焦げ目の付いたハンバーグは意外と美味い
最後にお前は「いやラノベだよ」と言う。(たぶん)
「や、やっと終わったー…」
ハンバーグの成形が終わって、両手をぷるぷるさせている鹿野さん。そこだけ産まれたての子鹿みたいだ。
一個一個成形する度に両手を冷やすという苦行は、あまり家事をしない彼女にとっては相当キツかったみたいだ。
「次、手を洗ったらハンバーグを焼いていくわよ」
「りょ、了解です…」
まだ両手をぷるぷるさせている鹿野さんに対し、お姉は容赦なく次の工程に移った。
スパルタなお姉は嫌いじゃない。だが俺にそのスパルタが向かないことを祈る。
手を洗う時はぬるま湯の水だったらしく、鹿野さんは「ほぁ~。助かった~」とアイドルらしからぬ声を出していたのは気にしないでおこう。
「うちでは健康に気を遣って、基本的に油はオリーブオイルを使っているわ」
「いくらでも摂取して良い油とか、凄いですよね~」
「いくらでもは言い過ぎだけどね」
お姉はオリーブオイルを熱したフライパンに入れる。
油の量に関しては適量という名の目分量だ。前に「ここまで細かくやってきたのにそこは適当かよ」って言った時は……
「レシピに適量って書いてあるんだから仕方ないじゃない」
と言っていた。適量とは一体なんなのか、料理は焼いて塩胡椒を振ることしか出来ない俺にはわからない。
油を敷いたフライパンにハンバーグを二個投入しながら、お姉は火加減を教えていく。
最初はお姉がお手本を見せるようだ。
「ハンバーグは最初、中火で3分焼いていくの」
「ふむふむ。中火で3分…」
クール鹿野モード突入。さっきまで水の冷たさに青ざめていた人と同一人物とは思えないカッコ可愛い表情だ。
「3分経ったら裏返して、こっちは2分で同じく中火で焼いていくわ」
「裏返したら中火で二分…」
お姉の説明を変わらず真剣にメモしている。
……あれだけの集中力を、勉強も俺を理由にしないで発揮して欲しいもんです。
「………2分経ったわね。それじゃあ弱火にして、少量の水を入れて蓋をしたら6分間蒸し焼きにしていくわ。蒸し焼き終わったら、串を刺して白い汁が出たら完成よ」
「弱火で蒸し焼き6分……串を刺して白い汁が出たら、完成…」
「……よし。それじゃあ少し時間が空くし、その間に卵焼きの下準備でもしましょうか」
「了解です!」
お姉は冷蔵庫から卵を2個取り出し、それを小さなボウルと一緒に鹿野さんに渡す。
「卵焼きは全て鹿野さんにやってもらうわ。安心して。ちゃんと指示するから」
「はい!」
「と言ってもこれに関しては、うちでは特別なことはしてないわ。普通に混ぜて、私が言う分量で砂糖と塩を入れてくれれば良いわ」
「はい!」
鹿野さんは言われた通り、卵2つをボウルに割入れて混ぜていく。
ある程度混ぜたらお姉の指示に従って、砂糖を大さじ1/2と塩を指で一つまみ。
これが我が家の卵焼きの味付けだ。たぶん糖分取り過ぎ注意なので真似はあまりオススメしない。でも美味しいから1回だけでも試してくれ。
「えっと。砂糖大さじ1/2と一つまみの塩と…」
それから少しして、ハンバーグの蒸し焼きが終わった。
器に移したら、フライパンに新しくオリーブオイルを敷いて、今度は鹿野さんがハンバーグを焼いていく。
「中火で3分………裏返して2分………えーっと…その後に蓋をして6分間蒸し焼きにしていく…」
メモしたことを確認しながらハンバーグを焼いていく。
……あまりに真剣にやってるから、花嫁修業している女の子に見えてきたな。
――――――――――――――――――――――――――
「やったー!全部上手く焼けたよ桐ヶ谷君!褒めて褒めて!」
鹿野さんがハンバーグと卵焼きが上手く焼けたことを、犬のように褒めろと催促してきた。
「犬みてぇだな(ああ。すげぇ美味しそうだ)」
「犬!?」
「おっと。あまりの犬っぽさに本音が漏れた」
「酷い!」
