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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十四章『最終決戦』
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第178話「衝撃の連続」

「なんなの、これ……」


 焦点の合わない瞳。言葉にならない声を漏らし続ける口。痙攣する体。捩れた関節。立ち上がった兵士たちの姿は、一生命体として活動している人間本来のそれとはかけ離れていた。クロでさえも直視し難いのだから、(おと)()には酷な光景だろう。


「死者の魂と肉体を操る魔法だ」


「……それを使うためだけに、仲間を殺したってわけ?」


「止むを得ないと言ったはずだ。私とて心苦しいが、これも我らが大義を成すためのこと。きっと、その者たちも本望だろう」


「あんた……腐ってるよ」


 そう返しながら、音羽が躊躇せずに発砲する。だが、魔力の弾丸は先程のクロの攻撃同様、半透明の光に阻まれたことで男には届かなかった。


「なんとでも言え。魔法が発動するまでの間、せいぜいその者たちと遊んでいるがいい」


 男の言葉を皮切りに、死体たちが一斉に二人へと襲いかかる。

 幸い、クロの魔法によって武器の類は使い物にならなくなっているようだが、不死身の肉体というのはそれだけで厄介だ。持久戦に持ち込まれるわけにはいかない。


「『バインディング=レイ』!」


 紐のような形状で射出したいくつもの光で、死体たちを絡め取って縛り上げる。普段は闇属性の魔力で発動している魔法だが、音羽の前で不用意に闇を使わないよう、クロは可能な限り光属性の魔法で戦うことにしていた。


「よっしゃ」


 動きが単調だったため、そこまで苦労せずに全ての死体を拘束することに成功する。あとは、『死者の魂』とされる半透明の光の方だが。


「おわっ!?」


 クロは殺気を感じ、咄嗟に身を捻る。半透明の光が、十字架に変形して頭部を貫こうとしていたからだ。

 球体に戻ったところを、彼は光の槍で貫く。再生能力等は持ち合わせていないらしく、たったそれだけで『魂』は霧散していった。

 だが、まだ安心はできない。数あるうちの一つを消滅させただけに過ぎないのだから。


「任せて」


 包囲してクロを襲おうとしていた『魂』たちに、魔力の弾丸が命中する。手元が狂って彼に当たるということがなかったあたり、さすがの精度だ。音羽の射撃により、浮遊していた全ての『魂』が消滅した。


「本来不可視とは言え、元は人間だった存在をよくもそこまで躊躇なく傷つけられるものだ」


「あんたが言うな」


 音羽は眉間に皺を寄せ、相手への怒りを露わにしながら発砲する。だが、またしても男を覆う半透明の光に阻まれてしまった。


「遊んでいろと言ったはずだ」


 男の声音が低くなる。直後、死体たちが光の拘束を引きちぎり、再び二人に襲いかかった。

 それだけではない。先程以上の数の『魂』が出現し、目まぐるしい速度で空中を駆けていく。


「ちっ……!」


 拘束する魔法が効かないのであれば、死体の動きを止める手段は一つ。相手が操作できなくなる程に損壊させるしかない。


「音羽! 死体の相手は俺がする! お前は『魂』の方を頼む!」


「了解」


 人の形をしたものを彼女の前で傷つけることも、彼女に人間の魂を処理させることも気が引けたが、これが最善の分担だろうと判断した。光の斬撃を主にして、クロは死体に傷をつけていく。

 躱せない程ではないが、相手の動きは一段と素早くなっていて、『魂』の動向にまで気を配る余裕がない。ただ、音羽がそれらの牽制に努めているため、彼の戦いに横槍が入ることはなかった。

 それでも、優勢とは言い難い。


「また増えやがった……!」


 消したそばから、『魂』が補充されていく。死体が新たに現れることはなかったが、クロにどれだけ切り刻まれようとも徐々に再生していくため、戦況が大きく変化することはない。


