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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十四章『最終決戦』
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第175話「交錯」

「ん……はあっ」


 往来にて、四十八願(よいなら)(おと)()が声を漏らしながら気持ち良さそうに体を伸ばす。


「絶好の任務日和ですなあ」


 快晴の空だが、気温は高くない。十一月ともなれば当然だろう。それにもかかわらず、音羽の服装は冬の始めにしてはやや寒そうなものだった。まるで、これから運動でもするかのような身軽さだ。

 そしてそれは、彼女の隣を歩く青年も同様だった。


「今日はよろしくお願いしますね。『水野シロ』さん?」


 銀髪に赤い瞳。そして、黒縁眼鏡が印象的な青年、『(みず)()シロ』────という架空の人物に扮した(ふじ)(さき)クロの姿が、そこにはあった。

 彼と目が合ったことで音羽は噴き出し、腹を抱えて笑いだす。つぼに入ったらしく、いつまで経っても収まる様子は見られない。


「……まだ笑えんのかよ」


 今日は顔を合わせてからずっとこの調子だ。揶揄われすぎたため、クロは怒りや恥ずかしさを通り越して呆れ始めている。これだけの距離感で接してくれていることへの感謝も、同時に彼の胸中に生まれているが。


「ごめんごめん。売れないヴィジュアル系バンドにしか見えなくてさ」


「その辺歩いてる奴らも、そう変わんねえだろ」


「いやいや、オーラが全然違うよ。一周回って人気出そうなくらい」


「好きでこんな格好してるわけじゃねえんだけどな……」


 これは変装だ。『偽りの世界』の騒動を終息させたことで、クロは良くも悪くも注目を浴びている。そんな存在が動き回れば、今回の任務を相手に勘づかれてしまうだろう。それを防ぐための、苦肉の策だった。


