表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/69

第8話 追放勇者、対峙する【その2】

 彼女は既に死んでいた。鼻や耳はそげ落ちて、皮膚は乾燥し、喉は潰され、内蔵は傷み始めていた。

 五感のうち唯一、目だけは見えるよう残した。復讐の対象が、もがき苦しみ命を落とす様を目と心に焼き付けるために。

 耳と口については、精神に作用し心を読む術を会得できたため不要だった。さらに勇者の装備品である『福音奏者のマント』の強大なサポートも重なり、彼女は声を発せずとも、相手に言葉を届け、聞き耳を立てずとも、心の声を聞くことができた。


 サックにとってそれは、厄介きわまりなく、また好機でもあった。

 心を読まれるということであれば、練った策も筒抜けになり使い物にならない。

 だが先ほどまでの会話で、サックは、とある確信を持っていた。


(イチホの読心は、ほんの表層しか読めていない)


 実際、表に出した激しい感情──サザンカたちへの呼びかけなどは、スラスラと心を読まれたものの、その陰で考えていた作戦については全く触れられなかった。

 耳、鼻、触覚より優先して、眼だけを残したイチホ=イーガスが相手だからこそ、サックの打開策は、気が付かれずに事を進めることができたのだ。


 サックは潜在解放(ウェイクアップ)を使い、自身を吊るす『鉄の鎖』から【炎属性】を引き出していた。

 手に巻かれた鉄製の鎖。これも、紛れもなく『道具』である。道具に分類されていれば、道具師(アイテムマスター)は意のままに潜在解放(ウェイクアップ)を行うことができる。

 赤熱した鎖は、サックが押し付けた薬草を燻し、多量の煙を発生させた。さらにサックは回復の液体(ポーション)の蓋を鬱血した手で開け、鎖に振りかけた。『じゅううううう……』と薬液が蒸発する音に併せ、焼けた薬草と混ざった特異な臭いを伴い、蒸気を部屋に拡散させた。


 物音が聞こえ、臭いを感じられていれば、サックの異常行動はすぐに見破られていただろう。

 しかし耳と鼻は死に絶え、目の視野も狭く、さらに部屋には既に御香の煙も充満し、また薄暗かったことも災いした。

 イチホは、サザンカに異変が現れるまで気が付かなかった。


(種類? 調合割合? そんなもの適当だ……なんせ、何の薬か性格に判らないからな!!)

 最低最悪でも、御香の効果を薄められれば良い。

 サックはそう考え、正に、手あたり次第の薬を鉄で焼いていたのだ。もちろん全ての薬に対して、潜在解放(ウェイクアップ)を施し、【状態異常回復】を引き出すことができるものを中心に、である。

 しかし、彼が奮闘すればするほど、サックの両の手は、鉄で焼けていく。薬効のある蒸気に混ざって、人間の皮膚が焦げる臭いも漂っていた。


『なんだ! 何が燃えているのだ!!』


 サザンカの催眠が解け始めたことで、イチホは、いまこの部屋で起こっている異常に気が付き始めた。音も臭いも感じないイチホは、やっと、サックを吊るす鎖を凝視し、それが赤く焼けていることに気が付いたのだ。


『薬草だと……! どこに隠していた!!』


 しかしイチホの質問などお構いなしに、サックはさらに薬を焼き続けた。

 部屋に満たされた香炉の匂いを薄め、打ち消さんと、よりもっと濃厚な、治療につながる薬の臭いを充満させようとした。


「……ぐぅっ!」

 だが、赤熱した鎖は、サックの腕をさらに焼きつづけた。サックの体から脂汗が吹き出る。


『やめろ! おい! 忍者! やつを殺せ!』


 サックの命を弄び、壁に飾り付けるつもりだったが気が変わったのだろう。イチホはサザンカに命じた。念話によってサックの心に響くイチホの声は、明らかな焦りを見せていた。


「えあ……あ……」

 しかし、サザンカは命令に従わず動かなかった。虚ろだった目は、今は大きく見開き、うわ言のような声を出していた。

 じゅうじゅうと、薬草を焼く臭いに合わせて、肉の焦げる臭いも充満していたそれを、サザンカは一点に見つめていた。


『なんだ貴様は! どこからその草を!』

「サザンカっ!! 意識をとりもどせっ!!」


 サックはイチホの質問なぞ無視し、サザンカに再度呼びかけた。

 このサックの『急造策』の出所を、イチホに説明する義務など無いのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