ファンサ
ゲーセンで一頻り遊んだ後、俺と鹿野さんはファミレスで遅めの昼食を摂ることにした。
時刻は午後二時。昼時は過ぎているが、それなりにお客さんがいた。その為、俺と鹿野さんは結構注目を浴びていた。
これで二条院さんと藤堂さんがいれば、まだドラマで仲良くなった四人が一緒に遊んでる風に映るだけで済む。
しかし今は完全に鹿野さんと二人きりだ。ひそひそと何か話してるのが聞こえる。
内容までは聞き取れないけど、少なくともデートかなんかと思われてるよな…。
「ん~。結構お客さんいるね?しかも私たちと同じくらいの子が多い」
「夏休みに入ってる学校も多いだろうしな。俺らみたいに遊びに出掛ける人だっているだろう。昼過ぎでもこんなにいるとは思わなかったけど…」
先に昼食を済ませずにゲーセンに行ったのは、昨夜から話題沸騰中の鹿野さんが来ることで、方々の店内を変に騒がせない為だ。
昼時なら飯屋、それが過ぎたら娯楽施設に人が集まったりするものだ。だから昼時にゲーセンに行ったし、今はファミレスにいるんだ。
実際はファミレスの席が半分以上埋まるくらいにはお客さんがいたが、まぁ騒がれて店に迷惑が掛かるなんてことはなさそうだ。
「周りの目なんて気にせず、俺らも普通の一般客として飯を食べることにしよう」
「うん!そうしよう!何にしようかな~♪」
俺が周りを気にせず食事しようと言うと、鹿野さんはそれもそっかという風に、笑顔でメニュー表を見る。
袖無しのセーターで大人っぽさが足されても、やっぱりこの笑顔で全てがただの可愛い美少女に変換されてしまう鹿野さんは嫌いじゃない。
少なくとも今は綺麗系とは言えないな。だがセーターの効果なのか、色気を感じずにはいられない。
どれにしようかな~と口元に指をあてて少し目を細めている仕草なんか特に……と、そこまで考えたところで水を一気飲みした。
ふぅー。いかんいかん。鹿野さんをそんな目で見るんじゃないよ。失礼だぞ。
しかし袖無しの服というのは凶器だな…。普段は晒されていない二の腕と、ちょっとだけ覗いている肩と鎖骨の相乗効果で、男心を刺激してくる。
……俺が普通の男子より枯れてて良かった。まだ心を落ち着けていられる。
「私はオムライスにしようかなぁ。桐ヶ谷君は?」
「ミートスパゲティにしようかなって。デザートはどうする?」
「苺パフェ!」
「じゃあ俺は抹茶パフェで」
「おっけー!ボタン押すね」
鹿野さんが呼び出しのボタンを押す。するとなにやらガチガチに緊張した様子の、眼鏡をかけている女性店員が来た。
産まれたての小鹿かな?
「お、お待たせしました!ごごご、ご注文をどうぞ!」
「え~っと……大丈夫ですか?店員さん」
あまりの緊張具合に、鹿野さんが心配した様子で話し掛ける。
しかし店員さんはさらに緊張してしまったのか、さっきよりガチガチになってしまった。
「ひゃ、ひゃい!らいじょうぶれす!」
「全然大丈夫じゃなさそうなんすけど…。てか店員さん、注文票逆さまですよ?」
「はっ!?すみませんすみません!以後気を付けますっ!」
「いやまぁ、謝らなくてもいいんすけど…」
この店員さん大丈夫か?いくら相手が国民的アイドルだからって、そんな緊張することは……ん?気のせいか?なんか店員さんが俺のことをチラチラ見ているような…。
「(キラーン)。とりあえず注文いいですか?」
そんな店員さんに鹿野さんは注文していいか確認を取る。なんか目が光った気がした。
店員さんはまたはっとなり、一言謝ってから鹿野さんから注文を聞いた。
「そ、それでは、少々お待ちください!」
結局最後までガッチガチだったな、あの店員さん…。料理運んでる最中に落としたりしないだろうな?
「あの人、桐ヶ谷君のファンだね」
店員さんが行ったのを確認した鹿野さんが、いきなりそんなことを言う。
俺のファン?鹿野さんのではなく?