「なんでお前は変装してないんだよ」


「あたしは警戒される程強くないしね。仮に面が割れてたところで、問題ないってわけ」


「へえ……」


 反応し難い返しを受けたことで視線を泳がした、その瞬間。見覚えのある人影が裏路地へと進んでいくのをクロは発見した。


「……()()?」


 確証はない。だが、気のせいだと流すこともできなかった。クロは誘われるように視線の先へと駆けていく。


「ちょ、どうしたのさ!」


 音羽の声に、クロは返事をしない。彼女の言葉が届かない程、彼は余裕を失っていたのだ。


「紫穂!」


 さほど時間をかけずに辿り着いた、細い路地。そこにはいくつかの薄汚れたごみ箱があるのみで、人の姿は見受けられなかった。

 クロは一本道を突き進み、別の大きな通りへと出る。通行人の数は多くないが、紫穂らしき人物は確認できない。


「紫穂、いたら返事してくれ! 紫穂!」


 人々の視線が、一気にクロへと集まる。だが、肝心の紫穂が姿を見せることはなかった。


「ちょっと、何やってんの……」


 背後から、音羽の声が聞こえる。追いついたらしい彼女に肩を掴まれ、クロはようやく我に返った。


「……いや、なんでもない」


 やはり、気のせいだったのだろう。

 そう思うしかない。今は重要な任務の真っ最中だ。それを私情で台無しにすることなど、あってはならない。


「なんでもないことないでしょ」


「いや、いいんだ。悪かったな、急に飛び出して」


 有無を言わさず、我先にと来た道を引き返すクロ。彼が口を割ることはないと判断したのか、音羽はそれ以上何も聞かずにその後ろを歩き始めた。


「それで、どの辺りに行けばいいって言ってたっけか」


「不動産屋の横にある路地だよ」


 元々歩いていた通りの数十メートル先。その左側に、件の不動産屋が確認できる。思っていたよりも接近していたことで、クロは気を引き締め直した。


「……念のため聞くけど、本当に戦えるんだな?」


「状況によるって感じだけど……足を引っ張るつもりはないよ」


 音羽は魔法が使えない。そもそも、魔力が流れていない。『偽りの世界』内部で耳にしたその事実は、出発する前にも再度聞かされていた。

 それでも戦う術があるとのことで同伴を許されたものの、やはり不安は残る。本人の意思で参加し、顧問たちの許可も得ているため、クロはしつこく言えないが。


「……さて、着いたよ」


 先程と同じような、細い路地へと到着する。違う点は、先が行き止まりになっていることと、少し進んだあたりに一つのマンホールが存在することだ。


「本当にここにいんのか……?」


「さあね。ダミーの情報かもしれないから、ここじゃなくても不思議じゃないけど」


 言いながら、音羽が上着のポケットから一枚の紙を取り出す。そこには、黒のインクで魔法陣が描かれていた。


「ほい。これよろしく」


「へいへい」


 クロはそれを受け取り、音羽の腕を掴む。大通りを歩く人々の様子を窺い、タイミングを見計らってから紙に魔力を込めた。

 魔法陣から広がる光に、包まれる二人。数秒の眩しさをやり過ごした後に目を開けると、視線の先に薄暗い空間が広がっていた。


「下水道って、こんな風になってんのか」


 そこは、先程立っていたマンホール周辺の真下。転移魔法を発動することで、蓋を取り外すことなく地下まで移動したのだ。


「人が歩ける広さのものは日本にほとんどない……ってのが常識らしいけど、公にされてないだけで割と色んな所にあるみたい」


「なんで隠してるんだろうな」


「さあ? ホームレスの住処にされても困るからじゃない?」


 緊張感のない会話。それを制したのは、二人のうちのどちらでもなかった。

 嫌に響く羽音と、ノイズのような音。二人の意識は一瞬でそれらの方へと引き寄せられた。


「……なんだ?」


 接近してくることで、徐々にその正体が露わになっていく。

 それは、虫の大群だった。黒、茶、燻んだ色。それらが、天井、壁、足場、空中を染めていく。

 その光景は明らかに異様なものだったが、クロは別の事柄に危機感を抱いていた。


「こいつら、魔物か……!?」


 一匹一匹から感じられる反応は微弱だが、間違いない。この魔力に、殺気。加えて、自然に成長したとは思い難い程の大きさ。それら全て、魔物と化したことによる影響だろう。


「『これ』、あんたも知ってるの?」


「詳しくは後だ」


 これだけの数を、魔法の使えない音羽が処理できるとは思えない。クロは広範囲に闇を展開し、相手の魔力反応に意識を集中させる。


「『喰ライシ影』」


 詠唱の直後、足場を這う虫が次々と闇の底に沈んでいった。残りの三箇所を駆ける虫もまた、腕の形をした闇に引き摺り込まれて消滅する。

 抵抗する様を表すかのように虫たちの奏でる音が大きくなったが、十秒と経たないうちにその数は減少し、やがて聞こえなくなった。


「おお……お見事」


 そんな言葉とともに、音羽から控えめな拍手が送られる。反響を気にしてのことだろう。


「なんでここに、魔物が……」


 脅威を退けられたが、安堵はできない。転移直後には気づかなかった闇属性の魔力が、微かに感じられているためだ。


「その、魔物? って、なんなの? あたしも、似たような奴は前の世界で見たことあるけど」


「闇属性の魔力のせいで、凶暴になった動物のことだ。姿形が変わったり、魔法を使えるようになったりする」


「へえ……でも、なんでそんなこと知ってんの?」


「……今度話すよ」


 そういえば、世界間を移動していたことは知らせていなかったか、とクロは思い出した。

 だが、長話をするだけの余裕はない。虫たちが現れた方向へと彼が歩き始めると、音羽もその後に続いた。


「魔力消滅魔法の発動予測地点も、こっちの方だよな」


「そうだけど……『も』ってどういうこと?」


「魔物の気配が、同じ方からしてる」


「……何か関係がある、ってこと?」


「それを、確かめに行くんだ」


 魔力の消滅と、魔物の発生。因果関係は不明だが、この先にそれらの元凶たる何かが待ち受けている可能性は高そうだ。ならば、進まなくては。


「にしても、くっせえな、ここ」


「まあ、下水道だしね」


 我慢できない程ではないが、気を抜くと吐き気が込み上げそうになる程度には、悪影響をもたらされる臭いだった。一刻も早く地上へと戻りたいという気持ちの表れか、二人の歩く速度が若干上がる。


「……ん?」


 下水の流れと反対方向に進むこと、数分。一歩先を歩くクロは、あることに気づいた。

 進行方向が、行き止まりになっているのだ。下水道そのものは繋がっているが、通路は壁で塞がれていて、水路には柵のようなものが取り付けられている。


「道はあるみたいだな」


 クロは顔を柵へ近づけ、その向こうに広がっている景色を確認した。行き来できる造りになっていないだけで、同じような通路が続いているようだ。


「またお願い」


「はいよ」


 地上のときと同様に、クロは音羽から紙を受け取る。彼女の手を掴んでからそれに魔力を流し込むと、二人の体は壁を越えて新たな通路の始端へと転移した。

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