第5話 追放勇者、交際する【その2】
詰所の外に出たサックとジャクレイは、ただ唖然として固まってしまった。
シャン……シャン……。
忍者姉妹の妹──ヒマワリが、昨晩と同じ黒装束を纏い、三段重ねの鈴の輪を棒に刺した特異なベルを鳴らし歩いていた。黒頭巾のマスク部分は外れており、顔を出していたが、彼女の顔は非常に複雑な感情にまみれていた。
そして問題なのは、姉のくのいち、サザンカだ。
後ろ襟をうなじから背中にかけて大きく開けるように着付けられた、赤と白を基調とした着物。もともとスタイルは抜群な彼女の、妖艶な魅力をさらに引き出す様相だ。
頭部は、こちらも特徴的な、真っ白い大きな袋状の布で覆われていた。フードのようにそれをかぶり、かつ俯いていたため、サザンカの表情ははっきりと伺うことができなかったが、ちらちらと見える顔は微笑んでいるようであった。頬もほんのり赤らんでいる。
サックは、その着物の意味を知っていた。過去にバザーの装備品を鑑定していた際に見たことがある。この格好は、忍者の里がある国特有の──婚姻装束だ。
「なんじゃありゃ、なあサック、オレは何を見せられてるんだ」
知るか。
サックも何が起こっているのか判らなかった。これは、サックを油断させるための作戦なのか。それとも別の意図があるのか。
シャン……シャン……。
そんな心配をよそに、忍者姉妹は詰所正面の街道を練り歩き、とうとうサックたちの前まで来て立ち止まった。
「偽勇者!!」
シャン! と、ヒマワリの大声に合わせて鈴がなる。サックを睨み付けるその顔には、やはり、怒りとも悲しみともとれる、複雑な心情を浮かべていた。
「な、なんだっ! ……って、偽じゃない!」
場の空気に飲まれて、サックはつい返事をしてしまった。
「おい、サック! なに身分バラシてんだ!」
突っ込むジャクレイ。が、このお陰で、サックの名前が相手にも知られることになった。
まるで、昨晩の意趣返しだ。
「……サックって、お名前なんですね」
白頭巾を深く被ったサザンカが口を開いた。
しまった、と、顔をしかめるジャクレイ。
頭を抱えてしまったサック。
渋い顔を崩さないヒマワリ。
三者三様の思いが入り乱れるこの場の空気に、さらにサザンカが一歩入り込む。
「アッチの名前は、サザンカ=カズラ。カズラ家長女。今日は、主に……求婚を申し込みに来た」
するとサザンカは頬をさらに赤らめ、両の手で顔を隠してしまった。どうやら恥ずかしいようだ。
そしてサックも両の手で顔を隠してしまった。どうやらこっちは激しい頭痛に見舞われたようだ。それは、貧血が由来なのか、それとも。
「えーと、一旦整理しよう。な?」
「もう、アッチのココロは決まっております。アッチはあんたに惚れてしもうたんや」
「姉様の気持ちを汲み取れこの外道がっ!」
「サック……よかったな、綺麗な嫁さん見つかって」
なんでジャクレイもそっち側なんだ! という怒号を発する前に、ギリギリ飲み込んだ。
既に周囲には、野次馬が群がっていた。
珍しい異国の花嫁が、詰所に立つ男に対して、女性側からプロポーズしている。そんなシチュエーションが白昼堂々行われていたら、そりゃ通り過ぎる人も踵を返して戻ってくる。
雑踏の中から「素敵ね……」「綺麗だなぁ……」などといった感嘆の声が聞こえてくる。彼女たちが『暗殺を生業としている』姉妹だという事実を知らない、対岸の第三者による平和な意見。
「ちょっと待ってくれよな! なあ、あんたは俺を殺そうとしているんだろ!?!?!」
「うむ、その気持ちは変わりない。主は、アッチたちの父上のカタキだ」
矛盾。強靭な矛と盾の逸話ではあるが、正に今がこの慣用句の使い時だ。
「……だがな、サック殿」
サザンカは顔を上げた。頬を赤らめ、目は憧れの人を思う羨望の眼差し。そしてハニカミ。恥ずかしそう。
(サック、これはやばい。彼女本気でお前を惚れてるぞ)
ジャクレイが小声でサックに話しかけた。一瞬だけ悪乗りこそしたものの、事の重大さに改めて気付かされた格好だ。
「アッチは里の中で、一番強い男と結ばれる筈だった……だが、里で一番はアッチの父だった。だから……主を婿に迎えることにしたんじゃ」
「こっちの希望は無視かい!! ──てーか! 俺はお前さんの父って奴を殺して……」
シャン!!
