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第9話 追放勇者、ケジメを付ける【その10】


 不発だった。

 大陸を包み込もうとした光柱は、突然勢いが衰え、逆再生の如く消えていった。


「なぜ……だ……」

 決死の覚悟で。命を懸けて組んだ、一世一代の大術式。

 ボッサが敷いた軌跡を、光柱で編んだ巨大な円環がたどるはずだった。


「何が……おこった……」

 ボッサの顔は、先ほどまでとは大違いだった。一気に頬は痩せこけ、髪の毛は真っ白になっていた。『すべての力を注ぎ込んだ』といった表現が適切だろう。サックに向けたその顔は、何か教えを懇願しているように見えた。


「俺はお願いしただけ。術式(これ)を止めたのは……」

 サックは、ボッサが聞きたいことを瞬時に理解し、そして、彼にとって酷なことを告げた。

 遠くを指差すサック。方角で言えば南南西。

 ……そう、彼女が逃げた方向だ。


「クリエ。アイツに全部任せた」


 サックは最初から、ボッサが大浄化術式(イア=ナティカ)の完成を目論んでいることを知っていた。だからサックはクリエに、事前に『とある薬瓶』を渡していた。そして、彼女にこう伝えていた。


 ────


「俺がボッサを深層鑑定して、術式の交点を見つける。陣は交点を潰されると効果を失うはずだ」

「逃げるふりをして、この薬を撒けば良いのですね」

「開封注意な。結構な『劇薬』だ」


 ────


「街のバザーで原材料を探すの、大変だったんだぜ?」

 強大な光の力すら漏らさず吸収する物質──『暗黒物質ダークマター』を、サックは事前に調合させていた。

 光の道筋に撒かれたダークマターは、繋がるはずの光を完全に退け、暗黒空間を一時的に作り出した。繋がるべき道筋は途絶え、結果、術式は未完成のまま崩壊したのだった。


「……新聞屋……そうですか……」

 大きな肩をすぼめ、彼は俯いた。長身の体がここまで小さく見えるのか。気持ちで人間の大きさが変わることは無いが、取り巻く雰囲気がそう見せていた。


「終わったんだよ、ボッサ」

 サックは、ボッサに歩み寄った。しかし彼の足取りも覚束ない。フラフラと体を揺らしながら、立っているものやっとといった風貌であった。


(ヤク)が切れた。体中から激痛が『こんにちは』し始めたな)

 招かざる痛覚に耐えながら、サックは時折、左手に持つ『幻竜の小太刀』を杖のように使い、体重を預けながら向かっていた。

 だがサックが到着する前に、ボッサは仰向けで倒れ込んだ。


「! ボッサっ!」

 軋む体を鞭打ち、急いでサックが駆け寄った。そして彼の現状を、サックは改めて認識した。

「ボッサ……やっぱお前も『限界越え』したのか」

 ボッサの表皮は砂漠のように乾燥し、既に一部は崩壊が始まっていた。


 力の限界を超えた際に、サックの右手を奪ったあの症状と全く同じだ。

 槍以外での攻撃──例えば、精神魔法や聖属性の霊撃など──を、ボッサが使わなかった理由は此処にある。スキルを使うと体に激痛が走り、崩壊が加速するため『使えなかった』。


