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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第九章『帰還』
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第111話「創られた『過去』」

「じゃ、俺こっちなんで」


「ああ。またな」


 とある交差点で、二台の自転車がそれぞれ別方向へと走り出す。

 店長の指示どおり、クロと(らい)()の二人は帰路を共にしていた。と言っても、ファミレスから自宅までの距離はそれ程遠くない。十分とかからず、この分岐点にまで辿り着いた。

 そして、特に長話をすることもなく二人は別れる。

 もう夜も遅い。早く帰宅して眠りに就きたい、という考えが一致したのだろう。


(眠っ……)


 ペダルを漕ぎながら、クロは大きくあくびをする。冷たい空気が、口を通って肺まで一気に流れ込んだ。夏とは言え、やはり夜は冷える。


「……ん?」


 前方、道の脇から、人が出てきたのが見えた。こんな時間に珍しい、と思いつつ、クロはそれを避けるべく右に逸れる。

 ただ、相手も同じように考えたのか、彼の進行方向を塞ぐ形で動いた。


(……あるあるだな)


 今度は左に逸れるが、やはり被ってしまう。ぶつからないよう、クロは減速しながら相手との距離を詰めていった。それでも上手く躱せなかったため、最終的に自転車を止める。

 近づいたことで、そこにいたのが小柄な少女だとわかった。

 下に縁がついている眼鏡と、茶色のボブカットが印象的だ。制服を着ているが、彼が通う高校のそれとはまた違うものだった。

 車輪のすぐ前に立ったまま、顔をじっと見つめている少女。試しにクロがハンドルの角度を変えると、彼女は行く手を塞ぐように動いてきた。


(……なんなんだ? こいつ)


 間が悪いわけではないのだろう。目の前の少女は、明らかに妨害するための行動を取っている。

 何故このようなことをされなければならないのか。クロがその答えを導き出すよりも早く、彼女は口を開いた。


(ふじ)(さき)クロね」


「……そうですけど、何か?」


 少女はクロの名前を知っているようだ。

 だが、彼は彼女の顔に心当たりがない。一方的に知られる程、自身が有名だとは思っていないため、疑問を抱きつつ丁寧に返した。

 年上には見えなかったが、念のためだ。


「私は『(えい)(さい)(がく)(えん)()(けい)(だん)』、『七五三(しめ)()(とせ)』! 藤咲クロ! 一連の魔力関連騒動を引き起こした容疑で、貴方を拘束するわ!」


 彼女は胸を張り、クロの方を指差して、自信満々でそう告げてきた。


「えいさい……なんですって?」


「とぼけても無駄よ。ちゃんと証拠は押さえてるんだから」


 とぼけたつもりなどない。彼女の言葉の大半が、クロには聞き取れていなかった。辛うじてわかったのは、彼女が、自身を捕らえようとしているということ。


「証拠って……なんのですか?」


「貴方が、『神』を騙る者本人、または、その一味だっていう証拠よ」


 今度は、はっきりと聞き取れた。そのうえで、クロは盛大なため息を吐く。


「な、何よその態度!」


「なんかの間違いだと思うんで、帰りますね」


 見当違いも甚だしい。

 クロは来た道を引き返すべく、立ち上がってから自転車の向きを反転させた。ただ、サドルに跨がろうと足を上げた瞬間、後方から声が聞こえたことで考えを改める。


「逃げるってことは、やましいことがあるってことよね」


 挑発とも取れるその言葉を聞き、クロは上げた足を引き戻した。そしてスタンドを下げ、倒れないよう自転車を固定する。


「……じゃあ、聞かせてくださいよ。その証拠って奴を」


 クロが振り返ると、千歳と名乗った少女はふふんと鼻で笑ってから、得意げに言葉を紡ぎ始めた。


「魔力……そう呼ばれる力が広まってから、世界各地でそれ絡みの事件事故が相次いでいるわ」


「そっすね」


「これらを沈静化させるには、元凶の『神』とやらを捕らえて、魔力を消滅させることが手っ取り早いと私は考えたの」


「いや、無理じゃないですか? 相手は『神』なんですよね」


「悪いけど、私は神なんて信じてないの。今回の件は、人間が『神』を騙ってると思ってるわ」


「へえ……それで?」


 本物の神ではないとしても、一個人にどうにかできる程度の存在ではないだろう。少なくとも、目の前の少女に、元凶たる存在をねじ伏せられるような力があるとは思えない。

 ただ、話の腰を折ってまで言う必要があるとも思えず、クロは続きを促した。


「魔力が世界に広められたのは事実。だけど、そう易々と行えるわけがない。それなりに準備期間があったと考えるのが、妥当じゃないかしら?」


「……だとして、そこからどうやって俺に結びつくんですか?」


「魔力が広まる以前の、未解決事件や怪奇現象、都市伝説を片っ端から調べ上げたわ。魔力を広めるための準備をしていたという証拠が、得られるかもと思ってね……そして、とある事件に辿り着いた」


