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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十一章『試練』
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第141話「光」

「────らあっ!」


 瞼を開いたクロ。片膝をついて、床に拳を叩きつける。その体は、純白の光に包まれていた。


「その魔力、どこから……」


 (にせ)(がみ)が、まるで予想外の光景を見たかのような表情を浮かべている。未だ余裕は崩れていないが、今日初めての反応であることは間違いなかった。


「こ、こ」


 クロは立ち上がり、胸の左側を二回叩く。

 直後、彼の姿は消えた。


「『ミラージュ』」


 否。常人には視認できないであろう速度で、飛行を始めたのだ。空に光の軌跡を描きながら、クロは自身の輝きを分散させていく。

 術者と同じ輪郭を形作ったそれらもまた、散らばって独自に飛行を始めた。


「光属性の魔力……そんなものを隠し持っていたとはな」


 偽神は未来が見えるはずだが、今のクロに起こっている現象を予見できてはいなかったようだ。何かしら、条件があるのかもしれない。


「人聞きが悪いな。気がつかなかっただけだ」


 いや、気づこうとしなかったのか、と、クロは心の中で訂正する。

 記憶とともに『彼』を取り込んだのだから、同じ力が使えるようになってもなんらおかしくはない。

 それでもこの局面になるまで行使できなかったのは、我が物顔で使っていい力ではないと、無意識のうちに思っていたからだろう。


「止めるなり遅らせるなりしてみろよ」


 今、相手からの妨害を受けることはない、という確証が得られたわけではない。それでも挑発的な物言いになったのは、半ば自棄になっていたからだ。


「『()(しん)』」


 空中に、無数の針が出現する。今回は位置が固定されておらず、回転しながらもクロと光の分身を追尾していた。


「遅えよ」


 それらが切り裂くのは光の軌跡のみで、一向に獲物を仕留めることはできていない。そうであるにもかかわらず、遅延も、強制停止もされなかった。

 捕捉されない程の速度で動けば、相手の魔法を受けることもない。そんな願望混じりの仮説が、立証されつつある。

 偽神が手を焼いている隙に、クロは分身たちと共に魔力を高めた。


「行くぜ」


 その言葉を皮切りに、クロは魔法を次々と放っていく。

 槍、斬撃、弾丸。そして、光そのもの。速度を落とさずに飛行を続けつつ、分身との連携による猛攻を仕掛けていった。


「無駄だ」


「どうかな」


 クロとその分身から放たれた全ての光が、相手の表面上で霧散する。

 膜のせいで、偽神に攻撃は届かない。そうわかっていても、攻めるより他にないのだ。


(……ん?)


 通過際に覚えた、違和感。

 クロは飛行と攻撃を継続しながらも、偽神の周囲を注意深く観察する。幸い、そう時間をかけることなく、相手の膜に生じている変化を捉えられた。


(歪んでる……?)