「……やばっ」


 音羽の呟き。彼女は引き金を絞ったようだが、その銃口から弾丸が発射された様子はなかった。

 魔導具に充填されていたであろう魔力が、切れてしまったのだ。使用者のそれで補充すれば再稼働できると思われるが、生憎、彼女には魔力が流れていない。

 それを知ってか知らずか、銃撃が止んだ瞬間、『魂』たちはここぞとばかりに彼女へ襲いかかろうとする。


「音羽!」


 クロは咄嗟に光の球体を同数放ち、彼女に迫るそれらを相殺した。当然、自身の周囲への対応が疎かになるが、その程度で負傷させられる程、相手との実力は拮抗していない。

 死角から忍び寄っていた死体たちを振り向き様に切り裂いてから、彼は音羽のもとへと駆けつける。


「まだ戦えるか?」


「手はあるけど……少し考えないと、このままじゃまずいね」


 中央に座る男の魔力が、次第に高まっていた。いつ魔法が発動されても、おかしくはない。一刻も早く、この状況を打開しなくては。


「あいつの壁、あたしが壊すからさ。少し時間稼いでくんない?」


「任せろ」


 その手段や可能性について尋ねる暇はなかった。クロは光の分身を死体と同数作り出し、それらにぶつける。自身は音羽の付近を位置取ったまま、『魂』の牽制に当たった。


「……やりますか」


 覚悟を決めたように呟く音羽。拳銃を収めてから、包装された錠剤のようなものを上着のポケットから取り出し、それを開封して一気に飲み込んだ。


「ふう」


 胸に手を当て、目を閉じる。音羽がこれから為そうとしていることは、かなりの集中力を要するらしい。迫る『魂』にすら、彼女は意識を向けていないようだった。


「させねえよ」


 そんなときのための、クロだ。魔法を臨機応変に切り替えながら、音羽の身に迫る危険を無力化していく。分身の操作にも気を配り、彼女の射線上から徐々に死体を押し退けていった。

 思考を巡らせながら戦い続けているうちに、彼はふと気づく。


(音羽の、魔力……?)


 構え直した魔導具からではなく、音羽本人から魔力反応が発生していた。

 魔力を宿していない、というのは嘘ではないだろう。とすれば、怪しいのは先程飲み込んだ錠剤か。クロはそこまで推測したが、彼女に直接聞くことなどできはしなかった。

 彼女の魔力が、急速に高まっていく。それは、その手に握られた拳銃へと余すことなく注がれていた。


「ぶち抜く」


 音羽が引き金を絞った直後、その銃口から放たれたとは思えない程の径の弾丸が男へと飛来する。先程までの攻撃同様、半透明の壁に行く手を遮られるが────数秒のせめぎ合いの後、相殺した。


「今!」


 音羽の合図を受け、彼女の陰からクロが飛び出す。事前に打ち合わせた動きではないが、この好機を逃してはいけないと考えたことで、彼女が求めているであろう行動を取ることができていた。

 光の軌跡を描きながら一瞬で男の眼前まで辿り着き、腕を引く。あとは、振り抜くだけ。

 だが、直後にその拳が捉えたのは、どこからともなく現れた氷の壁だった。


「なっ……!?」


 咄嗟に距離を取るクロ。彼が驚いたのは、現象そのものだけではない。目の前に広がる氷から感じられる魔力が、彼を何よりも動揺させる一因となっていた。

 この魔力反応には、覚えがある。だが、この魔法を間近で見たことは数える程しかない。だから、きっと何かの間違いだ。彼が抱いたそんな淡い期待は、消えゆく氷の向こうに『彼女』が現れたことで裏切られることとなる。


