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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十四章『最終決戦』
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第186話「星空」

 収束を始める光。

 その中から現れたのは、血塗れになりながらも立ち続けるクロと、力なく倒れ伏す冥王の姿だった。

 そして、銀色の輝きが完全に消滅した直後、甲高い音を響かせながら闇の空間が崩壊する。


「────終わ、った?」


 クロの意識が途切れることは一瞬たりともなかった。そのため、夢や幻を見ていることはないだろうとわかっているのだが、未だに実感が湧かない。


「ここは……」


 やけに近い星空。

 眼下に広がる、見覚えのある街並みが作り出す夜景。

 そこは、かつて通っていた中学校の屋上だ。当時にクロが上ったことはなかったが、建物の位置関係や見える景色からそう推測できた。


『我、は……』


 声が聞こえたことで、クロの意識は引き戻される。

 ぴくりとも動かない()()の体。そこから、闇が煙のように上っていた。彼女の口が閉じているのを見るに、声を発しているのはその闇の方なのだろう。


「諦めろ。お前の負けだ」


 冥王の魔力反応は格段に弱まっている。もう戦うことはできないはずだ。もっとも、それはクロとて同じことだが。


『いいや……我は、何度でも、蘇る……この世に闇がある限り……人々が、負の感情を抱く限り……どれ程矮小な存在になろうとも、再び顕現する……』


「させねえよ」


 そんなクロの食い気味な返事に対し、冥王は一拍置いてから笑い声を上げた。か細くも不気味なそれに、弱々しさなどは感じられない。


「何がおかしい」


『死を引き金に、我の魔力は増幅され、行き場を失い世界を彷徨うことになるだろう……それが僅かにでも残っている限り、我の復活は絶対だ……それとも、世界中に漂う程の魔力をどうにかできるとでも?』


 かつての世界に蔓延していた、冥王の瘴気。それが、この世界でも猛威を振るおうとしているのだろう。


「やってやるよ」


『そうか……なら、試して……みると、い、い────』


 やがて、紫穂の体から闇が発生することはなくなった。同時に、冥王の声も聞こえなくなる。


「……来い」


 星々に照らされながら、尚も上り続ける黒煙。それが不審な動きを見せる前に、クロは右腕を伸ばした。

 直後、その掌に煙が飛来する。

 彼が引き寄せたのだ。冥王から撒き散らされそうになっていた魔力を、自らの身に封じ込めるために。

 いや、それだけではない。冥王復活のために世界中へと広げられ、現在進行形で脅威となっているであろう闇属性の魔力までも、吸収しようと試みていた。


「ぐっ、あ、うう……!?」


 当然、一筋縄ではいかない。

 人間が保有できる魔力量には限界がある。ただ吸収しているだけでは、すぐにそこへ達してしまうだろう。

 ならばと、クロは取り込んだ魔力の属性を闇から光へと変化させて外部に放出した。こうすれば光属性の魔力による浄化も行えるため、吸収するべき総量を減らすことができる。

 だが、それでも簡単に成せることではない。


(頭が、割れそうだ……!)


 対極に位置する属性への変換。先程の戦いでも行っていたが、そのときとは扱う量が桁違いだ。加えて、魔力の出入りが絶え間なく続いている。

 精神が、肉体が、多方向から引っ張られて分裂しそうだった。

 比喩ではない。血の伝う速度が、明らかに上昇している。

 急ぐべきか、それとも休息を挟むべきか。クロが選んだのは、前者だった。


「が、ああああっ!」


 自身に活を入れるように、叫ぶ。

 程なくして、闇と光の出入りは同時に終了した。

 諦めたわけではない。かと言って、クロの命が尽きたわけでもなかった。呼吸も、鼓動も、止まってはいない。夥しい量の出血に見舞われながらも、彼の意識は確かに残っていた。

