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最終話【エピローグ1】

「よく頑張ったな、三ヶ月ってとこだ、おめでとう」


 聴診器を置きながら、俺は目の前の夫婦に伝えた。

 二人は、待ち焦がれた吉報に心震わせ、抱き合い、そして涙した。


「ありがとう、サック」

「ありがとう!」

「俺は診ただけさ。しかしお前らも、わざわざこんなド田舎の診療所にまで来るなんて、物好きだな」


 イザムとヒメコ夫妻は、首都ビルガドに住居を構えている。首都(あそこ)ならもっと医療の設備は充実しているし、診療所の数も多い。

 それなのに、労してこんな辺境の診療所に来る理由など……一つくらいしか思いつかない。


「そりゃお前に、まず最初に報告したかったからな!」

 イザムは、当時と変わらない謎の魅力と自信を秘めた笑顔をみせつけてきた。

 勇者してた当時は、この彼のカラ元気に、文字通り何度も勇気づけられたことを思い出した。


「頑張ったな……もう4年前、か」


 俺は、幸せの絶頂にいる夫妻に、再度微笑みかけた。

 勇者時代の無理が祟って、ヒメコの体はもう、妊娠は望めないと思われていた。しかし、奇跡的に新たな命を授かることができたのだ。お世辞無しに俺も、自分自身のことのように嬉しかった。




 四年前。


 魔王は、滅んだ。


 ……というか、気づいたら消失していた。

 魔王の消失とともに、そこにあった魔王城も併せて、全て消え去った。


 俺は荒野のど真ん中で、気を失って倒れていたのだという。

 先にイザムとヒメコが目を覚まし、彼らが俺を見つけ、そして叩き起こしてくれた。


 消えた魔王。そして魔王城。


 驚くべきは、魔王城が消失したことで現れた、新たな大地だ。

 魔王城の後ろには、果てしなく続く荒野があった。地平線が望めて、遥か先に目をやるも、しかし何も見えなかった。


大開拓期(グレートフロンティア)の始まり、か」

 突如現れた広大な土地。当初は、魔王が訳あって封じていたとされ忌避されていたが、1年も満たないうちに、無数の冒険者や、また国家権力が介入し始めた。


 新たに開かれた未開の土地──つまりは、だれの所有物でもない大地なのだ。こぞって人が集まり、我先にと未開の辺境地へ探求に向かうのは自然の流れである。

 

(現れた広大な土地──今まで存在していた土地の、ざっと50万倍の広さを持つ更地だ。今の人類には手に余る。『世界の果て』にたどり着くことすら、不可能だろうな)


 しかしながら、それにともなう小競り合い……で済めば良いが。そんな争いも、最近は激しくなってきたと聞く。

 冒険者同士の争いに加え、他国家間のにらみ合いも続いていた。事が大きくならないことを願うばかりだ。


「この子が大きくなるころには……いざこざは終わっているかしら」

 ヒメコが、新たな命を撫でながら呟いた。イザムは後ろから抱き締め、そして彼女とキスをした。


 未来は、誰にも分からない。

 そして、誰も操作できない。

 されてはいけない。

 してはいけない。


 4年前、オレが心に決めたことでもある。

 未来が明るくとも暗くとも。

 人類(オレたち)は必ず前に進み、そしてそれが道になる。


『コン、コン』


 そんな考えをめぐっていると、軽いノックと共に、診察室(といっても、一軒家の一室を改装したものだが)の扉が開いた。


「……おちゃ、どーぞ!!」

 明るい女性の声が診察室の中に響いた。彼女は、たどたどしい手つきで、お盆に人数分のお茶を汲んできていた。

 診察テーブルに、彼女はお盆をゆっくりと置いた。多少お茶は波打ったが、いずれも零れることはなかった。


「ありがとう、カメリアちゃん。またお手伝い、上手になったわね」

 ヒメコが、カメリアの頭を撫でる。だがカメリアの身長は、既にヒメコの身長を越えていた。ヒメコの身長が小ぶりなこともあるが、しかし、ヒメコに撫でられた彼女はまるで、子供のように照れ、そして喜んだ。


「てへー……ねえねえ、お腹に、あかちゃんいるの?」


 カメリアは、妊婦に興味津々であった。好奇心だけで行動してしまう彼女の心は、まだ幼児レベルだ。


 カメリアは、オレの娘だ。正式な年齢は、今年で15になるはずである。

 第2成長期に一気に身長が延び、同年代の女性よりも身長は高くなった。体つきも大人の女性と遜色なく、そして傍から見れば、非常に美人である(親バカではない)。


 しかし、その体つきに似合わず、喋りや動きは未だ5歳児と変わらない。いや、やっと5歳児レベルに育ってくれた。


 彼女が11歳の時、オレは、彼女の10年分の記憶を抹消させた。苦渋の決断だった。少しでも記憶が残っていれば、それを引き金にトラウマをフラッシュバックする危険性があったのだ。