「ごめんごめん。鹿野さんが作ったハンバーグ、すげぇ美味しそうだよ」
俺が頭を撫でながら褒めると、「えへへ~」と照れる。
……ごめん。やっといてなんだが、いっつもチョロくて心配になる。
「はいはい。イチャイチャしてないで、さっさとご飯をよそいなさい」
「えー。どこがイチャイチャしてるように見えるんですか?」
「……誠、早く決心して。お願いだから」
「知らんな」
「?」
そんな話は置いといて、俺は鹿野さんとお姉も分も含めてご飯を茶碗によそっていく。
ホッカホカの炊き立てのご飯。うちの米は「まるで土鍋で炊いたような味!」というキャッチフレーズで人気の炊飯ジャーで炊いている。
土鍋の味を知らない俺にはよくわからないが…。
「それじゃ、ご飯もいきわたったことだし、頂いちゃいましょうか」
「はーい!」
三人で手を合わせて、皆で「いただきます」と言う。
俺はまず添え物のキャベツから食べる。飯を食う時は野菜から食べるのが良いらしい。理由知らないけど。
隣の鹿野さんが自分のご飯に手を付けず、ジッと俺のことを見ているのでキャベツはそこそこに、デミグラスソースを付けたハンバーグを口に入れた。
「……………」
「ど、どう?桐ヶ谷君…」
これは……火の調節を少しミスったのか、少々外側が焦げてカリカリとした食感だ。
しかし中のジューシーな肉汁は損なわれておらず、それにこの今まで感じたことのないハンバーグの新食感が合う
……何が言いたいかって言うと焦げてる部分が意外と美味しい…。
「……ちょっと焦げてるけど、結構美味しいわ。良いアクセントになってて」
「本当!やったーっ!」
「もぐもぐ……うん。卵焼きも美味い」
「えへへ~。良かった~……えへへ~…」
鹿野さんはお姉に「料理冷めちゃうわよ」と言われるまで、しばらくトリップしていた。
……褒められるの好きねー…。
鹿野さんも食べ始め、皆で談笑しながら美味しいご飯に舌鼓を打つ。
すると……
―――――ゴロゴロォ…。
と、外から音が聞こえた。
「……あら?雷?」
「は?今日の天気って確か、一日中晴れの予報だった気が…」
そう言いながら窓から外を見てみると、ちょうど雨がザァーザァーと勢いよく振り始め、さらにはピカッと光り輝いて遅れて雷の音が聞こえた。
……雨が地面に叩き付けられてるみたいにエグイ音してねぇか、これ…。
「えー!?さっきまであんなに良い天気だったのに、急すぎない?」
「大変。このままじゃ洗濯物が干せないわね」
「……いやあの、ちょっと待ってくれ…。これ鹿野さん帰れんの?迎えとか呼べる?」
鹿野さんに迎えは呼べるか聞いてみる。
彼女は「あー」と言い……
「お母さん免許持ってないし、お父さんは仕事の都合でこっちには来てないし……」
「マネージャーは?」
「波川ちゃんは今日から明後日までかなり早めの里帰り。私たちが夏休みに入ったら忙しくなるから、今のうちにって」
「他は?波川さんの代理とかいるだろ?」
「たぶん、この雨の中で車を出してくれないと思うなー…。あの人超が付くほど不真面目だし…」
「そんな奴クビにして真面目な奴雇え!?」
「どこも人手不足は一緒ってことだねー」
「シリウスが在籍している事務所で、それはどうかと思うんだが…」
まぁ、どんなに凄い会社や事務所でも、不真面目でだらしない社会人はいるだろうけど…。
だからって自社のアイドルを家まで送ってくれない奴はどうかと思うぞ。
そしてこうしてる間にも天気はさらに悪化していってる。嵐でも通ろうとしてるのか、風まで吹き始めた。しかも強が付くやつ。
そうなると、解決方法は一つしか無くて……
「じゃあ、うちに泊っていくしかないわね」
となる訳でして…。
「お泊り……え!?桐ヶ谷君ちで、お泊り!?」
なんだこのお約束展開……ラノベかよ…。
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