始まり
鹿野さんとのデートの翌日。
いつもより早起きして朝食のパンを食べながら、俺はドラマの台本を読み込んでいた。
今回は桐ヶ谷誠の再登場ということもあり、かなり熱い展開の連続だと江月さんは言っていた。
……これは………自分が手掛ける物に対して、絶対の自信と誇りを持っている彼女だからこそ作れる内容なのは確かだな。
「今日から撮影だっけ?」
「ああ。しかし昨日までにほとんどのセリフと内容は頭に叩き込んだけど、どこであの暴走機関車(鹿野さん)がアドリブをぶっ込んでくるかわからないから怖いな…」
お姉に返事しながら鹿野さんがアドリブを入れてきそうな所にマーカーを付ける。
ずっとこの作業を行ってきたが、今のマーカーで50個目くらいか?あの人のアドリブって無駄に面白いから採用されることも多々あるし、それをフォローする俺と二条院さんの苦労を考えて欲しい。
……だけどそれがドラマやライブの大成功に繋がってるから、やめろとも言えないのが辛い…。
「ごちそうさま。先行ってる」
「もう?随分早いわね」
「友達?から部活に誘われてな。朝練があるんだよ」
時刻は7時。学校に行くには早過ぎる時間帯だが、お姉に言った通り今日から俳優だけでなく部活もやることにしたのだ。
普段はドラマ撮影なんかで参加できないだろうけど、自分を変える手段の一つとして短い間だが次の地区大会まで部活に入ることにした。所謂助っ人だ。
「へぇ。誠がねぇ……本当に変わったわね」
「変わろうとしてんだよ。まぁ、ただの助っ人だけどな」
「そう。ちなみに何部?」
「バレーボール部」
それを聞いたお姉は表情を変えることなく、少し間をおいてから「そう……応援してる」と言った。
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ということで、バレー部の朝練に参加するために早めに家から出た訳だが……なぜか家の前に鹿野さんがいた。
「やせい の しかのゆい が とびだしてきた!」
「別に怒らないから変に誤魔化さなくて良いよ。俺と一緒に学校に行きたいんだろ?」
生憎、俺の肩には6㎏の電気ネズミや最初に貰う御三家などは持っていない。しかもボール型のカプセルも無いから逃げるしか選択肢が無いぞ。
ゲットにはサファ○ボールが必要だ。
「え、えへへ…。ちょっと早く来すぎちゃった…」
「こんな暑い中で待つのは大変だっただろ?大丈夫か?」
「うん!今日は比較的涼しい方だから、全然平気!」
言いながら眩しい笑顔を浮かべる鹿野さん。
「そう。なら良いけど」
「それにしても今朝は早いね桐ヶ谷君。何か学校でやることあるの?」
「ああ。実は、前に谷口から誘われてたバレー部に助っ人することになったんだ。今日はその朝練」
「へぇ!そうなんだ。……えっと……もしかしてそれも、自分を変えるため?」
「まぁね。それにバレーは結構楽しいって思えたからな」
学校へと向かいながらそんな会話をする。
……うーん。昨日の今日だから、鹿野さんを真っ直ぐ見れないかもと思っていたが……自分でも驚くくらい落ち着いてるし、案外普通に話せているな。
「ねぇねぇ桐ヶ谷君。練習してるところ見てても良いかな?」
「それはバレー部の連中に聞いてくれ」
「はーい」
「……………」
「……………」
なぜ黙る!?と鹿野さんを横目で見ると、頬にほんのり赤みがさしていた。
その表情に思わず心臓が跳ね、なんだか恥ずかしい気分になってきた。
「し、鹿野さん。顔が赤いけど、体調悪いのか?急に黙り込むし」
「え?ううん!そんなんじゃないよ!?ただ……」
鹿野さんは顔を逸らして恥ずかしそうに口元に手をやりながら、上目遣いで見てくる。
「桐ヶ谷君と一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて……だけど何を話したら良いのかよくわからなくて…。変だよね?今までこんなこと無かったのに」
困ったような笑みを浮かべる鹿野さん。
俺は彼女のそんな表情と言葉が、なんだか愛おしく感じ……気付けば鹿野さんの頭を撫でていた。
「え…?き、桐ヶ谷君?」
頭を撫でられたことに驚いた鹿野さんは、思わず足を止める。
そんな鹿野さんを気にすることなく、俺は頭を優しく撫で続けた。
彼女の髪はさらさらで柔らかくて、ずっと撫でていたいと思った。
「な、ななな何!?どうしたの急に!」
「あ…。いや……すまん…。すげぇ可愛いと思って、撫でたくなった」
急に撫でてしまったことを謝って手を離すが、鹿野さんはその手を掴んで再び自分の頭の上に置いた。
「鹿野さん?」
「えっと……急にやられたから、凄く恥ずかしかったけど……その、桐ヶ谷君ならいつでも歓迎、だから……」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、だけど普段とは違う柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は甘えるような声で言った。
「もっと……撫でて?」
その言葉と表情に、頭が一瞬だけくらっとした。
その後、二、三分だけ優しく撫でたり、髪が乱れないようにわしゃわしゃと撫でたりしてから学校に向かった。
もっと撫でていたかったが、朝練に間に合わなくなる為自嘲した。
学校に着くまでの間、会話はほとんど無かったが不思議とその時間は苦ではなく、むしろ幸せだった。
同時に思った。
まだ確信は持てていないけど、俺はたぶん……鹿野さんに恋している、と。
飲まなきゃやってらんないっすよ!(コーヒーを)
ということで、三章終わりです。
あと二章くらいしたら完結の予定。
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