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クロと黒歴史  作者: ムツナツキ
第八章『回帰』
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第105話「道化」

(こいつが、助けてくれた、んだよな……?)


 困惑しながらも、クロは状況の整理を試みる。

 周囲に、二人以外の姿は見受けられない。ここまで連行するために先程の謎の現象を引き起こした、という線も考えられるが、それは些か邪推が過ぎるだろう。


「あんたは、いったい何者なんだ?」


「恐らくは、お前と同じだ」


 男性のものと思われる、くぐもった声が聞こえた。

 この声は、どこかで────


「同じ……?」


「もっとも、私の生まれ故郷は、あちらの世界だがな」


「……どこまで俺のことを知ってる」


 クロの故郷は、彼がかつて旅をした、魔法が存在する世界ではない。男の物言いは、その事実を知っていることを暗に示していた。

 クロは後ろに下がり、警戒を強める。


「そんなことよりも、聞くべきことがあるんじゃないのか」


 他に、聞くべきこと。

 はぐらかされた、男の正体か。

 助けてくれた理由か。

 いや、それらよりも気になることは。


「……さっきのは、なんなんだ?」


 崩れゆく世界。

 金縛りにあったかの如く動かない体。

 混濁する思考。

 それらを思い出すだけで、背筋が寒くなった。


「世界そのものによる干渉だ」


「世界?」


 予想だにしない回答を耳にしたことで、クロは訝しむように片眉を上げる。


「あれは、この世界にとって不都合なことが起ころうとしたときに発生する。例を挙げるなら、この世界の秘密に近づいてしまったとき、とかな」


 世界の秘密。

 遊園地にて交戦した相手、(もも)(はら)メイコが思わせぶりに呟いた言葉。動揺を誘うための虚言だとばかり思っていたが、ここにきてまた同じことを耳にするとは。


「なんなんだよ、秘密って」


「ここが、魔力で創られた世界だということだ」


「……どういうことだ?」


「言葉どおりの意味だ。物も、人も。全てが魔力によって再現された、言わば『偽りの世界』」


「人も……?」


 これまで守ってきた人々も。

 短い間ながら、同じ学び舎で勉学に励んだ同級生たちも。

 居場所を作ってくれた、()(ふだ)さえも。

 全てが、幻だったとでも言うのだろうか。


「そ、そんなわけ……」


 信じられない。信じたくもない。

 後ずさりをしつつ、クロは願うように呟く。


「お前も、この世界に違和感を抱き始めていたんじゃないのか?」


「それは……」


 あるはずのものが存在しないのも。自身の罪が世界から忘却されていることも。全て、ここが『偽りの世界』だから、ということか。


「それが本当だとして、なんであんたはそんなこと知ってるんだよ」


「元の世界に戻ろうとした際、私も先程の現象に見舞われた。今の見解は、何度も試行回数を重ねて導き出したものだ」


「……俺も、自分の世界には戻れないのか?」


「別の世界へ繋がるような、空間の裂け目を作ることは可能だ。だが、私同様に『偽りの世界』から妨害を受けるだろうな」


「どうすれば、妨害を受けずに済む」


「先程やって見せたとおりだ。追いつかれないようにするしかない」


「こっちから攻撃できないのか? 魔法とかで」


「『あれ』は凝縮された魔力の集合体だ。生半可な魔法では、消滅させるどころか逆に取り込まれてしまう」


「……大元を叩けばいいんじゃないか?」


「と言うと?」


「魔力……ようは魔法で作られてんなら、それをしでかした奴がいるはずだろ。そいつをとっ捕まえれば、解決するんじゃないのか?」


「それは不可能だ」


 思考する素ぶりを一切見せずに、男が否定する。

 所在を割り出すことが困難なのか、はたまた、二人がかりでも倒すことができない程に高い実力の持ち主なのか。

 彼が言葉にしたのは、そのどちらでもない理由だった。


「この現象を意図的に引き起こした第三者は、存在しない」


「死んだってことか?」


「これは偶然の産物だ。強いて元凶を挙げるとするのであれば……それは、私なのだろうな」


「あんたが……?」


「誤ってあの世界から飛び出してしまったとき、私は願った。『平和な世界で暮らしたい』と。その私の願いが、世界間に存在する膨大な量の魔力に定着し、『偽りの世界』を創り出してしまったのだろう」


