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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十一章『試練』
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第134話「それぞれの覚悟」

「ただいま」


 帰宅し、玄関の扉を閉じる。時間からして返事がないのは当然だが、視線の先、靴が一足分ないのを見て、クロはあることを思い出した。


「……そういえば、しばらく出張っつってたっけ」


 夏季休業と長期出張が重なった都合で、()(ふだ)はしばらく家を空けることとなっている。

 つくづく、教師という職業は大変だと、他人事のように思いながらクロはリビングへと向かった。


「教師には、なりたくねえな」


 今の学力では、なろうとしてもなれないが。心の中でそんなツッコミを入れながら、更に気づく。


「……将来の不安より、まず明日だな」


 下手をすれば、明日で人生が幕引きとなってしまうかもしれない。できること、やるべきことを、今のうちにしておかなければ。

 とは言え、一朝一夕で強くなれるわけがないことはクロもよく理解している。そもそも、決戦前夜の不要な消耗は避けるべきだ。

 それを踏まえれば、やることは一つ。彼はスマホを取り出し、メッセージアプリを立ち上げた。


「電話、はまずいかな……」


 選択したのは、『(ふじ)(さき)絵札』の名。相手の都合を考えると電話をかけるのは憚られ、メッセージを送るだけに留めることにした。

 唸りながら、文章を入力しては消していく。媒体に残る以上、踏み込んだ話はできない。『神』に情報が流出しないとも限らないからだ。

 クロは十分近く悩んだ挙句、たった一言だけ打ち込み、送信した。


『いつもありがとう』


 死の可能性。別れの言葉。伝えるべきことは他にも山程あったが、クロは敢えてそれを選んだ。

 それが、一番伝えたいと思ったことだからだ。


「既読はつかない、か」


 風呂にでも入ろう。そう考えてスマホをしまおうとした瞬間、通知音が二回、立て続けに響いた。

 どうやら、二つのメッセージをほぼ同時に受信したようだ。

 送り主の名を見て、クロは目を見開く。

 (あか)()(ふう)()と、()()()()()。今日は連絡など来ないだろうと思っていたはずの二人だった。


『今、話せる?』


『少しいいかな』


 二人とも、同じような内容。

 十中八九、明日の試練についてだろう。一人で考えるように、と(あおい)は言っていたはずだが、無下にするわけにもいかない。

 一秒にも満たない程の差だが、後に送信してきた方に『少し遅れる』と断りを入れ、もう一方には返信せずに直接電話をかけた。

 数回コール音が鳴った後、相手が出る。


『もしもし?』


 青年の声。赤城風太だ。


「俺だ。どうしたんだ?」


『……答えにくい質問、してもいい?』


「内容によるけど……なんだよ、改まって」


 明日の試練に参加するかどうかを尋ねられるのだろうと思いつつ、そう返す。

 少なからず、苦悩や葛藤があるはずだ。できるだけ、風太を傷つけないような言葉を選ぼうと考えるクロだったが、直後に投げかけられた質問は予想だにしないものだった。


『胸とお尻、どっち派?』


「よし、切るぞー。おやすみー」


『待って待って待って!』


 耳に近づけていたスマホから、風太の大声が垂れ流される。

 それを遠ざけて睨みつけながらも、切ることはしなかった。声が収まったのを確認し、クロは再び話を聞く態勢に戻る。


「なんでお前に俺の性癖語らにゃいかんのだ」


『いやさ、よくよく考えたら、僕ら踏み込んだ話をしたことってないじゃん?』


「……そうだったか?」


『そうだよ。少なくとも、ここ数ヶ月くらいは特に、ね』


 つい先程、下劣な質問をした者とは思えない程の鋭さだ。いや、クロの遠ざけ方が露骨だっただけかもしれない。


「……急に付き合い悪くなったのは謝るよ。ごめん」


『ははっ、別にそんなの気にしてないよ』


 ただ、と風太は続ける。


『少し話したかったんだ。最後になるかもしれないから』


「……お前、まさか」


『おっと、聞くのはなしだよ。君が心変わりしちゃうかもしれないからね』


「するわけねえだろ」


『だよね。知ってる』


 食えない奴だ、と思いつつ、クロは一矢報いるべく細やかな覚悟を決めることにした。


「……どっちかと言えば胸派だ」


『やっぱり! そんな気がしてたんだよね』


「お前はどっちなんだよ。まさか、聞くだけ聞いて自分は言わねえつもりじゃねえだろうな」


『僕は太腿派だよ』


 何がなんでも聞き出してやろうと思っていたクロだったが、風太の即答により牙を抜かれる。


「いや、三択になってるじゃねえか」


『クロは三択だと答えが変わるの?』


「……変わんねえよ」


『ほほほ、お主も好きよのう』


「もう切るからな」


