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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十三章『偽りの世界』
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第168話「罪」

「温かくて、不満なんてない、幸せな世界。こんな日常が続けばいいって、俺も心からそう思うよ」


 本心を曝け出しながら、クロは腰を下ろした。尻餅をついて教室後方のロッカーに背中をぶつけている(おと)()と、目線の高さを合わせるために。


「だけど、俺たちが進んだ道は、これじゃない」


「あ、ああ……」


 音羽の目が、より一層大きく開く。

 覚醒するまで、あと少し。


「ここは、俺たちの世界じゃない」


 直後、二人を取り巻く世界が変化した。何もない、真っ白な空間へと切り替わったのだ。

 核の目覚め。願いの消失。

 荒療治だったが、上手くいったらしい。あとは、すぐ近くに出現した扉を潜れば救出成功だ。

 ただ、それだけでは二人の抱える問題は解決しない。そう理解しているが故に、クロは言葉を続けた。


「どの口が言ってんだ、って話だよな」


 一瞬、クロは視線を逸らす。それからすぐに立ち上がり、音羽の顔を再びその赤い瞳に捉えた。


「恨みたきゃ恨め。殴りたきゃ殴れ。殺す……ってのは、もう少しだけ待ってほしい。やることがあるからな」


 全てが解決したら、甘んじて罰を受けるつもりだ。音羽はそれを与える権利があり、クロには罪を償う義務があるのだから。

 だが、まずは。


「帰ろう。俺たちの……」


 かぶりを振ってから、クロは手を差し伸べる。


「それぞれの、帰るべき場所に」


 音羽の意識が覚醒したからか、二人の衣服は元のそれと思われるものに戻っていた。級友たちの返り血も消え去っていたが、クロの腕にこびりついた新たな罪が消えることはないだろう。

 恐怖されて当然だ。だからこそ、自分が怯えている場合ではない。彼は心の中で自らにそう言い聞かせ、腕が震えそうになるのを必死で堪えた。


「……どうして」


 俯いたことで、音羽の顔が見えなくなる。


「どうして、あたしなんかに手を差し伸べるのさ」


 大した反応が貰えるとは、思っていなかった。あったとしても、罵られ、蔑まれ、詰られるだけだろうと、クロは覚悟していたのだ。

 予想外の言葉を耳にした彼は動揺したものの、紡がれ続ける彼女の言葉をただ待っていた。


「支えられなかったあたしに。逃げたあたしに。突き放したあたしに。どうして……」


 意味がわからない。

 それではまるで、音羽に過失があるかのようだ。彼女が負うべき責任など、一切ないというのに。


「忘れようとしてるのに。忘れられようとしたのに。どうしてあんたは、あたしを……」


 顔を上げる音羽。その眼からは、大粒の涙が流れ出ていた。

 何故、彼女が自分自身を責めるような発言をしているのか、クロにはわからない。だが、それを明らかにしようとは思わなかった。

 仮に事情を聞いたとして、その後にどんな言葉をかけても、気休め程度にしかならないだろうとわかっていたからだ。

 自身が、そうであるように。


「せめてもの罪滅ぼしだよ」


 クロはただ、問いかけに答える。


「忘れたきゃ忘れてくれ。お前には、その権利がある」


 けどな、と続けると、クロは音羽の手を掴んで強引にその身を引き起こした。そして、彼女の黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。


「お前がどんな決断をしたって、変わらない」


 彼女に。そして自分自身に、誓う。


「俺は、背負って生きていく」


 そう告げると、音羽の腕を引っ張って歩き出した。理解が追いついていないらしい彼女に声をかけられるが、クロは構わず扉を潜る。


「……脱出できた、よな」


 全く同じ色合いで判別が難しかったが、閉じた直後に扉が霧散したため、自身の考えは間違ったものではないと確信した。

 それからすぐ、クロは更なる異変に気づく。


(()()の扉が、消えてる……!?)


