第33話「早すぎる再会」
人気のない、入り組んだ路地。
正面玄関とは思えない位置にある小さな扉の前に、二人は立っていた。
「ここ、だよな?」
「そのはずだけど……」
自信なく尋ねるクロだが、どうやらハクも同じ気持ちらしい。声色にそれが表れている。
色々な人に道を尋ね、最終的に地図を描いてもらってここまで辿り着いた。全員、指し示す方向は同じだったため、間違えてはいないはずだ。
だが、不気味な程の静寂に包まれているこの場所が、目的地だとは到底思えなかった。
「なんか嫌な感じがするんだよな」
「うん……とりあえず、人がいるか確認してみようか」
ハクが扉を叩く。
「すみません」
返事はない。
少し時間を空けてから、ハクは再び扉を叩いた。
「すみません!」
留守だったわけではないらしく、建て付けが悪い扉特有の軋む音を立てながら、それが開く。
中から出てきたのは、灰色のぼさぼさ髪と使い古された白衣が印象的な男性だった。
「はいはい、どちら様で?」
「ハクと申します。隣にいるのは、クロです。薬を譲っていただきたく参りました」
「おやおや、こりゃまた小さなお客さんで」
男性は物珍しそうに二人を交互に見た後、中へと招き入れてくれる。
部屋は全体的に散らかっていて、足の踏み場が少ない。衣類や見慣れない道具など、とにかく色々な物が落ちていた。
彼自身、寝癖がついていたり、服装が薄汚れていたりと、身だしなみを整えているとは言い難いため、大雑把な性格であろうことが見て取れる。
「適当に座ってくだせえ。今、茶をお出ししやすんで」
「いえ、お構いなく」
「そうですか? では」
四人がけの机。その椅子の上にあった荷物を動かして、二人は座る。男性も同じようにしたが、自分の物だからか雑に放り投げていた。
「あっしはルカ。薬剤の調合や、他にも色々……まあ何かしらを作って、それを売る、という商いをしていやす」
「改めまして、ハクです。試練を受ける旅をしています」
「ほう、その歳で試練ですか」
「クロです。俺も一緒に旅をしてます」
「まだお若いのに大変ですねえ。して、お望みの品とは?」
「もう一人、仲間がいるんです。僕たちと同じくらいの年の、女の子が」
「ほうほう」
「その子が風邪を引いてしまったようで、よく効く薬があればと思い……」
「なるほどなるほど」
ルカが立ち上がって、部屋の中を歩き回る。床に散乱している紙や、棚にある瓶に入った粉末や液体など、色々な物を確認してから彼は再び腰を下ろした。
「ええ、材料は揃ってますんで、お作りできます」
「本当ですか!」
「ええ、ただ……」
ルカは困ったように頭を掻く。
「今は花火作りの時期でして……」
「花火?」
復唱しながら、クロは首を傾げた。
「ええ。この国では毎年、このくらいの時期になると花火大会を催すんですよ。あっしも、打ち上げる側で個人的に参加しているんですがね。その花火作りには、とかく資金を要するわけですよ。今回は特に、外部に依頼して、結界外から材料を調達してもらっているので」
「なるほど……」
事情を察せたらしいハクが、顎に手を当てて何かを考え始める。
「作業自体は完了してるんですが、資金不足に陥りかけてましてね。現在、依頼は全部値上げしてお受けしてるんですよ」
「具体的には、どのくらいですか?」
「ええとですね……」
ルカは紙に筆を走らせ、すぐにそれをハクに渡した。
「ざっとこのくらいです」
「これは……」
ハクが目を丸くする。
クロも覗き込むようにしてその見積書を確認した。薬の相場がいくらなのか彼は把握していないが、金額だけを気にするなら高いと言わざるを得ない。
「とは言え、こんな商売を子供に吹っ掛けるのはあっしとて良心が痛みやす」
クロは彼を信用できなかった。
ルカの喋り方や風貌から怪しさを感じたから、というのも理由の一つだが、それらは後押しに過ぎない。
この空間から、クロは何か嫌なものを感じていた。空気が重く淀んでいるようで、気分を害されている。