 全ての闇を、処理し終えたのだ。全神経が鋭敏になっている今の彼には、それが感じ取れていた。


「やっと、終わった……」


 一瞬、体から力が抜けて前方へと倒れそうになるが、クロは咄嗟に足を出して踏ん張る。

 まだ、倒れるわけにはいかない。彼はゆっくりと、踏み締めるようにして歩を進める。


「……帰るぞ」


 クロは屈み、横たわる紫穂を抱きかかえて再び立ち上がった。それから、前方の足下に闇を出現させる。

 手を模した翼。元の使い手が脳裏をちらつくが、構わずその上に乗り、人影の見える運動場目指して降下を始める。


「どうして……」


 ふと、紫穂の声が聞こえた。どうやら、意識を取り戻していたらしい。


「どうして、私を……」


 彼女の声は震えているが、衰弱によるものだろう。表情から、後悔や反省の色は窺えなかった。

 ただ、挑発しているわけでもなさそうだ。単に、疑問を覚えただけらしい。


「私は、クロ君を殺そうとしたんだよ……? それなのに、どうして……」


「何言ってるかわかんねえな」


 クロは紫穂から視線を外し、翼の降下を続ける。


「あんなん、殺されかけたうちに入んねえよ」


「え……?」


「お前は、相手に操られて、無理やり俺と戦わされた。ただそれだけだろ」


 それは、歪曲された事実だ。

 クロだからこそ、理解している。あのとき自身にぶつけられた負の感情は、間違いなく紫穂本人のものであったと。


「あれは、私の意思だよ」


「知るか。俺がそうって言ったらそうなんだよ」


 唆された、ということはあるかもしれないが、洗脳や幻覚といった魔法をかけられていた様子はない。

 それでも、クロは気づかないふりをした。


「私を、許すって言うの?」


「……(おと)()を傷つけたことは、許せない。だけど、あれは俺がちゃんとしてれば起こらなかったことだ。だから、お前一人責めるつもりはない」


 音羽が傷つけられた、あの一撃。

 本来狙われていたのは、自分だったはずだ。自身が警戒を緩めていなければ、音羽に庇われることもなかったとクロは自覚していた。


「私のせいで、たくさんの人が傷ついたはず……それにも目を瞑るつもり?」


「……別に、好きでお前を助けようとしてるわけじゃない。警察とかへの供述で、『偽りの世界』のこととかを漏らされるのが嫌なだけだ。またお前みたいな奴が出てきたら困るからな」


 償わせるべき罪があると、クロも理解している。それでも、彼は紫穂を突き出す気にはなれなかった。


「誰にも罪を認識されずに、償えないまま人生を歩き続ける。それが、俺の考えるお前への罰だ」


 紫穂の心に罪悪感が芽生えていなければ、意味をなさない罰だ。だが、それで手打ちとする以外に、クロはいい案を思いつけなかった。


「大した罰にならないよ、そんなの。また、クロ君を襲うかもしれないよ?」


「上等だ。いつでも相手になってやるよ」


「……また、無関係の人を巻き込むかもしれないよ?」


「その前に防ぐ」


 無茶なことを口に出している自覚はある。

 だが、クロの中に迷いはない。


「やっぱり、甘いな……甘すぎるよ……」


「ああ。知ってる」


「クロ君の……そんなところも、私は……」


 尻すぼみになる、紫穂の声。

 視線を向けると、彼女の瞼が閉じているのがわかった。どうやら、また眠ってしまったらしい。

 このまま、全て夢ということにできてしまえたなら────穏やかな寝息を聞きながらそう考えているうちに、クロは地面へと到着した。彼女を起こさないようにゆっくりと下りてから、闇の翼を消滅させる。


