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最終話 追放勇者、女神をぶん殴る【その2】

 魔王城の低層階は、想定よりも物静かであった。まるで、何かに招かれているようでもあった。そのため、4層まで特に大きな戦闘なく、降りることができた。

 しかし、第5層からの敵の攻撃は熾烈を極めた。

 いつの間にか、城のつくりも変わっていた。魔王城の入り口付近は石壁と石畳で造られ、文字通りの『城』だったのだが、奥に進むにつれてそれらが土壁に変貌し、そして今の第5層は、石や鉱物のような無機質なものではない。紫色を基調としたそれらは、おどろおどろしい肉の壁に例えることができた。


「雑魚は……引っ込んでろ!」

 サックは、本来は神手『ニア=マイア』が扱うはずであった巨大斧『ムーンエクリプス』を、軽々と振るっていた。切先の鋭さは随一で、また、全体に帯びる光と闇の属性効果も相まって、刃先に触れたグレーターデーモンの体は易々と上下に分断された。


 群れを成して襲ってきたヘルハウンドが、一斉に口から地獄の業火を噴き出すも、彼は臆することなく、左手に構えた『羅刹芭蕉扇』を一仰ぎした。すると扇から、凍てつく氷雪が巻き起こり、ヘルハウンドの群れは、噴き出した炎とともに氷塊へと姿を変えた。


 敵の後方から放たれた闇属性の攻撃は、広げた『天下泰平』が光のバリアを展開させ弾き返した。しかしその攻撃を囮とし、地面からデスシャドウが湧き出てきた。ちょうど光のバリアを抜けた場所に現れ、サックは不意打ちを受けた格好となった。

 が、彼はそれにも冷静に対処した。デスシャドウの直接攻撃は、『韋駄天足』で速度が極限まで高まっているサックにとっては避けるのは容易だった。そして、彼は天下泰平で撫でるように影を仰ぐと、扇の持つ浄化効果が発現し、影で構成されているデスシャドウの体は崩壊ののち、光の中に消滅した。


「……すごい」

 クリエが息をのんだ。彼女の出番は、文字通り皆無だった。『精霊鷲のフルーレ』はサックに修理とメンテをしてもらい、かつ、潜在解放(ウェイクアップ)による強化も施されていた。しかしながら、サックの一騎当千の快進撃によって、こちらの武器の活躍の場面はなさそうだ。


「武器が凄いだけさ。俺の力じゃない」

「それでも、貴方ではないと……道具師(アイテムマスター)だからこそ出来る業です、アイサック様」

「……惚れたか?」

「いえ別に」

 すこし食い気味にクリエは否定した。




「既に、魔王の体の中みたいです」

「だな……」

 ぶよぶよとした壁に嫌悪感を抱くクリエ。壁伝いにあるこうにも、手を添えるのも憚れる。

 そして奥に進むと、さらに濃さを増したのが魔瘴気だった。サックたちは事前に、魔瘴気用の耐性薬を服用していたため、命を奪われるようなことは無かった。しかし、空気に含まれる魔瘴気が体にまとわりつく感覚があり、皮膚がピリ付いた。


「……」

「サックさん?」

 サックが足を止めた。そして、壁の一点をじっと見つめていた。肉壁は相変わらず脈打ち、謎の粘液で湿っていたが、彼はそこから、他とは明らかに異なる雰囲気を感じた。


「……ここか」

「何もありませんよ?」

「オレには視えるんだよ。ここに道がある」

 サックはムーンエクリプスを振りかざし、壁に向かって叩きつけた。すると、壁が二つに切り裂かれ、道が現れた。


「イザムたちが通った道……ではないな」

「隠し扉、というものでしょうか。ほら、盗賊や鑑定スキルで見られる抜け道的な。ショートカットかもしれません」

「……なるほど」


 これを使えば、イザムたちに追いつけるかもしれない。

 サックは深層鑑定で中を覗いたが、そこはただただ、深淵が広がっていた。十分な鑑定はできないが、奥に何かがあることが直感的にわかった。


「もう、戻れないかもしれないぜ」

「でも、魔王を倒せば戻れますよ。記事にするまで私は死ねません」


 サックは、「まったく……」といった表情をするも、すぐに闇を見据え、その足で中に入っていった。クリエも、臆することなくついていった。


 そこは足音すらしない。光も音も吸い込まれているような暗闇だった。




「まずいな……」

 奥に進むごとに、サックに内心、焦りが生まれた。

(……武器庫(ストレージ)に繋がらない)

