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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十二章『神の名を冠するもの』
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第162話「憑依」

「ふっ」


 モルテは自身の右眼を握り潰すと、空いた眼窩にセレスの眼球を潜り込ませ、固定する。それから衣服の袖で軽く血を拭き取ると、(とも)()の方へと近づいていった。


「すみません。治癒をお願いできますか?」


「あ、ああ……構へんよ」


 引き攣った笑みを浮かべながらも朋世はそれに応じ、魔法を発動する。

 黄緑色の光が浸透すると、溢れるようだった血涙の流れが緩やかになった。どうやら、止血が完了したらしい。再びモルテが拭き取ると、それ以上血が流れてくることはなかった。


「感謝します……さて、セレス」


『な、何……?』


 治癒の魔法が効いたのか、セレスの方も落ち着きを取り戻したようだ。やけにしおらしく聞こえるのは、痛みが引いて間もないからか。


「私の肉体を、貴方に授けます。私が魂を消滅させれば、貴方は完全にこの肉体に定着できるでしょう。この間のように、解除されることもなくなるはずです」


『いや、何、言って……』


「では……」


 モルテが、徐に目を閉じる。

 まずい。クロはそう直感するも、彼女の動きが読めないために手出しできなかった。

 時間の流れが、やけに遅く感じられる。それでも、彼になす術はない。

 だが、このままでは、彼女は────


『駄目!』


「がはっ……!?」


 セレスの声が聞こえた直後、モルテは苦しみだし、大きく咳き込んだ。それによってか、張り詰めたような空気も鳴りを潜める。


「な、何を……」


『仲間を犠牲にしてまで、生きたくない』


「し、しかし……」


『そんなことに、なるくらいなら……ボクが死ぬ!』


「いや待て待て待て待て!」


 さすがに看過できず、割って入るクロ。

 セレスの言葉で事態が好転するかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、ものの見事に打ち砕かれた。


「どうしてそうなるんだよ。二人とも、もっと自分の命を大事にしろって」


『でも……』


「モルテ。本当に、他に手はないのか?」


「そう言われましても……」


 口を閉ざすモルテ。思考を巡らせてはいるようだが、なかなかいい案が浮かばないらしい。

 やはり、何かを犠牲にしなければセレスを助けることはできないのか。当人でもないクロが諦めかけた、その時。モルテが、何か思い出したかのような声を上げた。


(みどり)()さん。確か、貴方の持つ魔導具は、雷属性の魔力以外では動かせないと仰っていましたよね?」


「は、はい」


「他の属性の魔力でも、溜めること自体は可能ですか?」


「できるはずです。制限があるのは起動時だけで、充填する魔力はどの属性でも大丈夫って実験結果が出てます」


「なるほど……念のためですが、それは今使えますか?」


「多分、大丈夫だと思います」


 (らい)()が、鞘から魔導具を引き抜く。彼の返答に満足したのか、モルテは僅かに微笑みながら自身の右のこめかみに手を添えた。


「セレス。今から、一時的に肉体の主導権を渡します。そうしたら、貴方の魔法を使って魔導具に自身の魂と魔力を定着させなさい。目安としては……最低でも半分以上。もし可能でも、全て注ぎ込むことのないように」


