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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第三章『再出発』
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第31話「マーコ」

 魔物を撃退した後、新手に襲われることもなくマーコの結界内へと辿り着き、宿で晩を明かした。

 そして翌日。一行は番人に挨拶するため、街へと繰り出している。

 暑苦しい。

 それが、この国に対してクロが抱いた第一印象だった。

 気候だけの話ではない。この国の人々は、他人へ深く干渉してくるのだ。少し道を尋ねただけでも、そこから深く話し込まれ、歩みが全く進まない。

 背中や肩を叩かれるなど、初対面であるにもかかわらず肉体的接触が多く、彼は二、三人と話しただけで気が滅入ってしまった。

 また、それ以外にも困ったことがある。

 服装だ。

 気候故か、この国の人々は全体的に露出が多い。

 男性は上半身が裸で、その鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく披露している。それだけなら彼も別に気にしない。

 問題は女性の方だった。隠さなければいけない部分は隠しているが、裏を返せば、それだけということだ。

 首、肩、脇、腹、背中、太腿から足の爪先。至る所が丸出しになっていて、彼は目のやり場に困っていた。目の保養にならないと言えば嘘になるのだが、何事にも限度というものがある。


「鼻の下伸ばしちゃって。やらしい」


「……気のせいだよ気のせい」


 やはり、表情に出やすいらしい。隠し事ができないこの習性もそろそろどうにかしたいものだと思いながら、クロは歩き続ける。

 やがて転移魔法陣を利用し、国の北側へと辿り着いた。初めこそこの移動方式に驚いていたが、今となってはすっかり手慣れたものだ。


「番人はどこにいるんだ?」


「この建物の出入り口で待ってくれてるらしいよ。お師匠様が予め連絡しておいてくれたから」


「番人とも連絡取れるんだね……」


「番人ってどのくらい偉いんだ?」


「王国軍の最高位と同じらしいよ」


「つまり?」


 ハクからの返答だけでは理解できず、クロはフランの方へと顔を向けた。ただ、彼女も正確に把握しているわけではないのか、首を傾げている。


「王様の次に偉いってことじゃない?」


「……まあそんなところかな」


「へえ。すげえんだな」


 水の国の番人ヴェロットは、王子であるアキューを顎で使っていた。王子の権力がどの程度かはわからないが、番人がそれ程強い立場にいるのなら、おかしいことではないのかもしれないと思い至る。


「さて、外で待ってるらしいけど……」


「そこの三人組!」


「んぬぱっ」


 奇妙な声を上げたのは、クロだ。突然の大声に驚いたことで出たものだった。


「レマイオ殿が仰っていた少年少女とはお前らか!」


 そう大声で尋ねてくるのは、波打つ筋肉。

 人間のそれとは思えない程に肥大化した胸筋を露出していて、筋骨隆々という言葉が良く似合う男だった。


「は、はい。お師匠様……レマイオの紹介で来ました。ハクです。こっちの二人が……」


「フランです!」


「クロです」


「声が小さい!」


 男は目を見開いて、再び大声を上げる。


「自分の名前は大きく! ゆっくり! はっきりとだ!」


 その眼は確かにクロの方を向いていた。

 クロは男の声を喧しく思ったが、言っていることは間違いないと思い、息を大きく吸い込んで、挨拶をやり直すための準備をする。


「ク────」


「俺の名はテッロ!」


 テッロ。彼はその名乗りをクロの挨拶に被せてきた。

 先の発言からやや間があったため、挨拶のやり直しを要求されているのかとクロは思ったが、どうやら違ったらしい。


「この国の番人だ!」


 テッロはそう言うと、ずんずんと三人に近づいてきた。


「のわっ!?」


 彼は目にも留まらぬ速さでクロとハクを両脇に抱えた後、その逞しい背中をフランに向ける。


「乗れ!」


「は、はい……」


「しっかり捕まっていろよ!」


 フランをおぶると、テッロは勢い良く飛び出した。足から炎を噴き出しているようだ。

 向かう先は、山の洞窟。

 正面を向いていたクロは、風圧を思い切り顔に受ける。目の水分が一瞬で乾いてしまったため、咄嗟に瞼を閉じた。


(なんなんだこいつ……!)


