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第9話 追放勇者、ケジメを付ける【その7】

 北風が強くなってきた。空はいつの間にか黒い雲が覆っていた。気温は急激に下がり、これから夜にかけてはさらに冷え込むだろう。天候によっては雪が降り積もるかもしれない。


 この体の冷えは、外気のためか。それとも、真実を知ってしまったがためか。


「勇者(オレたち)の冒険は……負けてもよかったってわけか」

 サックの投げかけた言葉に、ボッサはただ頷いた。

「我々は、魔王に打ち勝つべく集められたのではない。勝ち負けなど関係なく、勇者の素質を持たせたものを、魔王に食わせる。それで魔王は、また永い眠りに入ります」


 サックは元々、女神への復讐……顔面一発ぶん殴るつもりで戻ってきたのだが、ボッサの語る真実を聞いて、女神は、自分の想定を遥かに超えた企みを企てていたことに驚かされた。


「なるほどな、女神を殴らなきゃいけない理由が、さらに増えた」

「なら私と同じですね、貴方も女神へ復讐を……」

「違うぜ、ボッサ。俺は、世界の再構築なんぞ望んでない。俺は女神(ヤツ)を一発なぐりたいだけだ」

 サックは否定した。ボッサの思いはサックには理解できなかったのだ。そしてボッサも、サックの思いを理解できなかった。


「女神の作った理(ルール)を変えるのですよ、私は。そんな、些細な復讐とはスケールが違う」

「神様にでもなるつもりか?」

「勇者なら、その能力も、素質も、資格も、私は有ると思ってます」

「そんな神様ごっこ遊びに、他人を巻き込むんじゃねぇよ」

 サックとボッサの話は再度、平行線をたどることになった。


「残念です、アイサック」

 ボッサは改めて槍を構え、サックに切先を向けた。

「残念だ、ボッサ」

 サックも左手を持ち上げ、切先をボッサに向けた。


 ボッサが、付き出していたストームシーカーを横に動かした。その動向に気を取られたサックは、彼女の動向に対して半歩ほど出遅れた。


 ボッサより先に、アリンショアが突貫してきた。


「……こんのっ!」

 真横から突っ込んできたアリンショアを避けんと、サックは体を大きく捻り、横に逸れた。

 しかし、その回避運動は彼女に読まれていた。アリンショアも猫のように体を捻り、一瞬のうちにサックの目の前に迫った。双剣が高速で振り下ろされる。

 だがサックも、不安定な体勢ながらも、刃を失った剣を構えていた。防御特化の短剣であるマインゴーシュの、残された丸い鍔を巧みに使い、またしてもアリンショアの攻撃を受け流した。


(偶然ではない……あの体で、アリンショアの攻撃を弾いている)


 ボッサが改めて、信じられないといった表情を見せた。追放されたときの彼の容態を、誰よりも知っている。魔瘴気に蝕まれた体が、あそこまで動けるとは思えなかった。


(アイサックめ、何か使った(・・・・・)な……!)

 道具師(アイテムマスター)はあらゆる薬の調合も可能である。回復薬はもちろん、属性防御薬や、ステータス増強アイテムも調合可能だ。さらに、アイテム効果を何倍にも増強させることもできる。

 さしずめ、強力なステータス強化薬を事前に服用していたのだろう。


 だが、サックが防御一辺倒なことには変わらなかった。

 アリンショアの攻撃が激しすぎて攻め倦(あぐ)ねているのか、それとも、何かを企んでいるのか。


「時間が惜しい。これで決めましょう」

 ボッサが槍を深く構え、強く突き出した。すると槍から強烈な風と雷が発生し、地面を走った。その攻撃と同時に、アリンショアがタイミングよく避け、射線上には、サックだけになっていた。


「やべっ……」

 とうとう、ストームシーカーの攻撃を真正面から受ける羽目になったサック。身をかがめ、強烈な嵐を耐え忍ぼうと身構えたが、しかし、その行動も、ボッサの狙い通りだった。

 嵐に身を巻かれ、実質的に、サックは身動きが取れなくなった。そしてその嵐がサックに大きな隙を作った。


 アリンショアが嵐に乗って飛び掛かっていた。そして彼女の『幻竜の小太刀』がサックの脇腹を突き抜け、体を貫通した。


 嵐は、静かに過ぎ去った。


 サックの体を突き抜けた刀身を目視した。剣先はサックの血液で濡れていた。

 生ける屍となっても、アリンショアの強さは健在──衰えることはなかった。彼女はゆっくりと小太刀を抜いた。ボタボタと、サックの体からドス黒い血が零れた。


(……終わりましたね)

 ボッサは呟いた。が、彼はサックの『しぶとさ』を忘れていた。


 刹那、サックが動いた。体には穴が空いており、出血も激しかったはずなのだが、彼は残った左手で、力強く、しっかりと、アリンショアの右手を掴んだ。そのため、アリンショアはその場から動けなかった。


「よう、アリンショア、やっと話せたな」

 彼は笑っていた。吐血を拭うことせず、優しい笑顔でアリンショアに語り掛けた。だが、既に死んでいる彼女は、何も返答しなかった。

「だよな……いま助けてやるからな」

「! サック、貴方は何を!」

 サックが、アリンショアを握る手にさらに力を込めた。青白い光が、アリンショアを包む。その光は、本来は『道具』にしか付与されないものだ。


「潜在解放(ウェイクアップ)!!」


 サックは、アリンショアに潜在解放を行った。すると彼女は全体を青白い光に包まれ、そのまま立ち尽くした。


「あ、アリンショアっ!」

 ボッサ叫ぶ。サックが取った行動の意味も分からない。そして今現状、彼女の身に降りかかっている事が理解できていなかった。


「ゆっくり昔語りでもしたかったなぁ。猫舌」

 サックは、現役時代にアリンショアを揶揄していた時の呼び方で語った。


「猫舌のくせに、揚げ物(フリア)大好物だったな……そうだ、港町ブロクダートに、旨い揚げ物(フリア)を出す店を見つけたんだ。今度一緒に……」


「……ころ……」

 アリンショアの口が動いた。僅かに、彼女は言葉を発したのだ。しかし、その内容は、あまり喜ばしいものではなかった。


「……ころ……して……アイサック……」


「……だよな、つらいよな、ごめんな……いま、解放してやる」

 サックは今度は、ゆっくりと彼女の顔に手をかざした。


 青白い光に包まれていた彼女の体は、サックの合図に併せて、ゆっくりと崩れていった。


(……あ)

 崩れる腕、礫塊と化す胴体。

 彼女が最後に動かした唇は、最期にこう語っていた。

(……ありがとう……)


 アリンショアの最期の声は、確かにサックの耳に届いた。



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