「……余計な真似を」


「助けてあげたっていうのに、随分な物言いですね」


 黒みがかった長い紫髪をかき上げ、妖艶に微笑む少女。彼女は、クロが会いたいと切に願っていた存在だった。


()()……何やってんだよ……」


「久しぶり、クロ君」


 紫穂から向けられた笑みに、懐かしさは感じられない。行方不明になる前の容姿と現在のそれに大きな変化はなかったが、それでも、クロには別人のように思えてならなかった。


「なんでそいつを庇った!」


 今までどこで何をしていたのか。心配していた。ずっと探していたのに。

 言いたいことは山程あったが、飲み込まざるを得なかった。今は、何よりも優先するべきことがある。


「もう遅い」


 クロは問いかけながらも男に再び攻撃を仕掛けようとしたが、床に魔法陣が展開されたことでその動作を中断した。


「既に魔法は完成した」


 男の言葉は、はったりでもなんでもないのだろう。そうわかる程に、空間が闇属性の魔力で満ち満ちていた。


「いや、まだですよ」


「何……?」


 男が視線を動かした、その瞬間。氷の剣によって、その首は切り離された。


「貴方の命をもって、この魔法は完成するんですから」


 男の頭部が転がり、空洞から流れ出る鮮血が滲んでいく。それにより、魔法陣はより一層輝きを増していった。

 操作されていた『魂』は消滅し、死体は糸が切れたかのように倒れて動かなくなる。男の死は、紛れもなく現実のものだった。


「お前……」


 氷の剣を消滅させる紫穂。

 彼女の所業を受け入れられないまま、クロは視界を光に奪われていく。閉じた瞼の裏からも、彼女の歪んだ笑顔がこびりついて離れなかった。


「────終わっ、た?」


 数秒程で、輝きが収まる。魔法陣とクロの分身が消滅したこと以外には、この部屋の変化はない。夥しい程の闇属性の魔力も、依然として滞留していた。


「……音羽!」


 クロは振り向き、音羽の安否を確認する。彼女にもまた、これといった変化はない。


「失敗したってことか……?」


 クロが宿している魔力にも、なんら変化はなかった。これで、世界中の魔力が消滅したなどとはとても思えない。


「ううん。ちゃんと成功してるよ」


 紫穂の笑みもまた、健在だ。彼女は何かを見せびらかすかのように、両腕を大きく広げた。


「世界を闇に包む……そんな魔法がね」


「なんだって……?」


 紫穂に殺された男は、確かに魔力を消滅させるつもりだったはずだ。クロが闇属性の魔力について探りを入れても、大した反応は見られなかった。

 つまり。


「そいつを、騙してたってこと……?」


 音羽も同じ結論に至ったようだ。彼女はクロの方に近づきながら、男の頭部へと視線を向けている。先程までの怒りは、哀れみに変換されたらしい。


「……いや、そもそも、その男が知らなかったようなことを、どうして紫穂は知ってんだよ」


「それはね……」


 紫穂は自身の胸に手を当て、心の底から誇らしげにしながら言葉を続ける。


「私が、冥王の側近に選ばれたからだよ」


「……なんでお前が、冥王のことを知ってるんだ!」


 この世界において、冥王という存在を知っているのはクロと絵札の二人だけのはずだ。いったい、どこから聞きつけたと言うのだろうか。


「教えてあげてもいいけど……私、そろそろ行かないと」


 紫穂の体が、薄くなっていく。どうやら、転移魔法を発動したようだ。


「待て、お前にはまだ聞きたいことが……」


 そう言いつつ手を伸ばしたクロの顔を見て、紫穂は大きなため息を吐いた。


「クロ君さあ……相手が私だと思って油断してない?」


 クロが言葉の真意を確かめるよりも早く、紫穂に距離を詰められる。彼女の手には、氷の剣が再び握られていた。

 斬られる。そう思いながらも、彼は身動きを取ることができなかった。そのはずだが、何故か彼の体は後方へと誘われていく。

