第150話「模索」
セレスティーナの言葉に、理解が追いつかなかったのだろう。雷貴と千歳は、相槌を打つことすらできずに彼女を見つめている。
クロの反応もまた、二人と似たようなものとなっていた。
「ボクは、『セレスティーナ=モルテ=エッフィーメロ』の体を、借りてるだけ」
「……今のお前は魂だけが『セレス』の中に入ってる状態で、本当のお前の体は別の場所にある、ってことか?」
伊達に今まで世界を渡り歩いてきたわけではない。クロが一番早く情報の処理を終え、自分なりの見解を口に出した。
「そう、だけど……ボクの体は、もうない。あったとしても、多分もう使えない」
「もしかして……貴方は、一度死んでるの?」
「わからない。魔力が世界に広がって、何日か経った後……死んだと、思ったんだけど……気づいたら、この体に入り込んでた」
鋭才学園を訪れる頃には、既に今のセレスだったらしい。
それが、魔法によるものなのか。
自ら、無意識的に行ったのか。あるいは本物の『セレス』が望んだことか。それとも、第三者の介入があったのか。
今の彼女にわからないのなら、答えは出せない。
「元の体、見つからなくて……本物の『セレス』に、話を聞こうと思ったけど……この体から、それらしき魂は感じられないし……というか、そもそも、面識もなかったし……何が起きてるのか知るには、『セレス』になりきるしか、なかった」
だから、と続けながら、セレスが雷貴の方へと顔を向ける。
「今のボクは、誰も殺してないけど……『セレス』がどうかは、わからない。元々、マフィアの一員だったみたい、だから」
そう言って、セレスは胸のあたりで拳を強く握りしめた。
「でも、どれだけ、罪を背負ってても、ボクの……ううん。ボクと『セレス』の謎が解けるまで、ボクは、消えるわけにはいかない」
それがセレスの覚悟か、とクロは一人納得する。自身の境遇と重なる部分が少なからずあったため、彼女に対して同情のようなものを覚えていた。あえてそれを伝えるようなことはしなかったが。
「まあ、本物の『セレス』についても後で考えるとして……とりあえず、話を先に進めよう。今のセレスがマフィアでの活動を始めたのが比較的最近なら、クロさん以外に危害を加えてなくてもおかしくないだろうし」
「え、ええ。そうですね……話を逸らしてごめんなさい。セレス、他に何か知ってることや隠してることはないかしら?」
聞けば聞く程、衝撃の事実が明らかになっていく。ただ、面食らった様子を見せながらも二人は話を先へ進めようとしていた。
「もうない」
「え?」
「これで終わり」
「そ、そう……」
拍子抜けしたような声を漏らしたが、千歳はすぐに表情を引き締める。
「想定していたより、事態は深刻だったみたいね……」
問題が明らかになっただけで、解決策が浮かんだわけではない。むしろ、ここからが本題とも言える。
「死亡者たちの推定出身国がばらけているのは、イタリアマフィア関連の騒動だと気づかれにくくするため。しかも、彼ら彼女ら全員分の情報を抹消する程の徹底ぶり」
「……本当に危険だったんだな」
「だから何度も言ったじゃないですか!」
「ははっ、悪い悪い」
誤魔化すように微笑む雷貴。
彼が何故セレスの捜索を打ち切らなかったのか、クロはふと疑問に思ったが、この場でそれを解消しようとは思わなかった。
今は他に、話し合うべき議題がある。
「さて、どうするか。セレスを警察に突き出したところで、諸々の問題が解決する可能性は低いよな」
「そうね。最悪の場合、この件に関わった人間が全員消されてしまう恐れだってあるわけだし……」
警察をはじめとする捜査機関に裏切り者が存在するかもしれない以上、下手に動くことはできない。かと言って何もしなければ、少なくともセレスは再びその命を狙われることになるだろう。
次に危険なのが、雷貴。クロと違ってそれらしい変装をしていなかったからだ。
この件に関わる全ての人間に、命の危険が迫らなくなるような、最善手。クロの頭ではそれを思いつくことはできなかった。
「セレス、マフィアの上層部と連絡を取る方法ってあるか?」
重い沈黙を破ったのは、雷貴の言葉。
「うん……でも、どうして?」
「今回の件でこれ以上の犠牲者が出ないよう、直接交渉するのはどうかなって」