ハクも同じなのか、どことなく警戒しているような様子だった。
「そこで!」
ルカが身を乗り出して二人の顔を見つめる。
「お二人に、あっしの研究の手伝いをしていただきたいんです!」
「研究、ですか?」
「ええ。あっし、こう見えて魔法学校の出身でして。在籍時には独自の視点で魔力関連の研究を進めていて、自分で言うのもなんですが、新説の発見や証明、謎の解明などに貢献してきたんですよ」
そう語るルカは、どこか自慢げだった。クロが怪しんでいることには気づいていないようだ。
「で、今でも時間があれば研究を行って、その成果を魔法学校に提供してるんです。貢献度に応じて報酬を受け取れるんでね。薬代の不足分はその研究への協力で賄う……ってことでどうでしょう」
クロはハクの方に目を向ける。彼自身、この話にはあまり乗り気ではなかった。雷の国での一件を思い出すからだ。
「その協力の内容によりますね」
「おっと、伝え忘れてやした。いや何、お二人の魔力について調べさせていただきたいんですよ。何か珍しい事象が起きてないかの確認という意味合いもありやすが、単純に統計の精度を上げたいんで」
二人の魔力に関する情報の提供。番人が紹介する以上、怪しい人間ではないはずなのだが、クロにはそうは思えない。
警戒しながらも思考を巡らせていると、突然、部屋に大きな音が響いた。扉を叩く音だ。
「はいはいただいま!」
大きな声を返しながら、ルカが駆け足で玄関へと向かった。
「どうする?」
ハクの耳に口を近づけて、小声で尋ねる。特別狭くはないが、普通に話しているとルカに聞こえてしまう恐れがある。それを防ぐためだった。
「断るつもりだよ」
「だよな。なんかここ変な感じするし」
「うん。ただ、その原因を確かめたい。少しだけ調べてみよう。怪しまれない程度にね」
「了解」
会話を手短に終えて姿勢を戻す。未だ、ルカは戻ってきていない。耳を澄ますと、玄関でのやり取りが聞こえてきた。
「茶でも飲んでいきやすか? ちょうど、ぼっちゃんと同じくらいの子供が訪ねてきてるんですよ」
「そうね。せっかくだから頂いていくとするわ」
玄関の方から聞こえてきた声。それを耳にしたクロは、背筋を凍らせた。
野太い重低音の女性口調。
忘れるはずもない。
足音が近づくにつれ、心臓の鼓動が速くなっていった。
「……あら?」
クロの心臓が大きく跳ね上がる。今の一言で、自らの身を捕捉されたことに気がついたからだ。
「あらあらあら?」
声の主はクロとハクの前方に回り込んで、二人の顔をまじまじと見つめてくる。それは予想どおり、クロのよく知る人物だった。
頭の両端から垂らされた、柿色の三つ編み。
厚化粧でも誤魔化せない、青髭。
可愛らしい服装から覗く、逞しい手足。
腰に携えた、二本の短剣。
「男前が二人もいると思ったら、クロとハクじゃない。一昨日ぶりね」
そう言って鼻息を荒くしているのは、先日の課題で交戦した、魔法学校に通う生徒の一人、フィーマだった。
「……下手な世辞はよせよ。傷つくだろ」
「あらあら、ごめんなさいね。強い相手はみんな格好良く見えちゃう性分で」
口では謝っているが、その顔に反省の色は見られない。フィーマは頬に手を添え、にやけながら首を傾けていた。
「お久しぶりです。フィーマさん」
「堅いのはなしよ。同年代でしょ?」
そう返しながら、椅子の一つにどっかりと腰を下ろす。乙女を自称する者の座り方とは到底思えない。
「おやおや、みなさん顔見知りだったんですか?」
「ええ。知り合ったのはつい最近だけどね」
物珍しそうに見ているルカへ、フィーマ自身が説明する。
「お二人こそ、知り合いなんですか?」
そう尋ねたのは、ハクだ。ルカとフィーマが親しげだったため、気になったのだろう。
「いやあ、王家の方々には昔から懇意にしていただいてるんですよ」
「王家?」
「おや、ご存知ないですか? フィーマぼっちゃんは、この国の第二王子なんですよ」