 言いながら、千歳が上着のポケットから一枚の紙を取り出す。何回も折られていたそれを広げると、書いてある文字をクロに見せながら読み上げた。


「東京郊外で起きた、一家惨殺事件」


 それを見て、聞いて、クロは目を丸くする。突然の出来事に、思わず言葉を失ったのだ。


「心当たりがあるようね」


 まさか────

 いや、まだだ。そうと決まったわけではない。

 そんなクロの淡い期待は、続く言葉によって簡単に砕かれることとなる。


「被害者は三人。夫婦と、その一人息子。容疑者は既に捕まっていて、一見、解決したかに思えるけど……おかしな点があるのよね」


 気のせいではなかった。

 クロはその事件を知っている。他の誰よりも、詳細に。


「夫婦は自宅の中で殺されていたのに、息子の方は全く別の場所で死亡が確認されているのよ」


 新聞の記事をコピーしたような紙。手元に戻したそれへと、千歳は視線を向けた。


「犯人は否認していたみたいね。『家には夫婦しかいなかった』って。まあ順当に考えるなら、生き延びてはいたけど、好奇の目から子供を守るために、大人たちが情報操作をしたってところなんでしょうね」


 だけど、と千歳は続ける。


「その裏付けを取るために現地で調査をしたら、奇妙なことがわかってね」


「奇妙なこと……?」


 確かに、その事件には不可解な点がいくつかあった。だが、今更取り沙汰される程のものではなかったはずだと思い、クロは言葉を繰り返す。


「誰も、事件があったことを覚えていなかったのよ」


「……なんだって?」


「それだけじゃない。当時、一人息子が中学生だったことは判明していたから、その地域から通う中学校まで足を運んで調べてみたけど……彼のことすら、誰も覚えていなかったわ」


「そんなはず────」


「教員や当時のクラスメイトと思われる人たちに見せてもらった写真と、情報を照らし合わせた結果、ようやく、ある男子生徒に辿り着いた」


 彼女が次に発した言葉と、クロの予想は一致していた。


「それが、貴方よ」


 そう。『そういうことになっている』。

 不幸な事件に巻き込まれた少年は、大人たちの配慮により、新天地で、全くの別人として、第二の人生を歩むことになった。

 それが、『この世界における藤咲クロ』なのだ。


「おかしいわよね。記録ならまだしも、記憶を改竄することなんて、普通はできないわ」


 記憶の改竄。

 それだけが、クロには引っかかっていた。

 当然、そんなことをした覚えはない。偽りの記憶にも存在していない。つまりは、第三者によるものだ。

 そして、それは恐らく────


「つまり、貴方は当時、魔力を使って人々の目を欺いていたのよ!」


「……は?」


「そして身を潜め、力を存分に蓄えることができたあの日、事を起こした。そうよね、『神様』?」


「いや、違うけど」


 突拍子もないことを言われ、クロは思わず素の口調へと戻してしまう。

 それが気に障ったのか、はたまた自らの推理を即座に否定されたことが癪だったのか、千歳はわなわなと身を震えさせた。


「お、往生際が悪いわよ! 観念なさい!」


「往生際も何も、証拠不足だろうが」


 クロは呆れるようにしながら、ため息混じりにそう告げる。最早敬う必要もないと判断し、今度は自らの意思で口調を砕けさせていた。

 客観的に見れば、千歳の推理は正しいように感じられる。致命的な矛盾はなく、一理あるとも思えるだろう。

 だが、クロが魔力を広めたという決定的な証拠は、ない。


「それは……」


 しばし待ってみたものの、他に何か証拠を掴んでいる様子はないとわかり、クロは振り返って自転車のスタンドを上げた。

 証拠が見つからなくて、当然だ。魔力を広めたのは、彼ではないのだから。もっとも、原因の一端は担っているのかもしれないが。


「……ま、お前のおかげで思わぬ収穫もあったし、迷惑料の請求はしないでおいてやるよ」


 本来ならば、クロはすぐにでも東京に足を運ばなければならなかった。

 幼馴染を探すためだ。

 元いた世界と思われる場所で出会った彼女なら、自身の知らない何かを知っているのではないか。そう期待していた。

 それでも行動に移せなかったのは、先程話に上がった事件が原因だ。死んだとされている人間が地元で目撃されれば、騒ぎになってしまうだろう。

 東京からこの静岡へと来るまでに、クロは多くの人間に支えられ、助けられてきた。それらは偽りの記憶に過ぎないが、彼ら彼女らの頑張りを台無しにするようなことは、クロにはできない。


