最終話 追放勇者、女神をぶん殴る【その8】
まるで時間が止まっているかのように、サックは動かなかった。
その姿を一瞥すると、クリエは魔王に号令をかけた。
「さて、魔王! 残さず食べちゃいなさーい」
クリエの命令に呼応して、魔王が瞬きをした。すると、サックの回りに、あの白い粒子が舞い散り、そして炸裂した。
空間ごと、魔王が対象を捕食する能力だ。動けないサックは為すすべもなく、光の中に消えていった。
そして一際、辺りに静寂が訪れた。
よしよし、と、クリエは球体を撫でていた。まるで飼い猫をあやすように、ひとしきり魔王を撫で回ったのち、彼女はそこから離れ、光るパネルを展開させた。
「やっぱ、作り直しだなー。勇者のシステムは次も採用。見ててオモロいし。それに、苦難を乗り越えたキャラの情報量は段違いで、効率がいいわー」
ふん♪ ふん♪ と、鼻歌交じりに彼女はパネルをタップしていく。すると、そのパネルが突然巨大化した。
魔王の半分ほどの大きさまでに広がったパネルには、大陸全体の地図が表示されていた。
「ほんと、今回は踏んだり蹴ったり……なによ、勇者生存3名って、今までの最低記録じゃん」
ぶつぶつと独り言を吐きながら、彼女はマップを眺めた。赤い点で濃淡が示されており、都市部にそれが集中していたことから、人口分布を表示していると思われる。
「マップは使い回そ……うーん、百年後で設定すると、一週間は掛かるわねー」
また徹夜だわ、などと呟き、彼女は伸びをした。
「と・り・あ・え・ず!」
ほっ、ほっ、と、体をストレッチしつつ、伸びをした手で画面に触れた。すると地図上に、
『魔障気の出力を上げますか? Y/N』
と表示された。
「今生きてる人たちは、一旦ぜーんぶ……補食させちゃお、っと♪」
ストレッチついでに腕をうんと伸ばし、彼女はボタンに触れようとした。
『フォン! フォン!』
そのとき、聞き慣れない音が鳴った。
機械的な音ではあるが、なんとなく不快な感覚を覚えさせる、そんな音だった。
「ポップアップ警告? 一体なん……」
突然の警告音に、彼女は驚き、そして別のパネルを呼び出し覗き込んだ。
──
【ERROR】
対象のキャラは存在しません。
──
「ん?」
エラーが表示されるも、彼女には覚えがなかった。いや、正確には、そんなこと忘れていたのだ。
「あん? なんじゃこりゃ」
クリエは眉を顰めながら、念のためコードを表示してみた。すると、キャラクター機能停止コードで発生したエラーであることがわかった。
「──えっ」
ミシッ。
バキっ。
バキバキッ。
先の警告音とは全く異なる、物理的に何かが壊れる音が聞こえてきた。
モノが破壊されるといっても、そんなもの、暗黒が広がる空間では凡そ限定される。
そう、いまこの場で存在している物体といえば、魔王システムくらいである。
「……!? ちょっと! どういうこと!?」
クリエは、別の光の板を取り出しタップした。そこには魔王のステータスと思しきものが記されていた。
ミシミシと、魔王の球体から異音が鳴り響く。その固い物体は歪み始め、軋んできたことが目に見えて判ってきていた。
「……内部から……干渉されている!?」
クリエが疑いを持った時には、既に手遅れだった。
魔王は、内部から何かしら干渉を受けていたのだ。物理的なものではなく、何者かが、魔王の内側から、魔王のステータスをいじくりまくっていた。
異常なステータス変更を、何回も何回も繰り返され、また、上限を越えた数値を何度も入力されたことから、魔王の球体には、とうとう物理的な亀裂が生じた。
そしてその隙間からから青白い光が一気に漏れ出した。そう思った刹那、
『ばんっっ!!!!!!』
呆気なく、まるで、劣化したゴムボールのように。
黒い球体は、木っ端みじんに爆ぜたのだった。
「うっそ」
「……てめえの好きな『紛い物』じゃなくて残念だったな。これは『現実』だ」
クリエは目を見開き、口を綴じるのを忘れ、ただただ呆けていた。全く想定外の出来事に、頭がついて行っていなかった。
そこには、サックがいた。
前に伸ばした両手は、青白い光を帯びていた。そのポーズのまま、魔王がいた空中から、地面へと落ちていき、そして着地した。
さらに、魔王に吸収されたはずの勇者が二人──英雄の服を着た勇者イザムと、ハイウィッチローブ姿の勇者ヒメコ。
彼らは意識を失っていたが、体には大きなけがは見られず、五体満足の状態で魔王の中から出てきていた。
「おっと、危ねぇ」
自由落下してくる彼らを、サックはとっさに反応して、なんとか受け止めた。大人二人程度であれば、特殊能力が使えなくとも、元々の身体能力が向上しているため問題なく対応できた。
彼は、気を失っているふたりを丁寧に地面に横たえた。呼吸を確認すると、弱弱しくはあるが、しかししっかりと息をしていることが判った。
そしてサックは、改めてクリエが浮いている方向に体を向けた。
「……」
一方クリエは、バラバラに弾けた魔王システムのかけらを、放心状態で見つめていた。
魔王のステータスをもってすれば、サックに勝てる要素など無い。まして、女神ならではのチートを、魔王には付与していたのだ。どんなダメージを受けても、魔王のHPは減らないように設定していた。
なんでこんなことになったのか。
クリエは、すぐには判らなかった。しかし、彼女は一旦、目を瞑り冷静に、現実を受け止め、女神として考えを巡らせた。
「潜在解放……なの?」
道具の限界を引き出す能力だが、使い方を誤ると、限界を超えた道具は壊れ、使い物にならなくなる。
女神が道具師に与えたスキル。
しかし、その力をもって、どうやって魔王を内部から破壊したのか。なぜ魔王のステータスを弄れたのか。
そしてなにより。
何故、『アイサック=ベルキッド』の機能が停止していないのか。
二つの大きな疑問をクリエは抱いたが、そのうち最初のものは、すぐに解決した。
魔王破壊に至った、全ての回答が詰まった一言を、サック自ら口に出したのだった。
「魔王は、女神の道具なんだろ? そして、俺は道具師……それが答えだ」




