恋に落ちる瞬間は不整脈
「んー!楽しかったーっ!」
「あっつ!さっきより気温上がり過ぎだろ…」
カラオケ店から出た鹿野さんは、両手を組んで身体を伸ばしながら言う。
しかしまだまだ元気が有り余ってる様子だ。
この暑さを物ともしないとは、鹿野さんはマジで特別な訓練を受けているのではないだろうか?
「鹿野さんは本当に元気だねぇ?三時間ぶっ通しで歌った後なのに」
俺は途中休んだりしていたのに、鹿野さんは全く休まずにずっと歌っていた。
間に俺が入らないとたぶん延々と歌っていたのではなかろうか?……うん、やるな。この人なら余裕でやってのけるだろう。
鹿野さんを人間の常識に当てはめちゃいけない。
俺が失礼なことを考えていると、鹿野さんが顔を赤らめながら言う。
「えへへへ。桐ヶ谷君と一緒に密閉空間にいるなーって思ったら、なんでか歌っていないと落ち着かなくてね…。そのせいでちょっと恥ずかしい思いしちゃったけど」
「……………」
可愛いかよ。そんなに意識されたら俺だって顔が熱くなるじゃねぇか。
マジで気持ち隠さないじゃんこの人。……鞄から扇子を取り出して仰いでおくか。夏の暑さのせいにしないと揶揄われそうだ。
「そういえば、この近くにカフェがあったな。休憩がてら、そこでお茶しないか?」
「いいね!賛成賛成ー!」
やはり元気が有り余ってる鹿野さんと一緒に、カフェへと向かった。
この人には休憩という概念は存在してなさそうだなぁ…。
――――――――――――――――――――――――
カフェに着くと、パラソル付きのテラス席に通された。
空調の効いた店内が良かったが、満席では仕方ない。大人しく飲み物を注文することにした。
俺は抹茶ラテで、鹿野さんはタピオカミルクティーを頼んだ。
「んー!タピオカ美味しい~」
美味しそうにタピオカに舌鼓を打つ鹿野さんを余所に、俺はどこか落ち着かない様子でいた。
だって鹿野さんの制服、汗で透けてんだもん…。中にシャツを着てるけど、それでも若干透けてるんだよ。何がとは言わんけど。
本当はこのことを言いたいが、お互い羽織る物なんて持っていない。これではただ鹿野さんを辱めてしまうだけだ。
……ここはあまり見ないように注意しよう…。
「あー抹茶ラテ美味ぇ(棒)」
扇子で顔を仰りながら抹茶ラテを吸っていると、鹿野さんがじーっと見つめて来る。
正確には俺の抹茶ラテを見ていた。
「桐ヶ谷君」
「ダメだ」
嫌な予感がした俺は高速でお断りの言葉を放つ。
彼女は俺の抹茶ラテを「一口頂戴」という四字熟語にならない四字熟語を言うつもりだろう。しかしタピオカはもちろんのこと、抹茶ラテも蓋付きのカップだ。
つまりストロー!普通のコップとかでもアウトだが、ストローなんて余計にアウトだ!
「一口ちょうだい♪」
「聞けよ。ダメだって言ったじゃん」
頂戴をちょうだいと平仮名にしてそうな発音しやがって。
「えー…。でも流石にもう一つ頼むのもなぁ」
「あのな。異性なんだぞ?女の子ならそういうことは気にしときなよ」
「気にしてるよ」
気にしてるとは到底思えない鹿野さんに、懐疑的な視線を送る。
しかしそんな彼女は、夏の暑さとは別の赤みがかった表情をしており、その顔を見て思わずドキッとしてしまった。
「ちゃんと……気にしてるよ」
俺の目を真っ直ぐ見て微笑み、恐らく無意識に追い打ちをかけてきている鹿野さん。
熱い視線、とでも言えばいいのだろうか。俺は今その視線に焼かれそうな気持ちだ。
扇情的で、魅力的な微笑み。夏の日差しによって汗ばんだ顔、透けてしまっている身体……全てが俺の理性を刺激しているようだった。
「……………」
「? 桐ヶ谷君?大丈夫、熱中症?」
熱中症。誰かがそれを「ねぇ。ちゅーしよ?」って聞こえるなんて言ってたことを思い出す。
それと同時に、頭を抱える。たぶん顔真っ赤だ…。
……………あー、ダメだ…。俺はどうも頭がおかしくなってる気がする。鹿野さんと一緒にいると、男の本能を抑えられなくなっている~…。
俺は今までこんな感情を女の子に向けたことなんて無かったのにー!