 まるで、何かに引っ張られたかのように。


「があっ……!」


 血飛沫が飛び散る。

 斬りつけられたのは、クロではなく、音羽だった。紫穂から遠ざけつつ、自身が盾となることで攻撃から確実に彼を守ろうとしたのだろう。


「……あれま、残念」


 紫穂の体が更に薄くなる。追撃の意思はないらしく、氷の剣を消滅させた。


「始まりの場所で待ってる。そこで、全部教えてあげるよ」


 その言葉を最後に、紫穂の姿が消滅する。

 始まりの場所。それがどこか考える余裕などなかった。


「音羽!」


 クロは倒れる彼女を抱き寄せ、意識の有無を確認する。


「しっかりしろ、音羽!」


 嫌に遅い心臓の鼓動。浅い呼吸。衣服に染み込む多量の出血。辛うじて生きてはいるが、すぐに手当てをしなければ手遅れになるだろう。狼狽しながらも、クロは紙を取り出して彼女と共に転移した。


「……なんだよ、これ」


 地上に戻った二人を出迎えたのは、深紅に染まる空だった。風は吹かず、黒雲の流れが止まっている。地下に潜入する前とは、明らかに異なる光景だ。

 同じようなものを、前にも、どこかで。

 いや、思考にかまけている場合ではない。早く、音羽の処置を行える場所まで移動しなくては。

 クロは動き出そうとしたが、直後に悲鳴が聞こえてきたことでその足を止める。声がした方へと振り向くと、年老いた男性が、闇の塊に襲われていることが確認できた。


「貫け!」


 光の槍を放ち、貫く。それだけで、闇は瓦解して動かなくなった。

 今のは、魔物だ。形状が安定していないようだったが、間違いない。恐らくは、世界が闇に包まれた影響なのだろう。

 目に見える範囲にはその他の脅威はないが、様々な方向から悲鳴が相次いでいる。どうやら、街中で魔物が大量に発生しているらしい。


「どうしたら……」


 簡単な止血程度はできても、本格的な手当てまではクロにはできない。第三者に助けを求める必要があるが、この状況ではそれも難しいだろう。

 また、発生した魔物の対応をどうするか、という問題も残っている。ある程度の知識がある以上、救援に回りたい気持ちはあるのだが、そんなことをしていては音羽を助けられなくなってしまう。

 何を助けるために、どう動くべきか。彼は決断を迫られていた。そんななか、突如として着信音が鳴り響く。彼のスマホからだ。


「誰だよ、こんなときに……」


 文句を垂れつつも、ズボンのポケットからスマホを取り出す。その画面には、()(かさ)(あつし)の名が表示されていた。周囲の状況と音羽の容態に気を配りながら、クロは電話に出る。


「もしもし」


『武笠だ。(ふじ)(さき)、無事か?』


「俺は平気です。でも、音羽が重傷で……」


『そうか。なら一度、学校まで戻ってこい。お前の魔法なら、十分とかからずに着けるはずだ』


「でも……」


『この状況下では、他の場所に駆け込んでも大した手当ては受けられんだろう。生きてさえいれば、俺がどうにかしてやる。それと、他の連中については気にするな。元々その区域は俺たちの担当でもない。無理にいらん世話を焼く必要もないだろう。もっとも、四十八願(よいなら)を殺したいと言うのなら、話は別だがな』


「……わかりました」


 考えを見透かしたかのような敦の言葉を聞いて、クロは渋々ながらも納得した。すぐに電話を切り、音羽の負傷箇所に手を当てる。


「少し痛むぞ」


 闇を伝わせることで、クロは傷口を強引に塞いだ。自身が大きな傷を負った際によく使う方法だ。血管の位置や構造を把握していない以上正しい止血法とは言えないため、他人に対して行うべきではないのだろうが、これ以外にできることもない。


「……死ぬなよ」


 クロは音羽を抱きかかえて立ち上がると、再び純白の輝きを身に纏い、悲鳴と闇に包まれた世界を駆けていった。

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