「……具体的に、その内容は?」
相手はこれまで、実力行使と徹底的な隠蔽工作を行っている。そう簡単に退く気はないはずだ。
今回の問題を、一高校生が思いついた案で解決できるとは思い難いだろう。だが、千歳は即座に却下することなく雷貴の考えを聞き出した。
「こっちが譲歩するのは二つ。まずは、今回の件を公にしないこと。マフィアの存在や活動を明るみにしないって誓えば、セレス以外の関係者が狙われることはなくなるだろ」
「隠蔽する手段があるんだから、乗ってこないんじゃないか?」
「手間暇を考えれば、乗ってくると思うよ。隠蔽工作だって、ただじゃないだろうし」
「一理ありますね……もう一つは?」
「口封じとしてセレスが始末されないために……日本国内の魔力に関するデータ、それも、かなり希少性の高いものを、横流しする。相手の目的が魔力の研究を独自に進めることだとしたら、喉から手が出る程欲しいものなんじゃないか?」
「セレスの安全も保障してくれる程に、ってわけですか……でも、そんなことしたら、私たち晴れて犯罪者の仲間入りですよ」
仮に、相手の目的が想定どおりのものだったとして、それに手を貸すということは、日本への反逆行為を働くことと同義だ。今まで誤魔化してきた軽犯罪とは比較にならない。自己保身のためであっても、更に危険を冒すのは好ましくないだろう。
「当然、渡すのは偽の情報だよ。イタリアマフィアを潰す────その下準備をするための、な。それに協力するっていう大義名分があれば、クロさんを襲った件への追及も、しばらくは保留にしてもらえるだろ。連続殺人に関しては冤罪だし……どの程度まで痛めつけてたのかはわからないけど、正当防衛の範疇になるはずだ」
寝返ったように見せかけて、相手組織の壊滅を狙う。日本国内に潜んでいるであろうマフィアの一員に気取られないよう注意する必要はあるが、不可能ではないはずだ。
「だとしても、私たちだけじゃ難しいでしょうね……藤咲クロ」
「んぇ?」
自分に話が回ってくるなど、思いもしていなかったクロ。奇妙な声を漏らしながらも千歳の方に顔を向ける。幸い、いつものように小言を並べられることはなかった。
「『山高』自警団の顧問に協力をお願いできないかしら。国内外に偽装工作ができそうなのは、あの人ぐらいしか思い当たらないわ」
「ああ、確かに」
雷貴が、微笑みながら頷く。試練に挑戦した事実を未だに隠し通している点を評価しているのだろう。
三人分の視線が注がれるが、クロはそれらを躱すように左右を泳ぎ見た。
「……何か、都合が悪いことでもあるのかしら?」
「いや、そんなことねえよ。ちょっと待っててくれ」
動揺を隠すように背を向け、クロはポケットからスマホを取り出す。負傷や疲労のせいか、はたまた精神状態の表れか、何度か操作を誤りながらも件の相手へと電話をかける────夜も遅いというのに、何故かワンコールで応答があった。
『火野です。用件は?』
「夜分にすみません。少しお願いしたいことがあって……」
『なんでしょう』
「実は、かくかくしかじかで……」
クロはこれまでの経緯を話し始める。言葉足らずなところもあったが、時折質問を挟まれたこともあってか、現状判明している事実を全て伝えることができた。
『承知しました。では、エッフィーメロさんに代わっていただけますか』
「はい」
振り返り、セレスに向けてスマホを差し出す。
「火野先生が、代わってくれだって」
セレスは恐る恐るといった様子でそれを受け取ると、フードの中に潜り込ませて耳に当てた。初めは辿々しい日本語で話していたが、蒼が気を利かせたのか途中からイタリア語で話し始める。
その内容を理解できるはずもなく、クロは彼女をただ眺めていた。
「駄目そうだったの?」
「いや、聞いてる感じ、動いてくれるみたいだ」
千歳からクロへの問いかけだったが、それに何故か雷貴が答える。
「え、雷貴、イタリア語わかるのか?」
「少しだけ、ね。勉強したんだ」
「すげえな……」
英語の授業で躓く程、クロは外国語に関する能力が低かった。一つしか歳が変わらない後輩の素養の高さに、思わず顔を引き攣らせる。
「それで、どうして頓珍漢な表情をしていたわけ?」
「……いや、なんでもない」