『……出鱈目言って、死ぬつもりじゃない?』


「私が信じられませんか?」


『うん』


「手厳しいですね……」


 一つの肉体で、声で。二つの魂のやり取りが行われている。

 モルテのときには、やや柔らかく。セレスのときには、やや暗く。クロは二人の言葉から、それぞれそのように感じられた。


『お前が死んだら、ボクも後を追う。だから、嘘はつくな』


「……それを聞いてしまっては、余計に、裏切ることなどできませんね」


 では、とモルテの言葉が続けられる。


「あとは、頼みましたよ」


 閉じられる瞼。先程とは違い、緊張が走ることはなかった。それからさほど時間が経たないうちに、再びその目が開く。


「頼まれた」


 そう呟いたセレスの体が、淡い光に包まれた。彼女が腕を伸ばすと、光はそれをなぞるように移動を始め、雷貴が握る刀の柄へと流れ込んでいく。


「くっ、ううっ……」


「セレス、大丈夫か?」


「難しいだけ……雷貴は、それちゃんと握ってて」


 そう返しつつも、顔を歪めるセレス。心配の色が取れない雷貴。ただ眺めているだけしかできない、クロと朋世。

 そのまま、『それ』は続き────やがて、セレスの纏う光が弱まっていった。


「これで……大体、七割?」


 首を傾げながら、セレスは輝きの注入を中止する。直後、その体がふらついた。


「セレス!」


「任せろ」


 まだ、終わったかどうかはわからない。魔導具を握る雷貴の代わりに、クロがセレスの体を受け止めた。


「セレス、大丈夫か?」


「……ええ、大丈夫です。それと、私はモルテですよ」


 気絶していたようだが、すぐに意識を取り戻したらしい。モルテはクロの肩を借りながら身を起こすと、セレスの魔力が充填された魔導具へと視線を向けた。


「セレス、起きなさい」


 モルテが呼びかけるが、返事はない。


「セレス」


「あ、もしかしたら……みんな、ちょっと離れてて」


 雷貴の指示を受け、三人は言われるがまま距離を取った。

 いったい、何をするつもりなのか。いや、それよりも、失敗していなければいいが。そんなことを考えていたクロだったが、視線の先で紫の雷がほとばしったことで、抱いていた不安を吹き飛ばされてしまった。


「すっげえな、こりゃ……」


 多量の魔力を充填したためか、かつてない程に凄まじい勢いの雷が、地上で出現している。

 雷貴が制御しているのだろう。雷は徐々に収縮していき、やがて普通の刀と同程度の長さに落ち着いた。

 暴走する危険がないことを確認し、三人は再び彼の方へと戻っていく。


『……成功した』


 それは、紛れもなくセレスの声だった。どうやら、魔導具から発されたものらしい。


『もう、戻していいよ。コツは掴んだ』


「了解」


 雷貴がそう返すと刀身は徐々に短くなっていき、やがて柄に吸い込まれるようにして消滅する。


「聞きそびれてたけど、どういう原理なんだ、今のは……」


「生物の体に、二つ以上の覚醒した魂を混在させることはできませんが……非生物であれば、そもそも元の魂が存在しませんからね。魂の競合なく、定着させることができるのです」


「だけど、それならなんでわざわざ魔導具を選んだんですか? 服とか、キーホルダーとか、他のものでも良かったんじゃ……」


「あ、それならうち、わかるかもしれへん」


 微笑みながら、朋世が控えめに挙手した。集まる視線に動じることなく、彼女は言葉を続ける。


「魔導具以外の非生物が含有できる魔力量ってのが、大して多くないからと違う? 話を聞くに、込めた魔力の量次第で、定着する魂の量も変わってくるんやろ?」


「よくご存知で」


「いやぁ、褒めたってなんも出えへんよ?」


 手で顔を扇ぎながら、朋世が上機嫌にそう返した。(あおい)とは随分方向性が違って見えるが、魔法学指導教員の肩書きは伊達ではないらしい。


「その魔導具に充填した魔力を一気に使い切るようなことさえなければ、セレスの魂を常に定着させていられます」


「もし、使い切ったら……?」


 その答えには薄々気がついているはずだが、確かめるかのように雷貴が尋ねた。


「魔法の副次的作用による生命維持ができなくなり、今度こそ、セレスは死ぬでしょうね」


 それと、とモルテは続ける。


「当然ですが、肉体ありきで魔法を行使しているため、この右眼……もしくは、私の身に何かあれば、そのときにもセレスは消えます」


「……それ、生きてる判定なのか?」


 至極当然の疑問を、クロがぶつけた。普通の人間は、眼球だけで生きることなどできない。疑似強化を使ったとしても、不可能だ。


「セレスの魔法を利用し、眼球に残っている魂と私の命を接続することで実現できています。そこに倒れている男も、機械を用いて同様の現象を引き起こしていたのでしょう」


 未だ目を覚まさない男に、四人の視線が向けられた。


「さて、これでセレスの安全は確保できました。次は────」


 二人とも命を落とさずに済んだというのに、モルテは大袈裟に喜ぶこともなく話を進めようとする。

 クロ含め、残りの三人は心ここにあらずといった様子だったが、呆けている時間がないとわかっていたからか、各々気を引き締め直しているようだった。


「クロ!」


「のわっ!?」


 突如、背後から名を呼ばれたことで、クロは思わず叫んでしまう。

 聞き覚えのある声。だが、今聞こえるはずはない。それでも何故か、彼が頭に思い浮かべた人物の姿が、振り向いた先にはあった。


「叔父さん!?」


 (ふじ)(さき)()(ふだ)。クロの、義理の叔父だ。

 公立中学校に勤めているはずの絵札が、どうしてここに。クロは尋ねようとしたが、両肩を掴まれたことで牽制されてしまった。


「まずいことになった」


「まずいって、何が?」


 いつになく、絵札が険しい顔をしている。クロには、試練のときよりも切迫しているように感じられた。

 余程の事態が起こっているのだろう。彼はそう覚悟したつもりだったが、あまりに予想外な言葉を返されて息を呑むことになる。


「『偽りの世界』が、顕現した」

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