第174話「魔力消滅魔法」
「呼び出したってことは……そういうことって考えていいんですよね」
大和との激闘から、更に半月。クロは再び理科準備室へと招かれていた。彼の視線の先には、以前と同じように飴を転がす武笠敦の姿が。
「まあ、まずは座れ」
相変わらず気怠げな様子の彼に調子を崩されつつも、クロは近くの椅子に腰掛ける。すぐに本題へ入らせようとしたが、口を開いた直後、あることに気づき、その疑問を言葉にする。
「そういえば、風太はまだ来てないんですね。掃除当番じゃなかったはずですけど……」
「赤城なら、今日は諸用で来れないそうだ。また別日に伝える」
「ふーん……」
風太から事前に説明されていなかったことが気がかりではあったが、口には出さない。敦に告げるようなことでもないからだ。
本来は大和もこの場にいるべきなのだろうが、彼の不在など今に始まったことではないため、その話題についても触れることはない。
だからだろう。敦が、もったいぶらずに用件を伝えようとしたのは。
棒付きの飴を口から放すと、彼は姿勢を正し、引き締まった表情でクロの方を見つめた。
「次の週末、全国……いや、世界中の自警団を一斉動員し、とある任務に当たることが決定した。その参加をもって、山盛高校自警団も活動再開とする」
「一斉動員?」
「これを見ろ」
クロの近くにある長机へと、紙の束が投げられる。どうやら、任務についての資料らしい。そこに書かれていた文字を、彼は読み上げた。
「『魔力消滅魔法の発動阻止』……?」
「世界の現状を好ましく思わない連中が徒党を組み、魔力の消滅を図っているらしい。ま、一種のテロみたいなもんだ」
「消滅って……そんなことできるんですか?」
「さあな。調査によれば、奴さんはその方法を確立しているらしいが、真偽までは不明だ。俺個人の意見としては、そんな代物があるとは思えんがな」
「……その心は?」
集中を切らしてしまったのか、再び飴玉を舐め始める敦。訝しむような目で彼を見ながらも、クロは彼の考えを聞き出すことにした。
「魔力が普及して一年以上が経過しているが、その研究は大して進んでいない。専門機関ですらそうなんだ。テロリスト風情にどうこうできるはずがない」
「なら、どうしてそんな大きな騒ぎになってるんですか? 武笠先生と同じ考えの人だっているでしょうに」
「今回の騒動に関する情報が、大量に出回っているんだ。怪しいぐらいにな。その資料に載っているのはそれなりに精査されたものだが……それでも、その多さだ」
教科書一つ分はありそうな厚み。それだけの枚数が、びっしりと文字で埋められている。ところどころに地図や写真、表などが添付されているが、それを踏まえても異常な量の文字数だ。
「面白半分で流布された噂とは思い難い。恐らくは、何者かが意図的に情報をばら撒いているんだろう」
「いったい、なんのために……」
「捜査の撹乱だろうな。なんにせよ、実際になんらかの事が起こされようとしているのは間違いない」
これ程の工作をする必要があるだけの何かが、今回の騒動の裏に隠れている、ということか。確かに静観はできないかと、クロは一人納得した。
「『情報』によれば……世界各地で同一の魔法陣を複数展開し、大規模な魔法を発動することで魔力を消滅させるつもりらしい」
「ってことは、その魔法陣さえどうにかすればいいんですよね?」
「ああ。ただ、展開される場所の候補があまりに多すぎてな……それ故、各自警団の協力が必要不可欠というわけだ」
人員を他に割けない、と言っていたのはこのためだったのだろう。恐らくは、千歳が所属する鋭才自警団も同じ状況のはずだ。彼女の手足たる岩井健吾たちも、駆り出される可能性が高い。
つまり、警察以外の存在による紫穂の捜索は、完全に中断させられるということだ。
不本意ではあるが、クロが反抗することはない。それ程までに、今回の任務は重要度が高いものだった。
「俺たちも、手分けする形になるんですか?」
「ああ。それぞれ二人組に分かれてもらうつもりだ」
「……それぞれ?」
現在、山盛高校の自警団員は三人しかいない。まさか、敦自ら動くと言うのだろうか。
彼の真意をクロが尋ねようとした瞬間、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「入れ」