山盛高校の自警団は、人手が少ない。団員がやるべき業務を、蒼が代わりにこなすことも珍しくなかった。
そんななか、クロは今、別行動を許してもらっている。断られるまではいかずとも、小言の一つぐらいは告げられるものと思っていたのだ。だが、取り立てて説明する程のことでもないと判断し、濁すことにした。
「はい」
「ああ、ありがとな」
そうこうしているうちに、二人の話が終わったらしい。クロはセレスから差し出されたスマホを受け取り、再び耳に当てた。
「どうなりました?」
『これから、先方に接触します。一時間程で話がつくと思いますが、再度こちらから連絡するまでは身を潜めていてください』
「わかりました。お願いします」
『では、また』
返事をする前に、電話が切られる。スマホをポケットにしまいながら、クロは三人の方へと向き直った。
「方が付いたらまた連絡するから、それまでは大人しくしてろってさ」
「これで一件落着、ってことでいいのかな」
「とりあえずは、そうだな」
関係各所への根回しが完了したとして、実際の交渉が上手くいくかはわからない。だが、それは今気にしても仕方のないことだ。
自分たちにできることは、全てした。あとは、上からの指示を待つしかない。
「藤咲クロ」
「ん?」
近づく千歳。
クロは先程のことを掘り返されるのかと思い身構えたが、次の彼女の行動は予想だにしないものだった。
「今回は、ありがとうございました」
そう言って、千歳が土下座をする。普段の彼女の振る舞いからは、とても考えられないような言動だ。
「貴方のおかげで、二人を救うことができそうです。本当に、感謝しています。同時に、これまでの数々のご無礼を、ここに詫びます。大変、申し訳ありませんでした」
「い、いや、いいって。顔上げてくれよ」
感謝と謝罪の言葉を述べられたことによるむず痒さは、もちろんある。だが何より、あの千歳がここまでしているという事実が、クロの思考を乱していた。
「俺からも、ありがとう」
「ありがとう、ございます」
「二人まで……」
助けを求めるように視線を向けたが、雷貴と、次いでセレスにまで頭を下げられる。どうしたものかと思いながら、クロは後頭部を掻きむしって大きくため息を吐いた。
「本当にいいから、顔上げてくれって。今回協力したのは、俺にも他に目的があったからだし」
「目的?」
「交換条件。そうだろ? 七五三」
雷貴が顔を上げて尋ねてくるが、クロはその視線を躱して千歳の方を向く。
彼女は姿勢を戻してから頷くと、少し離れた所にあった鞄から四つ折りの紙を取り出し、その端を両手で掴んで丁寧に差し出した。
「こちらを」
「今更敬語なんて使うなって。タメ口のが慣れてるからさ」
片手で受け取ると、クロはすぐにその紙を開いて確認する。そこには、目当ての人物の住所と直近の予定が記されていた。
「住所だけじゃないんだな」
「いきなり家に押しかけてどうするのよ。外出時に、偶然を装って接触するのがベストでしょ。お互いにとってね」
「……調子、戻ってきたじゃねえか」
やはり、多少毒がある方が互いに接しやすそうだ。クロは微笑しながら紙を折り直し、スマホケースの中へと忍ばせた。
「え、どういうこと?」
「悪い、これ以上は言えない。とにかく、気にしなくていいから」
さすがの雷貴も、情報を全く明かされていない状態ではクロの目的を推測できないようだ。
除け者にするのも気が引けたが、不用意に巻き込むことは好ましくないため、誤魔化すことしかできなかった。
これで納得してくれないものか────そう思った直後、誰かの腹の音が鳴り響く。それは一際長く、空間に残留した。
「……お腹、減った」
どうやら、セレスのものだったらしい。彼女は視線を落としながら、自身の腹部をさすっている。
「自由な奴……」
「セレスらしくていいよ」
「何か頼みましょうか」
「でも、ここ高いだろ?」
「貴方は気にしなくていいわよ。今回の功労者なわけだし」
「……んじゃ、お言葉に甘えますかね」
意図せずして、話題を逸らすことができた。セレスに内心で感謝しつつ、食事のために場を整える。
長く続いていた緊張感から解放されたクロは、いつぞや舌鼓を打った料理の味を思い出しながら、座布団の上でそのときを待つのだった。




