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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第十章『新たな日常』
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第129話「忙殺前に」

(……マジかぁ)


 理科準備室にて、漏れ出そうになったため息をなんとか押し殺すクロ。彼の手には、一枚の用紙が握られていた。


「これが、皆さんの要望と照らし合わせて作成した、夏季休業中の自警団の活動予定です。現時点で、変更の必要があれば教えてください」


 今日は珍しく、(やま)(もり)高校の自警団員が全員揃っている。顧問の(あおい)を含めても四人しかいないが、こうして顔を合わせる機会は稀だった。


「異議なし!」


「私も、大丈夫そうです」


「……問題ないです」


 (ふう)()()()に続いて、クロも返事をする。

 問題はない。

 だが、不満はあった。

 渡された予定表には空白がちらほら見受けられるが、それらが全て休日になるというわけではない。自警団の活動の他に、アルバイトをしたり、学校の課題を片付けたりしなければならないからだ。

 それらを踏まえて考えると、夏季休業中、彼には休日と呼べる休日がほとんどなかった。現役の運動部にも匹敵する程の忙しさだ。


(いつまで経っても、休めない……)


 クロは余暇を満喫するような人間ではないが、だからといって自由な時間がいらないというわけではない。

 休めるのなら、休んでいたい。

 誰もに共通する望みを、彼もまた抱いていた。


「では、今日はこれで解散にしましょう。依頼等はまた明日から、ということで」


「先生、今日の特訓は……」


 風太が、食い気味にそう尋ねる。

 特訓。先日蒼が言っていた個別指導のことだろう、とクロは思い至った。


「今日は休んでください。私は出張があるので様子を見れませんし……休息を取ることも、成長には欠かせないでしょう」


「わかりました」


 蒼の言葉に、風太は素直に頷く。もどかしそうにしているわけではないが、かといって喜んでいるようにも見えない。

 クロはそれなりの時間を彼と共に過ごしている────ことになっているが、未だその本質を掴みかねていた。世界改変後、深い交流をクロが避けているから、というだけではない。恐らくは、風太自身が心情を悟られぬよう振る舞っているのだろう。


「教師ってのも大変そうですね」


 隠しているのなら、聞き出す必要はない。友人の腹の内を探るような真似はせず、クロは蒼に話を振った。


「ええ、本当に……さて、戸締まりは私の方でやっておくので、下校していただいて構いませんよ」


「お願いしまーす」


 蒼にそれぞれ挨拶を交わし、三人とも廊下へと出る。最後だったクロはドアを閉めてから、二人の後に続くようにして歩き始めた。

 何やら談笑している二人を他所に、ポケットから取り出したスマホの画面に視線を落とす。


「もう一時か……」


 本来ならば昼休み真っ只中の時間だが、今日は終業式があったため、半日で放課後となっていた。

 まだ、昼食は取れていない。下校中にどこかで済ませるべきか。それとも、家に帰るまで我慢するべきか。財布の中身を思い出しながら、クロは頭を悩ませる。

 そんななか、風太からとある質問を投げかけられた。


「二人はこの後、何か予定ある?」


「私はないよ」


「俺も、特には……」


 そこまで言葉にして、気づく。

 これは、まずい流れだ、と。


「じゃあさ、自警団の親睦会を兼ねて、三人で出かけない?」


「いいね。(ふじ)(さき)君は、どう?」


 二人から、期待の眼差しがクロへと向けられる────風太のそれは、長い前髪に隠れてはっきりとは見えないが。


「い、いや、俺は、ちょっと……」


 視線を逸らし、人差し指で頬を掻く。

 用事がある、という汎用的かつ絶大な効力を持つ言い訳は、先程自らの手で封じてしまった。

 何か、何かないかと、一秒の間に高速で思考を巡らせる。無様にもがき続けたことで、クロはなんとか一筋の光を見出した。


「今、金欠で……」


 これなら、無理に誘われることはない。わざわざ奢る羽目になってまで、他人を連行しようとは思わないだろう。

 クロはそう勝利を確信していたが、直後に風太が意味ありげな笑みを見せたことで、すぐに顔色を悪くした。


「心配ご無用!」


 風太は声を張り上げながら、自身の鞄から一枚の紙切れを取り出す。


「それは?」


「近くの美術館の招待券でございます、お嬢様」


 首を傾げた紫穂に、風太が執事然とした態度で返した。恐らくは、美術館から連想したのだろう。


「こちらなんと、一枚で三人入場することが可能な優れ物となっております」


「まあ、それはとっても素晴らしいわね、セバスチャン!」


 風太の寸劇に、紫穂までもが付き合い始めた。それにより、可憐なお嬢様と、背丈の低い若執事、という奇妙な構図が生まれる。


(……ってかセバスチャンってなんだよ)