なんなんだよもう!これじゃあ俺が変態みたいじゃないか!?
「桐ヶ谷君。本当に大丈夫?」
鹿野さんに声をかけられて、彼女の目を見る。吸い込まれてしまいそうなほどに、凄く綺麗な瞳だ。
そんな変な感想を抱くことも今まで無かったのに……一体俺はどうしてしまったというのか。
……………いや、認めよう……認めざるを得ない。
俯瞰的に見るのではなく、ちゃんと自覚して、そのことを認めよう…。
俺は、彼女と一緒にいるこの時間が楽しい。彼女と一緒に遊んでいると、普段の何倍も楽しく感じてしまう。
そして何より……
「はぁ~……ごめん、大丈夫だ。それよりも……はい。どうぞ」
「ん?いいの?」
「ああ。好きにしな」
「わーい!ありがとー!」
俺が差し出した抹茶ラテに口を付ける鹿野さん。心臓の音が速くなるのを感じる。うるさいほどに。
……そう。何より……彼女とこうして、まるで恋人みたいなことが出来るのが、凄く嬉しいんだ。
こんなこと、中学の時に噓告してきた奴には感じなかった。
だからこそ思う―――これが、俺の本当の初恋なんだって。
「鹿野さん」
「うーん?なぁに?」
一口とか言いながら、未だにごくごく飲んでる鹿野さん。
俺はそんな鹿野さんに、どんどん速くなる心臓の音を聞きながら、宣言するように言う。
「俺、もう言い訳しない」
「え?なんのこと?」
「過去のトラウマを言い訳にして、自分の気持ちから逃げないってこと」
俺は今まで、自分の気持ちから逃げて来ていた。噓告の件を言い訳にして。
自分のことなのに俯瞰して見て、頭ではわかっていた気になっていて、でもいざ向き合おうとすると怖くなって……この気持ちから、俺は逃げていた。
だけどそれももう終わりだ。これからはちゃんと向き合う。無意識の内にどんどん大きくなって、目を逸らすことなんて当然出来ない、このどうしようもない感情に。
俺は―――鹿野さんのことが好きだ。
そうして完全に自覚すると、俺の速くなっていた心臓の音が、『ストン』とまるで憑き物が落ちたかのように落ち着いた。
周りの音も、一瞬だけ聞こえなくなり、時が止まった気がした。
だけどそんなことは一切なかった。あくまでそんな気がしただけだ。
すぐにまた心臓の音が激しく鳴っているのが聞こえた。周りの音も聞こえる。時だって、本当は止まってなどいない。
だけどなぜか、そんな風に錯覚してしまった。
それを不思議に思いながら、改めて鹿野さんの顔をよく見てみる。
「???」
俺の宣言に鹿野さんは、可愛く眉をひそめながら「?」を浮かべていた。
だけどそれは、すぐに笑顔に変わった。あの可愛らしい、眩しい笑顔に。
「うん!よくわからないけど、頑張って桐ヶ谷君!私、精一杯応援するよ!」
そんな彼女の表情が本当に可愛くて、凄く魅力的に映って……自分の顔が、カーッと熱くなるのを感じた。
その熱は、真夏の季節とは関係なかった。
……………お姉の言った通りだ。
恋に落ちる瞬間は……不整脈のようだった。
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これにて四章『恋に落ちる瞬間は不整脈』は完結です。
次回から最終章です。
明日は『俺が銀髪美少女に幸せにされるまで』を投稿する予定です。
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実はこの話には、江月監督が出ています。
なるべく矛盾のないように描いていますが、何か違和感や間違いがあれば教えてください。直します。