風太か、あるいは大和か。いや、他の生徒や教師という可能性も、充分にあり得るだろう────クロのそんな予想は、綺麗に覆されることとなる。
「失礼します」
ドアを開けたのは、黒髪黒眼の少女だった。彼女は、山盛高校のものとは異なる制服を着用している。
「今回の任務を遂行するに当たって、他校から増援が来る運びとなった」
それは、彼のよく知る少女だった。
「衰枯商業高校自警団員。三年の、四十八願音羽です」
手短に自己紹介を済ませて一礼するかつての幼馴染を見て、クロは言葉を失う。まさか、彼女がこの高校を訪れることがあるなど、思ってもみなかったのだ。
「藤咲と四十八願。赤城と黄田。この二組に分かれて、候補地へ向かってもらう」
「い、いや、なんで……」
「話は以上だ。あとは資料を確認しろ」
敦は立ち上がり、すたすたと歩き出す。進路を塞いだクロの身を軽く押し退けると、音羽の横に立って教室を出ようとした。
「ちょ、ちょっと待てよ。話はまだ……!」
「ああ、そうだ」
何か思い出したかのような声を上げてから、敦が振り返る。
「あくまでも、活動再開はその任務開始時からだ。それまでは目立つ行動を取るなよ。相手に気取られてはたまらんからな」
返事を待たずして、ドアは閉じられた。その場には、クロと音羽の二人だけが取り残される。
「えっと……久しぶり」
距離感を測りかねてか、音羽が苦笑しながらそう声をかけた。
だが、クロがそれに適した返事をすることはない。それ程までに、今の彼には余裕がなかったのだ。
「……どうしてお前がここにいるんだ?」
「言ったとおり、大規模任務の増援……ってのは、ぶっちゃけ建前で」
いきなり本題に入ったクロだったが、音羽が機嫌を損ねるようなことはなかった。ただ、その表情が、少しだけ硬いものへと変化する。
「あんたに、会いに来たんだ」
「俺に……?」
いったい、何故。言葉にすることはできなかったが、クロが抱いた疑問に対する答えは、すぐに音羽の口から語られることとなる。
「あたしたちの関係性は、きっともう、元には戻らない……でも、先には進めると思うから」
「音羽……」
「あんたが嫌だって言うなら、任務の後はもう顔も見せない。なんだったら、今すぐ消えたっていい。でも、もし、叶うなら……」
差し伸べられる、音羽の手。
「もう一度、あたしと、同じ時間を過ごしてくれないかな」
その手を取ってもいいのか、取るべきなのか、クロにはわからなかった。
再び接すれば、関係性はきっと変化する。だが、それが良い方向へ進むかはわからない。同じ過ちを繰り返す気は毛頭ないが、だからと言って、悪い方向へ進ませないようにする自信が湧くことはない。
「やっぱり、駄目、かな……?」
わかったのは、音羽もまた、震えているということ。そしてそれを止められるのは、やはり自分しかいないのだろうということ。
「そんなわけないだろ」
白く、細く、柔らかい彼女の手を、掴む。
「俺の方こそ、よろしくな」
「……うん」
いつかの温もり。クロは懐かしさと心地良さを感じながらも、気恥ずかしさが芽生えたことでその手をすぐに放してしまう。
「これ、俺の連絡先」
スマホを取り出すと、クロはアプリを起動して自身の連絡先を表示した。
そこに映る文字を見て、音羽が物言いたげに眉を動かす。
「『藤咲クロ』、ねえ……」
「……前の名前で呼ぶなよ? 一応、別人ってことになってんだから」
四十八願音羽の幼馴染は死んだ。それは、この世界において覆ってはならない事実だ。
ここにいるのは、藤咲クロ。それ以外の、何者でもない。
「それはわかってるけど……なんであんなことになってるわけ?」
「俺が聞きてえよ。世界が混ざった弊害みたいだけど……『神』の仕業でも、火野先生の仕業でもないらしいからな」
「ふーん、ま、いいや」
「ふーんって、おま、え……」
自分から聞いておいて興味なさげな返答をした音羽に対し、小言の一つでもくれてやるつもりだったが、彼女の顔が間近に迫ってきたことでクロはそれを飲み込んでしまう。
「よろしくね────」
耳元での囁き。それは、ひどく懐かしさを感じさせる音の並びだった。
別れの挨拶を兼ねていたようで、音羽は足早にこの場を去っていく。ただ一人、呆気に取られたクロだけが取り残されてしまった。
「……呼ぶなっつったろうがよ」
満更でもない笑みを浮かべながら、誰に届くこともない独り言を漏らす。分厚い資料を片手に、クロもまた理科準備室を後にするのだった。