 人知れずツッコミを入れつつ、クロは次の手を考えるための時間を稼ぐことにした。


「そんなんどこで手に入れたんだよ、セバス」


「我が母君から譲り受けた」


「店長か……」


 社会人ともなれば、そういった貰い物をすることも珍しくないのだろう。だが、多忙故にそれらを消費することができず、愛息子に流したという経緯か、とクロは一人納得する。


「……店長?」


「ああ。俺のバイト先の店長が、風太の母親なんだよ」


 紫穂が知らないのも、無理はない。

 風太と、バイト先の関係者。両名と深い交流がなければ、知り得ない情報だろう。言いふらすようなことではないが、特別隠す必要もないため、クロは正直に明かした。


「庶民如きがお嬢様と口を利くなああっ!」


「うおあっ!?」


 突如、風太から繰り出された貫手を、クロはすんでのところで躱す。ついでに、背後へと回り込んで手刀を浴びせた。


「ひ、ひどい……」


「だ、大丈夫……?」


「あ、悪い……じゃなかった」


 条件反射で謝ってしまったが、そもそも、風太が奇襲を仕掛けてきたことが全ての原因だ。クロは眉をひそめつつ、彼の意図を確認することにした。


「急にどうしたんだよ。つい反撃しちゃっただろ」


「礼節を重んじる執事の設定だったんだよぉ……」


「俺、庶民扱いかよ……」


 膝をつきながら、震え声で返した風太。クロはため息を吐いてから彼の手を掴み、再び立ち上がらせた。


(ってか、意外と丈夫なんだな)


 先程の手刀は、風太にとって不意の一撃だったはずだ。それでもこうして意識を保っているのは、蒼との特訓が実を結び始めているからかと、クロは感心する。


「ありがとう……それで、話を戻すけど」


「うっ……」


 忘れていた。金欠以外で、不参加の理由を考えなくてはならなかったのだ。貫手を躱して満足している場合ではなかった。


「芸術鑑賞が悪いとは言わないけど、親睦会向きじゃないんじゃないか?」


 クロの指摘に、風太が舌を三回鳴らす。その音に合わせて、突き立てた人差し指を左右に動かした。


「『遊ぶ』だけが嗜みではないのだよ、藤咲少年」


「……懲りもせず、よくやるよな」


 相手の態度に呆れつつ、クロは尚も足掻き続ける。

 ただ行きたくないと言っても、風太の勢いには勝てないだろう。何か、もっともらしい理由はないものかと考えながら唸っていると、風太と紫穂が二人で話し始めた。


「どうする、紫穂ちゃん? クロ、僕たちとはどおおおぉしても行きたくないんだって」


「残念だけど、無理に誘うのも困らせるだけだよね」


(またなんか始まった……)


 こそこそと、ではない。二人の会話は筒抜けで、むしろわざと聞かせているのではないかと思う程に大きな声で行われている。


「そうだね……僕もすっごく残念だけど、今回は二人で行くことにしよっか……」


「そうしようか……」


「待て待て待て。人の罪悪感に働きかけるな!」


 直後、風太と紫穂の視線が同時にクロの方へと向けられた。二人は何も言うことなく、ただじっと見つめている。

 観念するしかない。

 そう思い、彼は大きなため息を吐く。


「わかった。行く。行くよ」


「やりぃ!」


「ありがとう、藤咲君。それじゃあ、早速行こうか」


 安い芝居だが、クロには効果覿面だった。即興でこんな茶番を演じられるあたり、風太と紫穂の二人は、殊のほか波長が合うのかもしれない。


「まず飯行こうぜ飯」


「藤咲君、お金ないんじゃないの?」


「風太、今度返すから貸してくれ」


「ええ? ちゃんと返してよ?」


「わかってるって。次の給料日にな」


 話がまとまる頃には、昇降口へと辿り着いていた。クロはしゃがみ込み、一番下にある自分の下駄箱の扉を開く。


(今日は、仕方ない、か)


「藤咲君、どうかした?」


「早くしないと時間なくなっちゃうよ」


「……ああ」


 断りきれない自身の弱さに辟易するが、今更になって不参加を表明することはできない。靴を履き替えたクロは二人の隣に並んで歩き、駐輪場へと向かうのだった。

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