「クロ!」


 そんな彼の名を呼びながら近づく、一人の青年。


(ふう)()、それにみんなも」


 屋上から見えた人影は、戦闘直前に顔を合わせた四人のものだったらしい。(らい)()大和(やまと)、つかさ、そして目の前にいる風太と、揃い踏みだ。


「うわあすごい怪我!?」


「静かにしろよ、寝てんだから」


「え、ああ、ごめん……」


 自分の怪我に無頓着なクロに対し、風太は謝罪の言葉を述べながらも腑に落ちないような反応を見せていた。


「どうして紫穂ちゃんが?」


「捕まって、操られてたみたいだ。さくっと親玉倒してから助け出した」


 息を吐くように嘘をつくクロ。簡単に見抜かれるであろうものを用意することで、真に隠すべき情報を悟らせないようにするという高度な駆け引きを仕掛けていた。


「クロさん、無事……なんだよね?」


 次に寄ってきた雷貴も、クロの惨状を見て目を見開いている。全身血染めの人間が暗闇の中から浮かび上がってくれば、そのような反応になるのも無理はないだろう。


「ああ。みんなは? あれから、何があったんだ?」


「俺たち全員、別々の空間に飛ばされて敵と交戦したみたい」


「……こうして揃ってるってことは、勝ったってことだよな?」


「当たり前だろ」


 そう言って割り込んできたのは、大和だ。左腕をつかさに掴まれながら、ゆっくりとクロの方へ近づいてくる。


「……なんか距離近くね?」


 つかさが大和に好意を向けていることはクロもよく理解しているが、逆方向の矢印は存在していないものとばかり思っていた。

 いや、事実、先程まではそうだったはずだ。だが今は、見てのとおり明らかに二人の距離が近くなっている。

 肩を借りている、というわけでもなさそうだ。今回の戦いで、何か進展があったということなのだろうか。


「お前のがよっぽどだろ」


「いや、これは仕方なく……まあいいや」


 他人の恋路に探りを入れている場合ではないと思い出し、クロは風太の方へ視線を戻した。


「それで、倒した後はどうなった?」


「ここに飛ばされたんだけど、ついさっきまで見えない壁みたいなのが張られてて、身動き取れなくて……近くに化物たちが湧き続けてたから、それと戦ってたよ。まあ、クロが来る少し前に、突然消えちゃったけど」


「見えない壁、ねえ……屋上はどうなってた?」


「特に異変が起こってるようには見えなかったな」


「そうか……」


 恐らくは、魔力で構成された空間にそれぞれ個別で転移させられていたのだろう。その脱出先が、クロだけは屋上に設定されていたらしい。

 であれば、校内に人間が残っていたとしても、戦闘の余波は届いていないかもしれない。闇属性の魔力に晒されていたことで悪影響を受けているだろうが、生存者がいる可能性は大いにある。


「生きてる奴が他にいるか、探しに行ってみるか────」


 そう思い至り動き出そうとした瞬間、周囲に黒い魔法陣がいくつも出現した。この場の全員に反応を許すことなく、そこから光が広がる。

 幸い、攻撃性を有してはいないようだ。視界を封じられているなかでも殺気は感じられず、また、痛みが増幅したり新たに負傷したりすることもなかった。

 やがて、光が弱まっていく。

 恐る恐る目を開くと、先程まではいなかったはずの人々が大勢現れているのがわかった。


「これは、いったい……」


 そのほとんどが、統一された制服を纏った少年少女だ。恐らくは、この中学校に在籍する生徒たちだろう。

 教職員とおぼしき者の姿も、ちらほらと見受けられる。学校関係者以外の人間がいないのは、ここが避難場所と周知される前に相手の拠点とされたからか。

 冥王一派によって隔離されていたものと思われるが、疑問が残る。

 生かされた理由が、思い浮かばなかったのだ。クロは相手の視点で考えてみるが、利点を見出すことができない。むしろ、殺してしまった方が手っ取り早いとさえ思えてくる。

 それでも、一つ、答えを捻り出すとすれば。彼は自身の腕の中で眠る紫穂へと視線を落とした。


「クロさん」


 雷貴の声に、クロの意識は引き戻される。


「どうした?」


「この人たちからは俺と……(はい)(もと)で話を聞いておくから、その間に()(かさ)先生に連絡取ってくれない?」


「……ああ」


 中学生たちから向けられる視線に気づいたことで、クロは雷貴の意図を察した。再び闇の翼を展開し、その上に紫穂をそっと寝かせる。それからスマホを取り出そうとして、更に気づいた。


