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お客様の中に、彼女募集中の方はいらっしゃいませんか?

作者: 墨江夢

 大学時代は経験の時代だと、誰かが言っていた。

 例えばお酒の飲める年になったり、出来るアルバイトの業種も増えたり、長過ぎる夏休みと冬休みを利用して遠くまで旅行をしたり。時間的にも金銭的にも、ありとあらゆる面で融通が利き、そして自由になる。


 俺・葛西透吾(かさいとうご)は現在大学三年生。

 一年二年と上限目一杯の講義を受けて、単位は一つも落としていない。

 三年生になり、時間も金も持て余したので、俺は短期留学も兼ねてヨーロッパへ1ヶ月間の一人旅をしていた。


 ドイツにフランスにイギリスにイタリアなどなど。この1ヶ月の間で、沢山の国を見て回った。

 様々な国の人々と触れ、文化や歴史を肌で感じ、俺の人生の中で一番と言って良いほど貴重な経験になったと思う。

 同時にこれから何十年も続く人生に向けて、大きな財産となったことだろう。


 そんな一人旅も終わりを迎え、俺は今日本へ帰国するべくジャンボ機の座席でくつろいでいた。


 ジャンボ機が離陸して早2時間とちょっと。丁度映画を一本見終えたタイミングで、事件は起こった。


『お客様の中に、彼女募集中の方はいらっしゃいませんか?』


 そんなわけのわからないアナウンスが、ジャンボ機の中に流れる。

 ……え? そこは普通、お医者様とか警察関係者じゃないの? 

 彼女募集中の非リア男子を呼び出すなんて、一体このジャンボ機の中で何が起こっているんだよ?


 困惑しているのはどうやら俺だけでないらしく、周りの乗客もざわつき始める。しかし呼び出しに応じて立ち上がる乗客は、一人もいない。


 まさかこのジャンボ機の乗客には、皆恋人がいるとか、そんなあり得ない話はないよな? 俺だけ非リア充とかないよな? だったら俺、泣いちゃうよ?


 勿論全員彼氏彼女持ちなんてことはなく、乗客たちは単に不審がって動かないだけだった。或いは、先程のアナウンスを冗談だと捉え、本気にしていないか。


 さて、俺は一体どうしようか?

 誰かがなんとかするだろうと楽観的に考え、アナウンスを無視してこのまま座席でくつろぐという選択肢もある。

 だけど……そういう他力本願って、嫌いなんだよな。


 俺はこのジャンボ機の乗客で、悲しいことに彼女がいない。

 絶賛募集中というわけではないが、欲しいか欲しくないのか問われればそりゃあ前者なわけで。

 詰まるところ、俺に『彼女募集中の方はいらっしゃいませんか?』というアナウンスを無視する理由がないのだ。


「……ったく、俺って本当に難儀な性格をしているよな」


 ボヤいてみるものの、案外そんな自分が気に入っている。

 口先だけの「しょうがないな」と共に、俺は立ち上がった。





「現在彼女募集中です」と小っ恥ずかしいセリフをキャビンアテンダントに伝えると、俺はコックピットに案内された。


 コックピットに入るなり、キャビンアテンダントは犯人と思われる人物に告げる。


「お待たせしました! ご要望通り、女に飢えた童貞が来ましたよ!」


 おいコラ、キャビンアテンダント。折角来てやった俺に向かって、なんて暴言を吐くんだ? 自分の座席に戻るぞこの野郎。


 コックピットには、機長と思われるおっさんに拳銃を突きつけている女の子がいた。

 もしかして、これってハイジャックってやつなのか? そして犯人はこの可愛い女の子?


 ハイジャックである以上、この女の子にはそんな大それたことをする動機がある筈だ。金銭か、復讐か、それとも――


 生憎俺は探偵じゃない。一介の大学生だ。わからないことは、素直にわからないことを認めて聞くことにしている。

 教授相手でもハイジャック犯相手でも、その考え方は変わらない。


「あの〜、お聞きしたいんですけど、どうしてこんなことをしているんですか?」

「どうして? そんなの、男が欲しいからに決まってます」


 いや、決まったねぇよ。婚活パーティーみたいなノリでハイジャックしてんじゃねぇ。

 あまりにふざけた動機に、俺は内心ツッコんだ。


 しかし機長の命が懸かっているとなれば(間接的にだが、乗客の命も危険に晒されていることになる)、迂闊なことを口にして犯人を逆撫でするわけにもいかない。

 ここは嘘でも、彼女に同調した方が良いだろう。


「そうだよね。男が欲しいって、結構切実な願いだよね。俺は今21なんだけど、大学卒業するまでに彼女が欲しいと思っているんだ。だから、君の気持ちもわかるよ」

「あなたみたいな何の悩みもない人と一緒にしないで下さい」


 …………。今ここで彼女に手を上げたら、正当防衛になるかな?