「チラチラって桐ヶ谷君のこと見てたじゃない?アレ、推しを目の前にしたファンの反応そのものだよ」
「推しぃ~?俺が?」
「桐ヶ谷君も気付いてたでしょ?あの人の視線。そういう機微に気付いたら、私たち芸能人は神対応を求められてると思った方がいいよ。別に気付かない振りしてもいいけど」
「じゃあ気付かない振りしたいなぁ…」
「でも桐ヶ谷君ってば、江月ちゃんから絶賛売り出し中にされてるじゃん。ここで神対応の一つでもしたら、評判が爆上がり、ついでにお仕事も貰えちゃうよ。桐ヶ谷君は事務所に所属してないんだし、こういうところで機会を作っておいた方がいいよ」
鹿野さんの言うことは一理ある。
この程度で仕事が来るとは思えないが、俺はどこの事務所にも所属していない身だ。江月さんが仕事を持って来てくれるおかげで、ドラマやバラエティに出演出来てる状況だ。
ちなみに今は無いが、直接仕事の話が舞い込む時は母さんの携帯に電話が来るようになってる。顔には出てなかったが、割とウキウキしてた。仕事辞めて専業主婦になれるかもって…。ちょっと呆れた。
とにかく、これからも俳優としてやっていくのなら、自分から積極的に活動していかなければならないのは確かだ。
そして今や芸能人っていうのは、ネットの評判で結構左右されるイメージがある。失礼にも、プライベートも含めてな。
「なるほどな…。確かにあの人が俺のファンなら、そこからの口コミとかで俺の評判が上がるのはいいことだな」
「その通~りっ!という訳で……これを使っちゃいましょー」
ピアノを売ってくださいみたいな感じで言った鹿野さんは、鞄から二枚の色紙とサインペンだった。
……???ごめん。なんでそれを取り出した?
「も~。桐ヶ谷君ってば珍しく察しが悪いなー」
「いやわかるよっ。サインを書いてあの人に渡すってことだろ。でもそれで神対応になるのか?普通はサインを求められた時に書くもんだろ」
「違う違う、ただのサインじゃないよ。見ててね…」
そう言って鹿野さんは、なんと色紙に簡単な応援メッセージを書き始めた。小鳥遊さんへって名前も付けてるし。
名前に関しては、店員さんに名札が付いてるからわかっていた。
「出来た!凄い簡素だけど、これだけでもファンは嬉しくなるもんなんだよ。さ、桐ヶ谷君もどうぞ」
『小鳥遊さんへ。お仕事、頑張ってくださいね!』と書いて、最後に自分のサインを書いた鹿野さんは、もう一枚の色紙とサインペンを渡してくる。
つうかサインペンはともかく、なんで色紙持ち歩いてんの?普通ファンが持って来るもんじゃないのか?
「ほらほら!早く早く!」
「……わかったよ。書けばいいんだろ?」
俺は大人しく色紙とペンを受け取って、メッセージを書き込んでいく。
『小鳥遊さんへ。貴女の一生懸命に、丁寧に接客しなきゃという気持ちは伝わってきました。その気持ちを忘れずに、お仕事頑張ってください』とメッセージを書く。
そして自分の名前を適当にこう、崩したような感じに書けばサインっぽいだろうと崩し書きにした。ざっと色紙全体を見てみると、ふとあの店員さんの名前に違和感?というか、それに近いものを感じた。
(小鳥遊って、どっかで見たことあるような…)
小鳥遊という名前について、もう少しで思い出せそうになったその時、「お、おおおお待たせしましたー!」と声が聞こえて、思考を中断させられた。
「オムライスとミートスパゲティ、お持ちしました!」
トレイに料理を乗せて運んできたのは、さっきの産まれたての小鹿店員、小鳥遊さんだった。
いそいそと料理を並べた(オムライスは俺の前に置いて、鹿野さんの前にミートスパゲティを置くという間違いをした)小鳥遊さんは、「ごゆっくりどうぞ!」と急ぎ足で下がろうとするが、鹿野さんがそれを止めた。
「待って待って!」
「ひゃい!な、なんでしょうか?」
「実は店員さんに、これを渡したくてね」
そう言って、鹿野さんは自分が書いた色紙を小鳥遊さんに渡した。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔になってる彼女の横で、俺にも色紙渡すように催促してくる鹿野さん。
「はぁー…。あの、鹿野さん……オリオンが急にファンサしようだなんて言うもんだから、俺も書かされたんすけど……俺のいります?」
「っ!?は、はい!いりますいりますっ!ありがとうございますっ、こんな私に!」
その後、小鳥遊さんはかなり慌てた様子で下がっていった。
……なんか、あの人からは凄い申し訳なさそうな気持ちの方が強かった気がするんだけど…。
俺のファン一号の辻さんみたいな反応だったらわかりやすいんだがなぁ。
てか俺はもう、こんなことしないぞ。ナルシストみたいで嫌だし。
ファンサってなんだろうな~って思いながら書いてました。
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次は『俺が銀髪美少女に幸せされるまで』を投稿します。
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