「収穫……?」


「気にすんな。こっちの話だ」


 今のやり取りで、クロが東京を訪れる必要はなくなった。

 多くの情報を短時間で集めた千歳が、彼の幼馴染に辿り着けないはずがない。それでも彼の過去に関する詳細な情報を得られなかったということは、幼馴染の記憶も他の人間と同様に消えてしまっているということなのだろうと推測できる。


(……結局、『神』を見つけ出すしかないってことか)


 過去の自分を知る者は、もう存在しない。だが、それだけで償いから逃れようなどとはクロは思っていなかった。

 優先順位が定まっただけだ。『神』の正体を明らかにできれば、故郷の人々に生じた異変についても、何かわかるかもしれない。

 きっと、解決できるはずだ。

 償えるはずだ。

 そう言い聞かせ、思い込んで、前を向く。


「……逃がさないわよっ!」


 千歳の声が聞こえた直後、唐突に喉を圧迫され、クロは酸素を取り込めなくなった。

 まるで、何かに締め付けられているかのような────


(こ、れは……紐……いや、縄か……?)


 首に手を当てようとすると、ごつごつとした感触を覚えた。どうやら、縄が何重にも巻かれているらしい。

 こんなもの、どこから取り出したのか。

 薄れゆく意識でも、その答えはすぐに出せた。

 魔法だ。

 そう判断すると、クロは両手で縄を掴んだ。


「ふんっ!」


 爪の先から闇を放出し、強引に引きちぎる。生命活動の維持には酸素が必要不可欠ということを改めて実感しながら、千歳の方へと向き直った。


「まさか、魔力を自由に使えたとはな……」


 倒れた自転車には目も向けず、クロは千歳に話しかける。


「そうでなきゃ、自警団なんてやってらんないわよ」


「自警団だかなんだか知らねえけどよ……」


 呼吸を整え、構えた。


「やるってんなら容赦しねえぞ」


 久々の実戦。体の鈍りは否めないが、やるしかない。

 千歳は魔力に目覚めて日が浅いはずだ。油断さえしなければ、遅れを取ることもないだろう。相手の動きに注視しながら魔力を高め、クロはその時を待った。

 睨み合う二人を、緊迫した空気が包む。

 それを破ったのは、どちらでもなかった。


「────ちょっと待ったああああ!」


 同時に動き出そうとした二人の間に、緑の閃光が落下する。

 空気越しに、肌が痺れるような感覚。

 この光は、電気────いや、雷だ。それも、魔力によって構成された。


「誰だ!」


 仲裁するような声が聞こえてきたのは、後方からだ。千歳の動きを警戒しつつ、クロは振り向いて第三者の姿を確認した。

 そこにいたのは、意外な人物。


「さっきぶりだね、クロさん」


「雷貴……?」


 涼しげな短髪を赤紫に染めた青年。バイト先の先輩兼後輩である(みどり)()雷貴が、そこに立っていた。

 どうしてここに、と尋ねようとしたクロだったが、千歳の反応を受けて問いかけを変えることとなる。


「緑間先輩! どうして……」


「……お前ら、知り合いなのか?」


 前後にいる二人の顔を交互に見て、クロは最終的に雷貴へと尋ねた。


「はい。学園の後輩で」


「後輩……」


 クロは二年生。雷貴は一個下の学年。彼女がそれより年下ということは。


「こいつ、中学生かよ……」


「先輩、気をつけてください! そいつは危険です!」


「だから誤解だっつってんだろ!」


「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 二対一の状況を作り出されてしまうのでは、と危惧するクロ。