 今し方消えた扉。その正面にあったはずの紫穂の扉までもが、消滅してしまっていた。

 音羽を救出したこととは関係がないはずだ。紫穂が自力で脱出したということか、それとも第三者の手によって救出されたのか。

 あるいは。


「ちょっと、聞いてる?」


 最悪な第三の可能性を思い浮かべた瞬間、後方から声が聞こえたことでクロは意識を引き戻された。

 振り向いた先では、音羽が眉をひそめている。おざなりな扱いを受けたことにより、気分を害されているようだった。


「あ、ああ……悪い」


 慌てて手を放すクロ。

 そんな彼の様子を見て何を思ったか、一瞬、音羽が表情を曇らせる。それは本当に一瞬で、彼が気づいた直後には困ったような笑みへと変化していた。


「いや、こっちこそごめん……怒るつもりじゃなかったんだけど」


「大丈夫だ。気にしてない。それより、何か話があるんじゃなかったのか?」


 僅かだが、今ならば言葉を交わす時間がある。転移魔法を発動させる前に、彼女の話を聞いておこうと判断した。


「話、って程じゃないんだけど……」


 尻すぼみになる声。それから、音羽は視線を右往左往させるばかりで、本題に入る様子を見せなかった。

 自身と同じく気まずさが残っているのだろうとクロは察したが、悠長に待っていられる程の時間はない。


「うわっ」


 音羽が、驚いたような声を上げる。その視線はクロ────ではなく、彼の後方に向けられていた。

 彼が振り返った先に出現していたのは、七つ目の扉だ。しかも、六つ目までとは異なり、両開き型で、少し大きなものになっている。

 明らかに別物だ。この先が最終地点かどうかはわからないが、少なくとも、これまでとは一線を画す程の『何か』が待ち受けていることは確かだろう。


「……悪い、また今度でもいいか。俺、急がないと」


「あ、あたしも行く!」


「駄目だ。魔力、残ってないんだろ? 前の奴もそうだったし、無理すんなよ」


「魔力……?」


 音羽は復唱し、首を傾げる。自分のことは自分が一番よくわかるはずだが、魔力の消耗に気づいていないのだろうか。

 そんなクロの疑問は、思いもよらぬ言葉によって生まれた新たな疑問で上書きされることとなる。


「よくわかんないけど、多分大丈夫だと思うよ。あたし、元から魔力は流れてないし」


「……なんだって?」


 今の世界で魔力を宿していない人間が存在するという事実に、クロは困惑させられた。全人類が魔力に目覚めたのではなかったのか、と。


(それじゃ、なんでこいつは『偽りの世界』に捕まってたんだ……?)


 夢を叶える代価として、魔力を奪う。それが、『偽りの世界』の性質だ。魔力を持たない音羽の願いを叶えたところで、なんら利点はないだろう。

 利点を考える程の自我を持ち合わせていない、というだけか。それとも、他に何か理由があるのか。


「あたしにも、なんでかはわからないけど……魔力がなくても戦えるように準備してるから、足を引っ張ることはないと思うよ」


 そう言って、音羽が懐から一丁の拳銃を取り出す。魔力反応がないことと、彼女の自信からして、実銃である可能性が高そうだとクロは推測した。


「……銃刀法って知ってるか?」


「ちゃんと許可は下りてるんだなぁ、これが」


 舌を鳴らしてから、音羽が得意げに語る。

 確かに、魔法を使えないとなれば、護身用に拳銃の所持を認められていてもおかしくないかと、クロは一人納得した。

 だが、それはそれだ。


「まあ、とにかく音羽は帰れ」


「な、なんでさ!」


「体力的にも厳しいだろ。転移魔法を発動させるから、それで脱出しろ……訳あって、行き先はイタリアだけど」


 本当は、六つ目の空間の核となっていた人物に、紫穂の救助を依頼するつもりだった。だが、それが叶わなくなった今、自分以外をここに留まらせる理由はない。

 まして、捕らえられていた理由が明確にならない音羽を、これ以上『偽りの世界』内部に留まらせるのは危険だろう。

 クロはそう判断し、返事も聞かぬまま転移魔法を発動させた。


「ほい、これ」


 輝く紙を、半ば強引に握らせる。納得いかない様子の音羽に体を掴まれそうになるが、クロは後ずさりしてそれを躱した。


「触るな触るな。俺まで飛ばされちまうだろうが」


「でも……!」


「安心しろって。ちゃんと帰ってくる。そしたら、さっきの話もちゃんと聞くから」


 光が強まっていく。じきに、転移が完了するだろう。

 とは言え、最後まで何があるかわからない。万が一に備えて見守っていたクロだったが、次に紡がれた音羽の言葉を聞いたことで目を丸くした。


「今更だけど……色々と、ごめん」


「音、羽……?」


「それから……ありがとね」


 涙ぐみながらも浮かべられた、穏やかな笑み。それを最後に、音羽の姿が消える。

 不意の言葉によってクロは数秒程体を硬直させられたが、やがて振り返って歩き始めた。


「謝罪も感謝も、いらねえってのに」


 誰に聞こえることもない悪態をつきながら、七つ目の扉の前に立つ。


「ちゃんと帰るさ。生きたまま、な」


 誰かを救うために。あるいは、元凶たる存在を倒すために。クロはその先へと進んだ。

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