 洞窟内にテッロの笑い声が響く。普通に聞いても喧しいと感じるのに、反響のせいで余計に耳障りだった。心なしか、頭痛までしてくる。


(う、うるせえ……)


 縦横無尽に移動していることはわかるが、正確な方向や距離まではわからない。騒音に悩まされながら、クロはされるがままに洞窟内部を飛び回るのだった。


「……到着!」


 急停止により、体が大きく揺れる。すぐ、クロとハクは雑に放り投げられた。


「おおおおっ!?」


 三半規管が弱いのか、クロは上手く着地できずに倒れる。

 ハクは華麗に着地し、フランは安全に降ろされた。


「いってて……」


 クロは起き上がって辺りを見回す。

 天井が高く、広々とした空間。その中央に四人が立っている。近くには、人が扱うとは思えない大きさを誇る槌が突き立てられていた。


「ここは?」


 同様に見回しながら、ハクが尋ねる。


「試練を受けるんだろう? そのための舞台だ」


「試練の内容は……」


「俺を倒すことだ! 三対一で構わん!」


「よっしゃ」


 クロは剣を抜き、にやりと笑った。


「とっととおっぱじめようぜ」


「いい返事だ」


 テッロは大槌を軽々と引き抜いて構える。


「位置につけ! 始めの合図はそっちでしてくれて構わん!」


 発言も、姿勢も。全てが自信に満ちている。それに物怖じすることなく、三人は戦闘準備を進めた。

 テッロからかなり距離を取る構えだ。相手に近い順でクロ、ハク、フランとなっている。


「よーい……」


 合図を出すのはハクだ。

 彼が言い終わる瞬間に動こうと、クロは準備していた。


「始め!」


 それなのに、気がつくとテッロが目と鼻の先まで迫っている。その手に握られた大槌が、横からクロを狙っていた。


(はっや……!)


 相手が先走ったわけではない。ハクの合図が終わるまで、テッロは微動だにしていなかった。

 つまり、合図が終わってからクロが動き出すまでの、一瞬にも満たない僅かな時間で、テッロは飛び出して距離を詰めてきたのだ。

 体格に似合わない、あまりに速すぎる一撃。

 回避は、間に合わない。


「どっせえい!」


 かけ声とともに、豪快な一撃がクロの左側から叩き込まれた。

 彼は魔力を纏わせた剣で迎え撃とうとしたが、圧倒的な質量差で押し負け、そのまま吹き飛ばされる。


「ぐっ……!?」


 クロには何が起きたのかわからなかった。それ程、今の短時間で得た情報は濃密だったのだ。

 混乱する頭でもすぐにわかったことが一つ。

 この速度で壁に激突したら、死ぬ。


「『クロキヤイバ』!」


 魔力の刃は残ったままだった。

 ぶつかる寸前、クロは黒い斬撃を壁に放つ。


「がっ……」


 背中を強く打ちつけたが、逆に言えばその程度で済んだ。斬撃によって、衝撃を和らげたからだ。


(まだだ! 向こうは……!)


 痛みに悶えてはいられない。戦況を把握するべく、すぐに視線を戻した。

 ハクが、テッロの放つ炎を光の壁で防いでいる。それに守られる形で、フランが弓を構えていた。魔力を集中させているのだろう。

 だが、長くは持ちそうにない。一目見ただけでわかる程、炎の勢いは凄まじかった。

 クロは走り出す。相手の背後を狙うように。


「『クロキダンガン』!」


 そう唱え、左手から五、六発、闇の球体を放つ。

 相手から放出されていた炎が消えると同時に、フランもまた、魔力の矢を放とうとしていた。

 光の壁も消滅し、二つの攻撃がテッロを狙う。


「甘い!」


 テッロはほんの少し体を捻っただけで、フランの矢を躱した。続く闇の球体は、回避も防御もせずに背中で受けている。その攻撃をものともせず、大槌を左手で引いたまま、右腕を突き出してハクへと迫っていった。