 だが、雷貴は事を構えようとはしなかった。柔和な雰囲気を保ったまま、間に立って二人を引き離す。


「あれだろ? どうせまた、千歳が大した証拠もなしに言いがかりつけてたんだろ?」


「違いますよ! ちょっと証拠不足なのは否めませんけど……今回は間違いないんです!」


「少しは自重しろって。今まで何回も同じこと言って、色んな人に迷惑かけてきたじゃんか」


「それは……」


 言い淀む千歳。どうやら、彼女の暴走は今回が初めてではないらしい。


「それに、クロさんは悪い人じゃないよ。俺が保障する」


「雷貴……」


 知り合って半年も経っていないはずの自分をそこまで信用してくれている雷貴に、クロは感動すら覚えた。同時に、彼に対して身構えてしまったことを申し訳なく思えている。


「クロさんにそんな度胸あるわけないって」


「おい」


 感動を返せと言わんばかりの、素早いツッコミ。

 雷貴はそれすらも笑って流してみせたが、今の言葉が本心からのものだったのか、それともおどけるつもりで放ったものだったのかまでは、クロには窺い知れなかった。


「でも、そいつは魔力を使えるんですよ! さっき、私の『縄』を切ったのを見ました!」


「そう珍しいことでもないだろ。俺たちみたいな自警団の一員は大体使えるんだし」


「それは、そうですけど……」


「なあ、その自警団、ってなんなんだ?」


「ああ、えっと……最近、魔力絡みの事件や事故が相次いでるでしょ? それを解決するための、有志団体ってところかな」


「……公的なもんじゃあないってことか?」


「まあ、そうなるね。ニュースを見るに、政府も魔力特化の組織を準備してるみたいだけど……いつ動き出すのかわからないから、俺たちみたいに魔力をある程度使えるようになった人間たちで、なんとかしないと」


 事件や事故が増え続けているのは、ひとえに政府の対応が遅いからだ。

 情報収集や法整備に、人員の確保。魔力などという未知の力を受け入れるともなれば、必要になる手続きは多いのだろう。

 だが、ただそれを待っているわけにもいかない。そう考えた人々のうち、魔力の扱いを独学で身につけた者たちを集めた組織が、自警団ということか。


「そうだ! クロさんも魔力が使えるなら、俺たちの自警団に入らない?」


 手を叩き、雷貴が突然そんな提案をした。


「ちょっと先輩……!」


「いいだろ? まだ二人しかいないんだし」


「でも、こいつは別の高校です! 私たちは、『鋭才学園の自警団』なんですよ!」


「そんなん仮称で名乗ってるだけだろ……元々、公的な組織でもないんだし、他校の生徒が入ったって問題ないって。活動範囲を広げられるって考えれば、悪くない話だろ?」


「正式な認可が下りていないからこそ、規則は必要です! 来たるべき時に備えて、少人数である今のうちから規則を用意し、それを徹底するべきです!」


(……どうすっかな)


 意見の対立する二人を他所に、クロは一人考える。

 魔力関連の事件や事故に携われるのであれば、この話に乗るべきかもしれない。その方が、『神』についての情報を得られる可能性は高いだろう。

 だが、公的に認められた組織ではない、というのが懸念点だ。何かあったとき、後ろ盾となる存在がいないというのは、あまりに危険すぎる。


「入るかどうかは置いといて……連絡くれれば、力を貸すよ」


 危険だとしても、力になりたいと思った。

 守れるものがあるのなら。守れる力があるのなら。動かない手はない。


「本当に?」


「ああ。役に立てるかは、わからないけどな」


「助かるよ! ありがとう、クロさん!」


 雷貴はその緑色の瞳を輝かせ、クロの手を握ってぶんぶんと振った。よほど嬉しかったのだろう。

 感謝されて、悪い気はしない。クロはようやく、脱力して自然な笑みを浮かべることができた。


「……私は、認めてませんから」


 二人とは対照的に、苦虫を噛み潰したような顔を見せてから、千歳は踵を返して去っていく。


「あっ、千歳……」


 追いかけようとしたのか雷貴は駆け出したが、一旦立ち止まって振り返った。


「今日は、後輩が迷惑かけてすみませんでした。それじゃ、また」


「ああ、またな」


 頭を下げる雷貴。クロが手を振って返すと、彼は再び千歳の方へ向かって走っていった。


「そういやあいつ、自転車どうした……?」


 そもそも、つい先程別れたばかりの雷貴が、何故再び自身の前に現れたのか。倒れた自転車を起こしながらふと疑問に思ったが、取り立てて深く考えるべきことでもないと思い直し、すぐに霧散させる。


「……よし、大丈夫そうだな」


 自転車に、目立った傷はない。走行に支障が出ることはないだろう。

 そう考えてからサドルに跨がってペダルを漕ぎ始め、クロは今度こそ家路を辿るのだった。

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