激しく鈴が鳴った。婚礼用の玉鈴を持ったヒマワリが強くかき鳴らしたのだ。
「この外道! 姉様にさらに恥をさらさせる気か! 姉様の本気に答えてみろよ!」
などとカッコいいセリフを申しているものの、ヒマワリの顔は依然こわばったまま。いまにも泣きそうである。たぶん、彼女はこの婚礼には大反対なのだろう。
そして、サックにさらに追い打ちがかけられた。
ヒソヒソ……
『ええ……あんなかわいい娘のプロホーズよ……』
ヒソヒソ……
『ひどい男だな……面前で恥かかせるのか』
ヒソヒソ……
『ああいう男が女を不幸にするのよ……』
事情を知らない野次馬たちである。
完全にサックは悪者の体だ。
「……不幸だ……」
「アッチの思いの、答えを聞かせてくりゃれ……」
サザンカが、サックからの回答を求めてきた。
赤面しているが、少しずつ目付きが鋭くなってきていた。答えを急かしているようだ。
「まて! 1個だけ確認させてくれ!」
「なんでしょう」
「お前たちにとって、俺は『親のカタキ』なのだろ? で、『復讐』は果たしたいんだろ?」
変な汗をかきながらサックは質問した。
しかし、そんなの当たり前じゃないかくらいの軽い回答が、サザンカの口から飛び出した。
「もちろん、だからアッチは、主と婚姻し……」
「婚姻し……?」
「一夜を共にしたのち、主を殺して、アッチも死ぬのじゃ」
ニヤリと、妖艶な笑みを浮かべたサザンカ。
キラリ。サザンカはいつの間にか、裾からクナイを取り出していた。良く研がれたそれは怪しい金属の輝きを呈していた。
この女、本気だ。頭のねじが3本くらい吹っ飛んでる。
するとサックの肩に手が置かれた。ジャクレイの手だ。
「腹をくくりな、サック。童貞卒業とともに死ねるなんて、男として本望じゃねえか」
てめえ他人事だと思って……。妾3人の万年発情期男に言われたくねぇ。ワナワナと肩を震わせるサック。
「……ちなみに嬢ちゃん、サックが婚約拒否したら一体どうすうんだ?」
ジャクレイの素朴な疑問だったが、この質問はするべきではなかった。
再度、サザンカが「当り前じゃないか」みたいな顔をして答えた。
「そん時は……ここに集まった人間、皆殺しじゃ」
一瞬、空気がピリ付いた。彼女の『殺気』によるものだ。これをに感づいたのは、サックと、ジャクレイと、実力のある数名の憲兵くらいだったが、つまりは彼女たちの言葉は『本気』という証拠でもあった。
サザンカは左手にも武器(棒手裏剣)を隠し持っており、また、ヒマワリは既に忍者刀の柄に手を添えていた。
拒否したら、集まった一般人の命が危ない。野次馬を集めた時点で、サザンカたちは多くの『人質』を獲得していたのだ。
再度、ジャクレイがサックの肩を叩いた。
「腹をくくりな、サック。オレはまだ死にたくねぇ」
サックの『選択肢』は、一つしかなかった。