「スマホぶっ壊れてんだけど」


 液晶や内部の基板等まで、見事に砕けてしまっている。これでは使い物にならない。


「あ、なら僕の貸すよ。はい」


 風太からスマホが差し出される。多少亀裂が入っているが、問題なく作動するようだ。


「暗証番号も解除しておいたから」


「悪い、助かる」


 クロは血みどろの手でそれを受け取ると、手早く操作して(あつし)に電話をかけた。


「汚れ、取れなかったら弁償するわ」


「いいよ、別に。じゃあ、僕と(おう)()君で校内の確認行ってくるね」


「勝手に決めんなチビ」


 大和が大人しく従うはずもなく、悪態をつく。

 だが、風太は機嫌を損ねることも怯えることもなく、にやついた表情を彼に向けていた。


「おやおや。天下の黄田様ともあろう者が、三つも歳の離れたおにゃのこに夢中ですか、そうですか」


「……あ?」


「いやー、そこまで言うなら仕方がない。他人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないし、僕は一人寂しく夜の校舎を徘徊するとしますかね」


 早口で捲し立てると、風太は逃げるように去っていく。

 その判断は正しかった。彼の後を、大和が飛ぶようにして追いかけ始めたのだから。


「俺が直々に蹴り殺してやるよ」


 そんな声が聞こえたと気づいた瞬間には、二人の姿は消えていた。


「何やってんだあいつら……」


 尚も元気が有り余っている彼らを見て、クロは頬を引き攣らせる。

 そうこうしているうちに、電話が繋がった。ざわめきに遮られないよう、彼は人混みから少し距離を取る。


『武笠だ』


「先生、俺です。(ふじ)(さき)です。今、風太のスマホ借りて電話してます」


『ほう……それで、経過はどうだ?』


「とりあえず、敵勢力は軒並み倒しました。一緒に乗り込んだ奴らも、全員無事です。今、手分けして生存者の確認に回ってます」


『そうか』


 間を空けてからの一言。そして、更に間が空けられた。声色にこそ出ていないが、敦なりに心配していたのだろうと感じられる。


『こちらも、謎の生物の発生や人々の暴走は沈静化した。警察か、その区域を担当している自警団への引き継ぎが完了した後、乗り込んだ者たち全員で(やま)(もり)高校まで帰還しろ』


「わかりました。また何かあれば連絡します」


 用件が済むや否や、クロは電話を切った。


「なんだって?」


 それに気づいたらしい雷貴が、クロへと近づく。つかさ一人で対応できる程度には、生徒たちを落ち着けることができていたようだ。


「向こうの騒ぎも落ち着いたらしい。警察か現地の自警団に引き継いだら、山盛高校に戻ってこいだってさ」


「そっか、良かった」


「そっちは?」


「負傷者はいないみたいだよ。それと、数人に話を聞いてみたけど、何があったのかはよく覚えてないって。多分、全員そうなんじゃないかな」


「……まあ、命あるだけ良しとするか」


 残党が潜んでいたり逃げ延びていたりする可能性を考えれば、相手の手掛かりが少しでも欲しいところだったが、ないものねだりをしても仕方がない。

 幸い、情報源となり得る存在がすぐ近くにいる。彼女から上手く引き出せば、今回の件を完全に終息させることができるだろう。

 もっとも、彼女が冥王一派の全貌を知っていればの話だが。


「あとは、風太と黄田を待つだけだな」


「……大丈夫かな、風太先輩」


「……殺されはしないだろ、多分」


 各人の戦闘能力や対話能力の高さから、雷貴が導き出した役割分担。それを察したことで、風太は大和を挑発してでも連行することにしたのだろう。

 つかさなら説得できた気もするが────頭が回るのか回らないのかわからない彼の身を案じながら、クロは漆黒の空に浮かぶ星を眺めていた。

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