。


「ここから、魔法を……」


 要するに、水を出せばいいのだ。闇と比べれば遥かに想像しやすい。簡単に扱えるはずだと、そう思っていたが。


「ぬぬぬぬ……」


 いつまで経っても、水滴が垂れてこない。

 慎重すぎるのだろうか。そう思い、クロは込める魔力を多くする。だが、一向にその手から水が放たれる様子はない。


「ぬああああっ!」


 全力。大声を出しながら、気合いとともに魔力を込めた。

 ぽつり、と一滴。クロの掌から水が落ちる。

 それだけ。あれ程全力で取り組んで、結果はたったのそれだけだった。


「ええ……」


 クロは言葉を失う。絶望したわけではなく、呆れたのだ。こんなものなのか、と。


「おかしいな。僕も前に試したことがあるけど、問題なかったよ。多少、変換効率が悪かったのは否めないけど、そこまでではなかったな」


「私も」


「うーん。指輪自体が壊れてるとかじゃないよな?」


「さすがにないと思うけど……」


「ま、できないもんはしょうがねえな。俺は俺にできることをやるだけってことだ」


 フランの援護さえ受けられれば、渡り合える可能性がある。クロはそれを頼ることにした。


「それで、フラン。本当に護衛はいらないんだな?」


「うん。大丈夫だよ」


「まあ、援護してもらった僕とクロが、可能な限り相手の気を引けば、フランへの攻撃も少なくなるさ」


「そうだな」


 ただ、決定打をハクに任せる以上、彼の魔力を無闇に消耗させるわけにもいかない。テッロの足止めはできる限り自分がしなくては、とクロは気を引き締めた。


「じゃあ、作戦をまとめようか。フランは基本、攻撃せず援護に回って、クロが足止め。僕は勘づかれないように魔法の準備をしつつ、足止めを手伝ってフランへの攻撃を牽制する。これでいいかい?」


「ああ」


「うん!」


「よし。それじゃあ、今日はここまでにしよう。各自、しっかり体を休ませるように。何か作戦の変更が必要そうなら、また集まろう」


 その言葉を最後に、三人は解散した。

 とは言え、クロとハクは相部屋なため、基本一緒にいることになるのだが。


「まさか、本当にフランが鍵になるなんてな」


 クロは廊下を歩きながら、前を進んでいるハクに話しかける。


「確かに予想外だったけど、でも」


 ハクは立ち止まり、振り返った。


「僕は、フランを弱いって思ったことは、一度もないよ」


 柔らかな笑みが浮かべられる。だが、ハクの言葉が冗談めかして放たれたものではないことは、クロにもわかった。


「ああ。俺もだよ」


 自分以外の誰かのために立ち上がれる人間が、弱いわけはないのだ。まして、陰で努力を重ねられるのなら、尚更。


「フランは、もっともっと強くなるよ」


 ハクが歩き出したため、クロもそれに続く。


「そうだろうな」


「僕たちも、負けてられないね」


「……俺、既に置いてかれてる気がするんだよなあ」


「なら、余計頑張らないと」


「ああ。すぐに追いついてやる」


「追い抜かなくていいのかい?」


「今はまだ、な」


「それもそうだね」


 共に歩めるときは、そうした方がいい。

 いつ終わりが訪れるか、わからないのだから。

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