「しかし命の危険を顧みず、私の要請に応じたその勇気は評価に値します。その男らしさ、ポイント高いですよ。……ギリギリ及第点、合格です」


 そう言うと、ハイジャック犯は機長に向けていた銃口を俺に向ける。


「あなた、名前は?」

「葛西透吾」

「そう。でしたら透吾、私の男になりなさい」


 ……は?


「えーと、俺の聞き間違いかな? 今俺、お前の男になれって言われた?」

「聞き間違いではなく、確かにそう言いました」

「じゃあ何で銃口を向けてるの? お前のハートを射抜いてやるったいう比喩表情?」

「いいえ。断ったらぶっ殺してやる! っていう脅しです」


 考え得る限り最悪の告白じゃねーか。

 

「あのなぁ。彼氏になって欲しいなら、それなりの頼み方っていうものがあるだろ? 誠意を見せろ、誠意を」

「……そうですね」


 俺の意見をもっともだと考えたのか、ハイジャック犯は俺に向けていた銃口を下ろす。そして深く頭を下げた。


「私と結婚を前提に婚約して下さい!」

「いや、それほとんど同じ意味だから。普通のカップルが歩むであろう過程をめっちゃすっ飛ばしてるから」


 この女、彼氏が欲しいからじゃなくて婚約者が欲しいからハイジャックなんてしたのかよ。

 年齢は俺と同じくらいだし、別段婚期を逃したわけでもなさそうなんだけど……何をそんなに焦っているのだろうか?


 ほら、謎がまた湧き出てきた。わからないことは、直接本人に聞かないと。


「もう一つ質問だ。……どうしてそんなに婚約者が欲しいんだ?」

「……こんなことに巻き込んでしまった以上、話さないわけにはいきませんね。私には理由を説明する義務がありますし、あなたには理由を知る権利があります。実は――」

 

 話を聞くと、どうやら彼女は名家のご令嬢らしく、親との約束で日本に着くまでに婚約者を作らないと、家の決めた相手と婚約することになるらしい。

 しかもその相手とは、家柄が良いだけでそれ以外の全てが最悪のクソ野郎みたいで。明らかな政略結婚で、そんな男と結ばれても彼女が幸せになれる未来なんて考えられなかった。


「お前がハイジャックなんて馬鹿な真似をした理由はわかった。親の決めた結婚相手ってのは、それ程前のクズなんだな。でも……俺がそれ以上のクズじゃないっていう保証は、どこにもないんじゃないのか?」

「いいえ。それはあり得ません」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって……「男が欲しいからハイジャックをした」なんていうバカな女にここまで付き合ってくれるお人好しが、最低人間なわけありませんよ」


「寧ろ好意的です」などと言って、その愛らしい顔に笑みを浮かべるわけだから、クソッ、不覚にもドキッとしてしまった。


「ですので今度は脅迫ではなく、誠心誠意お願いしたいと思います。私をあなたの女にしてくれませんか?」


 ……今ここで俺が彼女の告白を拒めば、きっと彼女は例のクソ野郎と結婚することになる。

 何でだろう? それは無性に嫌だと思ってしまう。


 誰にも取られたくないと思える程、深い仲じゃない。だけどそのクソ野郎にだけは取られたくないな。

 クソ野郎と結婚するくらいなら、俺と結婚しろよ。

 

「……取り敢えず、婚約を前提としたお付き合いってことで。それならお前の実家も納得するだろ」

「「一年以内に結婚しろ」みたいな誓約はつくかもしれませんが」


 そんな誓約が付いたのなら、その時考えよう。

 今はただ彼女を救い出し、彼女を幸せにする……いや、彼女と幸せになることだけを考えよう。


 そのためには、彼女のことを沢山知っていく必要がある。

 好きな食べ物は? 趣味は? 休みの日は何しているの? 

 彼女の性格諸々は後々知っていくとして、取り急ぎ聞いておくべきことは――


「そういや、名前をまだ聞いていなかったな」

「そうでしたね。私は、文香(あやか)と言います」

「オーケー、文香ね。……苗字は?」

「そんなのどうでも良いじゃないですか。どうせすぐに、同じになるんですし」


 だから、気が早いっての。

 しかし日本に着いた俺はその足で、文香の実家に向かうことになる。すぐに同じ苗字になるというのはあながち冗談ではなかったのだが……この時の俺は、そんなこと露程も予想にしていなかった。

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