無限卵/事務所と契約する際の条件
分ける予定でしたが、まとめて投稿します。
「この番組の放送曜日が違うけど別にいいかー」って感じで作った話ですが、軽く流してくださると幸いです。
鹿野さんは俺の気持ちに気付いていない節がある。だからあんなことを言ったところで、彼女は何も理解出来ないだろう。
それでいい。今のは別に告白のつもりじゃない。
鹿野さんはアイドルだ。鹿野さん的に問題は無かったとしても、世間がそれを許さないだろう。
だけど彼女がアイドルを引退する時が来たら、ちゃんと告白する。
その時には鹿野さんの気持ちが冷めてる可能性もあるけど、少なくとも彼女はそんなホイホイと別の男を好きになるような性格じゃないだろう。
「まぁ、さっき言ったことは別にわかんなくていいよ。俳優をやっていく上での決意表明みたいなもんだ」
「ふーん。それにしては変な決意表明だね?」
「ほっとけ。……てか、それはそうと飲み過ぎだぞ鹿野さん。もうこんだけっばっこしか残ってないんだが?」
「はっ!?ごめーん!ボーっとしててつい!」
「ボーっと?そっちこそ熱中症なんじゃねぇのか?」
俺は少なくなった抹茶ラテを飲み干す。その様子を見ていた鹿野さんが顔を真っ赤にするが、気にするもんか。
じゃないと俺はゆでダコになってしまいそうだ。
「え、えーっと。そういう訳じゃないんだけど……間接キスの恥ずかしさのあまり頭の中真っ白だったというか……いやいやそうじゃなくて!実は今日放送のバラエティ番組が気になっててね。私が出る番組なんだけど」
俺はラブコメの難聴系鈍感主人公じゃないんだぞ?中盤のセリフはバッチリ聞こえたからな。
まぁそれに気付いてないフリはしてやるけども、そういうのは心の中にしまっておけよな…。聞いてるこっちも恥ずかしくなる。
「バラエティ番組?それがどうかしたのか」
「どーーーっしてもカットして欲しくないところがあってね。これからの私の人生を左右すると言っても過言ではないというか…。ま、まぁ桐ヶ谷君も見てみてよ!ていうか見てほしいな。その場面が流れたら、速攻でLITI送るからさ」
「はぁ…?」
鹿野さんの言葉を聞いて、俺はただ首を傾げるしかなかった。
……にしても熱い!早く収まれ俺の顔の熱!
――――――――――――――――――――――――
「ただいまー」
「おかえりなさい。遅かったわね?」
夕方になって、鹿野さんを送り届けてから家に帰るとお姉が出迎えてくれた。
珍しいな。最近は帰りが遅くなっても特に出迎えてくれることはなかったのに。
お姉は俺が靴を脱ぎ終えると、キラーンと目が光るエフェクトがかかりそうな顔をしながら言う。
「今夜は麻薬卵よ」
「???????」
瞬間、俺はフリーズした。
―――どうしよう。お姉が犯罪に手を染めちゃった…。まさか家族が麻薬に手を出すなんて……父さんと母さんになんて言えばいいんだ。
いやまずは警察か?そうだな。こういう時はまず自主を勧めるべきだよな。ぶん殴ってでも連れていくべきだよな。
「お姉。自首しよ?」
「やっぱり勘違いしたわね、この愚弟は」
愚弟!?お姉に愚かな弟なんて初めて言われたぞ!?
なんてこった。麻薬に手を出した人間はここまで性格が変わるのか…。
俺がショックで頭を抱えていると、お姉はため息交じりに言う。
「麻薬卵っていうのは、別に本当の麻薬のことを指してるんじゃないわよ」
「え?……そうなの?麻薬に手を出した訳じゃない、のか…?」
「やるわけないでしょ…。そんなことしたら、総ちゃんに嫌われちゃうじゃない」
なんでもかんでも総司を基準にしてそうなお姉は嫌いじゃない。
「そ、そうか…。ビックリしたぁ。一瞬ぶん殴ってでもお姉を警察署まで連行しようかと思ったわ」
「物騒な弟ね…」
「で、結局なんなんだ?その麻薬卵っていうのは」
「実際に食べた方が早いわ。昨晩からタレに漬けていたから、食べ頃だと思うわ」
「ふ~ん。でも先に風呂入って、夏休みの宿題ある程度やっちまうわ。汗もかいたし、今日はちょっと心臓が疲れることがあって、飯食べたら宿題やる前に眠くなりそうだし」
「心臓?」
お姉の疑問には答えず、風呂に入る準備をしに二階の自室へ向かう。
実はまだ顔の火照りが収まり切ってないのだ。だからたぶん顔が赤い。
帰って来た直後は夏の暑さにやられたんだなって勘違いしてくれるだろうけど、時間が経っても未だに顔が赤かったらお姉に心配されて、挙句俺の恋事情をバレてしまう。
いやバレてもいいんだけど、やはり俺も思春期の男子高校生。心の準備が欲しい。
……俺の思春期は中学で終わったと思ったんだけどな~…。
とりあえず風呂に入ってリラックスすれば、顔の火照りも落ち着くだろう。
――――――――――――――――――――――――
そして風呂が終わって現在。俺は自分が思った以上に疲れていたことを思い知らされていた。
風呂入った段階で眠くなったぜちくしょう…。何度か寝落ちしてしまったぞ。これがリアル即落ち二コマか?
