バレーボール地区大会3
うっかり相手のエース鴨宮さんを煽った後、彼は怒涛の勢いでスパイクを決めてくるようになった。
こちらは俺を含めて攻撃力が高いチームだが、如何せん守備力が足りない。元リベロの八木ちゃんと美月が高いレシーブ力を誇るが、尼崎と谷口が二人よりもやや劣り、俺と孝雄君は正直ほぼ論外という悲しい守備力の低さ。
そのせいで最初は押せていたが、差は広がらない状態が続いていた。
「鴨宮!」
ドバーンッ!
センターの孝雄君が相手の速攻に反応して先に飛んでいた為、俺一人で鴨宮さんのスパイクに付くことになるが、一人では全てのコースをカバーしきれないから余裕でブロックを抜かれてしまう。
これで15対14で、一応はこちらが一歩リードしてるがやや辛い状況だ。やはりバレーはチームスポーツ。一人一人の動きと連携が強いと、そう簡単にはいかないんだな。
このままだと鹿野さんが来ちゃうな。この会場にいる鹿野ファンが限界ヲタクになって騒がしくなるよ。
ちなみに速攻というのはスパイカーが先に飛んで、飛んだ先にセッターがボールを上げるという、セッターの技量が100%試される攻撃方法だ。
ここで何を思ったのか、尼崎が先生にタイムを取るようにジャスチャーして、こちらのタイムアウトになる。
「次を切ったら、サーブは桐ヶ谷だ。その時は全力でやってくれ」
「全力?……おま、まさかジャンプサーブやれってのか?無理無理。打つだけならともかく、自分にトスを上げるっていう行為が出来ない」
ジャンプサーブはジャンプ力とスパイクが強ければ出来るイメージがあるが、実際は全然違う。
何回かやってみたが、自分が打ちやすい高さまで上げるっていう行為はトスそのものだ。
例えるならFPSゲームの感度の沼にハマったような感覚だ。F○10の雷避け並みにストレスが溜まると悟って止めたぞ。一ヶ月くらい時間が欲しいわ。
「大丈夫だ。自分が思ってるよりも後ろに下がって、ボールを斜め前に向かって思いっ切り投げるように上げてみろ。桐ヶ谷の人間離れした身体能力なら、それで出来るはずだ」
「どこにそんな根拠があるんだよ?」
「ない!が……桐ヶ谷自身はどうなんだ?ここで攻めずに、勝てる相手だと思うか?」
その言葉に思わず息を吞む。
尼崎の提案は無茶苦茶だが、確かに攻められる奴が攻めないでいては、強豪と言われる相手には勝てないだろう。
サーブというのは、雄一邪魔の入らない最高のアタックタイムとも呼ばれている。
だからジャンプサーブなどといった強力なサーブが生まれたんだ。
「助っ人のお前にこんなことを言うのは間違ってると思う。だが、うちが大野高校に勝てる方法はこれ以外に思い付かないんだ」
「―――?……………(ピーン)!確かに、尼崎君の言う通りかもね。他にも、桐ヶ谷君が斜めに飛んで速攻を決めるとか、普段より少し遅めにスパイク打ってブロックを壊すとか、快感の匂いを辿ってブロックするとか」
「全部ハイ○ューじゃねぇか。最後に至ってはただの勘だし、そんな真似できねぇよ」
谷口が上を見上げて何か考える素振りをした後、突然無茶な要求をしてくる。
しかも全部俺にやらせようとしてないかコイツ…。
却下だ却下だ。俺が死ぬ(他二つは出来ないとは言わない)。
「でもでも、出来たら凄くない?」
「いや確かに凄いけどさ…」
「そ・れ・にぃ~」
谷口は気持ち悪い笑みを浮かべながら、谷口は俺の耳元で囁く。ごめんホントに気持ち悪いです男に囁かれるとか。
「そんなカッコイイ桐ヶ谷君を見たら、鹿野さんはさらに君に夢中になっちゃうと思うよ?」
「…………………………」
凄いムカつくくらいの笑みを浮かべながら、俺の後ろに視線をやってる谷口。正確に言うと、観客席にだ。