 時折、膜の着弾地点に歪みが発生しているのだ。攻撃の勢いに比例して、それはより顕著になっていった。

 これは、もしかしたら。何度裏切られたかわからない期待を胸に、クロは更に加速していく。


「『理想は光り輝いて』」


 一度も、まともに聞いたことがない詠唱。だが、クロの頭にはその続きがはっきりと浮かんでいた。


「『悪を滅する希望とならん』」


「む……?」


 何かに気づいた様子の偽神。

 邪魔されるまいと、クロは詠唱をやや急ぐことにした。


「『夢すら現に引き寄せて』」


「軌跡が、消えない……?」


 クロと分身の飛行によって描かれた軌跡の一部が、持続している。それらは消滅するどころか、術者が加速するにつれてその輝きを更に増していった。


「『聖なる力に全てを溶かせ』」


「まさか、三次元魔法陣か……!?」


 もう遅い。

 既に、準備は完了した。あとは、最後の一言を呟くだけ。


「『エクレールジュディッジオ』」


 クロが距離を取った瞬間、偽神とその鎧を包囲するように大量の魔法陣が展開される。直後、それらと光の軌跡がより一層眩く輝き始め────そして、爆発を引き起こした。


「……どうだ?」


 爆風、次いで煙。それらが収まるのを、クロは固唾を飲んで見守っていた。

 やがて、視界が良好になる。そこに存在していたのは、重力に従って次々と落下していく鎧、もとい瓦礫の数々だった。

 偽神の姿は、ない。


「逃がすか」


 魔力反応から、転移されたであろうことはすぐに察せられた。まだ、勝負はついていないようだ。

 クロは光を纏ったまま床へと接近する。偽神の態勢が崩れているうちに、決着を付けるつもりだ。

 だが、相手の位置へ到達する前に、その輝きは消滅してしまった。


「やべっ……」


 宙から投げ出されたクロは受け身も取れずに床へとぶつかり、血で染めながらその上を転がっていく。


(もう、限界かよ……!)


 魔法の停止が偽神によるものではないと、クロは即座にわかった。

 体力か、魔力か。はたまた、その両方か。いずれにせよ、魔法を継続させるための力が、今の彼にはほとんど残されていないようだった。


「これ程とは、恐れ入った……もし貴殿が先の魔法を使い慣れていたなら、私は今ここに立っていなかっただろう」


 クロは咳き込みながらも、相手の方を睨みつける。

 偽神が纏っている衣服の生地はひどく薄く、鎧が全損したために華奢な体格が丸わかりになっていた。

 相手もまた、全身に傷を負って吐血している。魔力も、そう残ってはいないようだ。それがわかったからこそ、彼は歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。

 あと、もう少しだったのに、と。


「だが、運命は私に微笑んだ」


 床に描かれた紋様が、輝き始める。どうやら、魔法陣の一種だったらしい。

 もっと早く気づいていれば────己が洞察力の平凡さを、クロは今頃になって悔やんだ。


「『忘却の彼方』」


 いや、そんなことをしている場合ではない。相手が律儀に詠唱を始めてくれただけでも、幸運と思わねば。


「『分不相応な楽園』」


 まだ、猶予は残されている。


「『儚き無限』」


 立て。魔力を練り上げろ。


「『時空よ運べ』」


(動け……)


 四つん這いにまではなれたが、そこから上手く体を動かすことができなくなってしまった。


(ここで、動かなきゃ……)


「『命果てるまで』」


 左手で自身の太腿を殴りつけ、気合いを入れ直す。


(いつ動くってんだよ……!)


 刹那、クロは左足を引き起こし、その裏で床を強く踏み締めた。そして、純白の輝きを再びその身に纏い、目の前の敵を討ち取るべく駆け出す。


「『(うつろ)』」


 その詠唱がなされた直後、無情にも光は消滅してしまった。

 一歩、遅かったか────諦めかけたクロだったが、ふと、あることに気づく。


(な、んだ……?)


 輝きはない。加速もない。

 だが、魔法を発動している感覚が今も続いていた。今まで受けた妨害や攻撃とは、また違う。

 起こるべき事象が、この空間に反映されていないだけ。クロにはそのように感じられていた。


「何故、動ける……!?」


 この状況は、偽神にとっても予想外だったらしい。詠唱を終えたにもかかわらず、彼は目立った動きを見せなかった。もっとも、本当に先程の魔法と同じものが使われたのなら、クロに視認できるはずはないのだが。


(なんかよくわかんねえけど……)


 クロの魔法が反映されていないことに、変わりはない。傷は深く、出血も決して少量ではなかった。脳だけでなく、全身が緊急信号を発している。

 だが、止まるわけにはいかない。

 進むより他に、道はないのだから。


(勝機は、まだある……!)