でも今寝たら鹿野さんが言っていた番組を見逃す恐れがある。なのでお姉がいるリビングで、うつらうつらとしながら夏休みの宿題に取り組んでいた。
お姉が自室よりリビングで過ごす人間でよかった。おかげでうっかり寝てしまっても起こしてくれる。
「眠いなら寝れば?」
無理に起きているなと言うお姉。
俺は首を横に振り、眠そうな声で返事する。
「そうもいかないんだよ。鹿野さんが出るバラエティ番組を見なきゃいけないからな」
「鹿野さん?どうして」
「それが俺にもよくわからなくてさ。見てほしいって言われただけだからさ」
俺がそう言うと、お姉はテレビを点けて番組表を開いた。
例の番組が始まるのは七時。番組情報から鹿野さんが出る番組を見つけたお姉は「これか」と呟く。
「行列を望まない法律事務所、ね。あまり見たことないわね」
「俺もあまり見た憶えないな。なんで行列を望まないんだ?」
「法律事務所に仕事がないってことは、それだけ平和だからじゃない?まぁそんなことは絶対にないだろうけど。毎日何かしらの犯罪は起きてるんだから」
そう言って、お姉はそのバラエティ番組が入るチャンネルを点ける。
今はニュース番組がやっている時間の為、どこでどんな事件が起きたとか、そういう情報が流れていた。
「ほらね?」
「こんな物騒な世の中なのに、麻薬卵とか紛らわしい言葉を使わないでほしい…」
「本当は無限卵って言うらしいけどね。やめられない止まらないってことで」
「ああ……だから麻薬卵…。もうちょっと良い通称名は無かったのか?」
「まぁさっきはああ言ったけど、無限卵も正式名称か怪しいわね。麻薬っていう言葉が不適切だから、無限卵に変わっただけかもだし」
そう言いながら、お姉は台所へ向かって冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫からタッパーを取り出して、お姉は穴が開いているおたまを使ってタレに浸かっていた卵を取り出した。
あれが無限卵……麻薬とも言われるほどの中毒性があるってことだよな…。なんか食べるの怖いんだけど。
『以上、ニュース・バクロでした。この後は行列を望まない法律事務所です』
「あれ?もう七時だったの?」
「誠は何度も寝落ちして、時間に気を配れてなかったものね。とりあえず勉強道具しまいなさい。そろそろご飯にするわよ」
俺はどれだけ眠気に必死に抵抗してたんだよ…。時間も忘れるとか、そんなことあるか?
……まぁいいか。とりあえず鹿野さんが言っていた番組には間に合ったみたいだし。
「はい、これが無限卵。あと野菜炒め。お米と一緒にどうぞ」
お姉が俺の前に出した無限卵というのは、ネギがかなり乗っかっていた。
タレが染み込んでいるから、見た目はただの『卵の漬け』っていう感じだ。
しかし卵の漬けとか聞いたことない。一体どんな味がするんだ?
「いただきまーす…」
おそるおそる無限卵を口に入れる。
すると、一気に卵と染み込んだタレの旨味が口いっぱいに広がった!
