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第9話 追放勇者、ケジメを付ける【その6】

 嵐を運ぶもの(ストームシーカー)の一凪ぎは、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。


「きゃぁ!!!」

 小型の暴風雨が目の前に召喚されるようなものだ。普通の人間なら一溜りもない。クリエも巻き込まれそうになるところを必死に耐えていた。


「クリエ、近づきすぎだ! 巻き込まれる!」

 体重の軽い彼女である。強風に煽られ、そのまま地面に叩きつけられることも有りうる。

 サックは地面にしっかり足を付け、踏ん張っていた。マントを体に巻き付け、風からの抵抗を極力小さくしていた。


あの男(アイサック)、風すら避けているのか……?)

 その姿をみたボッサの感想だ。しかし、そうだとしても問題はない。あくまでも嵐を運ぶもの(ストームシーカー)による攻撃は、牽制だ。

 アリンショアが、再度サックに飛びかかった。嵐に巻き込まれて自由が効かないサックは、それでも無理矢理に体勢を整え、身構えた。


「……『魂壊』」

「げっ」

 先ほどとは異なる業だ。『七輝』の連続攻撃とは異なり、重い一撃を与えて相手の外装と防具の破壊、稀に即死効果を重ねる業である。

 サックはマインゴーシュを構え、受け流しを試みた。しかし、この業はダメージ効果よりも、防具……もとい、ガード武器を破壊する効果が大きい。

 そしてサックは、この攻撃の受け流しを失敗した。

 なんとかマインゴーシュで攻撃を受け止めたものの、アリンショアの小柄な体からとは思えないレベルの重い攻撃が、サックの体を激しく揺すり、そして吹き飛ばした。


「うおっ!!」

 彼は、崩れたレンガの山に、背中から突っ込んだ。ガラガラという無機質な音とともに、砂埃が舞った。

「……いてえ。病み上がり無理させんな」

 しかしサックは、直ぐにがれきから現れた。アリンショアの攻撃は、マインゴーシュの刃の部分で受けていたため、刀身は根元付近から折れてしまっていた。

潜在解放(ウェイクアップ)している武器を破壊するか……流石だな、アリンショア)


 しかし、彼は未だに大きなダメージを受けていなかった。

「……アイサック。目的は一緒、手を組みませんか」

 なかなか決定打を与えられないためか。ボッサがサックに対して停戦を求めてきた。

「なーにが、『目的は一緒』だ。冗談は寝てから言え」

 サックはそれを拒否した。バンバン、と体についた砂を叩きながら、あらためてボッサを睨みつけた。


「一緒ですよ」

 ボッサは話す。

「……どういうことだ」

 睨んでいたサックの眼が、懐疑の眼差しに変わった。ボッサが狂った原因を、サックは知らない。その原因が『理由』であれば、聞いておく必要はある。


 ボッサは、両手を広げた。それはまるで、全世界を包み込み、抱かんとしているようだった。

「この世界の真実を知りました。あなたも、気づいたのでは?」

「……なにを言っている?」

「そのままの意味ですよ」


 そんな会話の間、ずっとアリンショアは突っ立ったままだった。やはり彼女は自分自身の意志を持っていない。具体的には、ボッサの意思によって動かされている。サックの予想通りだった。


「あいたたた……」

 すると、ガラガラと瓦礫の中から、クリエが現れた。結局、彼女は暴風に巻き込まれ、吹き飛ばされていたのだった。幸運にも大したケガは無いようだが、嵐に揉まれた彼女の髪はボサボサで、服も乱れていた。


「クリエ! 退け! 南南西の方角!」

 サックは、クリエに後退を指示した。勇者二人の攻撃を耐え忍ぶのには、自分ひとりだけで手一杯だった。

「くっ……はい! お言葉に甘えて!」

 現状を鑑みると、クリエは完全に足手まといと言えた。彼女自身も、それを十分すぎるほど体験した。

 クリエは背中から青く光り輝く羽を作り出し羽ばたいた。脱兎のごとく、その場から逃げ出した。


「……」

 ボッサは、飛んで逃げる彼女の姿を見ていた。そして、ゆっくりと槍を構え、握る手に力を込めた。が、彼は、迎撃はしなかった。


「まあ、良いでしょう。わたしの思い違いでしたね」

 一旦彼は槍を下ろし、改めてサックに向いた。


「サック、人は祝福が必要です。この世界の人間は皆、魔王に吸収される運命なのです」

 魔王は人の絶望を食らう。だから魔王は魔物を使役し、人間を襲う。それは周知の事実である。童話として、子供たちにも教え伝えていることだ。


「それを防ぐための、俺たち勇者じゃないのか」

 サックの言ったことは尤もだ。そのために、女神は勇者の器を選抜し、能力を授けた。普通の人間には過ぎた能力だ。

 しかし、そのサックの回答に、ボッサは頭を振った。広げた両手を下ろしたボッサの眉間の皺は、さらに深くなっていた。サックへの怒りではない、何か他のものへの怒りに見えた。


「サック、何故、過去の勇者の伝承がないのですか。数百年前とも言われている、魔王と勇者の戦いの記録が一つも残っていない」

 ピクッ、と、サックの眉が動いた。ボッサの考えが、サックにも理解できた。

「ああ、それは思っている。余りに記録が少ない」

「私は福音奏者(エバンジェリスト)として、女神の声を授かっていたが……彼女の、何気ない呟きが聞こえてしまったのだよ」

 彼女とは、女神の事だろう。


「つまりはあれか。女神の独り言を聞いたってのが、この騒動の一番の理由か」

 サックは再度、ボッサを睨んだ。常に冷静沈着な彼を、凶行に駆り立てた女神の一言とは一体何だったのか。


 それは、特に焦らされることなく、呆気なく彼の口から発せられた。


「勇者は、魔王にとってご馳走なのだそうで。いわば魔王が喰らうデザートだ。真の勇者ほどその味は甘美となる」

「……お、おい。それって」


「私たち勇者は……女神が選んだ、魔王への生贄なのですよ」


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