「……あんたは今も、それを願ってるのか?」


 クロの問いかけに対し、男は首を横に振る。


「平和は確かに今も望んでいるが……それはこの世界に対してではない。今の私の最大の願いは、元の世界に帰還することだ。」


「なら、どうして……」


「私の願いを宿した魔力は、いつの間にか独自の思考体系を得てしまったらしい。今やこの世界は、迷い人の逃亡を決して許さぬ鳥籠だ」


「鳥籠?」


「願われ、それを叶えることそのものが、この世界を世界として存続させるための唯一の手段なのだろう。肝心の願いを、いかに曲解していたとしても、な……そう考えれば、私たちの脱出を阻むのも納得がいく。確認できる限りでは、私たち二人以外に、外部から来た者は存在しないようだからな」


「俺たちは、もう戻れないのか……?」


「難しいだろうな」


 一つの世界を構築できる程、膨大な魔力。それらによって妨害されているとなれば、一筋縄ではいかないだろう。いや、万に一つも可能性はないかもしれない。


「それでも、帰らないと」


 俯きながら、拳を握りしめる。

 己の贖罪も、友の願いを叶えることも、未だできていない。諦めるわけには、いかなかった。


「お前が望むのであれば、協力してやろう」


「……条件は?」


 クロは目の前の男を敵視こそしていないものの、完全に信用できてはいない。後からあれこれ言われても面倒だと思い、単刀直入にそう尋ねた。


「そうだな……お前は確か、転移魔法陣が記された紙を持っているな。それで手打ちとしよう」


 決戦の地に赴く際、お師匠様から授かった紙のことだろう。男が何故それを知っているのかクロは疑問に思ったが、深く聞こうとは思わなかった。


「……いいけど、今は持ってないぞ。家に置きっぱだ」


 特に躊躇することもなく、そう返す。

 向こうの世界から持ち出した数少ない想い出の品だが、今はなりふり構っていられない。

 それに、想い出はちゃんと、心の中にある。


「問題ない」


 男が指を鳴らすと、二人の間に一枚の紙が出現した。ひらひらと宙を舞うそれを、彼はすかさずその手に掴む。


「確かに受け取った」


 男が触れた瞬間、紙は消滅した。

 どこに収めたと言うのだろうか。気になりはしたが、クロがわざわざ尋ねることはない。


「……あんたはそれで帰れるのか?」


「無理だろうな。だが、調べてみる価値はありそうだ。妨害されることなく世界を越えるための手掛かりが、得られるやもしれん」


「へえ」


「では、早速始めるとしようか」


「も、もう行くのか?」


「何か問題でも?」


「……世話になった人たちに、別れを言いたいんだ」


 前の世界を去るときは、裂け目が突然現れたために急な出立になってしまった。フランやフィーマには最後の言葉を伝えることができたが、お師匠様やケミーといった相手にも、これまでの礼などを改めて伝えたかったのが正直なところだ。

 この世界にも、世話になった人がいる。

 行く当てのない自分を保護してくれた、絵札。転入初日から、何かと気にかけてくれた(たか)(ひさ)。試験勉強の手解きをしてくれた()()。想い出作りに参加してくれたりばら。彼ら彼女らの他にも、多くの人々に助けられてきた。

 少しでも余裕があるのであれば、別れを告げておきたい。何を返せるわけでも、残せるわけでもないだろう。それでも、そうしたいと思ったのだ。

 だが、そんなクロの胸中を知ってか知らずか、男は鼻で笑った。


「何がおかしい」


「何を言い出すかと思えば……いかに強いと言えど、所詮は子供ということか」


「どういう意味だ」


「よく聞け。この世界に存在するのは、人の形をしただけの魔力だ。あれらに心も感情もありはしない」


「そんなことない。作られた存在でも、みんなは確かに生きてた!」


「そう見えるよう、緻密な設定のもとで動いているに過ぎん。お前がどう捉えようと、それが事実だ」


 話は平行線だ。クロ同様に、男も自らの考えを覆すつもりはないらしい。


「どうやら、その甘ったれた性格を矯正する必要がありそうだな」


「……なんだと?」


「今進まないと言うのであれば、金輪際お前には手を貸さん」


「条件は飲んだはずだぜ。他人のもん強奪するつもりかよ」


「好機を活かせぬお前が悪い」


 男は悪びれもせずにそう吐き捨てた。

 その言い分がわからなくもないため、クロは言い返すこともできずに顔を背け、舌打ちする。


「さあ、早く決断しろ」


 クロは答えない。答えられない。


「五、四、三」


 痺れを切らしたらしく、男がカウントダウンを始める。クロにはそれが、冷徹と言える程正確に刻まれているような気がしてならなかった。


「二、一」


 相手の望む答えを言葉にしたくないという思いから、クロは俯いて歯を食いしばる。今にも、二人の交渉が決裂しようとしていた。

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