まろやかな黄身が口の中で弾けて、ややピリ辛なタレと凄く合っている。ネギもシャキシャキで、良い薬味となっていてハズレがない。
その中に米をかきこむと……美味い。語彙力が無くなるほど、美味い…。
気付けば俺は、無限卵と米をループしていた。
「こら。ちゃんと野菜炒めも食べないとダメよ?」
「ッ!? ……ごくん。お、俺は一体なにをしていた…?」
「ご飯を食べていただけよ……大袈裟ね」
「まぁそうなんだけどさ……これは、麻薬なんて言われる訳だ…。夢中になって食ってしまった」
「気持ちはわかるけどね」
辛かった眠気が一気に吹き飛んでしまったぞ…。
一旦気を落ち着かせるために、野菜炒めに集中するか。じゃないとマジで無限卵と米を永遠にループしそうだ…。
『アイドル、オリオン。本名は鹿野結衣』
ふと、テレビからそんな声が聞こえた。
やっべ…。完全に番組のこと忘れてたわ。ちょっと鹿野さんが言っていたシーンが流れるまで麻薬卵を食べないようにしよう。
……ていうか本名公開してたんだ。
『彼女は今をときめくトップアイドルユニット、シリウスのセンターを務めており、さらには女優業にまで活躍の場を広げている。ライブと撮影では、奇想天外なアドリブを行うことで有名。そんな一見、悩みとは無縁そうなオリオンの悩みとは―――』
『ちょっと失礼じゃない!?私にも悩みくらいあるよ!』
鹿野さんがライブやドラマで活躍しているシーンが流れて鹿野さんの写真がアップで映るが、なんか画面斜め上の出演者らが映ってるところで鹿野さんが騒いでる。
正直俺も彼女に悩みがあるとは思えない。勉強以外。
『それはまだオリオンがアイドルになる前、友人と遊びに出かけている時のこと。彼女はとあるファッションセンターで仲睦まじい夫婦を見掛けた』
『ねぇあなた?これとかどう?』
『おお!さすが母さん、似合っているぞ!』
『もう、いつもそればかりね。他に感想はないの?』
『おまえがなにを着ても似合うんだから、仕方ないじゃないか。他には可愛いとか、綺麗とかしか言えないぞ?』
『それでいいのよ。ちゃんと口に出してくれないと、似合うだけじゃ心細いわ』
「バカップルみたいな夫婦だな…」
「そうね。そんな熱々な夫婦がいるのね」
俺とお姉は、思わずテレビの夫婦を見てそう言った。
ああいう夫婦が長続きすんのかな…。うちの親があんなんじゃなくて良かった。
『いいなぁ…。私も将来は、あんな素敵な夫婦になりたいなー』
『そう。彼女の悩みとは、“恋愛”であった。トップアイドルといえども、オリオンも一人の女の子。将来は素敵なお嫁さんになりたいという夢があった。しかしオリオンはアイドル。恋愛はご法度である』
夫婦を見ながら、羨ましそうに見つめる鹿野さん。
ナレーターの言う通り、鹿野さんはアイドルだ。だから鹿野さんへの告白は、彼女が引退してからって決めてるんだ。
だけどテレビでは、しんみりした空気では終わらなかった。
『しかしオリオン!どうやら事務所と契約するさいに、とある条件を出していたらしい。その条件を、スタジオで地上波初公開!』
条件?一体鹿野さんは事務所にどんな条件を出したんだ?
あの人のことだから、凄い無茶苦茶な条件を出してそうだな…。
「ああ……そういうことね…」
俺がどんな条件なのか危惧していると、なにやらお姉が知ってる風なことを呟いた。
「えっ?お姉、なんか知ってんの?」
「……………知ってるけど、それは自分で見て聞いて確かめた方がいいわ…。たぶん、しばらくSNSが荒れるわよ」
SNSが荒れる……つまり炎上?一体事務所にどんな条件を突き付けたんだよ鹿野さん!?
つうかなんでお姉がそれを知ってるんだよ?鹿野さんに教えてもらったのか?いくら仲良いからって、一般人のお姉に話して良い内容ではない気がしてならないんだが…。
そうこう考えてるうちに、スタジオの鹿野さんが例の条件とやらを話そうだった。
頼む。好きな人が出来たら引退とか、そんな話はやめてくれよ!下手したらファンから刺されそうだから、俺がッ!
『―――あー、別に隠してた訳じゃなかったんですよ?ただ好きな人出来たらどうするの~とか、聞かれなかっただけで』
『いや聞ける訳ないやんそんなん!?……でぇ、その条件ってのは一体なんなの?』
司会を務める芸人に質問される鹿野さん。
そして鹿野さんが答えたことは、俺の予想を裏切るものであった。
それは良い方にも悪い方にも転がるもので、かなり自分勝手で……しかし、自由人な鹿野さんらしい条件だった。
『好きな人が出来たら、アイドルを引退して女優兼歌手として活動するっていう条件で契約しました!』
満面の笑みで放たれた言葉は、スタジオに『えーッ!?』という定番の叫びを響かせ、動揺を走らせた。
鹿野さんの言ったことは、「現役アイドルの私にアタックして来ても、何も問題ないですよ」と公言したも同然だったから。
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明日(日付変わってるので今日)は『俺が銀髪美少女に幸せにされるまで』を投稿する予定です。
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小さな幸せを嚙み締める主人公とヒロインの様子を見て、ニヤニヤしてくだると幸いです。