 道具を取り出そうとしたところ、武器庫にアクセスができなくなっていたのだ。過去に、呪文が封じられるダンジョンがあったが、それによく似た現象だ。

 別空間に繋がる特技が封じされた、ということは、それはすなわち、脱出術(エスケープ)も使えないということだ。


(退路は断たれた、ってか)

「……」

 クリエは黙って、彼について行っていた。サックは、脱出術が使えなくなっている事実を、彼女に伝えるべきか悩んでいると、ふと、何か『白い粉雪』のようなものが、ふわりと舞っているのが見えた。


「……?」

 かなり目を凝らさないと見えないほどの小さな粒だった。雪にも、埃にも見える。それは一粒だけ、ゆらゆらとサックとクリエの間に浮いていた。


「? サック、どうしま──」

「──! 離れろっ!」

 ドンっ、サックは言葉と同時に、クリエを押しのけた。


 すると、その場が一瞬白くなった。眩しく輝く光の球体が突如現れ、そしてすぐに消えた。謎の球の大きさは大人ひとりぶん程度の大きさだっただろうか。一瞬であったため正確には解らない。


「……痛っつつつ……。いきなり何ですかサックさん!」

「……」

「ちょっと、なんか言い訳くらい……え」

 派手に尻もちをついたクリエがサックに食って掛かろうとするも、それは目の前の現実によって遮られた。

 消えた白い球体は、その形に沿って、サックとクリエが立っていた場所の床(らしき場所)を抉っていた。お碗状に地面が綺麗に『消えていた』のだ。


「え」

 そしてクリエは、自分の愛用する武器『精霊鷲のフルーレ』を見て、再度唖然とした。先ほどの球体に刀身が触れてしまったため、地面と同じように刃の部分が消失していたのだ。


「やべぇな、こいつは」

「サックさん! 斧が!」

 同じくして、サックが背負っていた『ムーンエクリプス』も、球体の攻撃の餌食になっていた。クリエを押し退けた際に自分も十分に逃げることができず、斧の刃の一部が球体に接し、結果、カーブ状に削られてしまった。


(攻撃が、理解できなかった)

 サックの能力をもってすれば、一般的な攻撃の属性や、スタイル、タイプや、弱点などの鑑定を行うことができる。しかし、先ほどの現象(攻撃かどうかも不明)については、鑑定が出来なかった。それは、単に間に合わないのではない。


 サックにすら『解らなかった』のだ。彼の身体中から冷や汗が噴き出た。

 クリエは攻撃に戦慄し、腰を抜かしていた。


(避け切れるか?)

 白い粒が、現象の起点であることは間違いない。しかし、このだだっ広い空間で、粉雪ほどの粒を見極めるのは至難の業だ。


「……来るっ!」

「ひいっ!」

 小さな白い粒が、サックの目前に落ちてきていたのが見えた。サックは『韋駄天足』の力をフルで発揮させ距離を取った。が、

「……最悪だっ!!」

 サックが避けた側にも、その粒が舞っていた。しかも一つや二つではなかったのだ。


 ポンッ、ポンッ、ポンッ。


 小さな炸裂音とは裏腹に、当たれば瞬時に全てが消し飛ぶ攻撃。それがサックの周囲で連続して発生した。


「うおおおっ!」


 白い球体が現れ、消えていく。『韋駄天足』の超回避効果を全力で発揮させたサックは、その爆発の僅かな隙間を見極め、飛び込んだ。


 一時の静けさが訪れた。


 床は多量のクレーターが出来上がっていた。サックはそれらの間にできた僅かな空間に滑り込み、なんとか窮地を脱することができた。


「サックさん!」

「クリエ、無事かっ!」

「は、はい、サックさんだけ狙われていたみたいで……あ……ああ……」


 サックに駆け寄ったクリエの顔が歪んだ。彼女は、サックの背後から迫る恐怖に、ただただ怯えていた。

 まるでこの世の終わりを見たような表情をし、膝は震え、そのまま再度、力なく腰を落として座り込んでしまった。


 サックにも、その理由が何かは分かっていた。背後から今まで受けたことのない雰囲気を感じ取っていたのだ。

 先ほどの決死の回避行動で、嫌というほど体は温まったが、今は背筋が凍る思いである。


 彼は意を決して振り向いた。

 サックの鑑定眼には否応なく表示される、その恐怖の正体。

 初めて対峙する筈なのに、彼の目にははっきりと、それの正体が映し出されていた。



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