 飄々とした様子の笑い声を、正面で受け止めるクロ。通話を終えようとしたが、自身の名を呼ばれたことでその手を止める。


『明日、頑張ろうね』


「……言われなくても」


 そう返した直後に電話を切ると、クロは大きなため息を吐いた。

 浸っている暇はない。紫穂を待たせているのだ。画面を切り替え、今度は彼女に電話をかけた。


『────もしもし』


「俺だ、藤咲だ。悪いな、遅くなって」


『ううん。私の方こそ、急にごめんね』


「それで、どうかしたのか?」


『どうかした、ってわけじゃ、ないんだけど……』


 煮え切らない返事。クロは続きが気になったが、無理に聞き出すのは悪いと思い、紫穂の口から語られるのを待った。


『その……今から変なこと聞くけど、驚かないでね』


「あ、ああ……内容にもよるけど」


 またか。そんなことを考えつつも、クロは紫穂の言葉を聞き漏らさないように意識を集中させた。


『藤咲君、ずっと前に、私に会ったことない?』


 心臓の鼓動が、強くなる。

 いや、まだだ。電話越しにこの脈拍は届かない。どれだけ挙動に現れようと、声にさえ気をつければ怪しまれることはない。

 クロは一旦スマホを遠ざけ、深呼吸する。乱れかけた心を落ち着けてから、再び自身の口元にそれを近づけた。


「ずっと前って……俺が転入するより前ってことか?」


『そうじゃなくて、こう、上手く言えないんだけど……』


 違和感こそあるものの、確証を得られたわけではないらしい。紫穂の言葉からは、迷いが感じられた。


「あれか? デジャブってやつか?」


『そう、なるのかな……』


「まあ、深く考えることないって。気のせいだろ、多分」


『そんなことない』


 はぐらかされることなく、紫穂が食い下がる。


「……なんで、そう言い切れるんだよ」


『わからない、けど……』


 これは、まずい流れだ。今すぐにでも電話を切るべきかと思ったが、クロはその指を動かすことができなかった。


『たまに、夢を見るの。中学生の頃の夢。そこまで親しくなかったはずの藤咲君と笑い合ってる、不思議な夢』


「夢は夢だ。それ以上でも、以下でもない」


『それだけじゃない』


 食い気味に放ったクロの言葉に、紫穂のそれが更に被せられる。


『藤咲君と一緒にいると、懐かしく思えるの。そんなはずはないのに』


「だから、気のせいだって……」


『藤咲君、お願い。何か知ってるなら、教えて』


 聞く耳を持たない、とはこのことか。

 クロはこうなることを恐れていた。だからこそ、彼女とはなるべく接触したくないと思っていたのだ。


「……どうして、そう思うんだよ」


『藤咲君、やけに魔法の扱いが上手いから。時々、元から知ってたんじゃないかって思うくらいに』


 図星だ。時間稼ぎのつもりだったが、余計に詰められてしまった。


『私の知らないこと……ううん。多くの人たちが知らないことを、藤咲君は知ってるんじゃないかって。そう、思ったの』


 これ以上は、無理だ。もう隠しきることはできないと、クロは悟った。

 ここでしらを切っても、いずれ紫穂の中の違和感は増大し、記憶の蓋をこじ開けてしまうだろう。その違和感が強ければ強い程、彼女の心は不安定になる。ここまで来てしまったからには、もう明かすしかないと考えた。


「一つだけ、聞かせてくれ」


『え?』


「明日、試練に挑むつもりか?」


『それは……』


「大丈夫だ。氷見谷がどっちを選ぶとしても、俺の答えは変わらないから」


 紫穂が答えを決めてさえいれば、それでいい。試練に挑んでほしいとは、微塵も思っていないが。


『……戦うよ。私は』


「そうか」


 ため息混じりに、力なく返す。

 わかっていたことだが、認め難い。風太と言い紫穂と言い、どうしてこうも正義感が強いのか。

 二人の答えを否定する権利など、クロにはない。出かかった自己満足を飲み込んでから、彼は再び口を開く。


「わかった。そういうことなら、一つ約束しよう」


『約束?』


「明日の試練、何がなんでも生き残れ。そうしたら、お前の知りたいこと、全部教えてやる」


 どうしようもない現実を、紫穂が一夜で受け止められるとは思えない。まずは、目の前の困難を打ち破ることに集中させるべきだ。精神が不安定なまま、勝てる相手ではない。

 そう言い訳をして、逃げた。

 彼女と向き合う心の強さが、今のクロにはなかったのだ。


『……わかった』


「よし。なら、もう切るぞ」


『藤咲君』


「うん?」


『私、負けないから。藤咲君も、気をつけてね』


「ああ、ありがとな……じゃあ、また明日」


『うん、また明日』


 紫穂の返事を聞いて、クロは今度こそ電話を切る。

 長話をしている暇はない。万全の状態で試練に臨めるよう、備えなければ。


「……まあ、気づくわな」


 なんの気なしに呟いた自身の思考が、やけに響いて聞こえる。暗くなった画面に映る自分の顔を見てから、クロは自嘲気味に笑った。

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