「そおおりゃああああ!」


 ハクの頭を鷲掴みにし、ぐんぐんと加速するテッロ。それが止まったのは、ハクが壁に叩きつけられたときだった。


「が……」


 衝撃の強さで、壁に亀裂が入る。


「ハク!」


 クロの呼びかけも虚しく、ハクの体がだらんと地に落ちた。


「まずは一人」


「野郎っ!」


 クロはすぐにテッロとの距離を詰める。遠距離専門のフランを守るためには当然の判断だが、冷静でない今の彼にそのような考えはなかった。ただの偶然だ。


「逃がさん!」


「させねえよ」


 テッロはフランを狙っていたようだが、彼女を庇うようにしてクロが立ち塞がる。その隙に、彼女も自ら距離を取っていた。


「ならばお前からだ!」


 テッロ以上の大きさを誇る槌が、再びクロを狙う。


(まだ、まだだ……)


 大振りの一撃。自身に近づいてきたそれに対し、クロは防御する構えを見せた。


(ここだ!)


 剣と大槌が触れるか触れないかの絶妙な瞬間、クロは飛び退いて攻撃を躱す。そして大槌が空を切ってすぐ、テッロの懐に潜り込むべく駆け出した。


「クロキ────」


「『(れん)(えん)(つい)』!」


 クロの詠唱がかき消される。

 テッロの張り上げた声による詠唱で。


(な……!?)


 クロは驚愕する。空を切ったはずの大槌が、再度自身を狙っていたからだ。しかも、先程と同じ方向から。

 理由は明白。大槌の、一方の口から炎を放出させ、柄を握ったままテッロが一回転したのだ。それにより、攻撃後の隙をなくすどころか、反撃が容易になった。

 ただ、クロの思考は追いつかず、体を動かすことができない。

 そんな彼を、大槌が無情にも殴り飛ばした。


「ぐあっ!?」


 二度、体に激痛が走る。殴打によるものと、壁への激突によるもの。先程とは違い、どちらの衝撃も緩和できなかったため、クロの意識は一瞬飛びかけた。奇跡的に死ななかったが、楽観視できる状況ではない。

 肺を上手く動かせず、呼吸困難に陥っていたのだ。このままでは、いつ気絶してもおかしくない。

 止まるな。

 心の中で自身にそう言い聞かせながら瞼を開くが、激痛のあまり視界がぼやけていた。そんな不明瞭な視界に映っていたのは、素早く駆ける輝き。


(ハク、か……?)


 その輝きもまた、儚く消えていく。

 クロは平衡感覚を失っていて、立ち上がるのがやっとだった。

 それでも、彼はテッロに向かっていく。もつれそうになる足を必死に動かして、痺れる腕で剣を握りしめ、ただがむしゃらに前へと進んだ。


「ああああっ!」


 己を鼓舞するために、声を上げるクロ。

 だが、彼の剣は届かなかった。


「がっ……!?」


 視界が、赤く染まる。

 突如として、クロの正面に炎の渦が巻き上がったためだ。その衝撃で、彼の体は後方に吹き飛ばされた。


「ま、だ、だ……!」


 立て続けに鳴り響く轟音。強まっていく熱。何もかもが、クロの体力を容赦なく奪っていく。

 それでも彼は諦めない。膝をつきながらも、数を増していく炎の渦を避けて、ひたすら進んでいく。

 次第に鮮明さを取り戻してきたその視界に映ったのは、フランと、そのすぐ正面に立つテッロの姿だった。

 そしてすぐ、彼女が倒れる。


「フラン!」


 クロの声に気づいてか、テッロが指を鳴らした。それに呼応するように、炎の渦が一斉に消滅する。


「ここまでだ」


「く、そ……」


 悔しさからの呟きをした後、クロは意識を手放した。

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