「貴方の右手も……同じなんでしょうね」

「ああ。女神から貰った能力を使いすぎると、こうなるらしいな」

 ボッサの意識はまだ残っていた。空を仰いだ彼の目は、サックを見ず、ただただ、曇天の空を望んでいた。


「私の負けです、サック」

「勝ち負け関係ねぇ。ただただ、後味は最悪だ」

「同感です」

 朽ち始めた体を横たえたボッサと、剣を杖代わりに体を支えているサック。

 彼らはやっと、対等な関係で世間話を始めることができた。勇者現役時代に、野営の焚火を囲って語らった、あの時のように。


「私は死を恐れず、女神への復讐を試みたが……死を覚悟した貴方の力に、それは折られました」

「語弊があるぜ、ボッサ。俺はそれっぽっちも、死にたいと思ってない」

 サックの言葉を聴いて、ボッサは気が付いた。「あぁ、そうか」と独白し、彼はサックとの会話をつづけた。


「死への覚悟より、生への執着が勝った、のかもしれません、あのイチホのように」

「あいつと同じにされるの不本意なんだけど?」

「イザムと貴方は、常に生きる道筋を見据えていた。それが貴方達の力の源だった」

「……冗談を。2回ほど人生諦めたんだぜ? 俺」

 サックが、僅かに笑いながらボッサに返した。するとボッサもつられて、口角を上げた。しかし乾燥しきった表皮は、口が動くたびにポロポロと欠けていく。


「現に、『英傑の霊薬』を使ってもなお、生きるという一縷の望みを捨ててない」

「なんだ、知っ(ネタバレ)てたのか」


 サックは、ボッサと対面する前にとある霊薬を服用していた。『英傑の霊薬』と名づけられたそれは、全ステータスを倍増させ、様々な属性防御を付与。さらにデバフスキルを一時的に打ち消す効果がある。だがしかし、其れには大きな代償を伴う。薬効が切れると、使用者は──命を落とす。


「飲んだ後にさ、親友に言われたんだ。『絶対戻ってこい』って。……訳アリの子供を養う必要もできた。だから、死ねなくなった」

「それが、今のあなたの力なのでしょう」


「参ったぜ。薬で死ぬこと決定してるのに、生きろだなんてね……だから決めた。『絶対に諦めねぇ』って。万に一つの確率で、薬の副作用が出ない可能性に賭けるさ」

道具師(アイテムマスター)の道具に、自ら欠陥を求めますか」

「まあね、其れしか、今は『道』がない」

 サックも自然と笑みをこぼしていた。と同時に、彼の頬にもヒビが入り始めた。彼も、体全体の崩壊が始まりかけていたのだ。


「……くっそ! 崩れ始めた……俺は未だ、死ねねぇのによ!」

 左手で崩れた個所を抑え、必死に崩壊から抗い始めた。自ら調合した薬効と、能力の限界の相乗効果によるためか、ボッサの動きより崩壊が早かった。


(そうか、私は数ある『道』の果てが、全て絶望であることが見えて、進むのを諦めた。しかしサック……貴方はこんな絶望的な状況で、目の前の道ではなく『新たに道を造ろう』としている……)


 しかしながら現状、彼らの崩壊を停める手筈は思いつかなかった。そんな簡単な事情ではない。だが……。


「……アリンショアには、悪いことをしました。自分のワガママで、縛りつけてしまった」

 ボッサがぼそりと呟いた。死してなお『道具』として扱ってしまっていたことを、彼は心の底から悔やんだ。謝罪も何もできないまま、彼女は逝ってしまった。

「……ったく。向こうに着いたら、しっかり謝っておけよ……尤も、こればかりは、俺も一緒に頭を下げに行く事になるかも……くっ、足にまで来やがった……」


 サックの膝がガタガタと震え始めた。自分の体重を支える事すらままならなくなっていた。顔は苦痛で歪み、しかし汗は出ない。乾燥した皮膚は汗を出す機能を失っていた。


「サック、責任、取ってくださいね」

 ボッサが立ち上がった。動くたびに表皮がひび割れがさらに広がるが、そんなことも顧みず、そのまま右手をサックに向けた。すると刹那、ボッサの手に強い光が集約した。真っ白い光は暖かく、そして、周囲を激しく、眩しいくらいに照らした。


「ボッサ! 何を!」

「責任とってくださいね。この世界、魔王に食われるわけにはいかないのでしょ?」


 サックの職業柄、彼の鑑定目はその光さえも即座に鑑定していた。それは、生きるための力の集合体──生命力の塊だった。


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