第二王子。その言葉がクロの脳内でこだまする。
「ええええ!?」
「ちょっと、近所迷惑よ」
クロの大袈裟な反応に対し、フィーマは至って冷静に注意した。変わり者という印象が強いが、ある程度の常識は持ち合わせているらしい。
「お、お前が王子!?」
「驚きすぎよ。この間も言ったはずだけど?」
そう言われ、クロは自身の記憶を遡る。
恋愛乙女王子。確かにフィーマはそう名乗っていた。当時は誇張気味な自己紹介としか思っていなかったが、彼の言葉に嘘偽りはなかったようだ。『乙女』という部分に関しては、本人の願望が多分に含まれているだろうが。
「い、いや、でも……まさか本当だとは」
「人を見かけで判断しちゃ駄目よ?」
「えっ。ああ……そうですね」
脳で処理しきれず、やがてクロは考えることをやめた。
「今日は休校日なのかい?」
「んなもんとっくに辞めたわよ」
「辞めた?」
「辞めさせられたって言った方が正しいけどね。所謂、除籍処分ってやつよ」
「……って何?」
クロはハクに視線を向けて尋ねる。フィーマの口ぶりからして、なんとなく想像できていたのだが。
「素行不良とかが原因で、学校側から生徒を退学させることだよ」
「なんでそんなことに……」
言いかけて、気づく。
少なくとも、二日前の課題のときはまだ魔法学校に在籍していたはずだ。ということは、課題の日から今日までの僅かな期間に、除籍処分の原因が存在していてもなんらおかしくはない。
「もしかして、俺たちのせい?」
自らを指差し、恐る恐る尋ねる。
自分たちに負けたことで、フィーマは学校を辞めることになってしまったのではないか。クロはそう思い至ったのだ。
「時期が近いのは偶然よ。講義をすっぽかすのなんて珍しくなかったし、前々から睨まれてたのよねぇ」
「……不良だったのか?」
「ま、平たく言えばそういうことね」
得意げにしているようにも、憂いているようにも見えない。腹の内を探りづらい微笑を、フィーマは浮かべていた。
「魔法学校のことで、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「構わないわよ。アタシが知ってることなんてそう多くはないけどね」
「……在校生や卒業生の中に、行方不明者がいたりしないかい?」
やや低めの声音で、ハクがそう尋ねる。
魔法学校になんの興味があるのかと疑問に思っていたが、クロは今ようやく彼の意図に気づいた。
記憶の手掛かりがないか、探ってくれているのだ。学校方面の調査を一任したことで、完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
「いるわよ」
「それって、いつ頃のことかわかるかな?」
「確か、二十年前とかって言ってたかしら……? 首席で卒業した生徒の話でね。数種類の属性の魔法を使えるっていう、稀な才能の持ち主だったらしいけど、卒業後、ばったりと消息が途絶えちゃったみたい」
「二十年前……」
顎に手を当てるハク。
深く考えずとも、記憶喪失の件とは関連性がないように思えるが、何か引っかかる点があるのかもしれない。
「行方不明の情報なんて、何に使うの?」
「いや、ただの世間話さ」
「ふうん……?」
用は済んだと言わんばかりに、ハクが話を打ち切る。
「まあいいわ。ところで、もう一人の子はどうしたの? 確か女の子がいたわよね?」
今度はフィーマが二人にそう尋ねた。どうやら、フランのことを気にしているようだ。
「フランは体調を崩してしまってね。今は宿で眠っているよ。だからこうして、風邪に効く薬を買いに来たんだ」
「おっと、そうでした。協力の件、考えていただけましたか?」
「いえ、今回は遠慮させていただきます。値上げした金額で構いませんよ」
「かしこまりやした」
ルカが棚の方に歩いていき、小瓶に入った液体や粉末などを手際良く取り出していく。すぐ近くに設置された台の上にそれらを並べた後、彼の作業は始まった。