 ただの一歩。

 特別な力など何も込められていない、その一歩で、クロは偽神との距離を詰めた。


「らあっ!」


 狼狽する偽神の鼻頭に、容赦なく拳を叩き込む。相手の血が舞い、降りかかり、自身の流したそれと混ざり合っていった。

 直後、視界が急激に明るくなる。どうやら、光を取り戻せたらしい。

 ここで決める。

 軋む骨を自ら砕く覚悟で、クロは更に一歩踏み出した。


「『羅針』!」


 相手も、このまま終わるつもりはないらしい。偽神は仰け反っていた体を引き起こしながら、伸ばした左腕の先に魔法陣を展開した。

 そこから出現した針が、クロの身を貫かんと伸びていく。凄まじい速度だ。今の彼に、躱しきることはできないだろう。


「がっ、ああああ……!」


 クロの右肩に、針が直撃した。接合部を極端に少なくされたことで、右腕が宙を舞い、今にもちぎれそうになる。

 それでも、彼は止まらない。偽神同様に左腕を伸ばし、掌の先に魔法陣を展開する。


「貫けええええ!」


 全身の光を集め、射出した。

 光の槍が、クロの代わりに偽神の方へと飛んでいく。それは一切ぶれることなく、回避や防御を許すこともなく、素早く、的確に相手の心臓部を貫いた。


「ぐはあっ……!?」


 偽神の吐血。

 役目を終えると、光の槍は消滅してしまった。これもまた、クロの意思ではない。どうやら、本当に限界らしい。


「……なるほど、そうか。これこそが」


 倒れながらも、偽神が何か納得したかのような声を上げる。


「まだ、やるかよ……」


 もしそうであれば、今度こそ終わりだ。それを悟られないよう、クロは息も絶え絶えの状態で虚勢を張った。


「いや、認めよう。私の負けだ」


「……そうかよ」


 安堵のため息を漏らす余裕はない。クロは呼吸を整えてから、偽神の方へゆっくりと近づいた。


「とどめを刺したければ、早くした方がいい」


「どういう意味だ?」


 まさか、先程の降参は嘘だったとでも言いたいのか。

 そうだった場合、今のクロに打つ手は残されていないが、それでも身構えずにはいられなかった。


「貴殿がどうしようとも、私の命はここまでだからな」


「何……?」


「この肉体は、魂は、魔力は、今から世界に還元される」


 直後、偽神の体が眩く輝き始める。


「ま、待て! お前には、まだ聞きたいことが……」


「止めようとしても無駄だ。私の敗北を引き金に、この魔法は完成した。最早、私自身にも止められん」


 偽神は輝きながら浮遊し、あっという間にクロの手が届かない高度にまで達してしまった。


「還元って、いったい……」


「私自身を、魔力へと変換するのだ。この老体一つでも、時間稼ぎ程度にはなるだろう……だが忘れるな。このままでは、そう遠くない将来に必ず、魔の時代は終焉を迎える」


「……お前は、本当にこの世界のことを考えてたってのか?」


「他に目的がなかったと言えば、嘘になるがな」


 偽神は人の形を失い、球体に変化していく。


「魔力は世界に混乱を招いた。だが同時に、人々の生活を豊かにもした」


 それは、さながら小さな太陽のようだった。そんな状態になりながらも、偽神は言葉を紡ぎ続ける。


「それを失う恐怖に目覚めたとき、世界は破滅へと進んでいく」


「……破滅なんて、しねえよ」


 右腕を押さえながら、クロは光を見上げた。


「俺が、俺たちが、させない」


「……そうか。ならば、貴殿らの選択を、天から見守ることにしよう」


 輝きが、更に強くなる。

 さすがに直視できず、クロは目を閉じた。普段なら、腕で顔を覆うという動作が追加されるが、今そんなことをすれば右腕が自重でちぎれかねないだろう。


「一つ、助言を送ろう」


 瞼越しでも鬱陶しく感じられる程の光。それに意識を乱されながらも、クロの耳はしっかりと偽神の言葉を拾っていた。


「本来の世界での記憶を、保持している者……『貴殿』のことを覚えていた者が、私の他に二人存在する。聞きたいことがあるのならば、その者たちを頼るといい」


 偽神の魔法のせいか。それとも、肉体の限界か。クロの意識は、徐々に薄れていく。


「一人は、貴殿の古き友人。そして、もう一人は────」


 耳を疑いたくなるような言葉が聞こえた直後、クロの意識は白い光の中へと呑み込まれた。

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