「……いつか、本当(むかし)のことを話すのか?」

「いや、墓まで持っていく」

 カメリアが淹れたお茶をすすりながらイザムが聞いてきたが、オレは即答した。彼女は今、『カメリア=リンガダルト』という名前で、新たな人生を歩み始めている。


「……ねぇ、カメリアちゃんは私が見ているわ。積もる話もあるでしょうし、お外で話してくれば?」


 イザムとオレは、ヒメコのお言葉に甘え、日が当たるデッキに出た。


 厳しい冬を越し、今は春真っ盛りだ。暖かな日差しが俺たちを迎えてくれた。


「冒険は再開するのか? 新聞に『イザムが復活か?』って記事が出てたぞ」

「馬鹿言え、そんな嘘記事を信じるな。ヒメコのこともあるし、首都で静かに隠居生活さ。お前は?」

「おれも、もう冒険は()()りだ」


 デッキの柵に体重を預け、オレたちは昔話に華を咲かせていた。


 イザムとヒメコは、魔王討伐の名誉と多額の報酬を受け取った。それを元手に、彼らは首都の郊外で静かに暮らしている。


 そして首都の中央広場には一昨年に、『六勇者の像』が設けられた。人類が魔王に打ち勝った記憶として、未来永劫称えられるだろう。


 ……一方オレは、王様曰く『アイサックは追放された身。報酬は与えられぬ!』とのことで、無報酬無名誉のタダ働きとなってしまった。


 銅像からもハブられてる。あの新聞記者(クリエ)の記事で、大々的に『勇者道化師 ベルキッド追放!』として名を馳せてしまったのが不味かったようだ。

 真相を知らない国民が、オレの銅像を建てるのに大反対。結局、国側が折れて『六勇者』になってしまった。


 ……ボッサの裏切りは(ひた)隠しにされ、彼すらも英雄扱いなのに、である。

 あのクソ女神。最後の最後にオレを貶めていきやがった。


 さすがに見かねたイザムが抗議して、報酬については幾分頂戴できた。しかし彼らほどとはいえず、こうやって都心から離れた田舎で、細々と医者をやっている。


 それでも、勇者の時に培ったスキルの一部が使えるため、生活には困窮してない。

 むしろ、このスローライフをエンジョイできている。


「……あ、そうだ忘れてた」

 イザムが、懐から一枚の封書を取り出した。

 封印には見たことのある紋様。

 あのビルガドで世話になった、ジャクレイの家紋だった。


 オレは、なんとなく『嫌な予感』を覚えながら封を開けた。

「……何かの冗談か?」

「いや、マジ話だ」


 封書には、ジャクレイからの簡素なメッセージと、一枚の写真が入っていた。そこには、白いスーツに身を包んだ白髭のオッサンと、よく見知った若い女性──こちらも白い花嫁衣装に身を包み、頬を赤らめている人物が並んでいた。


 長い金髪にぷっくらした唇。凛とした青い瞳が夢見るのは、華やかな新婚生活か。


 笑顔のナツカ=ノワールがそこにいた。


「……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

「正しいリアクションだな」

「ここ4年で一番の衝撃なんだが。ジャクレイとナツカがこんな関係になる未来なんて読める訳ねぇ。それにジャクレイ、4人目の妻だぞ?」

「……リオ総大将は来月、5人目の夫と挙式を上げるらしいぜ」


「……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


 なんなん? 

 この世界を、ジャクレイとリオの姉弟の子孫たちで埋め尽くす気なのか? 

 最後の最後まで、彼らの底無しバイタルには度肝を抜かれる……。



 *******************



 日はまだ高かったが、イザムたちは用事があるとかで、早めに帰路に着いた。

 といっても、時限式の転送装置(ポータルゲート)を使うので、移動の時間など殆ど無いに等しいが。


 なんでも、夕方には防衛大臣との謁見があるとのこと。隠居生活といっても、未だに『元勇者』の肩書きは強く、多くの人たちが彼を頼っている。国の要人からも引っ張りだこで、引退済みといいながらも結構大変らしい。


 最後にそんな愚痴を吐きつつ、彼らは帰っていった。

 イザムが気を許して愚痴を吐いてくれるのは、昔は、幼馴染のオレだけだった。今は、ヒメコという相思相愛のパートナーがいる。

 住まいも離れているし、互いに子供を看るようになれば、イザムと語らう時間も短くなっていくだろう。


(ちょっと、寂しいものだな)

 そんなことを思いながら、彼らが転送装置(ゲート)に消えていくのを見送った。


「さて、と」

 おれは自宅に踵を返し、本日残った家事に従事した。

 部屋の掃除をしようかと箒に手を伸ばすと、


「手伝う!!」

 カメリアが先に手を出し、箒を半ば無理矢理奪い取った。5歳児なりに掃除の真似事を始めたが、振るう箒は如何せん、埃を巻き上げてしまっていた。


 だが俺は、特に叱ることなく。彼女の行動を見守った。自分自身で違和感を覚えてくれるまで黙っていることにした。

 父親のやることを真似したがる年頃で、やり方はめちゃくちゃだ。しかしそこから学べることは非常に多い。


 そんな彼女をぼんやり眺めつつ、診察台のカルテを整理していると、それはやってきた。


『フォン! フォン!』


 オレの頭にだけ響く、不快な警告音。

 4年経っても未だに慣れないものだ。


「……お仕事ですか?」

 だがカメリアは、オレの異変にいち早く気づき、心配そうな顔で見つめてきた。

 この子は普通の子供に比べ、非常に勘が鋭い。体が、昔の感覚を忘れていないのかもしれない。


「ああ……今日もついて来るか?」

「いいの?! うん!」

 するとカメリアは喜び勇んで、大急ぎで箒を片付け、オレの手をとった。


「にへへー」

 へらへらと笑うカメリアに微笑みかけ、

「行くぞ」

 オレは、手をかざして転送術(ゲート)を開いた。


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