谷口が鹿野さんの気持ちに気付いてることには、まぁあの人わかりやすいから気にしないとして……俺はスゥーっと恐る恐る観客席に目をやると、髪は見慣れたショートボブでアイドルかと勘違いしそうなくらい可愛い美少女が……
「いやアイドルだったわ」
鹿野さんと一緒にいるとついつい彼女がアイドルということを忘れてしまうぜ。えへっ。
「なんか失礼なこと考えてるでしょーっ!」
声でっかい…。そのせいで周りの人たち全員が君に気付いちゃったじゃないの。
あーほらぁ、もう周りが騒ぎ始めてるよ…。
しかしアイドルとかんちがゲフンゲフン……ガチアイドルの美少女、鹿野結衣はそんな周りの騒ぎなんて気にせず、大声で声援を飛ばしてくる。
後から来て頭を抱えてる二条院さんの心境は察するに余りある。
「桐ヶ谷君ー!カッコイイ所、いっぱい見せてねーっ!もうバシバシスパイク決めて、私の度肝を抜かせてみせてー!」
なんと無茶な要求をしてくるんだ、あの人は…。君が度肝を抜いたら、明日は大雨もんだ。
……だが、その声援にはしっかり答えようと思った…。なんだかんだ言って、俺はあの人が応援しに来てくれて嬉しくなったから。
「喧しい君がいなければ、もっと頑張れるんだけどねー!」
「えーっ!?」
笑顔で捻くれたことを言う俺。
この場にはたくさんの目撃者がいる。だから鹿野さん、今はこれで勘弁してくれ。
二条院さんに向けて「すまん。慰めといて」とジェスチャーして、二条院さんは苦笑しながらOKサインをしてくれた。
と、そのタイミングでタイムアウト終了の笛が鳴る。
「で、やんのか?谷口」
自分のポジションに戻りながら谷口に確認する。さっき言ってた、ハイ○ュー戦法だ。
谷口はニヤニヤしながら答える。守りたくない、殴りたいこの笑顔。
「もちろん!ボールは僕が、持って行くよ!」
「だからハイ○ューに染まり過ぎだっつうの…」
「あ。ちなみにやるのは―――」
笛が鳴り、相手のサーブとなる。相手のサーブはこれまたジャンプサーブ。強豪だけあって、強いサーブだらけで厄介極まりない。
だが今のローテは、後衛が左から順に八木ちゃん、美月、尼崎というもの。少数精鋭で、八木ちゃんと美月が幅広く守ってるが、尼崎も自分の正面に来るジャンプサーブならしっかり対応出来る。守備はかなり万全なローテだ。
相手がジャンプサーブを打って来て、それが尼崎の正面に来る。相手の身体が温まっていたのか、今まで以上に強力なサーブ。
しかし尼崎は自身に気合いを入れるように頬を膨らませ、後ろに転がりながらも気合いと意地でセッター位置にいる谷口に上げた。
「ナイスレシーブ!」
俺は谷口がトスを上げる前に、スパイクを打つ為に駆け出す。
俺が速攻に入ると思ったのか、鴨宮さんが俺がジャンプしようとすると同時に、彼はブロックに飛んだ。
(残念でしたぁッ!)
俺はジャンプモーションから即座に左へ、つまりレフト方面へと駆け出す。
「「「!?!?!?」」」
俺の動きに相手チームが動揺。そのまま谷口の横を通って、俺は相手のライトとセンターの間に向かって斜めにジャンプして、身体全体を使って腕を思い切り振り下ろした。
そしてそこには―――既にボールがあった。
ドバーンッ!
相手は動揺していたが、しっかりボールは見ていた。
しかしそのボールは、見てからでは反応出来ない速度でトスされていた。
「よっしゃ出来たー!ハイ○ュー速攻!」
「いや予定と違くね!?俺が悪いんだけどさ!」
俺が早く横に移動し過ぎたせい(おかげ?)で、化け物速攻が実現されてしまった。
ジャンプサーブは丁度いい高さを見極めるのが本当に大変だった思い出。




